第808話 異世界で得た力
「やっぱり気のせいではなかったようだな」
「そう……みたいね。元々成長期の途中だった由里香だと分かりやすいわね」
信也も陽子も転移前には既に成人していたせいか、そこまで見た目に大きな変化はなかった。
しかし由里香は明らかに身長も縮んでおり、その違いは顕著だ。
「そうだな……。ところで由里香は眠ったままなんだが、起こした方がいいのか?」
「多分、すぐに目覚めると思うわよ。和泉もそうだったから」
「む、そうか。なら無理に起こさなくてもいいか」
声を掛けても目覚めそうになかったので、体を揺すって由里香を起こそうとした信也だったが、陽子の言葉を聞いてその行動を取りやめる。
「ところで和泉もやっぱりあの白い空間でスキルを選んだの?」
「あ、ああ。スキルを三つ選んでくれと言われたから、"アイテムボックス"とかを選んで――」
「ちょ、三つぅ!? 私は二つだったんだけどお?」
「そうなのか? 俺の時は確かに三つだと言われたぞ」
「人によって個人差があるのかしら……。というか、和泉の"アイテムボックス"ってちゃんと向こうで収納したのも入ってるの?」
「どうだろう……? 陽子もさっき"ディメンジョンボックス"がどーの言ってたから、選んでるんだろ? そちらはどうだったんだ?」
信也は目覚めた時に聞いた陽子の声を、しっかりと覚えていたようだ。
陽子へとそのことを問い返す。
「私もチェックしようとしたら和泉が起きそうだったから、まだ試してないのよ」
「じゃあ今ここで調べてみるか」
「そうね」
そして二人は"ディメンジョンボックス"と、"アイテムボックス"の中身をチェックする。
こちらは魔法とは違って一発で発動することに成功し、中身を確認することにも成功していた。
「……あるな」
「え? 和泉の"アイテムボックス"も? 欠けてるものとかない?」
「流石にかなり収納してあったから細かい部分までは覚えてないが、恐らく全て持って来れてるみたいだ」
試しに信也が魔石を一つ取り出すと、無事に何もないように見える空間から魔石を取り出すことに成功する。
「わっ……。こんな森の中だとまだ実感薄いけど、背広を着た和泉がファンタジー物質の魔石を持ってる光景はなんかシュールね」
「は、ははは……。それを言うなら、この中にはいかつい剣やら防具やら、銃刀法違反で引っかかりそうなものがてんこ盛りだぞ」
「それは私も同じね。あ、もちろん私の方も中身はしっかり持ってこれたみたい」
「まあ、俺の"アイテムボックス"でもいけたんだから、陽子の"ディメンジョンボックス"なら問題ないだろうな」
二人が報酬に指定したスキルの検証をしていると、再び周囲に「ほわんっ」という気の抜ける音が聞こえてくる。
話をしていた信也と陽子は、その音を聞いて辺りを見回す。
すると、それまで誰もいなかった場所に、今度はメアリーが横たわっている様子が視界に入った。
「次は細川さんか……」
「ってことは、あと残ってるのは慶介くんだけね」
どうやら同じ場所に転移されて来るらしいと分かり、信也と陽子はその場で様子を見守ることを決める。
それから暮れかけていた日が沈み、夜の帳が落ちる頃になると、全員が無事日本への帰還に成功した。
すでに最後に転移してきた慶介以外の帰還者も意識を取り戻していたが、二度手間になるので本格的な情報交換は後にして、慶介が意識を取り戻すのを待っている。
ただ先に由里香が芽衣との"ソウルフレンド"による念話を、一言二言だけだが成功させていた。
それに加え、陽子が【座標登録】でティルリンティの座標を認識出来たことと合わせ、目覚めた者達の間で大いに話が盛り上がっていた。
そんな折に、慶介が意識を取り戻す。
「ん、んん……」
「慶介くん、おはよう」
「え、あ……陽子さん?」
意識を取り戻したばかりのせいか、慶介は状況が把握出来ていない様子だ。
しかしすぐにハッとして周囲を見回すと、ストンッとその場に崩れ落ちる。
「ちょっと慶介くん!?」
「リタ……」
慌てて慶介の下に駆け寄ろうとする陽子だったが、ポツリと吐き出した慶介の言葉を聞いてその足を止める。
慶介がリタと一緒に日本へ帰ろうとしていたことは、メンバーの皆も当然知っていた。
だが転移してきた同様の見た目が小学生のような慶介の隣には、誰もいない。
それが何を意味するのか、今更ながらに陽子は気づく。
慶介はその場で泣きわめいたりはしなかった。
ただひたすらに深い哀しみの底にいる。
だがそれも予め予期していたことだったのか、今の慶介の姿はこうなることを覚悟していたようにも映った。
「慶介……その、リタのことは残念だったが……な。良いニュースもあるんだ」
「そ、そうよ! なんと私が報酬で選んだ"空間魔法"で、ティルリンティの座標っぽい場所が掴めたのよ!」
「そ、そうだよ! あたしも芽衣ちゃんと"ソウルフレンド"でほんのちょっとだけ話すことが出来たんだよ! だから、大丈夫だよ!」
「……皆さん、僕は大丈夫です。こう……なることも予想はしてましたから」
「慶介くん……」
全然大丈夫そうには聞こえない慶介の言葉に、思わずメアリーが慶介の名を呼ぶ。
慶介はその後も気丈に振舞い、全員が揃ったこの段階で改めて情報交換が行われた。
そこで明らかになったことは以下の通りとなる。
まず身体能力が全員明らかに向上している点。
これは勿論、転移する前と比べてである。
全員が軽くオリンピック記録を破れる程の身体能力になっていた。
特にティルリンティでも身体能力に特化していた由里香は、今の状態でもCランクの魔物位なら素手で倒せる程の力があることが明らかになっている。
次に魔法系スキルは報酬で選んだもの以外、すぐには使えそうにないという点。
報酬で選んだ方の魔法ですらまともに使えないのは、この地球では大気中に存在している魔力の濃度が極端に薄いことが、原因の一つだろうというのも判明した。
これは次の項目にも繋がるのだが、"魔力感知"で感じられる魔力が極端に少なかったのだ。
では魔法ではなく他の選択していないスキルはどうなのか? という点なのだが、これは一応使用可能だということが判明している。
ただしそのままの効果で使用出来るのではなく、基本的にほぼ全てのスキルが何割も効果が落ちたような状態になってることが明らかとなった。
よって、"魔力感知"などのスキルでも以前のようにハッキリと魔力を認識できず、ぼんやりとしか分からない。
ただそうした中、特殊能力系のスキルだけは効果の減衰率が低いようだった。
流石に慶介の"ガルスバイン神撃剣"を試す訳にはいかなかったが、他のスキルを試して見たところ、そこまで効果が落ちていないことが判明する。
特に慶介はティルリンティでは特殊能力系スキルのエキスパートだったので、今一番戦力となるのは間違いなく慶介だろう。
「ねえ、情報交換もいいんだけど、そろそろ場所を移動してみない?」
「……そうだな。すっかり夜になってしまったようだし、まずはここがどこなのかを突き止めないと」
ティルリンティにて魔物と戦ったり、野原で野宿した経験が何度もある帰還者たちは、どこかも分からない森の中で目が覚めたとしても狼狽えることはなかった。
特に信也や陽子の"アイテムボックス"や"ディメンジョンボックス"が機能することが判明しているので、食料などの心配をする必要もない。
「じゃあこっち! こっちがいい気がする!」
由里香も報酬で選んだスキルと特殊能力系のスキル以外は、そのほとんどが大幅に機能低下したような状態だ。
だがそれでも機能低下した"野生の勘"の効果でも働いたのか、森の一方を指差す。
「では由里香ちゃんの指し示す方へ向かいましょうか」
「そうだな。ただ、俺達が今どこにいるのかが不明だ。恐らく地球で間違いはないんだろうが、日本ではなく海外の可能性もある。今の俺達は普通の人に比べたら断然強いんだろうが、銃なんかを持ち出されたらどうなるか分からん」
「う……それもそうね。私の"結界魔法"も今は使えないし……」
そうは言いつつも、陽子達はそれほど心配してはいなかった。
紛争地域でもなければ、いきなり派手な銃撃戦に巻き込まれるなんてこともないだろうし、微かに機能しているティルリンティで得たスキルが、彼らに確固たる自信を与えていた。
そして彼らは先へと歩き出す。
「あ、なんか開けてきたっす!」
「む、森に入ってすぐの場所だったのか」
森を抜けた先。
そこは少し小高い丘になっているような場所だった。




