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第74話 龍之介の決意


「……そうか、では我々はこの辺で引き上げることにする。お前達も無理はせぬようにな」


 そう言って撤収の指示を出すトム。

 既に準備が整っていた他の衛士や鉱夫、それからムルーダ達は一斉に帰路へとつき始める。


 その際に、信也達がまだ少し残ると言ったのを聞いて、ムルーダ達はわざわざ血抜きなどの最低限の処理がされたテイルベアーをグリークまで運ぶと申し出てきた。


 ムルーダ自身がケガを治療してもらったことも含め、もし今回信也達がいなかった場合、最悪の事態に発展した可能性もあった。

 想定した数より多いゴブリンに加え、テイルベアーまで加わってしまっては、今よりも被害が大きくなっていたのは明らかだ。


 もしかしたらムルーダのパーティーにも犠牲者が出た可能性もあり、これはそんなことにならずに済んだお礼みたいなもんだ、と照れ臭そうにそっぽを向きながらの申し入れだった。



 少し離れた場所から、大荷物を背負ったムルーダ達の別れの声が届く中、トムは最後に信也達へと質問を投げかける。


「ところで、最後にお前達のパーティー名を教えてもらえないか?」


「俺が『プラネットアース』のリーダー信也で、そっちが『サムライトラベラーズ』のリーダーである北条だ」


「……よし、名前は覚えたぞ。今回の件はギルドの方にも伝えておこう」


 そう口にすると今度こそ本当にトムは去っていった。



▽△▽



 そして残されたのは異邦人達十二人。

 少し離れた場所では未だにゴブリンバーベキューは続いており、肉の焼ける匂いが僅かに風にのってこちらまで飛んでくる。


「で、これからどうするの?」


 沈黙を打ち破ったのは咲良の声だった。

 彼女をはじめ、女性陣は無残な鉱夫達の死体を前に、未だ顔色はよろしくない。

 あの長井ですら同じような状態だ。


「とりあえず、この煙が届かない場所まで移動しよう」


 ここまで届く煙は僅かではあるものの、村の北側のこの辺には先ほど埋めたバラバラ鉱夫の埋葬場所も近いし、気のせいではあると思うのだが、どこかしらから血の匂いが漂ってくるようだった。


 そこで信也の提案を受けて、彼らは正反対の方角の、村の南側へと移動することにした。

 時間にして十五分程歩いて村の南東部、最初に配置した三つの部隊が出撃した地点の辺りまでやってきた。

 この場所までは煙がくることはなく、香るのは森の匂いだけだ。



「オレはこのまま残り二つの依頼の達成をしたい」


 改めて話し合いの場を設けた彼らだが、意見は二つに割れていた。

 龍之介は森に残り、依頼を遂行するべきだと主張し、咲良や陽子は今回はもう帰ろうと対立している。


「アンタだってあの場にいたんだから、あの咆哮を聞いたんでしょ? それも私達よりも近くで。あんな声を出されたら、もうどうしようもなくなるのよ!」


 若干興奮した様子で咲良がまくし立てているのは、テイルベアーの"ベアーハウル"のスキルのことだ。

 依頼継続に反対している咲良と陽子の一番の理由は、ゴブリン征伐戦で疲れたというのも一部あるが、またあの化け物と出会ってしまうことを恐れたからだ。


 あのテイルベアー戦の時、結局ムルーダ達と咲良達は応援には間に合わなかった。

 それは距離的な問題ではなく、向かっている途中に聞こえてきたあの凶声が原因だった。

 あの声を聞いた途端、体が竦み動けなくなる。あの時応援に向かった全員が、同じ状態に陥っていた。


 まだ体の方は、時間が経てば徐々に動くようにはなるが、心の方まで立ち直るには本人の強い気持ちや、精神的な強さが必要だ。

 ムルーダなどは、途中で立ち直り再度向かおうとしたのだが、二度目の咆哮によって再び動きが止められた。


 その二度目の咆哮は、首に深手を負いながらも、十分以上粘り続けていた時に発されたもので、テイルベアー自身の状態が悪いせいか、それまでの咆哮に比べて若干圧は弱かったのだが、それでも関係なく全員が再び動きを止められていたのだ。



「奴がまた出てきたら……そん時ぁオレが相手してやんよ!」


「相手するって、アンタ私達とは別のパーティーでしょうが!」


「まあ、二人とも落ち着いて、それからよく考えろ」


 感情的に徐々に高まって来る二人に制止をかける信也。

 しかし一度高まった気持ちはそうそう収まるものではなかった。


「私は落ち着いてるわよ! 無茶ばっかりいうアイツの方が、よっぽど落ち着いてないでしょ!」


「なにぃ、お前だってキャンキャン喚きやがって。よっぽどそっちのがうるせーだろうが!」


「二人共! そこら辺にしておけ。……北条さんはこの二人の意見についてどう思いますか?」


 咲良と龍之介の間に割り込むようにして二人を止める信也は、ついでに矛先を変えようと話を北条へと持ち掛けた。


「んあー、そうだなぁ。俺ぁ龍之介の意見に賛成だぁ」


 北条の意見に龍之介が得意気な顔を見せ、逆に咲良は戸惑いの様子を隠せない。

 そんな二人の様子を軽く視線の端で捉えながらも北条は続きを話していく。


「だが、それには条件や確認が必要だなぁ。まず最初の条件は二パーティーがバラバラで行動するんじゃなく、ひと塊になって行動すること。それからぁ、このゴブリン村より東側の、森の奥の方にはいかないこと。後は当然だが、今からすぐに移動するのではなく、長めの休憩を挟んで、MPもある程度回復させてから行くこと」


 元々テイルベアーは森の奥の方に出没する魔物だ。

 奥というのも曖昧な定義だが、トム衛士長に聞いた所によるとこの村の位置より更に数時間東の奥に行った場所に、この時期になるとよく出没するらしい。

 本来ならこの村の位置も安全圏ではあるのだが、ここから西部分の探索なら更に遭遇確率は下がるだろう。


「それと確認だがぁ……里見は"付与魔法"の【精神増強】は使えるかぁ?」


 陽子の使う"付与魔法"には、各種身体能力を強化する系統の魔法がある。

 これまでも【筋力増強】は何度か使ってきたが、他にも体力・敏捷・器用・魔力・精神を増強させる同様の魔法が存在している。

 【精神増強】によって精神力が強化されると、魔法に対する防御力や精神的な攻撃などに対して強くなる効果がある。


「ええっと、シディエルさんに基本魔法を教えてもらった時に、一通り試してみたんだけど、筋力・敏捷は成功したんだけど、他のはまだできなかったわ。体力と器用は練習すればいけそうな感じはしたんだけど、魔力と精神に関してはすぐに使いこなせる感じではなかったわね」


「そうかぁ。では予防手段としては使えんかぁ。話を聞いた所、どうもあの"ベアーハウル"というスキルは精神的な影響によるものらしいから、精神力を高めれば少しは耐えられるかと思ったんだが……」


 咲良や陽子などはその情報を初めて知ったようだが、納得の表情も浮かべていた。

 二人が"ベアーハウル"で動けなくなった時の感覚として、身体機能自体が損なわれているというよりも、心が折れて体を動かそうという気になれない、脳が体を動かすという命令を出すのを拒絶している、そんな感じはしていたのだ。


「そうなると、後は対症療法しかないなぁ。確か"回復魔法"には【平穏】という混乱や恐慌している相手を落ち着かせる魔法があったはずだぁ。最悪それで乗り切るしかない。戦闘時は出来るだけ距離を取ってもらって咆哮の効果を抑え、咆哮を受けたらまずは自分に【平穏】をかけるといい」


 咆哮の効果によって体が動かせなくはなるが、魔法そのものを封じられる訳ではない。

 また、体が動かないといっても、一言二言程度なら言葉を発することもできるので、危険ではあるがこの方法なら咆哮によって崩壊した戦線を立て直すこともできそうだ。

 北条の言葉を受けて、メアリーへと視線が幾つか重なる。


「あ、はい。まだ実際に取り乱している人に使ったことはありませんが、【平穏】自体は使うことはできました」


 "回復魔法"や"支援魔法"などといった魔法は、攻撃魔法と違って練習場所を特別に用意しなくても、日ごろから練習できるものなので、二人とも教わった基本魔法は既に色々試していたようだ。


「よぉし。あとは、まぁ……いざという時は俺が殿を務める。何故か知らんが、俺はあの咆哮を聞いても特に影響はなかったんでなぁ。龍之介も他の奴らよりはマシだった感じだし、俺が食い止めてる間に龍之介は他の連中をどうにか戦闘領域から逃がしてくれぃ。細川の【平穏】もいけそうならガンガン使ってな。したら後は加勢などせずさっさと逃げればいい」


「そんなっ! ……北条さんがそこまで体を張る必要はないと思います。ここは安全を優先して引き返せばいいじゃないですか」


 心の底からそう思っているような口調で咲良が言う。

 それに対し北条は思案気な顔をしながら話し始めた。


「安全……かぁ。確かに俺達はこの世界の一般的な人達とは違い、初めにスキルを二つもらった。……それも、スキルの威力からみて恐らく天恵スキルと思われる、同じスキルでも通常より効果が高いものを二つもだ」


 そこで北条は言った言葉を区切る。

 それから改めて物思いに耽るようにして、話を続ける。


「確かに安全に堅実にいけばぁ、危険な目に遭うことも少ないかもしれん。だがぁ、今後迷宮を探索していく以上、何時どんな危険が訪れるか予想はつかん。そうなった場合、日ごろから安全圏でぬくぬくやっていたら、咄嗟の事態に対応できなくなる恐れがある」


 そう語る北条の意見に、全てではないが納得できる部分を感じている者はいた。

 信也などは、最初のゴブリン遭遇ではまともに対処できなかったのに、今ではすっかり戦力の一つとして先ほどの戦いでも活躍をしていた。


「それになぁ、あのテイルベアーとやらは確かに厄介だろうがぁ、俺としちゃあそこまで脅威とは思ってない。一対一でやりあった場合、倒すまではいかずとも、時間を稼ぐ位は十分行けると見積もってる。場合によっちゃぁ、お前達も逃げないで一斉に攻撃をしかけて速攻で倒すのもアリかもしれん。あの咆哮は連続では使ってこなかったからなぁ」


 心強い北条の言葉に、反対していた咲良や陽子も心変わりしていく。

 普段から言葉少なな長井、石田、楓も特に反対はしないようだ。

 もっとも、長井と石田に関しては、実際に間近で咆哮を受けていないので、いまいちその脅威が理解できていないだけかもしれないが。


 こうして、それから更に数分程軽く話し合った結果、休憩の後に依頼の達成を目指し、薬草採取とコボルト退治をすることが決定した。





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