第727話 三者会談 前編
「さて、まずは今回キリル王子が訪ねて来られた目的を聞きたい。今回の一連の騒動に関する事は、アウラへと報告してある。他に何か用があるという事かぁ?」
挨拶の言葉こそ少し畏まった言い方をしていた北条であったが、すぐにいつもと同じような話し方へと戻る。
しかしその事に関し、あれこれうるさく言う者はこの場にはいない。
「他の用件もあるにはあるが、まずは改めて当事者から話を聞きたい。我が国に侵攻していた帝国軍は、完全に殲滅したのか?」
「そうだぁ」
「……捕虜などは捕えていないのか?」
余りにあっさり肯定された事で言葉が詰まるキリル。
本当はどのようにして殲滅したのかも尋ねたい所であったが、アウラからの報告ではその事について回答を得られなかったとあった。
何より直接北条と対峙した事で、詳細について語るつもりはないという事がキリルへとよく伝わった。
代わりに口を出たのは、咄嗟に思いついた捕虜に関する質問だった。
「帝国軍は殲滅したと答えたつもりだがぁ?」
帝国軍とはまた別のくくりの百英雄隊から一人捕虜は取っているが、その事について敢えて北条は語るつもりはなかった。
「そうか……。では次に、こちらの拠点にも帝国の特殊部隊と悪魔ゴドウィンの襲撃があったとの事だが、その事に関して話を聞きたい」
「その事に関してもアウラに伝えてあったと思うがぁ?」
「勿論報告は受けている。彼女からの報告だけでなく、今ではローレンシア神権国からもジャガーノートがゴドウィンを討ったという話が広まっている。そこで我々ロディニアとしては、帝国の特殊部隊についての話を伺いたい」
もちろん『ロティニア王国』としても、諜報の手を他国へと伸ばしてはいる。
しかし数と質の問題で、帝国に関しての機密情報はそうそう入手できるものではなかった。
北条の言う特殊部隊に関しても、噂話程度にしか調べる事が出来ていない。
「それに関してはもう心配する必要はないと思うがぁ……」
「ホージョー殿のように力を持っているのならともかく、ロディニアとしては帝国の軍事力は脅威なのだ。どうか教えてもらえないか?」
『ロディニア王国』は、帝国や『ユーラブリカ王国』などと比べると規模の小さい辺境の国ではあるが、ロディニア南東にある小国家群などと比べればそれなりに国力のある国だ。
しかし未だに貴族派の事が足を引っ張っており、態勢を立て直している最中でもある。
「……数としては、レイダースとかいうレイド部隊をベースにした連中が多かったぁ」
「その名は俺も耳にした事がある。レイドスキルを持つ者を国中から集め、部隊を編成しているんだったな」
「うむ。そのレイダースの中から、優秀な方から順に四十部隊程が拠点に攻めてきている」
「その部隊はどうなったのだ?」
「無論、殲滅済だぁ」
「……っ、そうか」
北条も直接戦ってる現場を見ていた訳ではないが、後でムルーダやアーシアから話は聞いている。
また帝国の特殊部隊に関しては、ザッハルトやディーヴァなどからも話を聞いていたので、北条はその辺の事情に少し明るい。
「ちょっといいかな?」
「なんだぁ?」
ここで黙って話の成り行きを窺っていたエルネストが口を挟む。
「その特殊部隊とやらは、大半がレイダースだったんでしょ? なら大半じゃない連中はどうなったの?」
「何度も同じ回答をする事になるがぁ、殲滅済みだぁ」
「キュボンという男も?」
「キュボン……?」
唐突に人名が飛び出たが、北条はその名に聞き覚えがなかった。
信也達も互いに目線を送っていたが、同じく反応はない。
「百英雄隊の第十八席。席次は一桁台ではないけど、Sランクレベルの"召喚魔法"使いって事で、ギルドとしてもマークしていた人物だったんだけど」
「"召喚魔法"使い? ああ、それなら……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! エルネスト殿。その百英雄隊というのは何なんだ?」
ここで情報面で遅れを取っているキリルから、ちょっと待ったコールが入る。
「あれ、御存じなかったのですか? 帝国には皇帝を陰から守るという帝国八魔人や、最低でもAランクレベル以上の英雄クラスからなる、百英雄隊という特殊部隊が組織されているのですよ」
冒険者相手には馴れ馴れしい言葉遣いのエルネストだが、一国の王子であるキリルに対しては多少気を使っている。
もっとも、名誉子爵という立場にある北条に対しては、普通の冒険者と同じように接してはいるが。
「……そういった部隊が存在する事は知っているが、生憎と詳細については知らないのだ」
「まあ我々冒険者ギルドとしても、そこまで詳しい情報は得ていないのですけどね。それよりホージョー。"召喚魔法"使いについて、心当たりがあるの?」
キリルへの受け答えの後、先程気になった事を尋ねるエルネスト。
「ああ。そいつも襲撃に加わっていたからなぁ。……というか、帝国は今回の拠点襲撃に、百英雄隊を九割近く投入している」
「え"っ…………。でもボクの知る限り、二十九席の男でもレベル百の壁を越えてるんだけど? 百英雄隊は純粋にレベルの高い方が席次は上だから、単純に考えれば少なくとも二十九人はSランクレベルって事になるよね?」
「そうだな。第一席の男はレベル百二十もあったからなぁ」
「……それでそいつらどうなったの?」
「俺に何度同じこと言わせれば気が済むんだぁ? 殲滅したと言っただろう?」
「なっ……! 九割という事だから全員参加ではないにせよ、Sランクレベルを二十人以上相手にして打ち勝ったという事か!?」
『ロディニア王国』では、表立って活動しているSランクレベルの者は少ない。
だが貴族派による反乱が起こる前に、ゲラシムという宮廷魔術師の男がいた。
彼は百レベルを超えており、ロディニアの宮廷魔術師の中では飛びぬけた存在だった。
王家派でもあったゲラシムは、それ故に真っ先にレヒーナによって孫娘を人質に取られ、その娘諸共始末されてしまっている。
キリルは子供の頃に、ゲラシムが大規模な魔法を発動した現場を目撃した事があり、Sランクレベルの恐ろしさをよく知っていた。
だからこそ、話を割り込むようにしてまで驚きの声を上げてしまう。
「そゆ事だぁ。その戦いにはゼンダーソン達も参戦してくれたんでなぁ。お陰で助かったぞぉ」
「おう。ついでにその戦いには、帝国のSランク冒険者アジオンも交じっとったで。ま、俺がぶちのめしといたけどな! ワハハハハッ!」
「……ゼンダーソン。ボクその話聞いてないんだけど?」
「そらそうやろ。言うてないからな!」
「はぁぁ……。そうなると、Sランク冒険者は今三人しかいないって事かあ」
エルネストにとって、百英雄隊の事も気になる事だが、Sランク冒険者が一人欠けた事は、グランドマスターとしては大いに気になる所だ。
「と、とりあえず、その百英雄隊とかいう連中も、ほとんど壊滅状態だという事でいいんだな?」
「ああ。これは主力軍の壊滅以上に、帝国にとっては手痛いダメージだっただろうなぁ」
「そりゃあそうだね。……で、例の黒い影とやらは大丈夫だったの?」
「そちらも問題ない」
「黒い影?」
エルネストの口から再び新たなキーワードが飛び出したが、これに関しては北条達もエルネストも誰からも説明される事はなかった。
場の空気から説明を求めても無駄だと察するキリル。
そのまま議題は次の話へと移っていった。




