第807話 二つのスキル
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「ここは……どこ……?」
三種の神器を集め終わり、ようやく日本へ帰還することになった陽子。
最後に『ジャガーノート』の紋章を描いたスケッチブックを渡し、陽子は日本へと帰還したはずだった。
しかしふと意識を取り戻して辺りを見渡してみると、そこは真っ白で何もない空間が広がっていた。
「何よ……これ。まるで異世界転生時にありがちな光景じゃない」
陽子達がティルリンティへと送られる直前はこうした白い何もない空間ではなく、ただ視界を失ったかのように真っ暗になっていただけだった。
その時とは真逆な光景に思わず陽子は周囲を見回す。
するとどこからともなく声が聞こえて来た。
『地球への帰還を望む者よ。汝には報酬として、ティルリンティで得たスキルの中から二つ。地球でも同レベルで扱う能力を与えよう』
「えっ……」
その声はかつて陽子が異世界に来る直前に聞いた声と同じだった。
あれから何年も経っているというのに、一度聞いただけで今さっきのことのように思い出す陽子。
驚き戸惑う陽子だったが、その声の後にこれまた見たことあるような光景が視界に――いや脳裏に直接送り込まれる。
ただそれは以前見た時のようなランダムなスキルの並びではなく、陽子がティルリンティにて取得していたスキルの一覧場面だった。
「この中からスキルを選べ……ってこと? 二つって、こんだけ覚えたのに二つだけ!?」
喚き散らす陽子だが、どこからも反応は返ってこなかった。
帰還直前の機会音声とは違い今の声は肉声のようにも聞こえたが、声の主は近くにはいないのかもしれない。
「……こうしてスキル一覧を見ていると、あの世界での思い出が甦ってくるわね」
例えば"恐怖耐性"や"魅了耐性"スキル。
北条の"威嚇"のスキルによって強制的に耐性スキルを覚えようと、散々状態異常にさせられたものだった。
「確かに効果的だったとは思うんだけど、もうちょっと他のやり方はなかったのかしら」
その時のことを思い出しブツブツと呟きだす陽子。
他にも最初に選んで以降、ずっと活躍してくれた"結界魔法"。
この魔法のお陰で、ダンジョンの探索は一般の冒険者と比べて大分イージーになってくれた。
「……って、どうもダメね。昔の写真アルバムを見てるようで、先に進まないわ。何を選ぶか決めないと」
そうは言いつつも、すでに陽子の中ではどのスキルを選ぶかは決まっていた。
「まあこれとこれ……よね」
沢山のスキルの中から陽子が選んだのは、"ディメンジョンボックス"と"空間魔法"のスキルだった。
"ディメンジョンボックス"には、ティルリンティで得た多くのものが思い出と共に収納されている。
それと比べ"空間魔法"はと言うと、
「……一応、向こうにいた時に"空間魔法"の【座標登録】を使ってあるのよね。世界を隔ててもその座標を認識出来るかは分からないけど、単純に瞬間移動出来る魔法ってのは便利で良さそうだし」
そういった理由から陽子はこの二つのスキルを選択する。
「この二つのスキルに決めたわ! それで、これからこのスキルを持って日本にかえれ――」
脳内に浮かぶ画面からスキルの選択を終えた陽子が、誰にともなく呼びかける。
そもそもこの謎の空間できちんと声を出せているかも謎であったが、陽子の呼びかけに相変わらず答える声はない。
代わりに、有言実行とばかりに再び陽子の意識は深いまどろみの中へと落ちていった。
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「……はっ!? ここは……」
口にした後に、ついさっきも同じような台詞を吐いたばかりだなと思う陽子。
だが今度は何もない真っ白な空間ではなく、どこかの地面に寝っ転がっている体勢だった。
そしてさっきと同じように、辺りを見回す。
場所はどこかの森の中のようで、木々の間から漏れる太陽の光からして、夕刻に近い時刻だということが分かる。
次に目に入ったのは、背広を着て同じく地面に横になっている信也の姿だった。
「和泉? なんでそんな恰好…………って、私もなんでこんな状態なの!?」
改め自分の姿を見てみると、陽子は自分の体にギプスやら包帯やらが巻き付いていることに気付く。
「なんでこんな状態に…………って、ちょっと待って。少し思い出してきたわ」
目覚めるなり騒がしく陽子が七面相をしているが、近くで横たわっている信也は目覚める気配はない。
ただ息はしているので死んでいる訳ではないようだ。
「そうよ! 確か私、車に撥ねられて……それから、ええと……」
陽子はティルリンティへと転移した十三人の中でも、一人だけ本人の意識が定かではない状態にて転移させられている。
そのせいか異世界に転移される前の記憶があやふやだった。
ただ車に撥ねられたことだけは覚えていたので、自分の今の状態もそのせいだろうと想像がつき、今は少し落ち着いている。
「……でも、車に撥ねられたにしては体に異常はなさそうなのよね」
異常が無いどころか、寧ろ頗る体の調子が良かった。
試しにその場で軽く跳躍してみると、信じられないほど高く飛ぶことが出来てしまう。
「これって……。向こうにいた頃よりはかなり劣るけど、間違いなく肉体的な影響が残ってるわね」
陽子は後衛職ではあったが、レベル百を超えていただけあって、三メートル程度の壁ならスイッとその場から垂直飛びで軽く飛び乗ることが出来た。
今はそこまではいかないものの、明らかに運動不足だった転移前の自分とは思えない程、陽子は自分の体が軽いのを感じている。
「魔法はどうなのかしら」
続いて陽子は魔法の検証に入る。
近くでは未だに信也が背広姿のまま寝ているのだが、今は情報の処理が追い付いていないのか真っ先に気になったことを確認しているようだ。
「……これは」
陽子はまず使い慣れた"結界魔法"を試そうとした。
だが結果からいうと、陽子の魔法は発動することがなかった。
「でも完全に使えない……って訳でもなさそうね」
魔法に必要な魔力は、ぼんやりと感じることが出来る。
そしてそれを魔法という現象へと昇華させる為の方法も、なんとなく理解出来る。
ただこれまでは補助輪をつけて自転車を動かしていたようなもので、今はそれを取り外されてしまってどうも感覚がつかめない。そんな感覚を陽子は味わっていた。
「いえ、もっと厳しい感じ? 衛星の軌道計算を自分の頭で行うような……というか、どうも"結界魔法"そのものが上手く使えない気もする……」
魔法の感覚が掴めなくなっている上に、"結界魔法"を使った際の違和感のようなものを強く感じる陽子。
「あ、でも報酬で選択した"空間魔法"はどうかしら」
今度はティルリンティでは"結界魔法"より難度が高いとされる、"空間魔法"を試してみる陽子。
スキル保有者が少なく、更にその少ない所有者の大半が初歩的な魔法すら使えない"空間魔法"だが、少なくとも陽子はティルリンティでは転移魔法を成功させている。
「あっ……」
そこで陽子はあることに気付く。
試しに使おうとした、"空間魔法"の初歩である【空間知覚】は発動に失敗している。
だが失敗といっても、先程の"結界魔法"の時よりは手応えを感じていた。
それに何よりも"空間魔法"を発動しようとした時に、遠いどこかのポイントに薄っすらと意識が向けられるのを陽子は感じていた。
「今のって……。大分感覚が弱かったけど、【座標登録】で登録した位置……よね?」
報酬として選択しただけあって、どうやら"空間魔法"の方は少し練習すれば使えるのでは? というくらいに手応えを感じる陽子。
「ってことは、もう一つの"ディメンジョンボックス"も!?」
それならば! と続いて陽子は"ディメンジョンボックス"のスキルを試そうとする。
だがスキルを試す前に、近くで寝ていた信也が寝起きのような声を上げて目を覚ました。
「ん……あれ、ここは……」
つい何分か前の陽子のような声を出す信也。
陽子は一旦"ディメンジョンボックス"の発動を取りやめ、信也へと話しかけることにした。
「あ、和泉。あんたも目が覚めたのね」
「うん? 陽子か? ……お前なんでそんな恰好してるんだ?」
陽子の声に振り向いた信也は、陽子が体のあちこちにギプスやら包帯やらを巻いている姿を見て、思わず眉を上げる。
「ああ、これね。ほら? 私って転移前は事故って多分病院にいたから。でも体の方は神様? が治してくれたのか全然問題ないわよ。そういう和泉だって、背広を着てるじゃない」
「む……、確かに。これは俺が転移する前に来ていた服……か」
ちなみに両者ともに、衣服も再現されてティルリンティで目覚めたので、異世界での初期装備服と同じ服装をしている。
陽子の場合、事故の報せを聞いた家族が実家から服を持ってきて着替えさせていたので、ギプスや包帯などの内側にはその時の服のままだった。
「そうね。私の転移前の記憶ではこの服を着ていた覚えはないけど、昔持ってた服にこんなのがあった気がするわ」
「なるほどな。……所で色々気になることがあるんだが、聞いていいか?」
「ええ、どうぞ。といっても、私もついさっき目覚めた所なんだけどね」
「そうなのか……。だがそれでも俺よりは状況に詳しそうだ。じゃあ……まず最初に気になったんだが、陽子。お前……なんか若くないか?」
「……ちょっと、それどういう意味よ?」
「あ、いや、悪い意味ではなくてだな。明らかに若作りしてる……というか、若いというか……」
陽子にジロッとした目で睨まれ、思わずに同じような言葉を繰り返してしまう信也。
だが陽子もここでふと信也の違いに気付く。
「って、そういえばなんか和泉も顔立ちが前とちが――」
そこまで陽子が言いかけた時、「ほわんっ」というなんとも気が抜ける音が二人の耳に届く。
思わず二人して音が聞こえてきた方へと視線を向けると、そこには地面に横になっている由里香の姿があった。
「由里香!? これは一体……」
「これってもしかして……?」
由里香の姿を見た二人は、驚きの声を上げる。
何故ならその場に突如現れた由里香の姿は、明らかに転移直後と同じくらいの中学生くらいの見た目をしていたからだ。




