第751話 八尺瓊勾玉の効果
「ニャ!? ここで寝泊まりしてもいいのかニャ?」
「ああ。元々そのつもりで案内したんだしなぁ。部屋は余ってるから問題ないぞぉ」
「それは助かるニャ! ウチは人数も多いから、毎回宿は分散して泊まるか一時的に建物を借りるかしてたニャ」
「だろうなぁ。俺達も遠征してた時は似たようなことをしてたし」
ノーチラス達がまず連れてこられたのは、いつもメンバーのみんなが思い思いに駄弁ったりゆったりしている憩いの場。リビングルームだった。
広さはかなりあるので、フルメンバーに更に『ノスタルジア』を加えてもまだ多少の余裕はある。
「部屋は後で案内するから、今はここで話しの続きでもしよう」
「分かったニャ。ありがとニャ」
そこからは『ジャガーノート』、『ノスタルジア』、『バスタードブルース』のメンバーが思い思いに会話に花を咲かせていく。
『ジャガーノート』としては、今回色々話すことがあったので身内だけで会議をする予定だったのだが、それは明日に持ち越されることになった。
会話の中で特に盛り上がっていたのが、ノーチラスの語る黒い影――ヴェネトールとの戦いの話だ。
北条は細かい戦闘描写を省き、結果や重要な情報だけを伝えただけなので、実際の戦闘の様子を聞くのは拠点メンバーも初めてだった。
「そこでホージョーが言ったニャ。『ここで一気に決めてみせるぜ!』。その言葉の通り、ホージョーの放つ最終奥義スキルは、奴の翼を切り裂いたニャ!」
身振り手振り交えながら語っていくノーチラス。
大まかな筋は間違ってはいないが、時折セリフなどをノーチラスが派手に脚色しているので、北条としては聞いてると小っ恥ずかしくなって途中から席を移っていた。
そうして少し離れた場所から見ると、どうやらみんなそれなりに楽しそうに交流を持てているようで、北条はそれを満足そうに眺めている。
しばらくすると、これまたいつもの流れでゼンダーソンが手合わせしようと、ノーチラス達を東の訓練場区画へ誘おうとする。
だが今日はそれなりに日も暮れてきているし、部屋の案内もまだだったので北条が止めにはいった。
「しゃあない。楽しみは明日にとっとくことにするわ」
「ニャ……。オレは別にそんな楽しみでもニャいんだけど……」
そうは言いつつも、他のメンバーのことを考えるとこれはこれで良い機会だともノーチラスは判断していた。
彼ら『ノスタルジア』は、ゴルゴルやシンシアなど以外のメンバーも平均してレベルが高い。
そうなると、模擬戦や手合わせの相手を外部から見つけるのにも一苦労だ。
たまには外部の強者と戦うのも、いい経験になるだろう。
「いやあ、ほんまホージョーに出会おうてからは驚きの連続やわ」
「それはオレも同じニャ」
妙なところで共感を得る二人。
その日は夕食を城内の大食堂にて全員で共に過ごし、夜が更けていく。
そして明けて次の日。
朝食を済ませたゼンダーソンは、早速ノーチラス達を連れて訓練所区画へと向かう。
それには龍之介やエスティルーナなども興味を覚えたようだが、今日はまず『ジャガーノート』だけで集まっての会議があった。
定期的に『ジャガーノート』ではこうした会議を行っているが、今回は大きな進展があったので、そのことをまず報告する必要がある。
「という訳で、和泉達のパーティーメンバーも既に聞いたかもしれんがぁ、俺達異邦人が探し求める三種の神器の一つ。〈八尺瓊勾玉〉をついに発見したぁ!」
「ようやくこれで二つ目……か」
しみじみと言葉に発する信也。
それは誰かに伝える為というよりも、傍から見ると自分自身に実感を持たせる為の言葉と映る。
その視線の先は、実際に実物を取り出して皆が見えるように高く掲げた、北条の指先を向いていた。
「へー、それがやさにかのまがたまか。そーゆー形したアイテムってどっかで見たことある気がすんぜ」
「やさにかじゃなくて、〈八尺瓊勾玉〉なぁ」
「……勾玉というのは、俺達の故郷では古くから存在するアクセサリーだ。どこかしらで目に入ることもあっただろう」
そう説明する信也も、実際に生で見たことはない。
北条の手にする勾玉は思い込みの部分もあるかもしれないが、どこか神聖さを感じさせる。
信也の知識としては、勾玉は祭祀にも用いられるというものがあったが、不思議なあの形を見ているとそれも納得だ。
「これで残りは一つか」
「ああ。最後は天叢雲剣……だなぁ」
確認をするエスティルーナに、北条が答える。
彼女には直接関係のある品ではないが、異世界由来の品だけあって興味はあるらしい。
「最後のそれは多分三種の神器の中では一番有名なものよね」
「そうなのか? ヨーコ」
「ええ、別名草薙剣とも呼ばれ、八岐大蛇っていう八つの頭を持つ化け物を倒した時に、尻尾から出てきた剣だった筈よ」
「ほおう。以前聞いた話では、お前達の故郷では剣で戦ったりはしないし魔物もいないと聞いていたが?」
「それは現代の話ね。昔は日本でも剣や槍が使われていた時代もあったのよ。化け物の話も、古くから伝わる話にはそういった架空の化け物なんかも出て来たりするの」
「ふむ、なるほど。そういうものか……」
普通に魔物が存在するこの世界でも、話が膨らんで伝わることはよくある。
山のように大きな魔物などと言われて退治に向かっても、実際は十メートル位であったりなどはざらにある。
恐らくそういった一種なのだろうと、エスティルーナは納得した。
「その剣が手に入ったら、シンヤ達は帰っちゃうんだよね?」
「ああ……」
二つ目の神器が見つかったのは喜ばしいことだったが、信也の心境は複雑だった。
この地で築いた新たな人間関係のことも頭にあったが、最近その輪に加わった一人の女性の姿がふと脳裏に浮かんでしまったのだ。
「あ、ええっと、まあ、とにかく故郷に帰る日が近づいたのはよかったね」
うっかり口をついて出た質問によって、信也が悲し気な表情を浮かべてしまって焦るシグルド。
この一連の流れで明確な別れが先に待ち受けていることを、改めてこの場にいる全員が意識してしまう。
「…………」
「……」
「あ、あのさ。その〈八尺瓊勾玉〉って神器なんだよね? それなら、〈八咫鏡〉みたいな特殊効果あったりなんかしちゃうのかな?」
このいたたまれない空気に話の流れを変えようと、シグルドはふと思いついたことを尋ねてみた。
すると、流れを変えるその言葉を待っていたかのように、北条が質問に答える。
「ああ、どうもそうらしいぞぉ。どおれ、ちょっと試してみるかぁ」
「じゃあ、僕に試してみてよ」
そのまま名乗りを上げたシグルドに向けて、北条は勾玉を持つ手を動かす。
そして「むうんっ!」という声と共に、〈八尺瓊勾玉〉の効果を発動させた。
「……ううん、これは」
「どう? シグルド」
「それが、変化があるのは分かるんだけど、具体的に何がどうなったのかまでは……」
ディズィーの質問に答えようとするも、本人の自覚症状だけだと何が起こったのかまでは分からないらしい。
ただ変化そのものは感じ取れたようだ。
「ふむ……。それじゃあ次は龍之介に使ってみよう」
しかしどこか納得した顔をした北条は、続けて龍之介に対して〈八尺瓊勾玉〉を使用する。
「え、オレぇ?」
何故突然自分が選ばれたのかが分からず、思わず声を上げる龍之介。
そもそも、〈八咫鏡〉の取得経験値にプラス補正がかかるという効果は、元々上位互換の称号を持つ異邦人には効果がないものだった。
しかし実際に勾玉を使用された龍之介は、シグルド同様に詳細までは分からないが何らかの効果を受けたことを実感したらしい。
「お、お? なんだこれ? 確かになんか変化があるな」
「やはり、これは俺達異邦人であっても有効なもののようだぁ」
「へぇ、それはいいわね。で、何の効果なのよ?」
痺れを切らした陽子が直球で尋ねる。
「ああ。こいつぁ、使用した相手に一時的に『異界の加護を受けし者』という称号を授けることが出来る。効果は各種状態異常に対する耐性が強化されるみたいだぁ。効果期間は、〈八咫鏡〉の『異界の祝福を受けし者』と同様に、一週間ほども続くらしい」
「ふーん、なんか鏡に比べると大分地味な効果だな」
「何を言っているリューノスケ。効果が一週間も続くバフ効果など、破格の性能ではないか!」
「そうですよ、リューノスケさん。これは確かに神器と言える性能ですよ!」
いまいちピンと来ていない龍之介だったが、エスティルーナとライオットの反応の良さに、徐々に認識が改められていく。
「この調子だと、最後の一つも結構な効果がありそうだな」
「ええ、そうですね!」
「まあ、二つ目を見つけたばかりで三つ目の話をしても仕方ないだろう。〈八尺瓊勾玉〉の話についてはこれくらいにして、次の話に移るぞぉ」




