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どこかで見たような異世界物語  作者: PIAS
最終章

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第798話 失われていた北条の記憶


「………………はっ?」


 鳩が豆鉄砲に撃たれたかのように、思いっきり口を開けて間の抜けた表情をする北条。

 メアリーの言った「ヒロくん」と言うのは、北条の本名である「松田博康」からつけられたあだ名だ。

 幼いころから親戚同士の付き合いのあった、北条とゴロちゃん……ことメアリーの夫は互いにあだ名で呼びあっていた。


「えっ? あの……どうしてそんな反応をするのですか?」


「いや、どうしても何も……。俺が小説家? それは何の冗談なんだ?」


「冗談なんかではありませんよ。北条さん本人が仰っていたことではないですか」


「あ……? なんだ……それは」


 ここに来て、ようやくメアリーも違和感の理由を理解し始める。

 確かに一度植え付けられたコンプレックスは、そうそう抜けるものではないかもしれない。

 しかしメアリーの知る転移前の北条は、小説家として売れっ子になっていた。

 

 思い返してみると、転移前から更に数年前の北条は、確かにどこか影を帯びていたというか、メアリーや他の親戚との接触を避けているように見えた。

 部屋の隅で一人佇み、時折吾郎とだけぼそぼそっと話す。

 だが小説家となって売れ始めてからは、そんな様子も少しずつ変化してきていたはずだ。


「まさか……覚えていないのですか?」


「覚えていないも何も、そんな事実はない。多分僅かに残された見得のようなもんで言った、ただのほら話だよ。確か当時はネット小説を読み漁ってたから、自分でも書いてみようとか思っていた頃だからな」


「そんなハズはありません! 私自身はその小説を読んだことはなかったんですが、ゴロちゃんも北条さんのお母様も、実際に出版された小説を手にとって話してくれたことを覚えてます」


「母さんとゴロちゃんが……? いや、でも……俺には実際に小説を書いていたなんて記憶はない…………あれ、でも待てよ?」


 大分混乱している様子の北条が、必死に日本でのことを思い出そうと頭を掻きむしる。

 年を取ってくるとよくある、テレビの中の人の名前とかが出てこないアレとはまるで種類が違う。

 ガチの記憶喪失は人を不安にさせる。

 それも北条の過去のトラウマに関わるような内容のことなので、北条の持つ様々な耐性スキルも仕事をしてくれず冷静さを保てないでいた。


「小説を書いていたなんて記憶はないんだが、なんだ……これは? 石鹸の作り方だとかサバイバル知識だとか、そういったことを調べてた? 確かに気になることがあれば調べる性質(タチ)だったが、なんでこんな……井戸の掘り方? こんなもんまで俺は相当詳しく調べていたらしい」


「あの、北条さん? 大丈夫なのですか?」


 自分の中にある知らない記憶を発掘している北条は、心配そうに声を掛けるメアリーの声にも気づいていない。

 ただひたすらに自分の中にある謎の記憶と向き合っている。


「待て待て。実際にサバイバルを体験しに一人で山に行っただと? あの頃の俺はそんなアクティブだった訳はないし、そもそも無職だった俺にキャンプ用品を買うだけの金はなかった。でも確かに思い出してみれば、確かに俺は山にも行ったしそこで誰かに…………うっ!」


「北条さん!? 大丈夫ですか!」


 突然頭を押さえて蹲った北条の下に、メアリーが駆け寄る。

 北条は片手で頭を押さえながらも、大丈夫だというようにもう片方の手でそんなメアリーを押し留める。


「だい……じょうぶだ。ちょっと頭がズキンと痛んだだけ、心配はない。ただ……どうも俺には失われた記憶がある……らしい」


「そのようですね。ですが無理に思い出そうとすると、先程みたいに頭痛が起こることもありえます。過去のことを気にされないのでしたら、無理に思い出す必要もないかと……」


「う……ん。そうだな……、今はそうするとしよう……」


 確かに北条にとって、日本での暮らしは決して思い出したくなるようなものではなかった。

 しかしメアリーが言うように、自分が小説家として成功していたというなら話も変わってくる。

 何より今回指摘されたことで初めて気付いたが、北条は自分の記憶が一部欠けていることによって、大きな喪失感のようなものを自覚し始めていた。


 物質であれば、金なり手間なりを掛けてそれを手に入れればいい。

 しかし形の無い記憶を失ってしまうと、それを追い求めようとしても元に戻る保証はない。

 そのことが、より一層不安な気持ちを抱かせてしまう。


「その、こんなことになるとは思っていなかったのですが、北条さんに確認出来たのでもう心残りはありません。……北条さんは自分が日本で成功していたと知っても、やはりこちらの世界に残るのですか?」


「それは……うん。残るだろうな……」


「そう……ですか。ではゴロちゃんやお母様には私の方から何と伝えたらいいでしょうか?」


「む……、その問題があったか」


 すっかりこの世界で生きていくと思っていた北条には、思いもつかなかったことだ。

 それは記憶を失ったことによって、日本に対して何の未練も無くなっていたから当然だったとも言える。

 だが今の北条は、この七年の異世界生活で内面的にも変化を遂げている。

 メアリーから家族や親戚の話を持ち出されると、そのことを考えずにはいられない。


「はい。二人共きっと心配してると思います」


「……そうだな。じゃあ、伝言を頼むよ。俺は遠い異国の地で元気で暮らしてる……ってな」


「分かりました。日本に戻ったら必ず伝えておきますね」


 最後に挨拶をして、メアリーはバルコニーから去っていった。

 北条はその場に一人残り、夜空一面の星をジッと見上げながらその場に佇む。

 空を見上げている北条の表情は、悩んでいるというか困っていると言うか。なんとも言えない微妙な表情を浮かべていた。


「北条……さん」


 そんな北条に声を掛ける者がいた。

 すっかり失った記憶のことに意識が集中していたせいか、はたまた相手の隠密スキルの高さ故か。

 すぐ近くに接近されるまで、北条は一切接近に気付くことがなかった。



「楓……か」


 それはクラン内で北条を抜かせば、最も隠密に長けている楓だった。

 実は北条もここに来る前にあとをつけてくる者達がいたことには気づいていたが、メアリーの衝撃的な話によってすっかりそのことを失念してしまっている。


 そしてこのタイミングで出てきたということは、今のメアリーとの話もしっかり聞かれていたということだ。

 以前からこうした楓のストーカー的行動には、強引に撒いて対処していた北条。

 しかし楓もかなり腕を上げたので、今日みたいに冷静でいられない状態になると咄嗟に【遮音結界】を張ることも忘れてしまう。


「今の細川さんとの話……聞いてた」


「はあぁぁ。お前は……ったく」


 相変わらずぶれない楓の態度に、どこか安心を覚えて北条の心の波が落ち着き始める。

 だが楓は落ち着き始めた北条の心の波を、再び荒れさせるような発言をした。


「私も……思い出したの」


「思い出した? 何のことだ」


 唐突な楓の告白に北条は見当がつかない。

 ……つかないまま次のセリフを聞いてしまった為に、不意を突かれたような感覚を北条は味わうことになる。


「私も、以前日本……で北条さんと出会っていたことを」


「…………え?」


 予想外のことを告げられ、一瞬頭の中が真っ白になる北条。

 小説に関すること以外にも失っている記憶があるのか? と、再び北条の表情が険しくなってくる。


「俺は……、俺は一体日本での記憶をどんだけ失ってるんだ!」


 一度目の記憶喪失でもショックを受けていたというのに、それが連続して告げられてしまうと、じゃあ自分は一体何者だったのかと北条はアイデンティティーが崩壊しそうになる。

 その様子を見て、話の導入を少しミスったと、慌てて楓がフォローに入った。


「あ、あの! 大丈夫! 失ったのは……恐らく小説に関する記憶……だから」


 それはある意味フォローではあったが、北条が記憶を失ったこと自体は否定していない。

 なので言われた側の北条としては、失った記憶について再び強く意識する結果となった。


「……それはどういう意味だ?」


「さっき北条さんも言ってた……。金もないのに……山にキャンプに行ったって」


 その時の北条は思い出した記憶で混乱していたこともあり、小声でぶつぶつと呟いていた。

 しかし強化されている楓の聴覚は、多少距離が離れていようと声が小さかろうと、信奉する北条の言葉は一つたりとも聞き逃したりしない。


「あ、ああ。確かに言ってたかもしれんが……」


「その時……。私と会ってる」


「楓と会った……? そんな記憶は…………いや、確かに誰かと会ったような記憶は微かに残ってる。だがまるで幻の人物のように、そこだけがみょ~~~にぼやけてる。何故だ?」


 北条の記憶としては、確かに一人で山にキャンプに行ったことは思い出している。

 何故そのようなキャンプ用品を手に入れられたかは謎だし、そもそもなんでそんなことをしたのかも思い出せない。

 だが部分的にはキャンプでのことを思い出していた。


「それは多分、北条さんが自分の書いたっていう……小説を私にくれたから」


「俺が書いた小説を楓に? なんだ? 俺は楓とは知り合いだったのか?」


「そう、実は付き合ってた」


「なっ……!? え……そんな? まさか冗談だろう!?」


「うん……。今のは嘘」


「ちょ、おま……、今の俺にそういった冗談はよしてくれ」


「ごめん……。でも山で会った……のは本当」


「そこは本当なのかよ!」


 楓の分かり辛いボケに、芸人のようなツッコミを返してしまう北条。


「本当。なんか布教するって言って……自分の本を持ち歩いてた」


「うっ、そういうことを言われると本当に俺が小説を書いてたって思えてくるな」


 北条としては、小説家云々は元より趣味で小説を書いてたという記憶すら残っていない。

 しかしこうも連続して証言者が現れると、考えも揺らいでくる。


「正直、あんな……山の中にまで、自分の小説持ち歩いて宣伝するなんて……必死だなって思った」


「未だに詳しく思い出せんが余計なお世話だ!」


「……でも、話は面白かった。ちゃんと……あとで続きの巻も買った。えらい?」


「ううぬ、なら布教は成功したってことだな。まー、いいんじゃねえか?」


「……なんか他人事」


「しょうがないだろ! そん時のことを思い出せないんだからなぁ」


 しかしこの楓の話を聞いて、北条が記憶を失ったのは小説に関することを中心としているのではないか? という可能性が浮上した。

 そしてここで更に楓が追加で情報を加える。


「つまり……、北条さんは、『好き魔!』の作者……ということ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっとここにつながりましたね 追憶編から伏線はあったものの、このまま終わってしまうのかなと少し心配していました
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