第746話 同時撃破
「オッサン! 同時だ! 同時にやるんだ!」
観客席から聞こえてくる幻影の魔物達の声に混じって、龍之介が叫んでいる声を聞き取った北条。
距離的にはかなり離れているのだが、龍之介の大声と北条の異常な聴覚によってその声は届く。
「ああ? 同時だぁ?」
思わず返事をするも、流石に龍之介の方はこの距離では声が届かない。
チッと軽く舌打ちすると、北条はとりあえずその場にいたロベルト達に再びアドラメルクを相手するように指示を出す。
そして自身は再出現したラハブの方へ向かいながら、"音魔法"の【遠話】を発動させる。
この場面では〈ケータイ〉を使用してると手が塞がってしまうからだ。
「同時ってのは四体同時に倒せってことかぁ?」
「ッ!? あ、ああそうだ。オレ達はずっとここで戦ってる様子を見てたんだけどよ。オッサンが悪魔を倒してから、少しずつ石像が光り始めたって和泉リーダーが言ってたんだよ」
突然耳元に聞こえた声に驚きつつも、情報を伝える龍之介。
「俺も途中で石像が光ってるのは気づいたがぁ、一体目を倒した直後からだった訳かぁ」
「そーゆーこった。同時っつっても、完璧に同じじゃなくて多少は時間に余裕はあるみてーだけどな」
「なるほど……。タイミングが重要かぁ」
戦闘中にいちいち時計の魔導具で時間を確認したりはしないが、北条には"時間感覚"のパッシブスキルで、凡その時間は掴める。
特に最初にラハブを倒した時は強く印象に残っていたから、その後アドラメルクを倒し、二体の悪魔が復活するまでの時間は大体把握している。
およそ三十分だ。
「つまり四体の悪魔を三十分以内に全てトドメを刺せばいいという訳か」
北条達は余裕がある状態だったからこそ、悪魔が再復活してもまだそれほど焦ったりはしていない。
ロベルトなんかはかなり嫌そうな顔をしていたが、北条が手を貸さずとも彼らだけでここからアドラメルクを再度倒すことも出来るだろう。
北条は改めて周囲を見渡す。
闘技場をグルリと囲んで並ぶ、柱の上にある石像は大分目立ちはする。
だが闘技場からだと十メートル以上の高さにあるので、一度戦闘に入ってしまうとなかなかそちらにまで気が回らないだろう。
今回は龍之介達が観客に回ったことで、一発でボス復活のタイミングを掴むことが出来た。
最悪北条達なら何度か復活をして粘られたとしてもどうにかなるかもしれない。
しかしもし『ジャガーノート』以外が攻略するとなると、かなり厳しい戦いになっていたかもしれない。
「みんな聞いてくれぃ! どうやらこの四体のボスは、最初の一体を倒してから三十分以内に全滅させないと、さっきみたいに復活してしまうらしい!」
「うー、それでッスかあ」
「それでは北条さん、私達はどうすればいいでしょうか?」
「細川さんとボルド達はそのままジワジワとイボスを削っていってくれ! ロベルト達もさっきと同じペースで構わない。後は俺の方でタイミングを合わせる!」
そう言って、北条は改めて四体のボス悪魔に"解析"を使用していく。
ボルド達が相手にしてる獅子頭の悪魔イボスは、ボス仕様で"大地の抱擁"スキルを持っているので、回復量が多くて一番HPの減りが遅い。
一方、召喚した魔物たちにまかせっきりな巨人の悪魔カブラカンは、すでに大分瀕死状態になっているので、召喚した魔物に加減するように指示を出す。
そこからは北条も、目の前のラハブ相手に先ほどと同じような戦いを繰り広げていく。
もちろん定期的にボスのHPを確認しつつ、ダメージが不足している相手には遠距離から魔法攻撃を叩きこんだりして、上手い具合に調節していく。
そして今度は少しペースを早めたせいもあって、一時間以内にラハブのHPを瀕死領域にまで追い込むことに成功する北条。
そこで再度他のボスのHPも確認していく。
「……よし。これならいけるだろう。みんなぁ! 今からラハブにトドメを刺す! そっからは時間の勝負だぞぉ!!」
目の前で戦っている相手が大声を上げたことで、警戒の様子を見せるラハブ。
その口からは何か言葉が発せられているのだが、ヌーナ語でもないし当然のことながら日本語でも英語でもないので、何を言っているかは分からない。
不利な状況に追い込まれているとはいえ、それでもダンジョンの魔物としての習性で、獲物を前にして逃げるなどという様子は見せなかった。
「今度こそ終わりにしてやろう」
物騒な言葉を放ちながら、闘技最終奥義スキル"一之太刀"にてラハブにトドメを刺す北条。
と同時に召喚した魔物に指示を出して、瀕死の状態で維持させていたカブラカンにトドメを刺させる。
「ロベルト、今いくぞぉ」
「この、また逃げやがって……! って、ホージョーさん。待ってたッスゥゥ!」
やたらブツクサ言いながら戦っているロベルトの下に駆けつける北条。
そして一時間前の出来事を再現するかのように、然程時間もかけずにクジャク羽のアドラメルクも撃破。
残るはイボスだけとなっていたが、こちらは北条らが駆けつける前にボルドによってトドメが刺されていた。
どうやら最後の方は出し惜しみなしで、全力で削りにいったらしい。
ボルドもだが、メアリーの方も肩で息をしながら手にしたメイスを杖代わりにして立っていた。
「上手く行ったようだな?」
ボルドは剣を杖代わりにはしていないものの、大分疲労を窺わせる声で確認を呼び掛ける。
「ああ。恐らくはこれで終わりだろう」
果たして、四体の悪魔が完全に消え去ると「ズズズッ」という音が闘技場の奥から聞こえてくる。
それは最初に見た時、閉じられていた方の鉄格子の門から聞こえてきたものだ。
そちらを見ると、予想通り閉じられていた鉄格子が上に引き上げられていく音だった。
観客席の幻影の魔物達からは、全員総立ちでのブーイングの嵐が巻き起こる。
しかし鉄格子が完全に上りきると同時に、あれだけうるさかった観客は霧のように消えていった。
残されたのは、闘技場にいる北条達と観客席にいる信也達だけだ。
ひとまず北条達はボス悪魔のドロップをかき集めた後に、門の先ではなく信也達のいる観客席の傍まで戻ることにした。
未だ観客席と闘技場との間には強力な結界が張られており、北条の全力の魔法でもぶち破れそうにない。
ただ声は伝わるので、結界越しに話をすることは可能だ。
「見ての通り、無事突破することが出来た。これも龍之介から聞いた情報のお陰だぁ。助かったぞぉ」
「へっ! いいってことよ」
「ちょっと何偉そうにしてんのよ? ラハブを倒してから石像が光り始めたことに気付いたのは和泉リーダーだったし、それとボス復活を結び付けたのはエスティルーナさんだったじゃない」
「そうですね~。龍之介さんは確か『分かった! あれはきっと決められた回数ボスを倒せば良いんだよ! そうすりゃあ途中から出てこなくなるって仕掛けと見た!』――って言ってましたよね~」
「ぐっ、なっ、そんな声真似までして言うなよ……」
「ウハハハッ! メイの声真似すんげー似てるじゃねーか!」
少し長めのセリフだったのに、一語一句間違わずに声真似までして再現する芽衣に、周囲からは笑いが零れる。
「なんによせ無事討伐出来てよかった。後は俺達の方だが……」
「今のと同じ相手だとしたら、和泉達も突破できるだろう」
ダンジョンのボスというのは、固定で同じ魔物が出る場所もあるし、何種類かの魔物からランダムに選ばれるケースもある。
ただ四体同時撃破というギミックが組み込まれている辺り、恐らくはまた同じ四体の悪魔がボスとして立ちはだかる可能性が高い。
「アーシア、ヴァルドゥス。お前達もいることだしなぁ」
「フッ、我に任せておけ」
「お任せくださいませ」
SSランク級の頼みの綱と言える二体の従魔に、心強さを覚える北条。
今ではシャドウクーガーなども召喚契約して従魔に加わっているが、アーシアもヴァルドゥスも元は今より低いランクから時間をかけて成長してきた。
それと比べると、新たに召喚契約した魔物は元からSランクやSSランクでほぼ同じ能力を持っているので、生え抜きの従魔と比べるとスキル数やスキル熟練度の面で特で遅れを取っている。
「うぅー、ご主人様ぁ。僕は? 僕は?」
「キュッ! キュッ!」
「ああ、勿論お前達もだぁ。皆の助けになってくれよぉ?」
「はいなのです!」
「キュゥゥゥッ!」
未だに主に対する甘えが抜けないニアとラビ。
他にも従魔はまだまだいるが、今は〈従魔の壺〉に入れて信也達に託してある状態だ。
「それじゃあ俺達はあの門の先に向かうがぁ、もし今のが守護者だった場合は、さくっと祝福を受けて転移部屋に飛んで待つ。領域守護者だった場合は、恐らく設置されているであろう迷宮碑の傍で待ち合わせとしよう」
「分かった。なるべく早く合流できるようにしよう」
恐らく問題はないとは思うが、あまり長時間門を開けっぱなしで放置するのも不安がある。
必要な話を済ませた後は、軽く挨拶をして開かれた門へと向かう北条達。
潜り抜けた門の先には、地下へと続く長い長い螺旋階段が待ち受けていた。




