第740話 ルカナルと魔法武器
「意外と長かったな」
「あれ明らかにおかしーだろ! どーみても計算が合わねーぜ」
ギルドで新しいギルド証を受け取り、休みを挟んで翌日。
『ジャガーノート』は再び黒い霧エリアへと向かい、しばらく探索してから拠点にまで帰ってきていた。
今回は探索を優先にしたので、道中はなるべくチャチャッと移動している。
前回より早く城門の反対側に辿り着いた一行は、そこから中央に伸びる坂道を上っていったのだが、そこで一つの事実が明らかとなった。
それが先ほどの龍之介の発言にも繋がっている。
「そうだね。一本道の上り坂だから迷うことはなかったハズだけど、四日間移動しても頂上につかないってのは、外周部から見た感じからするとおかしいよね」
「もしかして前に進んでいるようで同じ所を移動してたんじゃねーか? ゲームでたまに見かける無限回廊みてーによ」
「流石にそれはないと思うがなぁ。俺の各種感知スキルでも先に進んでることは確かに感じ取っていた。高度な幻覚の罠が仕掛けられていても、少なくとも気付く位は出来るはずだぁ」
黒い霧のある坂道は、中央部の柱状にせりあがった場所に伸びている。
外周部からは黒い霧のせいで上部の様子が観察できないが、明らかに今回の探索で移動した距離は長すぎた。
あれだけ坂道を登っていたら、城門入口部をとっくに通り過ぎている距離だ。
巨城エリアに入るには台地の周囲をぐるりと回りながら上る必要があったが、この坂道はまっすぐ伸びており螺旋構造はしていない。
「でも最初の方に一度だけ"空間感知"に反応あったわよね?」
「ああ、初日のアレかぁ。恐らくはアレで別の空間にでも飛ばされたんだろうなぁ」
北条も陽子も"空間感知"による異変は察知していたが、自分達が転移させられたという感覚はなかった。
どちらかというと昔のアクションゲームのように、ある一点を境にしてステージが切り替わったかのような感覚だった。
「今回は上まで行けると思ったんだけどな」
「でもま、次には突破できるだろ」
出現する魔物についても、すでに今回の探索で対処に慣れてきている。
元々の『ジャガーノート』のポテンシャルがあれば、残す問題はあの黒い霧エリアがどれだけ続いているかということだけだ。
「ああ、そうだなぁ。では今日はこれで解散ってことにしよう」
別に本格的な会議などではなく、ジャガーキャッスルのリビングルームで今回の探索についてのまとめと反省会を行っていた北条達。
話を締めた北条は、部屋の扉へと向かおうとする。
それを見て信也が北条に声を掛けた。
「北条さん、どこか用事でもあるのか?」
「ん、ああ。ちょっとルカナルのとこに寄ろうと思ってなぁ」
「ルカナル? ああ。確か悪魔が稀に落とす〈漆黒石〉を素材にして、暗黒属性の武器を作ろうしてるんだったか」
「そうだぁ。悪魔のせいでイメージはよくないがぁ、防御しにくい上に"悪魔結界"を素通りできる暗黒属性は、武器としては優秀だからなぁ」
「なるほどな。……北条さん。〈漆黒石〉はまだ余ってるか?」
「それなりに数はあったと思うぞぉ」
「なら幾つか融通してもらえないか? いつだったか北条さんが作っていた、簡易攻撃用の魔法具の暗黒属性版を開発してみたい」
「ああ、それはいいかもなぁ。俺が以前作ってた時は、悪魔素材なんかそうそう手に入らなかったから、結局諦めていたしなぁ」
北条が作った簡易攻撃魔法の魔法具によって、メンバーの何人かは魔法スキルを取得出来ている。
今では守衛や使用人たち、果ては有志の一般人や西区にある魔法塾でも使用されており、拠点のマジックユーザー数の向上に寄与していた。
だが以前は暗黒属性に適性のある素材が用意できず、暗黒属性の魔法具を作るのは一旦中止していた。
ディーヴァには北条のレアスキル、"スキル貸与"によって"魔導具創造"の生産スキルが貸し出されている。
彼女と手を合わせれば、今度こそ暗黒属性の魔法具を作れるかもしれない。
「じゃあ、あとで魔法具研究所に送っておこう」
「助かるよ」
「いいって事よ」
軽くてをヒラヒラと振って、北条がリビングルームを後にする。
魔法具研究所とは、本区画の南東部に建築されたばかりの施設だ。
今ではディーヴァはそこで寝泊まりしながら、魔法具研究にはりきっている。
その研究所近くの東門前広場を挟んで反対側には、かつてスーパー銭湯が建てられていた。
だが憩いの場であったスーパー銭湯は拠点襲撃の際に潰されてしまったので、今では隣にあったルカナルの鍛冶場を拡張して鍛冶場の一部になっている。
北条が向かっているのもそこだった。
「ルカナル、いるかぁ?」
「あ、これはホージョー様! 親方なら奥にいるので呼んできやす」
鍛冶場を訪ねた北条に、見習いの鍛冶士が慣れない敬語で出迎える。
ほどなくして、部屋の奥からルカナルが姿を現した。
最初に出会った頃はひょろっとしていたのに、今では細マッチョといったしっかりとした肉体をしている。
これは単に鍛冶仕事による効果だけではなく、他の拠点住人と一緒に時折ダンジョンで鍛えていたからだ。
今や大陸でもトップクラス……いや、単純な戦力でいえば間違いなく最高峰の『ジャガーノート』。
その拠点となる場所は、すでにクランの拠点という枠組みを超え、自治領区にまで進化している。
そしてその拠点に住む者は、ただの農民であろうと侮ることは出来ない。
講習なりを受けてダンジョンに潜っている住人が、それなりの数含まれているのだ。
「北条さん、ようこそ」
しっかりとした立場の職に就き、多くの弟子を抱えるようになったルカナルは、一見柔らかな物腰ながらもどこか芯の強さを窺わせる。
北条達も大分成長を遂げていたが、それはルカナルも同じだったようだ。
「おう! 忙しいとこ悪いな。例のものがどうなってるか気になってなぁ」
「ああ、はい。暗黒属性の武器ですね? 実は今もその研究をしてた所なんですよ。どうぞ中へ」
ルカナルに案内され北条が部屋の奥の廊下から、更に少し歩いて研究部屋へと移動する。
ここは鍛冶場というよりは、なんらかのラボのような見た目の部屋だった。
「それで、進捗はどうだぁ?」
「そうですねえ。"錬金術"でパウダー状にした〈漆黒石〉を元に、〈悪魔の角〉や〈悪魔の翼〉などを加えたりしてるんですが、なかなか満足のいくものは出来てません。硬度は問題ないけど脆くて折れやすくなったり、加える素材一つによってその辺が変わるんです。それに暗黒属性を宿す剣となれば、属性相性のことまで考えないといけなくてそうなると益々配合が難しく……」
「ああ、分かった分かったぁ。あんま専門的な話をされても俺には分からん。そこに置いてあるインゴットが、失敗した奴かぁ?」
「そうですね。これは一応現時点では一番出来がいいってだけで、まだまだ僕が目指すものには届いていません」
「そうかぁ。まあ門外漢の俺がいうのもなんだし、満足いくまでやってほしいとは思う。ただ、あまり時間が掛かりすぎるようなら途中で切り上げてもいい。そこのインゴットもそう悪くはなさそうだしなぁ」
魔法の武器を作るには、"刻印魔法"で魔法を刻むのが一番手っ取り早い。
しかし金属そのもの……、そしてそこから武器として仕上げる過程で、予め方向性を持たせることが出来れば、何も刻印せずとも魔法効果や属性効果が付与されることがある。
ただ当然ながらそのような武器は、一介の鍛冶師が作れるものではない。
ルカナルは"魔法武器作成"の生産スキルを取得しており、"魔法鍛冶"や"魔法精錬"などのスキルも所持している。
これらのスキルは"魔法武器作成"とも相性が良く、魔法武器に関してルカナルは大陸規模で有数の腕前にまで成長していた。
「まあ、確かに暗黒属性の付与には成功してますけどねえ」
「奥さんのために張り切りのも分かるがぁ、あまり棍を詰め過ぎないようになぁ」
「あ、あはははは……。実はこないだそれでエリカを怒らせちゃって……」
「おいおい、しっかりしろよぉ? 今は大事な時なんだからな」
ルカナルと妻であるエリカはもう何年か前に結婚していたが、今年になってエリカが二人目の子供を妊娠していた。
いまは大分お腹も大きくなってきていて、あと二、三か月もあれば生まれてくるだろう。
この世界では、全体的に見て子供の死亡率が高い。
また母体の方が危険に晒されることだってよくある。
しかし『ジャガーノート』の拠点では、出産時には贅沢にも"神聖魔法"や"回復魔法"の使い手がフォローに付き、ポーションや薬なども用意される。
そのせいか出産時のリスクが大きく軽減され、安心感を抱いた住人達の間ではぽんぽこと子供が生まれていた。
「ええ。エリカにはいつも頭が上がらないですよ」
「相変わらず尻に敷かれてるようだなぁ? ま、一先ずは研究も進んでいるようだし、じっくりとやってくれぃ」
「はい、分かりました。……あ、ところで明日の葬儀のことなんですが……」
「明日の朝、西門に集合して全員で向かう。忘れんなよぉ?」
「ああ、はい。西門に集合ですね」
明日の予定について確認を取るルカナル。
用事を終えた北条は、そのままルカナルの鍛冶場を後にする。
相変わらず休み時間とはいえ、北条は忙しく動き回っていた。




