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どこかで見たような異世界物語  作者: PIAS
第四章

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第79話 気迫の陽子結界


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ハァハァ、何なんだよありゃあ……」


 手にしていた槍も、少しでも重荷になりそうなものも、全てかなぐり捨てて林の中を逃走する男。

 今回の襲撃をかけた山賊団の首領であるザンブルは、未だにガチガチと歯の根が合わないほど体を震わせたまま、必死に生に縋りつくように木々の中を駆けていく。

 普段であれば、心が落ち着く緑に囲まれた静かな空間なのだが、今ではその緑さえも恐怖の対象だった。


 突如スルリと動き足を絡めとる植物の根によって、ザンブルは無様に勢いのついた状態のまま、前面へと倒れこむ。

 平常時ならともかく、錯乱状態にあるザンブルは手で体を支えることもできず、ビターンと張り付くように、綺麗に地面へと熱烈なキスをすることになった。


「――――」


 そんなザンブルの様子を見て男が何事かを呟いた。

 しかしすでにザンブルには男の声を聞いている余裕はなかった。頭の中で、深層心理全てにおいて、その男の全てを遠ざけたかった。見なかったことにしたかった。聞かなかったことにしたかった。


 そう、これは夢なんだ。

 ほら、木の洞の中からだいぶ昔におっ死んだオフクロがこっちを見て、不愉快そうな何時もの顔を向けてくるじゃないか。


 隣の木の枝にはお気に入りだった娼婦の女が、何故か逆さに吊られた状態でこちらにセールストークを仕掛けてきている。

 空を見上げれば、それほど濃くはない木々の間から、所々綺麗な赤い空が見える。

 その綺麗な血のような色をした赤い空には、無数の瞳が顔を覗かせており、それら瞳の全てがザンブルを見つめていた。


「あ、あ、あ……。うええへへへへ……、とべぇ、とべぇ…………」


 口元からは涎を垂れ流し、瞳はカメレオンのように左右の目がばらばらに動いている。

 完全に正気を逸したザンブルは、その後口内から緑色のどろどろとした粘液状のモノ(・・)を吐き出しながら生命活動を停止した。


「――――」


 その様子をじっと見つめていた男は、ザンブルの所持品を検めた後、その場を立ち去っていく。

 その結果、その場に残されたのは沈黙だけとなった。




▽△▽△




「私達も近くまでいきましょう」


 北条が一人山賊のいる右方の林へと突っ込んでいき、龍之介や由里香らも左方の山賊の下へと走っていった後、メアリーは落ち着いた声でそう告げる。

 陽子の張っている結界は、現在は陽子を中心に四メートル四方の空間に張り巡らせており、先ほどまでは十三人全員がこの領域内で移動をしていた。


 流石に人数が多かったので、少々不自然に密集しすぎてた感はあったのだが、まさか"結界魔法"の使い手がいるとは想定もしていなかったようで、襲撃は予想通りに行ってきた。

 この結界は陽子が移動すると、結界の範囲も同じように移動する形式に設定してあり、みんなと速度を合わせ、小走り気味に前衛の下に移動を始める後衛組。


 そして前衛の様子を窺いながらも、接近していく。

 どうやら龍之介はどうにか相手の剣士に食らいついているようだし、信也達の方はまだ戦いを始めてすらいなかった。

 陽子と慶介が信也の話している相手に気付いたのは、ようやく信也達の戦いが始まった時だった。



「あ、あいつはっ!」


 途端に数日前に、自分の目の前で行われた暴力行為が脳裏に浮かびあがり、体が震え始める陽子。

 慶介も陽子と同じような反応を見せている。

 二人の様子がおかしいことに気付いた咲良は、陽子へと尋ねた。


「あの、和泉さんが戦っている相手のことを知っているんですか?」


「あ、あいつは……あいつらは、こないだ私達に絡んできて、和泉さんを半殺しにした奴らよ……」


 陽子の言葉に驚きの表情を浮かべる咲良。


「なんであいつらがここに……。ひょっとして私達のせいで目をつけられたの? だとしたら私は……」


 考えが悪い方へ悪い方へと流れ始めた陽子は、顔色もどんどんと悪くなっていく。それだけでなく、陽子につられるように、慶介の顔色までも悪くなっていった。


 負のスパイラルに陥ったかのような二人の様子に、咲良は掛ける言葉が思い当たらない。

 そんな負のオーラのようなものが漂い始めた時、それを打ち払ったのは芽衣の発言だった。


「いまは~、とりあえずあいつらを倒しましょ~。和泉さんも、りゅーのすけも万が一があったら大変です~」


 のんびりとした芽衣の声はこの場にはそぐわないが、その声には強制的に人をおおらかな気持ちにさせる効果でもあるかのようだった。

 更にそこに、


「二人とも、落ち着いてください。 【平穏】」


 メアリーの"回復魔法"【平穏】によって、二人は一旦落ち着きを取り戻していく。


 一方咲良は芽衣の言葉に乗っかって、龍之介が戦っている剣士の男に注目した。

 そして、龍之介と相手との距離が十分空いた所で、咲良が渾身の魔力を籠めた【炎の矢】を剣士の男に向けてぶっ放した。


「なっ!?」


 不意を突かれた剣士の男は咲良の魔法を避けることも出来ず、どてっぱらに風穴を開けながらまともに【炎の矢】を食らってしまう。

 腹に開いた穴の周辺部分は、熱によって焼けただれており、血や体液が蒸発して出来た煙が微かに立ち上る。


 しかし、焼けただれたおかげで血管なども溶接されたような状態になっており、あれだけ大きな穴が開いているのに出血は思いのほか少なかった。


「うわぁ……」


 その光景をじっくり見てしまった咲良は、思わずそんなドン引きしたような声を上げて、体を震わせた。

 直接攻撃するより感覚が薄れるとはいえ、自分の撃った魔法の結果としてあのような結果を生み出してしまい、罪悪感のような禁忌を冒してしまったかのような、いたたまれない気持ちに苛まれる。

 相手の男はまだかろうじて生きてはいるようだが、腹があの状態ではそう長くはないだろう。


 咲良がそうして山賊の一人を倒していた時、陽子は結界の範囲のことも気にせず信也の下へ駆け寄っていた。

 途中までは舐めてかかっていたのか、信也もまだ余裕がありそうだったのだが、途中から相手も本気で殺しにかかってきてるのが、素人の陽子にも目に見えて分かったからだ。


「はぁ、はぁ……。よし、ここからなら……」


 ようやく"結界魔法"の射程内まで接近した陽子は、早速現在張っている【物理結界】を一度消し、新たな結界を張り直しはじめる。

 一度【物理結界】を消したのは、【物理結界】と【魔法結界】のように別種の結界同士ならば同時に展開することは可能なのだが、同じ魔法の場合どうしても複数の展開が出来ないことが理由だった。


「前はただ見ているだけだったけど、今度こそは! 後悔したり、しないわ! 【物理結界】」


 こうして絶妙のタイミングで張られた陽子の【物理結界】は、風前の灯火であった信也の命を救い、無事この難事を切り抜けることに成功したのだった。




▽△▽




 信也達が因縁の相手との決着をつけてから十分ほどが経過した頃。反対側の林の方に山賊を倒しに向かっていった北条が帰ってきた。

 自分たちの相手にばかり集中していたので、北条の方にまでは気が回らなかった信也達だったが、どうやら無事一人でなんとかなったらしい。

 一目みた限りでは大きな傷も負っている様子はない。


 ……ただ羽織ったマントの所々に赤黒い染みがついているだけだ。

 幸いマントの色は黒いので、そこまで目立つ訳でもなかったが、眼前の相手から血しぶきを受けた信也と同じく、慶介か咲良の"水魔法"に頼って一度洗った方が良さそうだ。



「どうやらこちらもどうにかなったようだなぁ」


「はい、予め襲撃に対する準備が出来ていたから大きな被害も出ないで済みました」


 普段と変わりない様子でそう話しかけてくる北条に、簡単に状況を報告する咲良。

 その顔からは一先ず先ほどの【炎の矢】を撃った後のショックは多少抜けているようにみえる。


 戦闘後北条と合流する前に、落ち着いて山賊達を調べた際には、剣士の男はすでに死んでいた。

 そこでまた咲良に、言いようのない不安感のようなものが湧き上がってきたのだが、強引にそれを抑え込み、襲ってきた相手の一味だというのに、手を合わせて軽い祈りを送った。


 それは相手の為というよりも、咲良自身の精神の安定のためのものだったかもしれない。


「具体的に説明すると、こちらは全部で五人いたようで、内二人は死亡。盗賊と狩人は縄で縛った後に、魔法で治療してあります。それから後一人、こっそり逃げようとしていた魔術士の男も、魔法が使えないように猿轡をして、縄で縛って他の二人と一緒にあそこに……」


 そう言って咲良が指した指の先を見てみると、三人の男が縛られた状態でまとめられていた。

 魔法で治療された細身の男は、傷が癒えると同時に罵詈雑言を投げかけてきたので、止めようとするメアリーを振り切って、由里香が再び何度か適度に殴りつけて黙らせてある。


 魔法発動のキーとなる魔法名の発音は、きっちり発音しないといけないようで、猿轡を噛ませるだけで防ぐことは出来る。

 ちなみに異邦人達は、以前日本語での魔法の発動を試してみたが、発動することはなかった。

 今彼らが話したり、魔法の発動の際に用いたりする『ヌーナ語』以外にもこの世界では言語が幾つか種類があるようだが、そういった他の言語では魔法は発動するらしい。


 咲良や陽子などはその辺に興味を持っていたようだが、結局どういう仕組みなのかは分からなかった。

 なお、魔法名を口にしなくても魔法を発動できる"無詠唱"というスキルもあるようだが、相当レアなものらしく使い手はかなり少ないらしい。

 このスキルの所有者に対しては、猿轡は無意味になるだろう。


「それと陽子さんから聞いたんですけど、まとめて縛られている三人の中で魔術士の男以外の二人と、あっちで倒れてる体の大きい太った男の三人が、街で和泉さん達に絡んできた三人だそうです」


 結局自らの剣で相手を死に至らしめてしまった信也は、最初にゴブリンと戦った後のように暗く沈んでいた。

 ただ、今は少し時間が経過したせいもあるのか、顔色は少しよくなっているようだ。


「えーと、後は……うん、こちらであったことはそんなところかな」


「なるほどぉ、了解したぁ。こちらの報告は……そうだなぁ、まず人数は四人いたが全員仕留めてある」


 さらっと流すように口にした北条の発言の意味に、遅れて気付いた咲良は眉を僅かに寄せる。

 しかし咲良から何か言葉が漏れることはない。

 あのように襲撃してきた相手に対して、「命まで奪う必要はなかった」などとは到底言い切れるものではなかったからだ。


「それと幾つか話があるんだがぁ……とりあえずあいつらから少し離れた所に移動しよう」


 そう言って縄で縛られた山賊達に視線を送る北条。


「あ、それなら私が新しく使えるようになった【遮音結界】を使えば大丈夫よ」


 どこか晴れ晴れとしたような表情を浮かべる陽子が、提案を持ち掛けてくる。

 【遮音結界】は【物理結界】と同程度の広さまで範囲を調整することが可能で、結界の内部と外部とで、完全に音を遮断することが出来る魔法だ。

 密談などにも持ってこいのこの魔法は、魔法道具としても開発されていて、高価ではあるが会議室などの重要な話し合いが持たれる場所に設置されている。


「ああ、そういえばそんな魔法もあったなぁ。よしそれでいくかぁ」



 こうして今後の行動指針についての話し合いが始まった。





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