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どこかで見たような異世界物語  作者: PIAS
最終章

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第806話 最後の転移者


「そん……な……」


 一人茫然とその場で立ち尽くすリタ。

 実際に日本への帰還がどういった形のものになるのか。

 今のこの結末も、事前に話し合っていた時に予想されていた結果の一つではあった。


 そもそも想定では、鳥居を起点に日本へと通じる門――ゲートが開かれると予想されていた。

 この形式ならば、一緒にゲートを通過すれば一緒に帰れた可能性は高いように思える。


 しかし実際は個別に確認してから順番に転移していくという、想定の範囲外の展開になっていた。

 日本への帰還をナビゲートする機会音声も、融通の利いた反応を見せることなく淡々と異邦人に対応している。

 きつくリタを抱きしめていた慶介は、その時からこうなることを予期していたのかもしれない。


 慶介に抱き着いていた姿勢を保持し、宙に手を浮かべたままのリタ。

 状況の理解に脳が追い付いていくにつれ、その両腕を引いて自分の胸元を抱きしめるようにしながら、ストンと膝から崩れ落ちる。


 悲壮感溢れるリタのその表情と仕草に、誰もが声を掛けられずにいた。

 キリルやエルランドですら、なんと声を掛けていいのか躊躇ってしまうほどだ。

 だがこんな空気の中でも、情緒の欠片もない声は空気を読まずに決められたプログラムに従って機能しつづける。



≪十一人目、莉雁キ晏調濶ッ。地球への帰還を希望しますか?≫








▽△▽△▽



「えっ……」


 呆けたようなその声が誰から発せられたものなのか。

 その機会音声を耳にした瞬間、誰もが呆気に取られたような状況だった為に、自分が口にしていたとしても気づかなかった可能性は高い。

 リタの悲劇から一転しての謎の十一人目の登場に、最初に我に返ったのは北条だった。


「十一人目って……そいつぁどういうことだぁ? それに名前の所も聞き取れなかったんだが、誰か分かった奴いるかぁ?」


「オレも何て呼んだのか聞き取れなかった。っつか、今の日本語でもねーしこっちの言葉でもねーよな?」


 龍之介の言う通り、先程の機会音声の名前の部分はまるで幾つもの声が重なっているかのような……。それでいて逆転再生してるかのような奇妙な響きもあり、通常の言語ではないことが一声聞いただけで理解できた。


「古代神人語でもないニャ。オレでも知らない言葉はあるけど、今のはリューノスケの言う通り普通の言葉じゃニャいと思うニャ」


 寿命が長いことで知られるエルフのエスティルーナより、ノーチラスは更に長い年月を生きている。

 大半の時期は眠りについていたとはいえ、それでも千年以上を生きるノーチラスがそう言うのなら信憑性は高い。


「……まさか今のはノーチラスの本名だったりしないよなぁ?」


 ノーチラスとも少なくともここ一年以上は同じ拠点で暮らしている。

 しかしまだまだノーチラスには謎が多く、北条も無理に問い詰めたりはしていないので、こういった事態が起こるとついノーチラスを疑ってしまう。


「……違うニャ」


「なんだぁ、その一瞬の間は? なんっか怪しいんだがぁ……」


「ホントにオレじゃないニャ! 信じて欲しいニャ!」


「じゃあさっき名前を聞いた時、自分が呼ばれたって感覚もなかったんだなぁ?」


「ニャいニャい……。というか、そんな感覚があったニャ?」


「ああ。少なくとも俺は自分の名前が呼ばれた時は、まるで心に直接呼びかけられたみたいに分かったぞぉ」


「あ、オレもだぜオッサン」


「わたしもです~」


「……同じく」


 北条以外の残留組も、その点は同じだったらしい。

 謎の十一人目の話が盛り上がっていく中、シャンティアとカタリナがリタの下へと駆け寄っていき、彼女を支えるようにしながら端っこへと移動していく。

 その様子を横目で見ながらも、北条はこの謎の十一人目への対応を進めないといけないと感じ、今確認したばかりのことについて改めてこの場にいる者達に問う。


「誰か……さっき妙な名前を呼ばれた瞬間に、自分が呼ばれたと感じた奴はいるかぁ?」


 例え本人が呼ばれた名前のことを認識していなくても、名を呼ばれた時の独特な感覚は気のせいですむようなものではない。

 先ほどの謎の名前の持ち主がこの場にいるなら、必ず何かしらの感覚を感じていたはずだ。

 例え自分の本名を知らず、別名を与えられて育っていたとしてもだ。


 ……しかし、北条の問いかけに名乗り出る者は一人もいなかった。


「ねえ団長。最初に広がっていった光のカーテンって、この転移部屋全体に広がってたよね?」


「あぁ? そういやあそうだったなぁ…………もしかして!?」


「うん。台座があったこの中央付近じゃなくて、転移部屋内のどこかにさっきの名前の持ち主がいるんじゃないかな?」


 シグルドの推測に、北条はかなりの説得力を感じていた。

 確かに転移部屋には、常に数十人単位で冒険者が待機している。

 しかも《サルカディア》には他のダンジョンにはない、鳥居や神社のような特徴的な建物が部屋内に存在しているのだ。

 もし北条達以外に日本からの異邦人がいたとすれば、その話を聞いてやってきていても不思議ではない。


 ただその場合、北条達に接触してこなかった点は腑に落ちない。

 何かしらの理由があったのか。

 或いは日本や地球ではなく、更なる別の異世界からの来訪者が紛れている可能性すら考慮し始める北条。

 あの妙な名前もそれなら納得がいく。

 目まぐるしく思考を重ねる北条だったが、とりあえずは現在転移部屋に待機している冒険者のことを調べようと、仲間に声を掛ける。


「みんなぁ! 協力してこの転移部屋内にいる冒険者に――」


「その必要はありません、北条様」


 だがそこへ待ったの声がかかる。

 北条は一応領地持ちの貴族であるのだが、普段は様付けで呼ばれることは少ない。

 大抵の者は親しみを込めて団長と呼んでいるからだ。

 しかしこの場には一人、北条のことをそう呼ぶ者が混じっていた。


「アーシア……?」


 名を呼ばれたアーシアが一歩、また一歩と居並ぶ人たちの列から前に出ていく。

 この突然のアーシアの行動に、見送りに来ていた者達も――そして北条ですら、真意が読めずただただ成り行きを見守るだけだ。


「北条様、これまでお仕え出来て私は幸せでした」


「おい……、おいよせよ! なんだ、その別れの挨拶みたいなのは」


「少しだけ約束を破ってしまいますが、私は必ず帰ってきます」


「待て! 何故だ? 何故アーシアが向こう(日本)に……」


「その時は、恐らく慶介様と一緒に帰ってくることになるでしょう。その時まで、しばしお待ちくださいませ」


 必死に縋りつくように問いかける北条だったが、アーシアの方は覚悟が決まっているのか、前もって言おうと決めていた言葉をブレずに吐き出していく。


「地球への転移を希望します」


 そしてそのままの勢いでその言葉を発してしまう。


「さようなら、北条様。もし、またわた……」


 転移の希望を告げた後、アーシアは最後に北条への言葉を残そうとするが、それは途中で途切れてしまう。



 地球への転移は、これまで散々見て来たような派手な光のエフェクトを放つ魔法陣が現れない。

 まるで最初からその場にいなかったかのように、忽然とその場から消えてしまうのだ。


 しかし今回は様子が違っていた。

 アーシアが途中で発言を止めた後も、そのままその場に残っていたのだ。

 ただし何故か"人化"を解除し、いかにもといった見た目の丸いスライムの形状に戻っている。


「あ……れ? おい、オッサン! なんか残ってるっぽいぞ!?」


「みたいですね~。でも……なんだか様子がおかしい気がします~」


 芽衣は自身でも従魔を使役しているせいか、目の前のアーシアの異常に気付いたらしい。

 だが芽衣に指摘されずとも、契約者である北条はそのことを痛いほど理解していた。


ソレ(・・)はもう……アーシアではない」


「ああん? どーゆーことだよ、オッサン!」


「従魔や精霊などを使役する者以外には分かりにくいだろうが……、契約を結んでいたはずのアーシアをソレからは感じられん」


「アーシアさんの中身だけがなくなっちゃった感じですか~?」


「……そーいや、さっきからピクリとも動かなくなってんな?」


 北条の説明に改めて「アーシアだったもの」への注目が集まる。

 だがこれだけ注目を浴びても、最初に姿を元に戻して以来さっぱり動く気配がなかった。

 死んではいない。

 その事は"生命感知"などでも分かる。

 しかし内面的な精神活動が一切見られず、知性が残っているかも不明な状態。


 魔物といえどニアやラビを見れば分かるように、契約して従魔となった魔物達には知性や感情というものが存在する。

 目の前のアーシアだったものも生命活動をしている以上、例えば食事を与えれば食べはするのだろうが、それは体の機能であってそこに意志は介在しない。



「北条さん……どうするの?」


 沈んだ様子の北条におずおずと楓が声を掛ける。

 反射的に北条は楓の方へと振り返り……ふと昨夜のことを思い出す。


「――っ! そうか……。あれはそういう…………」


 そして寂しそうにそう呟くと、北条は"ディメンジョンボックス"からとあるアイテムを取り出す。

 それは、昨夜アーシアが分裂した後に手渡してくれた核だった。

 北条はそれ()を、居座ったまま動く気配のないアーシアだったものの体内に埋め込む。


 元々自分の体から分裂させた核だからか、拒否反応が出ることもなく埋め込んだ核は元からあった核部分と融合を果たす。

 すると、これまでまったく動く気配がなかったアーシアだったものが、ぷるぷると震え元気に動き出した。


「おっ! オッサン! もしかして元に戻ったのか!?」


 それを見て龍之介が思わず大きな声を上げる。

 しかし北条はそんな龍之介に、寂しそうに首を横に振りながら答える。


「いいや、さっきのは元々アーシアが"分裂"のスキルで生み出したスライムの核……。これまでもアーシアは何度かそうして分裂したことはあったがぁ、それらはアーシアとは違う別の個体でしかない」


 そうピシャリと北条が言い放つと同時に、これまで妙に長い間沈黙を守っていた機械音声が復活する。



≪莉雁キ晏調濶ッの地球への転移、完了致しました≫



 これまでも機械音声による転移完了のアナウンスは転移してから若干の間があったのだが、今回は特にその間が長かった。

 特殊なケースのせいなのか、北条に気を利かせたのか。それは定かではない。



≪計十一人の意思の確認の下、三種の神器による転移の儀は完了しました≫



 どちらにせよ、これで信也達が日本に帰ったのは間違いないだろう。

 本人達が望んで帰還したのだから、本来はもう少し目出度いことのハズだった。

 ……なのだが、最後の方の展開のせいで、残された者達の表情は明るいとは言えない。


 こうして異邦人達の帰還は終了した。


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