エピローグ3
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「……そんなことが」
「北条さ――松田さんは、あちらに残ることに後悔はなさそうでしたわ」
「そっか……。ヒロくんが……なあ」
日本へと帰還したメアリーは、無事最愛の夫と息子に再会することが出来た。
一か月以上もの間行方をくらませていたことについて、多くの者――職場や実家の両親に対しては他の帰還者同様に嘘で誤魔化したメアリー。
しかし夫である吾郎にだけは、自分の身に起こったことを正直に打ち明けていた。
突然行方不明になっていた妻が帰ってくるなり荒唐無稽な話をしたというのに、吾郎はメアリーのことを一切疑っていなかった。
そのことにメアリーは「やはりこの人に打ち明けてよかった」と思いつつも、北条の話になると勢いも弱くなってしまう。
メアリーは吾郎と北条の関係について、吾郎と結婚して以降のことしか知らない。
多少吾郎から思い出話を聞くこともあったが、吾郎と北条は子供の頃からの付き合いがあり、その仲の良さは大人になっても健在だった。
それ故、異世界に残ることを決めた北条に対し、寂しそうな表情を浮かべる吾郎。
「でも本人がそう望んだんなら仕方ない……か」
「松田さんは、小説家としてデビューしていた記憶を忘れてました。帰還前にその辺りのことも話したのですけど、それでも翻意することなく……」
「ヒロ君の小説、続きを楽しみにしてたんだけどなあ」
「松田さんは、あちらの世界でまさに小説のお話みたいな冒険を続けてますよ」
「そういえば、メアリーも最後にスキルの報酬とやらを選んだんだよね? 何を選んだんだい?」
「私は"再生魔法"と"癒しの祝福"というのを選びました。向こうでは回復役として活動していましたので……」
メアリーが旦那についた軽い嘘。
愛する人には知られたくないという自覚があったのか、割と途中からは前に出てガンガンにメイスを振って暴れ回っていたことは伏せられる。
その時の鬼気迫るメアリーの姿を見たら、きっと吾郎は顔を真っ青にすることだろう。
「へぇ、メアリーらしいねえ。"再生魔法"といえば、確か"回復魔法"の上位魔法だよね? 上位魔法といえば修得が結構難しいって設定だった筈だけど……」
吾郎の口からティルリンティの話が出て来ることに、どこか違和感のようなものを覚えるメアリー。
しかしそれだけ吾郎が北条の書いていた小説を読み込んでいたんだなと、メアリーはこれまで余り知らなかった夫の一面と、夫と北条との絆を感じ取った。
「ええ、そうですね。向こうでは部位の欠損まで治すことが出来ました。こちらだと……ちょっと練習が必要そうですね」
「それは凄い! じゃあ練習すれば事故で体の一部を失ってしまった人も治せるんだね!」
「……ただ、こちらの世界でどこまで元のように魔法が使えるかは分からないの。どうも魔力が薄いらしくて……」
「魔力かあ。それって練習すれば僕も魔法を使えるようになるってことかな?」
「どう……なんでしょう? 私は魔物や魔法が存在する世界にいましたけど、元々そういったものには詳しくなかったので……」
「それじゃあ、今度一緒に帰還してきたって人達と話する機会とか作れないかな? メアリーがお世話になっていたようだし、挨拶もしておきたい」
「そうですね。連絡先は交換してあるので、皆さんに聞いてみますね。でもその前に……」
チラリとメアリーがリビングのソファーを見る。
そこには泣きつかれて眠っている二人の子供、圭吾がすやすやと寝息を立てている。
「そうだね。まずは圭吾をベッドに運ばないと」
久々にメアリーが圭吾と再会した時は、わんわんと泣いて宥めるのが大変だった。
圭吾には「今ママはお仕事で遠くに出かけてるんだ」、と説明していた吾郎。
しかし吾郎も突然行方知れずになったメアリーのことで、かなり余裕を失っていた。
それを子供心に敏感に感じ取っていたらしい。
だからこそ、メアリーが無事に帰ってきた時、圭吾は鬼のように泣いていた。
「……圭吾の七五三に間に合ってよかった」
メアリーは心底そう思う。
ティルリンティで七年以上も過ごしていた時は、可愛い我が子の成長を見守れなかったことに、内々に処理しきれないやりきれなさを感じていた。
およそ一か月の時差を隔てつつ日本に戻ってきたが、七年に比べれば断然マシだ。
一か月程度なら、これから先一緒に過ごすことで補っていけばいい。
そうして家族への愛情を更に深めたメアリーは、無断欠勤してしまった勤め先の病院に再び復帰し、新たな生活を始めることになる。
しかし、その生活は長くは続かなかった。
病院勤務に戻ったメアリーは、魔法の練習と患者を救いたいという気持ちによって、密かに患者に治癒魔法を使用していた。
一応あからさまに効果が分かる、部位欠損を治すような真似はしていない。
ただ患者の治りが良いと、病院の評価が徐々に高まっていった。
そんなある日のこと。
メアリーと同じ病院に勤務していたとある医師は、奇跡の回復を遂げた患者がメアリーと関係が深い患者であることを突き止める。
それは単に担当している患者であったり、或いは院内でよく話などをしていたりなど、関係性は様々だ。
だがメアリーに当たりを付けた医師は、ついにはメアリーが魔法で治癒している現場を目撃してしまう。
通常であれば、患者に怪しげなことをしていると批難される場面であったが、既にこの病院では奇跡の回復を遂げた患者が何人もいたのだ。
更には、一年以上前に話題になった動画投稿サイトの魔法映像以来、急速に魔法というものに世間の注目は集まってもいた。
メアリーの魔法を目撃した医師は、何もそのことで脅迫しようというつもりではなかった。
彼は自分の力では救えない患者がいる現実に忸怩たる思いを抱いており、それが魔法によって治せるのであれば、何でも活用していきたいと思っているような医師だったのだ。
それについては、メアリーも考えとしては賛同出来る内容ではあった。
しかし実際の所、魔法に関してはメアリー自身が当事者だ。
実験動物のような目には合わないかもしれないが、魔法を使えることが世間に知られればどういった目に遭うか予想が出来ない。
というより、実際に慶介から聞いていた情報からはあまりよろしくない話も耳にしている。
ティルリンティ譲りの身体能力やスキルの残滓があれば、メアリー自身の身は守ることが出来るだろう。
しかし家族や友人などにも危害が及ぶ可能性があるとなると、迂闊な行動には出れない。
今更なことではあったが、安全な日本に帰って気が緩んでいたことと、咲良のように無駄に警戒心を高く持っていなかったことで、身バレする結果になってしまったメアリー。
彼女はその後、酷く後悔することになる。
医師は魔法のことは秘密にすると言っていたのだが、それからそう月日が経たない内にメアリーの下に様々な者が訪ねてきたのだ。
そしてついには面倒事にまで発展してしまい、メアリーは務めていた病院を辞職することになる。
収入的には夫の吾郎が稼いでいるので、子供一人育てるにはそれで十分だった。
そこで一時は専業主婦をしていたメアリーだったのだが、慶介から帰還プロジェクトへの協力を打診されると、これを受ける決断をする。
そしてメアリーは再び魔物と戦うことになるのだった。




