第805話 繋がりし者、残されし者
「由里香ちゃん!? 由里香ちゃん!!」
それは芽衣が放った叫び声だった。
由里香が消えた直後ではなく少し間を空けての叫び声に、怪訝そうな視線が幾つか芽衣に送られる。
由里香が転移によって消えるまで堪えていた感情が、少し時間が空いたことで堰が切れるようにして溢れ出たのだろうか。
そんなことを想いながら、北条が芽衣に話しかける。
「芽衣……、どうしたんだぁ?」
北条がそう問いかけると、芽衣はものすごい勢いで北条の方へと振り向く。
そして自分が取り乱していたことに気付いたのか、息をふうぅぅぅっと吐いてから芽衣が答えた。
「由里香ちゃんの反応が……、"ソウルフレンド"のスキルで由里香ちゃんの反応を感じたんです」
「なん……だと……」
これまで北条が信也や慶介と一緒に考えていた対策は、一つも成功していなかった。
やはり隔てた世界へ干渉するのは並大抵のことではないらしい。
だがここに来て、芽衣と由里香が取得した"ソウルフレンド"に反応があるという。
"ソウルフレンド"はユニークスキルであるため、北条のレジェンドスキルである"スキル吸収"で吸収して覚えることが出来る。
だがこのスキルは"ゼラムレットの威光"などのように、スキルだけ覚えても使えない系のスキルだった。
試しに由里香や芽衣に対して使ってみた時も、通じることなく失敗に終わっている。
今も北条は自分でも試してみたのだが、やはり由里香の存在を感じ取ることは出来なかった。
「それで……それで由里香さんは何て言ってるんですか!?」
この事実に一番の反応を見せたのは慶介だった。
それも当然だろう。
慶介はこれまで散々その方法を模索していたのだから。
「それが……、どうやら気を失ってるみたいで反応がないの。それに、やはり別の世界にいるせいか、ダンジョンの内外でやり取りする時よりも気配が感じ取りにくい感じで……」
「そう……ですか」
地球に戻ったらしい由里香から何か情報が手に入るかもと期待した慶介だが、そう上手くことが運ばない。
そして北条が話を先に続ける。
「このまま由里香が向こうで目覚めるのを待つ選択もあるがぁ、正直この転移装置? がいつまで待ってくれるか分からん。何より次は一番日本に帰りたがっていた細川さんの番だぁ。ここは転移を先に進めていこう」
今この場で由里香と連絡を取って情報交換している暇はない。
しかし、少なくとも由里香と芽衣の間で念話のようなやり取りが出来る可能性は見えてきた。
外国からのラジオを受信するように、チューニングを合わせるのが難しかったりノイズ混じりで聞き取りにくいかもしれないが、それでも芽衣は由里香の存在を遠いこの地から感じ取れているのだから。
「それでは……私もこれでお別れになります」
メアリーが前に出て静かにそう宣言する。
彼女は異邦人の中でも一番、日本への帰還を望んでいた。
何故なら日本には可愛い愛息子を残したままだったからだ。
あれから七年。
無事に成長してくれていれば、今頃は最初に異世界に転移した時の慶介と同じくらいの年齢まで成長していることだろう。
その間の成長を見守れなかったことは、メアリーにとって辛い事だった。
離婚して親権が渡るとか以前の問題で、連絡を取ろうにも取れない。会って話すことが出来ない状況が続いていたのだ。
「皆さまには大変お世話になりました。私はこれで故郷へと帰りますが、皆さんはどうか無理をなさらず、天寿を全うできるようご自愛ください」
「メアリーは相変わらずね。大丈夫よ。なんせうちの団長はとにかく安全重視なんだから」
「カティの言う通りッス! だからメアリーさんも安心して元の世界に帰ると良いッス!」
メアリーはその性格から積極的に前にしゃしゃり出ることはなかったが、いつも落ち着いて皆を癒してくれる彼女のことをメンバー達は頼もしく……そして年若い者からは母や憧れの女性のように思われていた。
冒険に出てるとき以外でも、風邪等をひけば献身的に介護もしてくれる。
メアリーの慈愛の深さは、誰もが認めるところだった。
「みなさん……」
メンバーからの温かい声に、メアリーの涙腺が緩み始める。
そこへ不意に北条からの念話がメアリーの下に届く。
【向こうに戻ったら、圭吾によろしく伝えておいてくれ】
「北条さん……」
メアリーの呟きは小さく微かに口元から零れ落ちるが、少し離れた所で見守っている者達の下までは届かない。
返事をする代わりに北条の方を向いて軽く頷くメアリー。
そして最後の言葉を口にする。
「日本への帰還を望みます」
≪細川メアリーの地球への転移、完了致しました≫
こうしてメアリーは念願の日本への帰還を果たした。
だが余韻に浸る暇もなく、すぐさま次の人物……慶介の名が呼ばれる。
≪十人目、足利慶介。地球への帰還を希望しますか?≫
そのアナウンスの言葉に、慶介だけでなくその隣に寄り添っていたリタもビクッと体を震わせる。
これまでは帰還するか、この世界に残るかの二択が選ばれてきた。
しかし慶介の……いや、慶介とリタが望む選択はそれとは違う第三の選択。
それは慶介とリタ、二人共が日本へ渡るというものだ。
そのためにまず二人は事前に同じパーティーに登録してあった。
他には誰もいない、二人だけのパーティーだ。
だがその程度だとはぐれる可能性が高いので、二人は共に同じ指輪をしている。
これは単なる婚約指輪などではなく、歴とした魔法具だった。
〈結魂指輪〉という名のこの指輪の効果は、対になる指輪を嵌めて互いに愛を誓うことで、両者の間に魂的な繋がりが結ばれるというものだ。
実はこの魔法具は、実際には呪具にもなりうるものだった。
効果内容的にはまさに愛し合う男女にうってつけのように思えるが、愛を誓った後に別の相手を好きになってしまった場合、酷い自己嫌悪がその者を襲う。
この手の魔法具はそれなりに同じような効果のものがダンジョンから見つかっており、中でも慶介たちが仕入れたのは魔導具クラスの〈結魂指輪〉だった。
魔導具クラスのものとなると、たかが自己嫌悪と軽く言っていられない。
激しい自己嫌悪はやがて自傷行為や自殺へと繋がるのだと言う。
実際に慶介が手に入れた指輪にも、そうした逸話があると商人が語っていた。
だがそれでも慶介はこの〈結魂指輪〉に賭けてみることにした。
実際に北条が"解析"してみた所、確かにこの魔法具には使用者同士の魂の結びつきを強める効果があると出ていたからだ。
「リタ……」
「はい、ケースケ様……」
しずしずと慶介とリタは手を繋ぎ、信也達が消えていった場所へと歩いていく。
慶介だけでなく、リタが一緒に前に出ていくことに疑問を持つ者はこの場にはいない。
すでにお別れ会の時から知らされていたことだからだ。
「リタ、向こうでもケースケ殿と幸せにな……」
「向こうで用を済ませたら、またこっちに戻ってくるんだろ? そしたらニホンの話を聞かせてくれよな!」
リタとは血の繋がった兄弟であるキリルとエルランドが、リタへの最後の言葉を伝える。
キリルには早い段階でこうすることを伝えてはいたが、流石にリタは王族の女性だけあって王宮の方では問題視もされていた。
しかし結局『ジャガーノート』との関係性の為……とキリルが押し切り、リタの一世一代の願いは聞き入れられた。
「慶介ぇぇ! 絶対また戻ってこいよなああ!」
「おう。そんでもってまた一緒に男同士で飲み明かそうぜ!」
龍之介とムルーダ、そして他のクランのメンバーからも慶介へと声が掛けられていく。
特に女性陣からは、愛する人と遠い異世界に……それも王族となる女性が一緒に向かうとあって、二人を応援する声が多かった。
「みなさん……、ありがとうございます。僕達もそろそろ行こうと思います」
そう言って慶介は最後に北条の方へと振り返る。
「北条さん。向こうに帰ったら、まずは通信系の魔法具を色々試してみようと思います。それと、由里香さんとは向こうでも合流してみるつもりですので、芽衣さん経由で連絡することがあるかもしれません」
「ああ、分かったぁ。通信用の魔法具は常にスタンバイ状態にしておこう」
「よろしくお願いします……。それじゃあ、リタ」
「はい」
手を繋いだ状態の二人は、そこから抱きしめ合うような態勢へと移る。
それは互いに絶対に離れたくないという、強い想いが感じられる姿だった。
そして慶介は最後の言葉を口にする。
「僕も……、僕とここにいるリタも! 二人一緒に地球への転移を希望します!!」
強い意志を感じさせる慶介の言葉。
それは見守る者達へも伝わっていく。
……しかし、その強い意志は転移を行っているナニカには伝わらなかった。
≪足利慶介の地球への転移、完了致しました≫
「……え?」
ただ一人、慶介の転移だけを告げるメッセージが流れると、慶介と抱き合った体勢のまま一人残されたリタは、茫然と声を発した。




