第796話 お別れパーティー 後編
「あ、あのホージョー様……」
「ん、どうしたぁ?」
慌てた様子のアンナを見てどうしたのかと尋ねる北条。
アンナはちらと周りにいる三人を見たが、機密的に問題ないのか続きを話し始める。
「それが、女性が一人西門を抜けて拠点の中に入ってしまったようでして……」
「ん? その言い方だと招かれざる客ということかぁ?」
「それが、本人はホージョー様の知り合いだからと強引に中に入ってしまったようです」
「強引にって……。そんなんで通れるほどうちの守衛は甘くはないだ……」
そこまで北条が言いかけた時、会場内に一人の女性が飛び込んできた。
そしてその勢いのまま文字通り空を飛んで、北条の下までやってくる。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーーーーーん! みんなのアイドル、みーちゃんさんじょおおおお!」
「お前……」
会場中が唖然とする中、本人はにっこりと笑顔を浮かべている。
そして少し遅れてこの闖入者を追ってきたのか、守衛や警備の者が遅れてやってきた。
「こ、これはホージョー様! 申し訳ありません。賊の侵入を……って、翼ッ!?」
「ぶぅぅ~。みーちゃんは賊なんかじゃないよお! ぷんすかっ!」
「いや、お前。呼んでもいないし、気軽に出歩ける身分でもねえだろがぁ」
心底呆れた様子で闖入者――ミリアルドに言い聞かせる北条。
しかし効果は全くないようで、主催者を無視して会場内の豪勢な料理に目移りしている。
『ローレンシア神権国』で会った時ですら表に出していなかった四枚の翼も、興奮しているのか飛んできた時のまま出しっぱなしのままだ。
「ほ、ホージョー? 今のは俺の知識が間違っていなければ、ローレンシアを守護する天使様ではないか?」
「……そーだな」
「確かにローレンシアからは悪魔ゴドウィンを討ったということで、ジャガーノートを厚く遇せよと報せが出たことは知っていた。だがまさか天使様とも面識があるとは知らなかったぞ」
「実態はあんなんだけどなぁ」
派手な天使の翼は、それが誰であるかを一発で周囲の者に知らしめた。
というより、一部のダンジョン以外で天使と出会うことなどまずないので、天使といったら一般的にはミリアルドがまず思い浮かぶ。
案外その辺も意識して翼を出しっぱにしてるのかもしれない。
「ボクもカノジョとは何度か会ったことあるけど、相変わらずだね。てっきりあんなんだから、国の上層部が表に出さないようにしてるかと思ってたんだけど、あの様子を見る限り……ただ美味しいご飯を食べにきただけに見えるね」
そもそも身内行事なので、ミリアルドにわざわざ招待状を出したりはしていない。
北条はミリアルドと共闘はしていたが、それ以外の面子からしたら神権国で会って以来。……どころか、向こうでも会ってないメンバーもいるので、直接的に『ジャガーノート』との関わりは薄い。
「ったく……。どこで聞きつけてきたのやら」
結局不審者の正体はミリアルドだったということで、追って来た守衛もアンナも一先ずは納得して引き下がった。
派手な登場をしたミリアルドの下には、龍之介などものおじしない面々が接触している様子が見える。
「天使様がわざわざホージョーに会いに……。やっぱりホージョーは俺の見込んだ通りの男だ!! わはははははっ! よし、俺も挨拶にいってくる」
そして酔っぱらい散らかして今は気が強くなっているのか、キリルもその輪に加わろうと歩み寄っていく。
彼とはこれまで『ジャガーノート』の面々は王子として接することが多かったが、元は一般市民からも愛される、気のいい性格をした親しみやすい人物だと評判だった。
今のくだけた様子を見ていると、市民に人気があるというのも不思議ではない。
「ところでホージョー。お前はジャガーノート自治領の領主ということになったが、結婚の予定はないのか?」
「……俺ぁ常にダンジョンに潜っているような冒険者だからなぁ。そんなんしてる余裕もないし、相手もいない」
「ふむ。だが貴族であるなら未婚のままというのは風聞が悪いぞ。よし、お前に丁度いい縁談の相手がいるんだが――」
「あ、UFOだぁ!」
「なっ、ゆうふぉお……とは?」
アーガスが親戚のおじさんモード……というか、親として娘を応援する気持ちと、貴族として北条と関係を深めることへの利が入り混じった感じで、北条に縁談話を持ち掛ける。
だが北条はこれを強引な手段で打ち払い、こっそりその場から抜け出た。
北条を包囲していた一角のキリルがミリアルドの下に移動したので、その隙を突いた形だ。
「む? ホージョー? どこに行ったのだ?」
背後から聞こえてくるアーガスの声に、隠密系スキルを全開に利かせながら北条は会場内を歩いていく。
お別れ会だというのに、そこには人々の楽し気な笑顔と陽気な声で溢れていた。
「……こんな風になるとはな」
初めに思い付きで拠点の原形となる土地を手に入れた北条は、これまで好き勝手やってきた。
農作物を育てたいとか、お城のような建物を作ってみたいだとか、大まかな展望は当時から抱いてはいたが、その時は建物などのガワだけでそれに関わる人間の姿までは思い浮かべていなかった。
当時のことを思い出し、物思いにふけりながら歩いていると、二階部分の一角に一人の女性が佇んでいる様子が北条の視界に入った。
このパーティー会場は二層分の吹き抜け構造になっているが、今回は主に一層の部分に料理などが並べられており、二層部分にはテーブル席が配置され、ゆっくりと休めるようなスペースになっている。
「よう、主役の一人だってのにこんな所で何してるんだぁ?」
女性へと近寄りながら北条が声を掛ける。
だが声を掛けながらも陽子が何をしていたかは、彼女が手にするものを見れば聞くまでもなく分かっていた。
「北条さん……。ちょっとね。この光景を絵に描いていたのよ」
そう答える陽子の手にはスケッチブックのようなものがあった。
紙に関してはダンジョン内で見つけたとある植物から、日本でも通じるような白く品質の高い紙を作ることに成功している。
そしてそれらをスケブ状にまとめたものを、陽子はいくつも北条に発注していた。
北条は魔法具など色々自分の作りたいものを好きに作ってきたが、芸術関係にはほとんど触れてこなかった。
生憎と北条には芸術への造詣もセンスもなかったからだ。
しかし元々その手の仕事をしていた陽子は、これまでマジックアイテムポイントを使って、絵を描く為の魔法具グッズの開発を頼んだこともある。
「どれ……見せてもらえるかぁ?」
「ええ。……はい、どうぞ」
陽子から手渡されたスケッチブックには、様々な種族の人々が楽しそうに笑い合う――まさに今目の前に広がっている光景が描かれていた。
陽子はこの一年の間も、それ以前からも。
なにかにかけては、このスケッチブックに絵を描きこんできた。
「ほおう……。相変わらずたいしたもんだなぁ」
「ま、元々そっちの仕事してたしね。あんま写実的な絵は描いてはこなかったけどさ」
元はイラストや漫画などを描いていたというが、今描いていたのはデフォルメなどもされていない、写実的な絵だった。
「一応こっちにも、風景や姿を写す魔法具なんかはあるけどさ。あっちに戻っても使えるか分からないから、ちゃんと形に残るもので残したかったのよ」
「そうか……」
北条が陽子へスケッチブックを返すと、陽子はそれを大事そうに胸元に抱える。
「でもぶっちゃけ、こうしてせっかく書いたスケッチブックも、向こうに持ち帰れるかどうかは分からないのよね」
「それは……いくら考えても仕方ないことだろう。でも、最悪記憶だけは持ち帰られるように祈るよ」
「そうね。日本に帰ったら、この世界での冒険を漫画にでもしてみるわ」
「ははっ、そいつぁいい。俺の事はイケオジ風に書いてくれよぉ?」
「なあによお、それ。北条さんのことはありのまま描くつもりよ」
「ありのままって……。どうも陽子は俺のことを色眼鏡で見てる気がすんだよなあ……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、楽しそうにその後も陽子と会話を交わす北条。
しかしこの楽しい宴も夜更けが近づくと、徐々に参加者達はそれぞれの居場所へと帰っていく。
キリルやアーガスなどの来賓者には城内に宿泊場所が用意されているが、知り合いの冒険者などは町の方へと戻る。
一部の人間は一晩中飲み明かすぞ! と会場に残ったままでいるが、日が変わる頃になると流石にそうして騒ぐ者も減っていった。
「……なんだか名残惜しいが、俺も一旦自宅に戻るとするかぁ」
『ジャガーノート』の代表として、北条も大分遅い時間まで城に残っていたが、流石にそろそろ家へと引き上げることにしたようだ。
最後に会場を一通り眺めると、北条は会場を後にする。
「北条さん……」
……とそこへ、タイミングを見計らっていたかのように、北条は何者かから声を掛けられた。




