第723話 信也とディーヴァ
「本当!? 私も魔法具に関してはまだまだ素人だから、一緒に切磋琢磨していくわよ!」
「あ、ああ……」
ほとんどディーヴァの勢いに押されっぱなしの信也。
信也の手を包み込むにようにして持ち上げながら、ズイッと滲みよるディーヴァ。
まだ専用の施設も完成していないので、出来る事は少ない。
それでも元々持っていた知識と、北条から参考用に与えられた数々の魔法具を解析してみたりと、現段階でもやれる事はある。
そうした背景もあり、早速次の日から信也はディーヴァの下へと通う事になった。
「魔法具はね。何も"刻印魔法"が必須って訳ではないのよ。寧ろ、ホージョーのようになんでも"刻印魔法"でゴリ押す方が少ないの」
「そうなのか。俺も詳しくは知らなかったんだが、アレはゴリ押しだったのか……」
「ええ、そうよ。"刻印魔法"は別の魔法を籠めて刻む事が出来るのよ。例えば"火魔法"の【ティンダー】を刻み込むと、このような図形が刻まれる。この図形を魔法図と呼ぶんだけど、それぞれ意味はあってね。マギクラフターやら魔法具職人と呼ばれる人達は、そういった魔法図を解析・把握して、更に魔法文字で調整などを加えたりしながら、試行錯誤して魔法具を作り上げていくの」
初めは魔法の腕や職人的な腕が要求されるものだと思っていた信也だったが、意外と学ぶべき知識が多い事に早々に気付かされる。
必至に受験勉強していた頃を思い出しながら、信也はそうした知識を吸収していく。
普通は年を取っていくと記憶力は弱まっていくものだが、信也はむしろ今の方が記憶力含め脳機能が強化されている事を実感する。
おまけに"器用貧乏"のスキルが働いたのか、知識を学び始めてから僅か数日で"記憶力強化"のスキルまで取得出来た。
それからは色々な魔法図とその動作や威力、射程設定など、効果の指定を行う為の補助図形や魔法文字についても学んでいく。
「つまり、ただ必要な魔法図をマジックインクで描くだけでなく、動力となる魔石と繋げるための回路も必要になるのか」
「ええ、そうよ。随分物分かりがいいのね」
「まあ……、故郷で得た知識の中にこれと通じるものがあったからな」
信也も詳しい仕組みまでは知らなかったが、魔法具の肝となる部分は、電子回路を彷彿とさせるものだった。
またそこにプログラム的な要素も加わっており、そちらに関しては信也も少しは心得がある。
科学と魔法、まるで異なるものではあったが、魔法具を作る上で参考になるような共通点は幾つかあった。
そのおかげで、信也は短期間のうちにメキメキと魔法具作りのノウハウを蓄積させていく。
「もう基礎的な知識はいいから、そろそろ簡単な魔法具を作るわよ」
「え? でもまだ習い始めて数日なんだが、大丈夫なのか?」
「大丈夫、大丈夫! 魔法具作りが一般的に広がっていないのは、単に技術の秘匿やマジックインクや魔石だのでお金がかかるからって理由が大きいの。今のシンヤなら、簡単な魔法具くらいはいけるわよ!」
何にでもノリノリイケイケなため、いまいちディーヴァの言う事を信じられないでいる信也。
しかしものは試しと、これまで教わった知識を総動員して簡易的な照明の魔法具の制作に入る。
この程度の魔法具なら、大規模な施設は必要ない。
北条から魔法具作りの材料は大量に提供されているので、材料不足の心配もなかった。
「ええっと、ここには効果を安定させるための魔法文字を刻んで……」
信也が魔法具を作っている様子を、後ろから見守るディーヴァ。
彼女も専門ではなかったが、この程度の魔法具ならば以前制作した事はある。
余計なアドバイスなどせず、間違っていた部分があっても敢えて指摘せず、いつもは口うるさいディーヴァが静かに見守る中、魔法具の制作は続く。
途中、間違いの部分に気付いて修正を入れたりしつつ、何度か魔法図を見直しながら信也は基盤となる部分を作成していった。
そうして完成したのは、とりあえず基本機能だけをもたせた基盤となる部分に、魔石を置く場所。
そして光を発する水晶を嵌めこんだ場所が存在するだけの、子供が夏休みの工作の宿題で作ったような簡素なものだった。
「ようやく出来た……。後はちゃんと作動するかどうか…………よし! 付いた! 付いたぞ、ディーヴァ!」
「ふふ、よかったわね。シンヤ」
ちゃんと水晶部から光が発せられたのを見て、信也は子供のように歓声を上げる。
それに応えるディーヴァは、決してニヤニヤした表情をしていた訳ではなかった。
だが、微笑ましそうな顔で見られていた事に気付いた信也は、途端に気恥ずかしい想いに襲われる。
「あっ、と……。魔法具作りも中々楽しいもんだな」
「そうね。私はこれまで魔法の方が専門だったけど、魔法具の方も十分楽しそうに感じ始めてきたわ」
先ほどの信也の嬉しそうな様子を見て、ディーヴァはまるで推しの作品の布教に成功したオタクのような気分を味わっていた。
なんだかんだで、これまで魔法一筋で他人に何かを本格的に教える事がなかったディーヴァにとって、それは新鮮な感覚だった。
そしてつい子供のような反応をしてしまった信也も、自分がそこまで熱中するとは思っておらず、思いの他魔法具作りに嵌っている自分に気付く。
ピタリとかみ合ったこの二人は、以降も魔法具作りを継続していく事となる。
このように、長期休暇を満喫していたのは信也の他にもいた。
話は休みが始まった頃に遡る……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ケースケ様、この度は難事を乗り切ったようで何よりですわ」
「うん、みんな頑張っていたからね。ここ一年くらいはずっと対応に追われてたんだけど、これでようやく探索に戻れるよ」
「ケースケ様……」
クラン会議が終わりしばしの休みが言い渡されると、クランメンバーは思い思いの時を過ごし始めた。
そんな中、慶介はリタとの時間を過ごすようになる。
以前、慶介の故郷へ帰りたいという想いを打ち明けられたリタ。
しかし彼女はだからといって、慶介への気持ちを諦める事はなかった。
慶介が拠点へと帰ってくる度にけなげに声を掛け、積極的に話をして、少しでも自分という存在を慶介に植え付けようと必死だった。
そんなリタを慶介も無下には出来ず、関係は深まっていく。
「リタ……。そんな悲しそうな顔はしないで欲しいな」
「――っ。す、すいません……私ったら……」
慶介もなるべく口にしないようには気を使っていたが、それでも時折うっかり口にしてしまう事がある。
――日本へ帰る。
直接的ではなくとも、この言葉を聞くだけでリタが悲しそうな顔を見せるのは、慶介も良く理解していた。
どうしてリタがそのような反応をするのかも。
そして、自分もまたリタに同じような気持ちを抱いている事も。
《サルカディア》で三種の神器が全て見つかり、実際に日本に帰れるとしたらどのようになるのか。
不明な事が多すぎるので、慶介はリタに迂闊な事を言えずにいた。
日本へ帰るという決断を変えるつもりはない。
しかし、もしかしたら慶介とリタの両者が望むような未来に進める可能性はある。
でもそれはあくまで可能性でしかない。
実際どうなるのかも分からないのに、無責任に一緒に日本に行かないか? などとは慶介には口に出せなかった。
それはリタも承知しているのだろう。
どうしても慶介への想いを諦めきれない。
慶介の姿を見るだけで体が震えそうになる。
笑顔を向けられるだけで、胸の鼓動が高まって息をするのも忘れてしまう。
下手に問題なく付き合い始めた恋人同士より、大きな障害が立ちはだかってしまったせいか、よりリタの恋心に火がついているのかもしれない。
今回の休みの期間は、そうしたリタの熱い想いが慶介へと降り注がれる事になった。
「ケースケ様、聞いてくださいませ。私、"風魔法"に続いて"土魔法"も覚えたんです。それに魔法だけでなく、ケースケ様を見習って戦闘術も大分上達したんですよ!」
「へえ、凄いね! 僕も最初は新しい魔法属性を覚えるのは苦労したなあ」
「あら、ケースケ様でもそうだったんですのね」
長期休暇が始まって幾日も経過した頃。
その日も慶介は、日課となっていたリタとの逢瀬を重ねていた。
勿論二人共ただ自堕落に一日中ベッタリという訳ではなく、魔法や戦闘技術の鍛錬の時間も別にきちんと取っている。
「うん。幾つかアドバイスをもらったりして、どうにか"氷魔法"を覚えられたんだよね。リタは残る四大属性の一つを――」
リーンゴーン……。
慶介が話している途中で、時計塔からの鐘の音が聞こえてくる。
朝昼夕の一日三回だけ鳴らされる鐘の音は、昼過ぎから一緒に過ごしていた二人にとって、別れの鐘の合図だった。
「……今日はもう時間のようだね」
「ええ……。また明日、いつもの時間にお伺いいたしますわ」
寂しそうに別れの挨拶を告げるリタ。
本来であれば、王女であるリタがこのように男性と二人で過ごす事は出来ない。
しかし、リタ兄妹を送り出したキリルとしては、少しでも『ジャガーノート』と繋がりを持てるに越したことはないので、むしろ応援してるまであった。
逢瀬の場は慶介の部屋であったり、リタの部屋であったり。
また時には二人で西区画へ行ったり、《ジャガー町》の方まで出向いたりもしていた。
ただどの場合にせよ、完全に二人っきりという訳でもなかった。
二人は今慶介が住む信也の家にいるのだが、近くにはリタの護衛の女騎士や侍女が控えている。
「リタ様、ご挨拶がお済みになられましたら、城へ戻ると致しましょう」
「ええ、分かってますわ」
御供の者を引き連れ、名残惜しそうに去っていくリタの背を見つめる慶介。
その目には、新たな決意の炎が浮かんでいた。




