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どこかで見たような異世界物語  作者: PIAS
最終章

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889/907

第797話 北条の正体


 声を掛けられた北条が振り向くと、そこにはメアリーが一人立っていた。

 すでに夜遅いとはいえ、今日はパーティーがあったせいか城内は明かりが灯されたままだ。

 会場から出てすぐの場所で北条を待っていたらしいメアリーは、神妙な面持ちで北条に声を掛けている。

 その表情を見て何かを悟った北条は、先に用件を告げられる前に自分から話を持ち掛ける。


「どうも大事そうな話だなぁ? ならちょっと場所を変えようかぁ」


「はい」


 北条に誘われるようにして、二人は会場前の廊下から移動する。

 二人分の足音を廊下に響かせ、北条がメアリーを連れていった場所は城のバルコニーだった。

 異世界生活七年目の春も半ばに差し掛かっているとはいえ、まだ夜風が少し肌寒い季節。

 元々人が余り近寄ることがないバルコニーは、静かな夜に内緒話をするにはピッタリの場所だ。






「……それで、俺に何の用なんだぁ?」


「北条さんは何の用件のことか、もう気付いているのではないですか?」


「…………」


「それとも松田さん……と。そう呼んだ方がいいでしょうか」


 言葉だけ捉えると詰問しているようではあるが、メアリーの口調にはそのようなニュアンスは見られない。

 しかし北条はすぐに返事をせずに沈黙を返している。


「初めは気づきませんでした。洞窟の中だったせいもありますけど、私の知る松田さんとは少し見た目が違っていましたから」


 北条の核心に触れる話をしているというのに、相変わらず北条は黙って話を聞いたままだ。

 ならばとメアリーは先へと話を進めていく。


「別に問い詰めようという訳でもないんです。ただ、日本へ戻る前に本当のことを知っておきたくて……」


 そこまで言うと、メアリーは口を閉じ北条の反応を窺う。

 長いようで短い沈黙の後、ついに北条が口を開いた。


「正直、もっと前にこのことを聞かれるのかと思っていたよ」


「ではやはり……?」


「ああ。北条という名前は、最初にあの洞窟の部屋で目が覚めた時に付けた名前だ。"解析"で予め『武田』や『長尾』など戦国武将の名前が揃っていたから、俺もそれに乗っかって北条と……偽名を名乗った」


「ということは、もちろんその時から私のことは気づいていたのですよね?」


「勿論だ。だからこそ……さっき細川さんが言ったように、俺はあのダンジョン内で自分の姿を弄った」


「え? あの洞窟内でですか?」


 その時からすでに大まかには北条の正体に気付いてはいたが、まさかあの時にそのようなことまでしていたとはメアリーも気づかなかった。


「もっとも、今みたいに"人化"スキルや"幻魔法"のスキルがあった訳じゃない。あの時は、スライムから覚えた"変形"のスキルを使って体の一部分だけ変化させていた」


「ということは、最初のあの違和感は……」


 何か思い当たることがあるのか、記憶を探るように指先を顎に当てて考えるメアリー。


「つまり、スライムと遭遇するまでは元の姿だったってことだ。ダンジョン内はそれなりに暗いから、細川さんとは距離を取ったり麦わら帽子を気持ち深めに被ったり……まあそんなことをして誤魔化していた」


「……もしかしていつもの口調も?」


「は、ははは……。あの時は俺も焦っていたから、どうにか別人だと思わせたくてな。妙に間延びした口調を意識的に使うようにして、誤魔化そうとしていたんだ。まったく笑えるよな。今ではそれなりにあの口調が染みついて、自然と出ることも増えてきちまった」


「何故ですか? 何故北条さんは……あ、いえ。松田さんは――」


「いや、北条でいい。もう松田という男は死んだことにしてくれ」


「……北条さんは何故そうまでして、正体を隠していたんですか?」


 それが今日メアリーが確認しておきたい一番の内容だった。

 メアリーは先ほども言っていたように、正体を隠していたことを怒っている訳ではい。

 それに北条の方もメアリーを避けてはいたが、嫌っていた訳でもなかった。

 だからこそ、何故北条が他人の振りをしたのかメアリーはずっと気に病んでいた。


「細川さん。あんたは異邦人の中で唯一、日本にいた頃の俺を知っている。それなら分かるだろう?」


「分かる? 何をですか?」


「……どうやら惚けている訳でもなさそうだな。もしかしたら俺の方が一方的に気にしていただけかもしれんが、それでも俺にとって年に一度のあの集まりは苦痛だった」


「年に一度……。あのもしかして、新年に親戚一同が集まるあの日のことですか?」


「そうだよ。あの頃の俺は……いや。今も中身はそう変わらんか。けどあの頃の俺はもっと腐っていた。実家に出戻って、日がな一日ゲームをしたりネット小説を読んだり、何も生産的な事を行わない寄生生活。細川さんもゴロちゃんから俺のことは聞いていたんだろう?」


 北条の言うゴロちゃんとは、細川吾郎……つまりメアリーの夫のことだ。

 メアリーとは夫婦という関係。

 そして北条からすると、母親の姉の子供。つまり従弟の関係にあった。


 北条は出戻って以来父親からは足蹴に扱われていたが、母親はそんなダメな息子でも愛情を捨てきることが出来ない性格だった。

 しかし家庭内での立場的に夫に強く言えなかったので、北条が詰られている場面をそっと近くで見守ることしか出来ない。


 母方の従弟である吾郎と北条は、幼いころより親戚づきあいがあって非常に仲が良かった。

 成人してからもその関係は続いている。

 出戻りの無職であることを気にしながらも、北条が従弟の家の新年の集まりに顔を出していたのは、昔からの付き合いがあったからだ。


 それに最初の頃はまだそこまで居心地が悪い場所でもなかった。

 北条も社会に出て少しの間は、一人暮らしをして自活出来ていたからだ。

 だが無職になり、従弟が綺麗な嫁と結婚すると、強い劣等感が北条を襲うようになった。


 夜なのに部屋の明かりもつけず、ただ黙々とネット小説の世界に逃げ込んでいた北条には、幸せそうに奥さんと話し、和気あいあいといった雰囲気で子供を紹介されることが耐えられなかった。


 これまで胸にしまい込んでいた、北条の日本時代の想い。

 当時誰にも言えなかった気持ちを、異世界にて吐露していく。



「そう……なんですか」


 話を聞き終えたメアリーは、何と答えていいのか分からずとりあえずそう言葉を繋いだ。

 そんなメアリーの反応を、北条は別の意味に捉える。


「まあ、こんなダメ人間の気持ちをぶちまけられても困るだけだよな。だからこそ俺も自分からこんなことを言うつもりはなかった。でも、俺にとっちゃあ日本での最後の暮らしのイメージはみじめさしかない。だから俺はあんな世界に戻るつもりなんてないし、この世界で好きに俺TUEEEEEEをしたいんだよ」


「あの……、その『俺TUEEEEE』というのはよく分かりませんが、それ以上に分からないのは何故北条さんがそこまで日本での暮らしに悪いイメージしかないのかが理解できません」


「ッ! そりゃあ挫折したことない人間には分からないかもしれんけどなあ!」


「いえ、あの、そういうことではないんです。北条さんのお父様との関係は知りませんでしたが、確かに私もゴロちゃんから北条さんが上手く行っていないんだという話を聞いたことはあります」


「……それがどうしたってんだ?」


「でもそれは昔の話ではないじゃないですか」


「そりゃあもうこっちに来てから七年も経っちまったからなあ。一度染みついた劣等感はそうそう無くならないが、こっちに来てからは夢で(うな)されることも……まああの悪夢の時はきつかったが、それ以外のことではなくなったよ!」


「ですから、そうではなくて! 北条さん、少し落ち着いて私の話も聞いてください!」


 滅多にないメアリーの強い口調に、北条はハッとした様子を見せる。


「……すまん。やはり日本での俺のことを引き出されると、どうしてもあの灰色の生活の記憶が蘇っちまうみたいだ」


「そこなんですよ、北条さん。先ほどの話の続きですが、確かにゴロちゃんからヒロくんが最近上手くいってないんだという話は聞きました。でも最近は……私達が転移する何年か前からは、小説家としてデビューして調子良さそうでしたよね?」


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