エピローグ5
「本当に日本にダンジョンが出来ちゃったわね……。それも一気に二つも」
「というか何故二つも作ったんだ? それに、向こうでは確かダンジョンは二つも作れなかったはずだが……」
「ティルリンティにいた当時は、僕の熟練度が低かったせいでダンジョンは一つしか作れませんでした。でも実は、帰還前になる頃には二つ作れるようにはなっていたんです」
「んー、そのダンジョン作成制限ってのは日本に戻ってきてからどうなったの? あっちに作ったセフィーリアを含めるなら、これで三つ作ったことになるけど」
「それなんですが、恐らく今の僕は制限とか関係なくダンジョンを作ることが出来る……気がします」
「ええええぇぇっ!?」
陽子は驚きの声を上げる。
信也も幾らでもダンジョンを作れると聞いて、驚いた表情を浮かべた。
「僕なりにこれまで色々研究していて思ったんですけど、あちらの世界のスキルだのなんだのって、補助輪のようなものだと思うんですよ」
「補助輪?」
「はい。あの世界の魔法はゼロから生み出されたものではなくて、これこれこういう効果を持つ魔法はこういう名称の魔法ですよっていうのが、予め決められているんです。魔術師たちは魔法を生み出したりもしてましたが、それは決められた枠組み――魔法システムのようなものに乗っ取った条件の中で生み出されたものに過ぎないのではないかと」
「うー、よくわかんないけど、それとダンジョンが沢山作れるってどう関係してるの?」
「つまり、僕達が向こうで使ってたスキルには予め制約というか、こう動作するっていう機能が設定されていたんですよ。だから本来魔法というものは、火魔法や水魔法といったくくりもなく、魔法は魔法でしかなく本質的な区別はない。火魔法が使えるなら他の魔法だって練習すれば使えるんです」
「ああ、その辺は私も魔法の練習をしてて感じたかな。なんていうか、自由度が増したっていうか、魔法の属性に捕らわれなくなっている感覚はあるわね」
咲良が実体験から感じたことを述べる。
段々と他の者達も慶介の言いたいことが理解出来てきたのか、各人が思い当たる節に気付き始めた。
「その理論でいくと、迷宮創造も本来は作成出来るダンジョンの数に制限はないんだと思います。あの制限というのは、恐らくティルリンティという異世界で設定されたティルリンティ内だけの制限であって、システムが迷宮創造の熟練度の数値を参考にしてダンジョンを幾つ作れるか決められていたんだと思います」
「それが事実だとすると、恐らくはバランス調整の為なんでしょうね」
ポツリと陽子が呟く。
少なくとも地球については人為的に作られたとは考えにくいが、ティルリンティは明らかにゲームっぽい世界であり、何者かの手によって作られたと見ても不思議ではない。
しかも北条からは、高位の天使や悪魔が「プレイヤー」という言葉を使っていたことも聞き及んでいる。
その何者か……神のような存在によって、強すぎるスキルには制限を加えるなりの調整が加えられているのだと、陽子は考えた。
「……まあ、そんな訳で僕はダンジョンを二つ作れたんですが、二つ作ったのは通常用と有効利用を考えていたからなんです」
「通常用と有効利用? 通常というのは、普通にダンジョンに潜って魔物を倒すということか?」
「ええ、その他にもダンジョン内で資源を採取したり……まあ要するに向こうで作ったセフィーリアの迷宮みたいな奴ですね。そしてもう一つは、サルカディアにあったフロンティアのようなものを作ろうかと思いまして」
結局最後の方にある程度探索はしたものの、『ジャガーノート』として本格的に探索がされることがなかったフロンティア。
あのエリアは《サルカディア》の中でも特殊で、他のフィールドエリアを幾つ合わせても足りない程に広大な領域を持っていることが明らかになっている。
更にその上、ダンジョン内に家などの建造物などを建てたとしても、普通は一定期間が経過するとダンジョンに吸収されてなくなってしまうのに、フロンティアではそういったことが起こらなかった。
その特質を利用し、慶介達が帰還する前辺りでは迷宮碑の近くに簡単な集落のようなものまで作られていた程だ。
「あそこのエリアだけ他とは様相が違うんで、迷宮創造のスキルで色々調べたことがあるんです。……結局詳しい理屈とかは分からなかったんですけど、僕が思うにあれってティルリンティとは異なる他の異世界なんじゃないかって。そんな風に思ったんです」
「……なるほど。通常のダンジョンだって大概常識外れな存在だが、もし新たに世界を生み出せるとなれば有効利用法も色々あるだろうな」
「食料の大量生産であったり、資源の採取であったり。一応通常のダンジョンでも出来ますけど、あの広大なフロンティアのような世界であれば、かなり大規模にそういったことも行えるはずです」
「なんか壮大な話になってきたわねえ。でもサルカディアみたいに、通常ダンジョンの中にフロンティアみたいなエリアは作れなかったの?」
「それなんですが、あのフロンティア様式のエリアを作るのって、かなりリソースが必要みたいで、今の環境だと併用したダンジョンは作れそうになかったんです。だからここは用途に分けて二つ作っちゃいました」
「……はぁぁ、なんか開いた口が塞がらないわね」
なんてこともないような口調で、とんでもない内容を口にする慶介。
このダンジョン作成したことにより、慶介の活動はどんどん活発になっていく。
まず帰還者達は時々通常ダンジョンの方に潜り、魔石などの資源の採取や修行の場として利用する。
そして慶喜の力を借り、口の堅い者達を集めて一般向けの魔法講座も始めた。
帰還者達の中でも信也や陽子達大人組はそれぞれが仕事を持っているし、咲良や由里香も学校に通っている。
もっと多くの魔法を扱える研究者を慶介は求めていた。
その結果、純粋なこの世界の日本人であっても、練習次第では魔法が使えることが証明された。
これは後の研究で、ダンジョンや世界樹をこの世界に生み出したことが原因ではないかという結論が出ている。
その時期から世界的に、これまで見られないような身体能力を持つ者が続々と現れていたからだ。
明らかに世界全体に何かしらの影響があったのだろう。
目立ってはいなかったが、恐らく魔法的素質を持つ者達もこの時期から急増していると推測された。
魔法講座については、修得の過程が体系化されていき、どんどんブラッシュアップされていった。
それは更なる後進の育成にも役立てられていく。
しかしその過程で、この魔法講座の一部が動画としてネットに上げられてしまう事件が起こる。
最初の内は、慶喜の紹介で口の堅い者達が集められていたのだが、数が増えていくにつれどうしても完全に機密を守ることが出来なくなったのが原因だ。
しかし慶介としてはいずれ魔法の存在を明かしていく予定ではあったので、これを利用して徐々に根回しを始めていく。
大企業の会長である慶喜のコネクションに頼るだけではなく、慶介が持つ特殊能力系スキルも活用して強引に人脈は広げられていき、ついには秘密裏に日本政府と協力体制を持つことにも成功する。
それは慶介が思い描いていた事業の発展には大きく寄与することにはなるのだが、同時に弊害も生み出している。
ダンジョン利権、魔法利権を狙う者達が次々に現れ始めたのだ。
だが慶介はそれら海千山千の者達を、容赦なく利用した。
幾ら相手が強大な権力を持っていようと、トップを抑えていけば対抗できる。奇しくもそれは、長井が帝国に対して行っていた手法と似ていた。
隙あらば非合法な手段すら取ってくる相手に対し、慶介は容赦しなかった。
ティルリンティから持ち込んできた魔法具やら呪具やらも活用し、国内だけでなく国外の重要人物達をも強制的に魅了状態や支配状態へと持っていったのだ。
国をも動かし、大きなプロジェクトとなって日本政府に協力する一方、慶介はティルリンティへの帰還の道も探っている。
政府の支援があってからは、研究もそれなりに捗っていた。
科学的方面からのアプローチも、本来の意図とは異なる副産物が生み出されたりして、より魔法研究はひっそりと賑わっていく。
そんなある日、慶介はひとつの報告を受け取った。




