第781話 楓の異変
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北条とキカンスの共同パーティーが火山エリア、陽子達が雪山エリア。
そしてシグルド達が不死者エリアを探索している頃、ムルーダをリーダーとするパーティーは雷鳴エリアの探索を行っていた。
鉱山エリア二十層の北にある下り階段を進むと、その先には大森林エリアが待ち受けている。
大森林エリアは二十一層から二十九層まで続き、三十層からは一面の荒野が続くフィールドエリアへと続く。
そしてこの荒野エリアを三十八層まで進むと、その次の三十九層からが雷鳴エリアとなる。
エリアが変わるタイミングの階層には迷宮碑が設置されており、ムルーダ達は丁度前回この階層まで辿り着いていた。
「うっひゃあ、相変わらずこのエリアはいつもどっかしらで雷が鳴ってやがるなあ」
「ああ。流石にオレもこのエリアを何も対策なしでは移動したくねえぜ」
ムルーダパーティーはムルーダをリーターとして他に龍之介、エスティルーナ、楓、シュガル、シャンティアという構成になっている。
またその他にもムルーダの連れている従魔や、北条から貸し出されたアーシアがムルーダらに同行していた。
またこのエリアに挑むにあたり、北条に雷対策を用意してもらっている。
この雷鳴エリアで猛威を振るっている雷は雷属性の魔力を帯びたものであり、自然の雷とは違う。
最低でもAランクというムルーダ達であれば、雷が直撃してもそこまで大きなダメージにはならない。
しかしだからといって、この広いエリアを無防備に進むのは避けたいところだ。
そこで北条が用意したのは、通常のものより背の高い特殊なゴーレムだった。
このゴーレムは雷属性の魔力を強く引き付ける能力を持ち、なおかつそうして引き付けた魔力を自身のエネルギー源へと変換する機能も備えている。
こいつを避雷針替わりにすれば、範囲数百メートルくらいに落ちる雷は全てこのゴーレムが引き付けてくれるはずだ。
「ま、今回は団長にコイツを用意してもらったからな。問題ないだろ」
「このエリアはCランクからBランクまでの魔物が出現するが、その殆どが雷に耐性があったり雷属性の魔法を使ったりする奴らだ。格下相手ではあるが、油断は禁物だ」
ムルーダには緊張感がいまいち欠けており、そこをエスティルーナが引き締める。
このパーティーには雷属性の魔法を使う者がいないので、魔物の"雷耐性"については気にしなくてもいい。
しかし"雷魔法"については少し注意が必要だった。
何故ならこの雷鳴エリアは、エリア効果によって雷属性の効果が強くなっているからだ。
これは大森林エリアも同様で、そちらでは木属性魔法の効果が強化され、荒野のエリアでは土属性の効果が強くなっている。
「確かに、ここは魔物のランクはそれほどでもない。だが、一層ごとが広いし地形も起伏に富んでいる。気合を入れて掛かった方が良い」
普段は無口だが言う時は言うタイプのシュガルも、エスティルーナに続いて発言する。
シュガルは『ムスカの熱き血潮』のロゥと並び、『ジャガーノート』無口ランキング上位の男だ。
この二人は互いに槍を使うということもあって、よく一緒に訓練している所などが見かけられる。
だがその時もほとんど会話をしていないので、傍から見るといまいち関係性が掴めない二人だった。
「そーだな……。これまでの大森林エリアと荒野エリアも広かったけどよ。ここもあん位の広さがあるとして、おまけにこの雷付きとなると、ちょっと気合いれてかねーとな!」
ムルーダも以前より成長しているのか、仲間の助言はしっかりと聞くようになっている。
シィラと恋仲になって以降特にその傾向が強いので、周りからはシィラの教育の賜物だと囁かれていたりするのだが。
「んじゃあ、早速斥候役宜しく頼むぜ! カエデ」
「分かった。私の後……ついてくるといい……」
楓もシュガル同様に無口キャラではあるのだが、気配が薄すぎて普段噂に上ることがそもそも少ない。
しかし斥候役としては優秀なので、そのことで時折話題になることはある。
だが今日の楓はどこかいつもと違っていた。
というより、最近の楓は少し様子がおかしい。
そのことは周りの皆も気づいてはいたが、指摘しなかったのはその原因が恐らく北条とパーティーが別になったことが原因だと思っていたからだ。
楓も今ではクランのメンバーと接触を持つことが増えていたが、それでも未だに北条に対する想いが強いことは周知されている。
今の状態で変に指摘すれば、余計調子が崩れてしまうのではないかと不安だったので、誰もそのことに触れられないでいた。
そんな不安を抱えつつの雷鳴エリアの探索だが、それなりに順調と言えた。
これまで色々潜ってきたダンジョンの中でも、大森林エリアから続くこの辺りのエリアの広さは、フロンティアに次ぐ広さを持っている。
といっても、フロンティアの広さはダントツではあるのだが。
そんな終始雷がどこかしらから聞こえてくる雷鳴エリアだが、地形的には平原であったり荒野であったりと、バリエーションが豊富だ。
しかも場所によっては雨を伴う強い雷雨になっている場所もある。
これは自然な天候の流れではなく、このエリアは雷雨。このエリアは雷だけといった具合に、場所によって固定されている。
探索開始から一か月以上かけて雷鳴エリア四十六層まで到達したムルーダ達は、今もそうした雷雨の激しいエリアにある洞窟内で、夜営の準備を始めていた。
普通は雷雨といえば出歩きたくない天候だが、今のムルーダ達はそこまで影響は受けていない。
ゴーレムによって雷は無効化出来るし、水避けの魔法具も全員分用意してあるので、雨に濡れる心配もない。
この魔導具は、対象を水だけに限定することで省エネを図った優れモノだった。
「雨に濡れねーのはいーんだけどよお。雨のせいで視界は悪くなるわ臭いも消えて気配が探りにくくなるわで、気分が滅入ってくんぜ」
「ああ。足元が悪くなるのも参っちまうよなあ」
口ではブツブツ言いながらも、ムルーダと龍之介の二人は洞窟内での夜営準備を整えていく。
そこに洞窟の外からバチンッ! という音と、人の呻き声が聞こえてくる。
「なんだ!?」
準備を中断して洞窟の外へと向かうムルーダと龍之介。
すると、そこでは魔物用の虎ばさみの罠に嵌った楓がいた。
「え、ちょ、だいじょーぶか!?」
少し前に、洞窟の周囲に魔物用の罠を仕掛けてくると言って出ていった楓。
以前所持していた一般スキルの"罠設置"も、今では特殊計スキルの"精密罠設置"へと進化している。
楓が仕組んだ罠であれば、Bランク位の魔物までならそれなりにダメージを与えたり弱めたりすることが可能だ。
そのためSランクレベルの楓であっても、そんな罠でまともに足を挟まれてはそれなりの痛みを味わうことになる。
「だい……じょうぶ……」
"痛み耐性"を持っていないせいか、微かに苦痛に顔を歪めているのを隠しきれていない楓。
しかし手だけはしっかりと動いており、自分で仕掛けて自分で嵌った罠を自分で解除していく。
「カエデさん、今癒やしますね!」
「ありがとう……」
そこへ遅れてきたシャンティアが、"神聖魔法"で挟んだ足の部分を治癒していく。
しかし未だに楓の表情は晴れないままだ。
「とりあえず罠の設置はもういいから、一旦中に戻ろう」
シャンティアと一緒に様子を見に来ていたエスティルーナがそう言うと、全員で洞窟の中へと戻っていく。
「なあ、カエデ。今のお前は明らかに心あらずといった様子だ。環境は良くないとはいえ、ここはまだ強くてもBランクまでの魔物しか出ないからいい。だが、これが更に強い魔物が出るエリアだったら、命とりになることもありえるのだぞ」
これまで楓の異変に気付いていても、指摘することがなかったムルーダ達。
だが自分の仕掛けた罠に嵌る楓を見て、とうとうエスティルーナがそのことに触れる。
「ホージョーと同じパーティーになれなかったことが、集中力を欠いている原因か?」
更には他のメンバーではなかなか切り込みにくいようなことにまで、エスティルーナはズバッと切り込んでいく。
この中だと楓との関係が一番薄いというのもあるだろうが、年長者として時には踏み込んでいくことが必要だと知っていたからでもあった。
「そのことは……確かに不本意ではある……けど、そうじゃない……」
「では何が原因だというんだ?」
「なんでも……ない」
「なんでもないということはないだろう。……冒険者には色々な事情を持つ者がいる。だからこそ、冒険者にあれこれ追求するのは暗黙的に良くない行為とされている。だが、先程のカエデの様子を見ていると、近い内に取り返しのつかないことになりかねないぞ」
「……」
「ここはフィールドエリアだから、そこまで盗賊職の力が必要なエリアではない。だがその調子でカエデにもし何かあれば、ジャガーノートとしては大きな痛手だ」
「私が……痛手に……」
「そうだ。悩みがあるならだれかに相談しろ。それすら出来ないような内容なら、一人で解決するしかない。だがそのような不安定な間は、自主的にパーティーから外れて拠点に待機しておくんだ。でないと、自分だけでなく他のメンバーまで巻き込むことになるぞ」
ピシャリと言い放つエスティルーナ。
それに対し、楓はキッとした目付きでエスティルーナを睨む。
「これはッ、私の問題ッ! 誰にも、迷惑かけるつもり……ない!」
「確かに今のところ大きな問題にはなってない。だがさっきの様子からするとだな――」
グルルルルァァァアァッッ!!
そこまでエスティルーナが言いかけた所で、洞窟の外から魔物の鳴き声が聞こえてくる。
ムルーダ達は三十九層から現在いる四十六層まで、雷鳴エリアを移動してきた。
しかし今の鳴き声はこれまで一度も聞いたことのない声であり、それでいて強い圧を感じるものだった。
「様子、見て来る……」
ムルーダ達が鳴き声に気を取られてる間に楓は一人そう告げると、洞窟の外へと出ていった。




