第758話 六式魔陣
最初の実験の日から二日後。
結局北条は次の日の間に専用の儀式場を用意できず、更に翌日まで作業は持ち越されることになった。
その日もずっと作業を続けていた北条は、どうにか夕暮れ前には儀式場を完成させる。
そして今、北条達三人は南東にある世界樹区画に集まっていた。
完成と同時に信也と慶介にお呼びの声が掛かったのだ。
もうすでに夕暮れ近い時刻ではあるが、明日からダンジョン探索が再開されるとあって、北条としてはここで一度だけでもテストをしておきたかった。
「儀式場が完成したと聞いたが、この区画に設置したのか?」
周囲をキョロキョロ見回す信也だが、それらしきものは視界内にはない。
すでにここは世界樹区画から少し移動した場所……北条によって案内された場所だ。
普通ならその先に儀式場があると思うのも仕方ないだろう。
「いやぁ、今からだす」
「今から?」
オウム返しに尋ね返す信也には答えず、北条は目の前にある空き地に向けて"ディメンジョンボックス"に収納していたモノを取り出す。
それはとても大きなモノであった。
"アイテムボックス"には、収納できるものの大きさに限界というものがある。
かなり大きな物……それこそ馬車一台くらいなら収めることは可能だが、大きな建物をまるまる一つ収納などは出来ない。
例え地面から切り離されて、収納しやすいように加工されていたとしてもだ。
しかし"ディメンジョンボックス"となると、収納容量が増えるだけでなく出し入れする物のサイズまで拡張される。
北条がたった今取り出したモノは、"アイテムボックス"では恐らく収納出来ないであろう大きさのものだった。
「これは……、すごくそれっぽいですね」
「あ、ああ。儀式場っていう名称がピッタリ当てはまる感じだ」
三人の目の前に展開されたのは、大理石のような石材で出来た大きな床。
広さが縦横共に十五メートル近くはあり、表面には緻密な魔法陣が幾つも描かれている。
幾つも……というのは、石床全面に描かれた大きな魔法陣が存在するのだが、その内部にも幾つか小さな魔法陣が描かれているのだ。
小さいといっても、直径二メートル近くはあるのでそれなりに大きい。
そして特徴的なのが、ただ単に石床に魔法陣が描かれているだけではないという点だ。
この世界で一般的なのは床に魔法陣が描かれたタイプのものであり、それはダンジョンの転移魔方陣などにも用いられているものを参考にして編み出されたものだ。
城などの防衛施設にもそうした魔法陣が描かれることはあるが、それらも大体は同じタイプである。
しかし北条は……いや、迷宮を探索する冒険者であれば、誰もが別の形式のものを見たことがある。
それは階層を移動する為の転移魔方陣ではなく、〈ソウルダイス〉によって位置を登録できる迷宮碑。
これは床に描かれた魔法陣の中心部に、モノリス状の謎装置が設置された魔法陣と魔法的装置の融合型だ。
冒険者ギルドのギルド証を作る魔法装置にも、このタイプの簡易的な魔法陣と装置のタイプのものが利用されている。
これらを参考に、北条が取り出した儀式場に描かれた魔法陣には、何か所か魔法装置が設置されていた。
見た目的には迷宮碑にも似ているその機構は、合計で八か所ある。
中央部に二つ。
そしてそれを取り囲むように六つ。
それらの魔法装置は全て内部魔法陣の上にセットされている。
大枠の大魔法陣の中央部に描かれた、中規模の魔法陣の上に二つの魔法装置が。
その周囲には時計の針でいう所の12時、2時、4時と数字一つ飛ばしの方角に、六つの小魔法陣が描かれており、それぞれの小魔法陣には魔法装置の操作部分のようなものが突き出ている。
「これまで似たようなものは何度か作ったことがあったんだがぁ、今回は複数人での魔法行使という新しい機能を取り込んで、アップデートしたものを新たに用意したぁ」
北条はこれまで一人でこっそり魔法具を作ってきたので、今までそういった発想が生まれることはなかった。
しかしこれを使用すれば、更に強力な魔法具や魔法装置が作れるようになるだろう。
魔法陣や魔法装置で幾ら補助しようとも、一人だけでは扱える魔力操作量には限界があったのだ。
「なんか……とんでもないものが作れそうだな」
信也は魔法具作りをするようになってから、魔法陣についても学び始めている。
しかし俄か知識ではさっぱり理解できないような緻密な魔法陣を見て、とにかく規模の大きさだけは理解していた。
「うむ。今回のダンジョン作り以外にも色々活用していく予定だぞぉ。それで使い方なんだがぁ……」
そう言って北条はこの大規模儀式場――六式魔陣と名付けた儀式場の説明をしていく。
まず補助をする者達は、六つの小魔法陣の中心部に分散して配置する。
これら小魔法陣の中心部には直方体のモノリスのような石柱が伸びており、天辺部の中央には球体に加工された〈魔水晶〉が半分くらい埋め込まれた形で固定されていた。
補助者たちはその〈魔水晶〉に触れることで、魔力や魔力操作の補助をすることが出来るようになる。
次に魔法やスキルなどを使用する者は、中央の魔法陣のやや後方部へと配置する。
こちらにはハの字型に二つのモノリスが並んでおり、構造自体は小魔法陣の上にあるものと同じ造りをしていた。
この二つのモノリスの内、左側が魔法陣内に設置した魔石から魔力を吸収する魔石吸魔陣へと通じており、触れた左手部から大量の魔力を術者へと受け渡す。
そして右手側のモノリスは、周辺の補助者たちと魔力的な繋がりを生み出す装置であり、これによって発動させた魔法やスキルの制御を補助者たちにも分散して担当してもらうことが出来る。また補助者からの魔力の提供も可能だ。
この時は魔力的に繋がっているので、魔力の受け渡しは極力ロスなく伝達が可能であり、またマルチコアのCPUのように複数の魔力操作によってより膨大な量の魔力を操作可能となる。
「なるほど六式魔陣とやらの使用方法は分かった。だが実際にダンジョンを作るとなると、どのようにダンジョンが生成されるんだ?」
祝福されたダンジョン攻略の際に、『ジャガーノート』は色々なダンジョンに潜っている。
それらは大抵が洞窟のような入り口から入ったり、地下へと続く入り口から入ったりというパターンが多かった。
しかし当然のことながらここは拠点内の一角なので、洞窟の入口となるようなものは存在していない。
「多分……ここでダンジョンを作るとなると、地下へと続く入り口が出来ると思います」
スキル保持者だけあって、なんとなくの感覚で慶介が質問に答える。
「……お前達は知らんかもしれんがぁ、この世界樹区画の地下部分は地底湖のようになっていてなぁ。そっちに影響が出るとまずそうだから、それらしい入り口部分を造成してみよう」
北条は拠点北西部にある標高六百メートル近いジャガーマウンテンを、ほぼ一人で造り上げた経験もあった。
なので少し盛り上がった大きなかまくら状の地形など、"大地魔法"でサクッと生み出すことが出来る。
そして北条は最後に強度を持たせるためか、盛り上げた部分を【大土を大石へ】の魔法で石へと変化させた。
魔法によって石となったそれは、まるで大きな一枚岩の漬物石のようだ。
「少し大きめに作ったから、あの岩肌の表面に入口を作るイメージでいけるかぁ?」
「多分いけると思います」
「よし。それなら各自配置に付くぞぉ」
北条がそう告げると、慶介は魔法陣の中央部に。
信也と北条は、それぞれ時計の数字の4時と8時の方角にある小魔法陣で配置に付いた。
魔力の供給源となる魔石も既に設置済だ。
そして核となる〈ダンジョンコア〉は、北条が作った大岩の入口予定の場所に置かれている。
先日試した時は手に持ったままやろうとしていたが、別に手に持っている必要はないらしい。
「では……いきます!」
配置に付いた後、全員が対応するモノリスに埋め込まれた〈魔水晶〉に触れる。
そして慶介は「迷宮創造!」と大きく声に出した。
これは〈ダンジョンコア〉のスキルをテストしている時に慶介が気付いたことで、「ダンジョンコア生成」などと口に出した方が上手くいきやすいことが判明していたからだ。
慶介がスキル名を唱えるや否や、膨大な量の魔力が活性化し、荒れ狂うようにして六式魔陣の中を駆け巡っていく。
北条はともかく、これほどの魔力を扱うのが初めての信也と慶介は、余りの魔力の濃さに意識が落ちそうになる。
「慶介ぇ! 無理をせず、ダンジョンを生み出せる位に魔力を絞ってくれぃ。後はこちらで補助をするぅ!」
使用する魔法やスキルにどれくらいの魔力量が必要なのかは、発動する本人の感覚でしか掴めない。
その部分を慶介に任せ、多量の魔力操作に慣れた北条が慶介の補助へと回る。
信也は意識を失わないように現状を維持するので手一杯だ。
「くっ……、これ……は……」
初めの内は濃密な魔力に意識が翻弄されていた慶介だが、徐々に落ち着きを取り戻していく。
そして北条の助言を聞いて、発動準備中の"迷宮創造"へと割り振る魔力の調整に入る。
今回はAランク以下の在庫が余っていた魔石を積み重ね、魔石吸魔陣によって魔力を吸いだしていた。
Sランクの魔石は混じっていないが、それでもかなりの数を投入したので発動に必要な魔力は十分確保出来ていたようだ。
「これで……いけそうですッ!」
「よおし、分かったぁ! では後は俺に任せろぉ!!」
「グ……ググッ……。なるべく早くしてくれ!」
別に互いにすぐ近くにいるのだが、どうしても声が大きくなってしまう三人。
それだけ魔力制御に集中力を取られている証なのだろう。
ただ途中から慶介がスキル発動に必要な魔力量に絞ったことで、そこからは信也にも少し余裕が生まれ始めていた。
そして長いようでいて実はそれほど長くない時間が過ぎ去ると、そこには先ほどまでの濃密な魔力の気配はほぼ消え去っていた。
「やった……か?」
フラグのような台詞を吐いて、前方の岩山に視線を送る信也。
その視線の先には、ぽっかりと口が開いた岩山が映っていた。




