第785話 一年後
あの日の会議より一年が経過した。
北条が打ち立てた先年中の神器取得はならず、異邦人達は七年目の異世界生活を迎えている。
この一年の間には色々な出来事があった。
まず開発の準備段階が始まっていた《マヌアヌ湿地》だが、この一年で整備がほぼ完了していた。
一面に広がっていた湿地はなくなり、代わりに一つの大きな川と湖が生まれている。
そして広大な牧場と農地を持つ、巨大な村も出来ていた。
旧湿地帯の名前から、《マヌアヌ村》と名付けられたこの村が出来たのが約半年前。
だというのに、この半年の間で《マヌアヌ村》という名前は大陸中の有力者たちの間に知れ渡った。
《マヌアヌ村》は《マヌアヌ湖》の畔に作られた村で、出来たばかりだというのに村からは《ジャガー町》へ通じる街道と、反対側には《アルザスの街》へと通じる街道がすでに完成している。
今のところ領境に関所は立てていないが、折を見てそういったものも作っていく予定だ。
この村では主に牧畜と農業が行われており、派遣された拠点住人と、新規に募集された農民とで成り立っている。
村の各所には北条の作った魔法具も設置されているが、拠点程の情報統制は行っていない。
全てを公開している訳ではないが、魔法具開発が行われていることや、ゴーレムの生産体制があることなどはすでに知れ渡っている。
これは自分から明かしたのではなく、外部の人が村を訪れることで明らかになったことだ。
その方針転換によって、村の重要拠点にゴーレムを配置することも可能となっており、魔法具盗難や怪しい人間の捕縛などに役立っていた。
そしてこの村の名が大陸中に広まっていったのは、この村で飼育されている家畜にあった。
Sランクの鶏の魔物であるコカトリスと、同じくSランクの牛の魔物であるキングキャトル。
そんな狂暴な魔物が、この村では大人しく? 飼育されているのだ。
コカトリスが十二匹に、キングキャトルが十六頭。
北条によって徹底的に屈服させられた彼らは、当初は不服そうにしていたのだが、今ではすっかりこの生活にも馴染んでいた。
ランクが高い魔物なだけあって、彼らの知性は高い。
そして北条が捕獲する時に屠殺はしないと約束した為、急激に魔物としての本能や野生が失われつつある。
地球の中世では肉は貴重品であったが、この世界では割と手に入りやすい食べ物である。
何故なら動物の他に魔物という提供元が多く生息しているからだ。
特に『ジャガーノート』としては身近に行けるダンジョンが二つもあるので、ダンジョンの魔物のドロップ肉も手に入る。
それに対し、卵やミルクといったものは手に入りにくい。
一部の魔物がドロップしたりもするのだが、肉に比べて量が少なく、安定して入手することが困難だ。
そこで《マヌアヌ村》では、コカトリスとキングキャトルを飼育して卵やミルクを出荷している。
農業の方も、拠点で作られていたダンジョン産の珍しい植物などが、かなり広い規模で栽培されている。
拠点同様に魔法装置で土壌改善や植物の育成補助を行っているので、収穫量もかなり多い。
この村は今後の自治領を支える台所として、発展していくことだろう。
次に調整と拡張が進められていた《セフィーリアの迷宮》は、ついに拠点住人に開放されて日々実戦訓練の場として人々が潜っている。
そして今ではメインメンバー用に、高レベルの魔物が出現するレイドエリアも作られていた。
ここでは最低でもSランクの魔物が出現し、奥へ進むとSSランクの魔物までも現れるようになるという、極悪なエリアとなっている。
このエリアを作るにはかなり大量の魔力を必要とし、そのせいで未だにこのダンジョンには神碑をひとつも設置出来ていない。
神碑もダンジョン設定で配置することが可能なのだが、膨大な魔力を必要とするのだ。
何故神碑よりも先に高難度エリアを優先したかというと、まずはレベル上げの為という目標があったからだ。
そして高レベルな魔物が落とす素材は、ルカナルらによって装備へと加工されて更にメンバーを強化する。
こうまでしてレベルを上げるのは、《サルカディア》の攻略が滞っていたからだった。
既にクランのメインメンバー全員が、属性エリアを除く殆どのエリアを攻略している。
そして〈氷の鍵〉を手に入れるのに何十回とボスに挑む羽目にはなったが、無事に鍵をゲットして百一層へも足を踏み入れていた。
「そっからが長かったよなぁ……」
「ああ。百一層からの氷エリアの次は、百十一層からの雷エリア。そしてその次の百二十一層からの木属性エリアでは俺もちょっと挫け掛けてしまったからな」
思わず北条がその時のことを思い出して、苦み走った笑みを浮かべる。
それに信也も似たような表情で返す。
信也の言う木属性エリアは、別段特殊な環境が敷かれていた訳ではない。
"植物魔法"などの植物属性と水や土属性が強化され、代わりに火属性が大幅に弱められる。
ただそれだけなら多彩な属性魔法を使える『ジャガーノート』のメンバーには、大した問題ではなかった。
一番の問題は、単純にそのエリアに出現する魔物のレベルが高かったという点だ。
「てっきり木属性エリアで終わりかと思いきや、更に続きもあったしね」
「あの時は、他のエリアもきちんと攻略していて良かったと心底から思いました」
陽子とメアリーも、感慨深そうに話す北条と信也の話に加わる。
メアリーが言っているのは、木属性エリア最後の百三十層にあった扉のことだった。
そこには九十層の炎の扉、百層の氷の扉と同様に、装飾が施された鍵のかかった扉があったのだ。
その扉を開けるのに必要な〈光の鍵〉は、先に天使エリアの守護者からゲットしていた。
天使エリアとは、雷鳴エリアの先にあった毒湿地エリアを更に抜けた先。五十七層から続く領域のことで、なんとこのエリアでは天使が魔物として現れて襲ってくる。
といってもダンジョンに出現する悪魔同様に称号などは一切持たず、フィールドにいる天使とは別物らしい。
これは北条が直々にミリアルドに尋ねて判明したことであり、「ダンジョンに出て来る天使は本物とは違うからぁ、バンバン殺しちゃっていーよー」というお墨付きを頂いている。
そんなミリアルドの言葉通り、バンバン天使を倒していって進んだ先には、Sランクの天使の守護者が待ち構えており、そこで〈光の鍵〉をドロップしていた。
もし他のエリアの探索を疎かにしていたら、〈光の鍵〉の入手方法が分からず攻略が大分遅れていたことだろう。
「でも鍵が手に入っても、光エリアからは本当にきつかったですね」
「ホントそっす! 多分このダンジョンを作った人は、クリアさせる気がないんだと思うっす!」
残るパーティーメンバーの慶介と由里香も、それぞれこれまでの感想を述べる。
特に由里香はこれまでのことを思い出して、かなり鬱憤が溜まっているようだ。
この属性エリアは分かりやすい構造をしている。
十層ごとにエリアが変わり、最初の階層にだけ迷宮碑が設置されている。
そこに出現する魔物は属性に応じた魔物達。
この魔物達にも簡単な法則性があった。
それは、おおよそ階層数と同じ位のレベルの魔物が出現するという法則。
九十一層から百層の火属性エリアではAランク中位から上位の魔物が。
百一層の氷エリアから百二十層の雷エリアではSランクの魔物が。
そして木属性エリアともなると、Sランク上位の魔物から、SSランク下位の魔物も普通に出現し始める。
最初にこのエリアで信也が挫け掛けたのは、その魔物のレベルの高さとその先の道程を見越してのことだった。
もし木属性エリアより先があるなら、そこは最低でもSSランクの魔物が出現することになる。
そしてその予想は当たってしまい、百三十一層からの光エリアではSSランク下位から中位の魔物しか出現しない。
由里香が文句を言っているのは、ここからのエリアが極悪だったせいだ。
「由里香の言いたいことも分かるけど……なんだかんだでここまで来ちゃったのよね。私達」
そして今。
北条達は百四十層の守護者、エルダーライトドラゴンを下し、その先にある扉の前に立っていた。




