第762話 ダンジョン報告会 ~異界に迷い込みし者たち~
「じゃあ次は僕達の報告をするよ。僕達は鉱山エリア二十層の石像から魔石を奉げて進んだエリアを探索してきたんだ」
ある時偶然他の冒険者が転移していた瞬間を捉え、発見することが出来たそのエリアは『ジャガーノート』内では不思議エリアと呼ばれている。
何故不思議エリアという名前なのか不思議に思ってるメンバーも多いのだが、北条や龍之介などが「毎回構造が変わるダンジョンだから」という理由を強く推したので、そう呼ばれることになった。
さてこの不思議エリアだが、前に『ジャガーノート』でも全員一斉に攻略に乗り出そう! という話が出たこともあったが、なんやかやでこれまで攻略はしていなかった。
ただこの不思議エリアは、一部の冒険者だけの間では探索が行われている。
そして徐々にここの仕掛けに気付く冒険者が増えていき、今では冒険者ギルドにも情報が報告されていた。
そのせいでそれなりの数の冒険者パーティーがこのエリアを探索していた時期があり、幾つかの事実が判明している。
一番の特徴は、転移する度に異なる構造のダンジョンに飛ばされるという点。
そしてどうやら全てのパーティーが別の場所に飛ばされるということも、ほぼ確実視されている。
ギルドに情報が出回って賑わっていた時期ですら、不思議エリア内で他の冒険者と遭遇したという話が一切なかったからだ。
一度不思議エリア内で他の冒険者を見かけたという報告もあったが、その後の調査の結果、それは恐らくイミテーションドールという魔物であろうと判断された。
イミテーションドールは基本的にダンジョンでしか発見されず、侵入してきた冒険者の姿に変身して襲い掛かってくるCランクの魔物だ。
そして最後に毎回構造が変わるこのエリアだが、二十層先である四十一層には帰還専用の魔法陣が必ずフロアのどこかに用意されていることが確認されている。
そういった諸々の特徴から、一時期は賑わったこのエリアも今ではそこまで人気のあるエリアではなくなった。
何故なら毎回転移するのに魔石が必要となるので、探索するなら深いエリアまでいかないと赤字になりがちだからだ。
三十七層からはCランクの他にBランクの魔物も出現するので、そのレベルの魔物に対処する能力と二十層近く潜れる安定した力が必要になる。
一応転移魔方陣は入ってすぐの二十一層にもあるのだが、二十一~二十七層まではE~Dランクと比較的弱い魔物しか出ないので、稼ぎにくい。
稼ぐなら二十八層以降となるのだが、それなら他のエリアで稼いだ方がまだマシというもの。
「……とまあ、そんな感じでギルドの方でも未だそれ以上の情報がないエリアなんだけど、クリアしてきたよ」
あっけらかんとした口調で、シグルドは探索の結果を告げる。
先が見えないエリアということで、ムルーダ達と同じくシグルド達にも北条から従魔が貸し出されていたおかげで、思いのほかサックリとクリアできたらしい。
「いやあ、どれだけ先まで続いてるんだって警戒してたんだけど、結局は四十八層が最深層でね。道中の魔物も結局はBランクまでしか出てこなかったから楽だったよ」
「そっすね。でもボスだけは一味違ってたっす」
「そうね~。多分あのボスのせいで、攻略報告がされてないんじゃないかな~?」
「へぇ、厄介なボスだったのか?」
龍之介が興味深そうに尋ねると、シグルドがその質問に答える。
「うん、そうだね。ボス部屋は入ると隔離される仕組みになってるから、逃げることも出来ない。その上、ボスが一体じゃなくて四体同時に襲ってくるんだ」
「四体同時って、こないだの第二レイドエリアみたいだなぁ」
すでに二か月程が経過しているが、その時の記憶はいまだメンバーにも残っている。
それにあそこはレイドエリアであり、想定人数が元々多いという前提がある。
しかし六人パーティーで挑むエリアで、ボスが四体というのは確かに難度が高い。
「一体一体のランクは多分Bランク位だと思うし、守護者にしては生命力は高くなかった。けどこれまでにない位にその四体が連携してくるから、Bランクパーティーくらいだと相当キツイんじゃないかな」
「ふむ、連携か。フィールドの魔物だとそういったことをする魔物も多いし、ダンジョンにもそういった動きをする魔物はいる。だがそれが守護者となると確かに厄介そうだ」
納得した様子でふむふむと頷くエスティルーナ。
レイドエリアなどでも、一度魔物と戦うと周囲の魔物が一気に押し寄せて襲ってはくる。
しかしそれは統制の取れた動きではないので、連携と呼べるような動きはほとんどしてこない。
連携というのは、魔物と戦う上で人間が発揮できる大きな利点の一つであり、それを魔物が使ってくるというのは予想以上に厄介だ。
「そんでよ。その四体の魔物ってのはどういう奴だったんだ?」
「それがね。まあ、魔物には違いないんだろうけど、見た目が人間と同じ感じだったんだよ」
「初めは他の冒険者なのかと思った位っす!」
「ほう。それはもしかしたら、造り人系の魔物かもしれんなぁ。ほら、俺の従魔にもブラックエルダーっていうSランクの奴がいるだろ」
「あー、あの無口な人っすね」
「あれって無口っていうのかな~」
敵として出て来る場合は勿論、北条が"召喚魔法"で契約したブラックエルダーは、一言も話すことがない。
話すための機構はあるようなのだが、一切何もしゃべらないので由里香は単に無口な人という認識を持っていた。
「造り人ですか。最初はイミテーションドールの上位の魔物かと思ったんですけど、どっちなんでしょうね」
同じパーティーだったシィラが、ボスのことを思い出しながら誰にともなく言う。
ちなみにイミテーションドールには、変身する前の素の姿というものがある。
だがかなり広い索敵範囲を持っており、その範囲内に人間が侵入すると途端にその相手に変身してしまうので、素の状態を見るのはかなり難しい。
それでも物好きな冒険者があれこれ手を尽くして調べたことがあるらしく、ギルドではその正体は三十センチ位の小さな人形であることが明らかになっている。
「まあそんな訳で、僕らが戦ったのは殆ど人間と同じ見た目をした連中でね。一人は強そうな装備をしたリーダー格の男で剣と魔法を使う。他にも剣士……というかピンク色の鎧を着た戦士が一人。それから長い帽子をかぶった真面目そうなヒーラーの男に、踊り子みたいな服装をした魔術師の女の四人組だったね」
「……その話を聞く限り、本当に冒険者パーティーのような構成だな?」
「ほんとそうだったよ。出現したのがボス部屋じゃなくて道中の通路だったら、普通に冒険者だと勘違いしてただろうね」
「そうそう。あいつら……っていうか、リーダーの男はなんか時折喋ってたっす!」
「喋ってた? んなの、人型の魔物なら別にそう珍しくはねーだろ?」
「それが違うっす。ちゃんとあたしらの理解出来る言葉を喋ってたっす」
「ほお、それは興味深いな」
エリア自体も特殊な構造をしているが、どうやら不思議エリアはボスも少し特殊らしい。
「で、何て言ってたんだぁ?」
「それが……『ガンガン行くぞ!』とか『いのちをまもれよ!』とか……。なんかそんな感じのこと言ってたっす」
「そうね~。会話というよりは、作戦の指示を出してたかんじだったね~」
「「…………」」
作戦を出すという話を聞いて、黙りこくる北条と龍之介。
「その作戦に合わせて行動パターンも変わるみたいで、『いのちをまもれよ!』だとヒーラーの回復重視で守りの体勢にはいってたね」
「逆に『ガンガン行くぞ!』だと、ガツガツ攻めてくるっす!」
「特に四人で力を合わせて発動する"雷魔法"は厄介だったね~」
「あれはとんでもなく痛かったっす!」
「うん。僕も"パーティーコンディション"のスキルで見てたけど、ユリカの生命力が一気に削られてびっくりしたよ」
「そうですね。私も慌てて"再生魔法"で対処しましたが……」
シグルドパーティーには、ユリメイコンビの他にシィラ、ロアナ、メアリーが加わっている。
北条を除いて『ジャガーノート』で一番の治癒系魔法の使い手であるメアリーがいなかったら、少し危ないことになっていたかもしれない。
「あの時の"雷魔法"は一体何だったんっすかね?」
「わたしも雷系の魔法は使うけど~、四人で使うあんな感じの魔法は見たことないな~」
「確か……、魔法を発動する前にミナ――」
「すとおおおっぷ!」
「わ、何なんっすか!?」
由里香が何かを言いかける前に、北条から大きな声が発せられて途中で発言が止まってしまう。
「それ以上この話題に対して深入りするのは禁止だぁ」
「オッサン、これって……」
「龍之介、き・ん・しだぁ! いいなぁ?」
「あ、ああ……」
龍之介もなんとなくヤバさを感じているのか、素直に北条の言うことに素直に従う。
他のメンバーは頭にハテナマークが浮かんでいるが、北条がここまで言うからには何かあるのだろうと、追及の手が伸びることもなかった。
「とにかく不思議エリアについては大体把握したぁ。ボスが四体も出現して連携してくるうえに、ヒーラーまで混じっているとなると恐らくAランクパーティーでもなければクリアは難しいだろう。もしかしたら攻略してる奴もいるかもしれんがぁ、少なくともギルドに報告してる奴はいない。その理由もこれでハッキリした訳だぁ」
初見殺しエリアのように、途中の階層と比べて明らかに難度が高いボス。
……しかもボス部屋は入口が閉ざされるので、逃げることも出来ない。
つまり、これまで誰にも知られず全滅していったパーティーが存在している可能性がある。
「これは初見殺しエリアの時みたいに、ギルドに報告しておいてもいいんじゃないか?」
「うむ、そうだなぁ。反対意見がなければ俺もそれでいいと思うがどうだぁ?」
信也の提案を受け、北条が全員に尋ねるが反対の手を上げる者はいない。
この辺はクランやパーティーにもよるので、中にはこういった情報を隠す冒険者もそれなりに多い。
ギルドの方もそのことは理解しているので、特に危険な情報を報告した場合には、高い報酬や内部査定などで応えてくれる。
「ではこの件はギルドに報告するものとする。それで次は……」




