第773話 変化を拒む信也
自作のダンジョンという、センセーショナルな議題に大いに盛り上がった会議だったが、結局決まった内容としてはそう多くはなかった。
何せまだダンジョンは出来たてであり、何をしようにも魔力が足りていないのだ。
ひとまず決まったことは、拠点住人を鍛える為の低ランク用の階層をまずは作ろうということだった。
資源階層を設置するのもそれはそれでありなのだが、それは他のダンジョンでも採取したり、なんなら外部から取り寄せれば手に入るような代物だ。
それに、より有用で希少な鉱物を算出する階層を造るには、多くの魔力も必要になってくる。
そういった事情も踏まえ、まずは初心者エリアの拡充が決定した。
これに関しては現在貯蓄されている魔力を使い、今できる範囲までのことは会議が終了次第行うことになっている。
それと同時に、最初の通路の右側にあった転移部屋への分岐の反対側に、もう一つ分岐を作ってその先に部屋を作ることも決定された。
この部屋は奉納部屋という扱いとなる。
これは、
「吸収させることでダンジョンが成長すんなら、入り口近くに吸収させるものを置く部屋があればいーんじゃね?」
というムルーダの案を元にしたものだ。
外部から持ち込んだ金属やら植物。
そういったものをダンジョンに吸収させることで、同種の素材をダンジョン内に配置設定する時のコストが減少していく。
また魔石など魔力を含むものを吸収させれば〈ダンジョンコア〉に魔力が吸収されるし、コアの魔力容量も増えていくことになる。
人間……例えば北条などが特に顕著なのだが、最大MPが増えることで割合で回復する自然回復の魔力量が結果として増大する。
北条は膨大なMPを持っているが、通常で八時間。北条の場合は"効率睡眠"などのスキルがあるので、六時間ほどきっちりと睡眠を取れば、それでほぼ全て回復してしまう。
だからこそ、北条は拠点で睡眠を取る前にはどこかしらで魔力を消費してから眠りに就く。
魔力を少しでも無駄にしないためにだ。
〈ダンジョンコア〉の場合も、慶介の実験結果によるとコアの容量によって魔力の自然回復量が若干異なっていることが確認されている。
ならば出来るだけ〈ダンジョンコア〉の魔力容量は伸ばした方が良い。
そうすれば、魔力の自然回復量も増えてダンジョンの拡張がやりやすくなってくる。
「それじゃあ、僕はもう一度ダンジョンに行って、今日決まった初心者エリアの設定を行ってきますね」
「俺も城の倉庫に寄ってから、そっちに向かう。吸収させる用の資源をたっぷり持ってくから、奉納部屋は広めに作っておいてくれよぉ」
「はい、分かりました」
明日には再び《サルカディア》のダンジョン探索が再開される。
その前に作業を終えるべく、二人は《セフィーリアの迷宮》へと向かう。
作業そのものは滞りなく終了し、《セフィーリアの迷宮》はこの日の内に五層まで拡張された。
この初心者訓練用の階層は、一層から十層まではG~Fランク。
十一層から二十層まではF~Eランク用のエリアとする予定だ。
それぞれの階層のベースは広めの迷宮タイプにする予定で、二層ずつ出現する魔物の種類を変えて色々なタイプの魔物と戦えるように調整する。
なお、特にこれと言って指定しない場合は、ランダムで階層内の構造を作れることも分かっている。
恐らくは《サルカディア》内の不思議エリアも、迷宮に備わるランダム生成機能を使って作られているだろうという話だった。
慶介も今回はその機能を利用し、五層までの迷宮を作り上げていた。
何か問題があったり不便なことがあれば、後からでも調整は出来るのだ。
そして北条はたっぷりの資源を奉納部屋へと納める。
需要と供給を意識して表に出していなかった品々を、これでもかとばかりに放り込む北条。
そうして作業を終えた慶介と北条は、ダンジョンを後にする。
一方、ダンジョン運営会議が終わった信也は、最近では日課となっていた魔法具研究所へと向かっていた。
「あら、シンヤじゃない。ね、みてみてこれ! 簡単な構造だけど、ついに私だけの手でゴーレムを作ることが出来たのよ! どう? 凄くない?」
「確かに凄いな。ここだと身近にゴーレムがうろついてるから実感しにくいが、ゴーレムを作れるような魔法具職人なんて滅多にいないんだろう?」
「そうよお。ああいう連中は誰も彼もが秘密主義で、ちっとも外部に情報を出さないからね。おまけに技術を抱えたまんま流行り病なんかでコロっと逝っちゃったりするもんだから、余計技術者が育たないのよ!」
最初は喜んでいたのに、すぐに表情を変えるディーヴァ。
コロコロと感情が変わるのはいつものことだったが、素直に感情を表に出さない……出したくないと思う性格の信也からすると、そんなディーヴァが心地よく感じられる。
「ディーヴァも自力で"魔法道具創造"のスキルを獲得したからな。今後は更に色々なものも作れると思うよ」
ディーヴァには北条がダンジョンに探索する時限定で、"魔導具創造"のスキルを一時的に貸与されていた。
これによって"コピー"スキルなどと同様に、借りている間にスキルを使いまくって自力取得を目指す。ということをやっていたのだ。
「そういうシンヤは、"魔法道具創造"どころかその上位の"魔導具創造"スキルすら超えて、一気に"神器創造"スキルを得たのよね。羨ましいわぁ」
口ではそう言いつつも、サラっと言葉にしているので余り本気で口にしているようには聞こえない。
そもそもディーヴァの性格的に、心底羨むようなことがあったとしてもそれを心の内に秘めて溜めこむようなタイプではなかった。
なんだかんだで、信也がこれまで魔法具作りを続けてこれたのは、そうしたディーヴァの性格の面もあったと言える。
「俺のはダンジョンでの祝福だからな。それもかなり運が良かったんだよ」
「ダンジョンねえ。私もレベル上げの為に大分潜ったものだけど、エリアの攻略に拘っていた訳ではなかったのよね。でもここでやってる祝福を受けまくるっていう方針は興味深いわ」
「ディーヴァはレベル上げがメインだったのか」
「ええ、そうよ。帝国には冒険者ギルドにも報告されていない、レベル上げ用のダンジョンが幾つかあるのよ。Sランクレベルのレベル上げが出来るのは一か所しかなかったけど、マニュアル化されてたからそれなりに効率は良かったんじゃないかしら?」
「……それって北条さんには報告してあるのか?」
「いえ? してないわね。基本聞かれたことには何でも答えてたけど、主に魔法や魔法具に関することが多かったからね」
「ふう、そうか。その件は後で報告しておいた方がよさそうだな」
「もしかしたらお爺ちゃん達が既に報告してるかもしれないけど……」
「ん? お爺ちゃん?」
「あ、なんでもないわ。独り言よ」
拠点襲撃メンバーの一人であったディーヴァのことは、すでに他のメンバーにも素性が知られている。
しかし北条が密かにアンデッドにしていた『帝国八魔人』については、信也ですら知らされていなかった。
彼らは今も、ジャガーマウンテンの地下にある牢獄エリアと、更にその上に増築された宝物庫エリアの番人として活動している。
時折そこにディーヴァが訪ね、"死霊魔法"などの実験も行っているようだ。
とはいえ、ほとんど人が訪れることのないその場所は暇なようなので、北条はザッハルトらを好きにさせていた。
すると彼らは自主鍛錬なり、魔法の練習なりと割と好き勝手に行動をし始める。
北条もそんな彼らを好きにさせていたが、ふとジャファーのことを思い出してなんとなしに慶介の作成した〈ダンジョンコア〉を土産に持って行ったことがある。
それを見たザッハルトとモレアのリッチ夫婦は、奇声を発しながら研究を開始していた。
やはりその辺はディーヴァと同じ血が流れているのだろう。
「それより、このゴーレムの稼働テストに付き合って欲しいのよ。一応戦闘用に作ったんだけど、私は物理戦闘は得意ではないから……」
「分かった。じゃあちょっと場所を変えようか」
「ありがと、頼むわね」
にっこり微笑むと、ディーヴァはゴーレムに指示を出して移動し始める。
常に自分がやりたいことに全力に取り組むディーヴァの横顔は、信也からするととても輝いて見える。
(けどそれはダメだ)
自然と沸き立つような気持ちに蓋をする信也。
すでに自分は行き先を定めている。
そのことは重々承知しているのだ。
(俺は慶介ほどの想いを抱いている訳じゃあない。今ならまだ、傷は浅い)
信也と慶介は同じ家で暮らしている。
そのせいもあって、慶介が悩んでいたことにも気づいていたし、なんなら相談を持ち掛けられことだってあった。
そして今では慶介がその辺りのことをふっきって、再びこの世界に戻ってくるという覚悟を決めて活動していることも信也は知っている。
(だが、それは確実な方法ではない。慶介には悪いが、あの世界で自由に魔法的な力が使えるとはどうしても思えないんだ)
ディーヴァを見つめる信也の顔に微かに苦悩の色が混じる。
だがそんな信也の内面の葛藤を知らないディーヴァが、早く行こうと急かす。
「ああ、今行くよ」
無理やり押し出すようにして返事をした信也は、ディーヴァとゴーレムと一緒に研究所の敷地内の空きスペースへと向かうのだった。




