第793話 ダンジョンの進化
「ニャー。帰還の日にはオレ達も見送りにいくニャ」
「そうね。私達もすっかりこの拠点に馴染んじゃったし」
ゼンダーソン達はホームへと帰ったが、『ノスタルジア』の面々は未だにこの拠点で過ごしている。
彼らと『ジャガーノート』では目標に違いがあるので、クラン加入までは至っていないものの、今ではほぼ準メンバーといっていい位には拠点に溶け込んでいた。
『ノスタルジア』の三席であり女神官のミーシャも、当初は周囲に壁を作っていた部分もあったが、今ではすっかり陥落してしまっている。
この拠点は何より過ごしやすく、また食事や娯楽なども整っている。
何よりも、近くには高難度のエリアを含むダンジョンが二か所も存在しているのだ。
いずれは《暗黒大陸》進出を目指す彼らにとって、ここはうってつけの場所だった。
「この猫ちゃんともあと一か月もしない内にお別れかあ」
「わっ! ヨーコ、やめるにゃ! そんニャ顎を撫でられたって……撫でられたって…………ごろごろごろごろ」
「ちょっとヨーコさん! ウチのリーダーに馴れ馴れしくするのやめてもらえます!?」
「もう、少しくらいいいじゃない。相変わらずミーシャは猫ちゃんのことになると、顔を真っ赤にして反応するわね」
「なぁぁぁっ!? そ、そんなことは無いですう! リーダーがそんなペットみたいに扱われるのがゆ、許せないだけなんですう!!」
付き合いは短いものの、一年以上も同じ拠点で暮らしてきた仲だ。
互いにダンジョンに潜ったりしていて接触する機会はそこまで多くもなかったが、それでもそれなりに関係性は築いてきている。
特に陽子は、獣人度マックスのノーチラスのことをすっかり気に入っていた。
まるで等身大のぬいぐるみを愛でるように、ノーチラスと出会う度にナデナデしている。
「そんなことよりも! 他に用がないなら出ていってもらえますか」
『ノスタルジア』の面々は、本区画内に専用のホームを建ててそこでクランメンバー全員で生活していた。
拠点内に個別に家を持つのではなく、そこで集団生活を送っているのだ。
北条や信也、それから陽子や慶介らはそんな彼らのホームに、お別れパーティー開催の件と日時などを伝えに来ている所だ。
……もっとも陽子はただノーチラスに会いに来ただけかもしれないが。
「ああ、ちょっと他にもノーチラスに尋ねたいことがあってなぁ。ダンジョンに関することなんだがぁ……」
「ごろごろごろ…………。ハッ!? だ、ダンジョンのことニャ? いいニャ。なんでも聞くといいニャ!」
夢見心地で陽子に撫でられていたノーチラスだったが、ふと我に返ると慌てたように答える。
だが口元からはだらしなく涎が垂れているのが非常に残念だった。
「ここじゃあアレなんで、ちょっと場所を変えてもらってもいいかぁ?」
「分かったニャ。ついてくるといいニャ」
北条の言動から、立ち話で気軽にするものではないと判断したノーチラスが、自ら部屋を案内していく。
そうして案内された部屋には、北条達の他にはノーチラスとミーシャしかいなかった。
「……ミーシャにも下がってもらった方がいいかニャ?」
「何故です!? 私はノスタルジアの三席なんですよ? こう見えて偉いんですよ?」
一人仲間外れにされた子供みたいに、必死にノーチラスに訴えるミーシャ。
北条としては一年前の状況ならいざ知らず、それなりに付き合いも出来てきて信頼も高まっているので、わざわざミーシャを外す必要はないかなと思っている。
「いやぁ、別にミーシャがいても構わんぞぉ」
「ぐっ! アンタに言われると癪に障るけど、そう言うんなら私もここに残るわ!」
北条とは初期の出会いの頃から衝突したこともあって、未だにミーシャは北条相手だと態度がキツイ。
他の人には基本敬語なミーシャだが、北条相手には言葉遣いが乱れてしまうのだ。
「じゃあこのまま話をしてもらえるかニャ?」
「うむ……。すでにノーチラスも知ってると思うがぁ、俺達はサルカディアの最深部を踏破している。このことはまだギルドにも知らせてないから、内密に頼むな」
「分かったニャ。それで話ってのはそれに関係することニャ?」
「そう言うことだぁ。実はなぁ、最深部にあった〈ダンジョンコア〉なんだが、どうも違和感があってな」
「違和感? あれってダンジョンによって形が違うんだから、違和感も何もサルカディアの場合はそういうものだったってことじゃないの?」
ミーシャもこれまで何度も〈ダンジョンコア〉を見ている。
なので、多少の形状の違いがあってもおかしくないという認識だった。
「そういうんじゃなくてだなぁ。俺達もこれまで幾つも〈ダンジョンコア〉を見てきてるんだがぁ、サルカディアのコアにはコアの中でも重要な部分が欠けているように見えてな」
「……具体的には?」
何か心当たりがあるのか、ノーチラスは意外と人間らしく眉間にシワが寄ったような表情で尋ねてくる。
そこで北条は、実際に見たコアの様子と違和感の根本部分の話をした。
「なるほどニャ……。やっぱ、オレの思ってた通りだったニャ」
「流石ノーチラス。エルフ以上に長生きしてるだけあるなぁ!」
「ニャ……それほどでもないニャ」
何か知ってそうな様子のノーチラスを煽てる北条。
あからさまな北条のヨイショだったが、ノーチラスは満更でもなさそうだ。
「それで、思っていた通りとはどういう意味なんですか?」
「それニャんだけどニャ。最初にこのダンジョンに潜った時から、そうじゃないかとは思ってたニャ」
「だからそれって何なんだぁ?」
「まあ待つニャ。……オレが言ってるのはつまり、サルカディアが進化したダンジョンじゃないかということニャ」
「進化した……」
「ダンジョンンンーー!?」
聞きなれないことを聞き、北条と陽子が言葉を繋げるようにして驚きを表す。
「そうニャ。ダンジョンは進化をするニャ」
「それって具体的にどう変わるんですか?」
「どう変わるというか、既存のエリアには変化は起こらないニャ。ただ裏エリアのようなものが解放されるニャ」
「おいおい、なんだぁ? 昔のシューティングゲームみたいなワードが出てきたなぁ」
「しゅうてぃんぐげえむ? 何だかよく分からニャいけど、裏エリアでは魔物の制限レベルが引き上げられるニャ。それこそ、百五十レベル以上の魔物がうようよしているエリアとかになるニャ」
「なっにいいいいい!?」
「そんなことが……」
北条達は、実際にダンジョンを作って運営していただけあったからこそ、ノーチラスが伝えた情報にはショックが大きい。
"迷宮創造"のスキルを所持している慶介ですら、ダンジョンの進化ということを知らなかったのだ。
もちろん北条もダンジョンについて調べた時、進化などという現象はどこにも記載されていなかった。
「ホージョー達が見たコアというのは、本当のコアじゃないニャ。真のコアは、裏エリアの更に奥にあるニャ」
「はぁ……。俺達の冒険はこれからだ! ってノリね」
「全くだぁ。だがこれで少しはこの世界について理解が深まった。アイランドドラゴンやら高位の天使やら悪魔やら。どう見ても敵う訳ない相手だと思っていたがぁ、一応更に強くなる道標のようなものは用意されているんだなぁ……」
「そう……だニャ。でもその道は険しい道のりニャ。下手すると破滅を招くこともあるニャ」
遠い過去のことを想っているのか、どこかここではない何かを見るような眼差しをするノーチラス。
その儚げな表情は、まさにクラン名である『ノスタルジア』を彷彿とさせるものだった。
「というか、猫ちゃんはダンジョン入ってすぐにそのことに気付いたの?」
「入ってすぐというか、まず転移部屋を見て普通じゃないと思ったニャ」
「あーね。なんせ他には見られない謎の構造物もある訳だし」
「そうニャ。でもそうじゃないかと確信を強めたのは、五層にあった巨大な魔法陣を見てからニャ」
「五層……? そういえば未だに謎扱いされたままの場所があったわね」
陽子が記憶の隅から五層の内容を引っ張り出す。
そのような上層を探索していたのはかなり前のことなので、すっかり記憶からは薄れてかけていた内容だ。
だが確かに五層の中心部には巨大な魔法陣と、竜の石像が置かれていたということを陽子は思い出す。
「ホージョー達は属性エリアとやらに潜っていて気付いたことはなかったかニャ? 例えばドラゴンに関する何かがあったとか……」
「ドラゴンといえば、属性エリアでは各属性エリアの最後には領域守護者として竜種が配置されてましたね。それと……あっ!」
ノーチラスの質問に慶介が記憶を掘り起こしながら答えていくと、あることに気付く。
「北条さん! あの最後のボス部屋前の扉に描かれていた竜の彫刻。あれって五層の魔法陣の中心に置かれていた石像と似てないですか?」
「むっ……!? 確かに言われてみるとそうかもしれん」
「やっぱりニャ。きっとあそこが裏エリアへの入口ニャ。あの場所を見た時、なんとなく普通とは違う感じがしたニャ」
「ふ、ふふふ……。そうかよ、まだそんなもんが残されていたのか」
もうほとんど探索しつくしたかと思った《サルカディア》だったが、実はまだ続きがあったらしい。
そう聞いた北条は、思わず不敵な笑い声を上げた。




