第712話 長井と北条
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ミリアルドより吸収したスキル"千里眼"は、ただしく機能を発揮して北条の望むものを見せてくれた。
しかしすでにその時点では日も暮れていたので、すぐに行動せずに一晩挟む。
流石の北条もこの日はかなり力を使った上、あの後更に西門での死体撤去作業も行ったので疲れていたというのも影響していた。
明くる日の朝、再び"千里眼"で動向を確認した北条は、帝都へと転移していった。
転移後は、一旦"飛行"で上空に浮かんでから帝都を一望してみたが、数日前に訪れた時とは大分景色が変わっている。
「結局ミリアルドが参戦したから多少余裕は出来ていたが、それでも帝国襲撃でのレベルアップがなければきつかっただろうな」
帝国襲撃の途中で、北条はSSランクの魔物を召喚出来るようになっていた。
Sランクの魔物でも北条のスキルによって強化されるので、そこらのSランクの魔物よりは強くなる。
しかしSランクの襲撃者が何人も交じっていたあの戦場では、最後のSSランクの魔物召喚が決め手となったといっていい。
「ここでも大分暴れまわりはしたが、それでもまだまだ人は結構残っているな。さて、目的の人物は……あっちの住宅街の方か」
北条が帝都を訪れたのは、済ませておきたい二つの用事のもう片方を執り行うためだ。
それはひっそり逃げ延びた長井の抹殺。
以前北条が悪魔司祭を倒した後、なんとなく感じた嫌な気配に向けて【シャイニングピラー】の魔法を放っていたが、ある程度は散らす事は出来たものの完全に消し去った感覚はなかった。
そしてその嫌な気配が向かった先にいたのが長井だった。
表世界で活動している悪魔は、ただ倒しただけでは滅ぼす事が出来ないのでは?
そう思った北条が悪魔について調べたり、マージから話を聞いたりした結果、幾つかそう判断できる根拠が見つかっていた。
つまり、悪魔は例え倒されても別の肉体で復活する可能性がある――ということを。
そこで北条は、前回逃げられた時の反省も踏まえ、ミリアルドが北条に対して【対象設定】を使用していたように、あの時拠点で対峙した長井に対してこっそり【対象設定】を仕掛けていた。
この魔法は対象の存在、つまり魂そのものに紐づかれているものなので、例え肉体を移し替えるというような特殊なケースが発生したとしても、追跡を逃れる事は出来ない。
北条からすれば、帝都へと逃げ延びた長井の居場所が手に取るように把握できるのだ。
「魔物の襲撃? 悪魔? ……一体何があったっていうのよ」
「見れば分かるだろぅ? そりゃあ大変な事があった訳だぁ」
「ッ! まさか!?」
そして今、ブツブツと呟いていた長井の背後から北条が声を掛ける。
首の骨がグキッと言ってしまいそうな程に勢いよく後ろを振り返る長井の目に、宿敵とも言える相手の姿が目に映る。
「ほい、捕まえたぁ」
北条はそう言って長井の肩に手を置くと、【長距離転移】の魔法を発動させる。
すると二人の姿は一瞬にして帝都から消え去り、代わりに少し荒れた平地のど真ん中に姿を現す。
『転移阻害装置発動』
北条は転移が終わるとすぐに、日本語で転移阻害用の魔法装置を発動させる。
辺り一面に人気のないこの場所は、ヴェネトールとの戦闘時に用意したバトルフィールドだった。
《ステプティカル高地》と呼ばれるこの場所は魔物も多く、人が滅多に寄り付かない場所だ。
「一名様ごあんなーい」
「北条……貴様ッ!」
「おうおう、鬼のような形相だなあ。あ、いや、お前さんの場合は悪魔のような形相だな。ハハハハッ!」
今にも襲い掛かりそうな表情をしながらも、冷静に今の状態のまずさを理解している長井。
機嫌よさそうに話している北条の目を盗み、〈マジックバッグ〉から転移用のアイテムを取り出すが、魔力を通してもうんともすんともいわない。
その様子を見て、北条が人を小馬鹿にしたような口調で言った。
「んーー? さっきの聞いてなかったのかぁ? 『転移阻害装置発動』と日本語で言ったんだがぁ、お前なら理解出来ただろう?」
転移阻害用の魔法装置は、元々黒い影ことヴェネトールが"空間魔法"を持っていた場合に備え、それを封じる為に用意していたギミックだ。
発動用のキーワードに日本語を用いたのも、話せる者が異邦人以外にはいなかったからである。
しかし結局ヴェネト―ルは"空間魔法"を所持しておらず、代わりに悪魔の弱点属性である光属性のフィールドを展開する方の装置を起動させていた。
フィールド系は同じ場所に重ねて掛ける事は出来ないので、今発動したのはその時使わなかった方の魔法装置という訳だ。
「しかし、またその姿をしているのか。どれ、もう一度剥いでやろう。【ディスペルマジック】」
北条が"暗黒魔法"である【ディスペルマジック】を使用すると、あの時と同じようにガイの見た目をしていた長井の姿が、本来の姿へと戻っていく。
しかしあの時と違うのは、すでに肉体を移し替えた後だったので、オリジナルの体ではなく別の男の肉体だという事だった。
「お、わはははははっ! なんだよ、長井。お前本格的に性転換しちゃったのかぁ? ガイとかいう男の姿に化けてる内に、男に目覚めたってか」
「~~~っさいわね! 誰のせいだと思ってんの!」
「ははははっ……。その顔と声で女言葉使われると腹がよじれるぞぉ。ぷっ、くくっ、あはははは……」
長井としてはそんな心境ではないのだが、逆にそんな状況だからこそ北条は笑いをこらえ切れない。
これは挑発目的でもなく、単純にあの長井がこんな状態になっている事が北条の笑いのツボを刺激していたのだ。
これは長井にとっては危機を乗り切るための最後のチャンスでもあり、必死に今使えるスキルを頭に思い浮かべる長井。
しかし絶望的なまでにその方法が思い浮かばない。
「くっ」
結局長井が選択したのは、"悪魔の翼"を使用して飛んで逃げるというものだった。
しかしここまで来て北条がそれを見逃す訳はなく……、
「話はまだ終わっちゃあいないぞぉ」
あっさりと"重力魔法"によって地面へと叩き付けられる長井。
思わぬ突然の重力によって受け身も取れず、右手が変な方向へと曲がってしまっている。
「うぐ……ぐぐぐぐ……」
「お前はホントに生き汚い奴だなぁ。その部分だけは俺も見習っていいかもしれん」
恐らくは親の敵以上に憎まれているハズなのに、あの場面で逃げの手を打つ辺りに長井の強かさを感じ取る北条。
その口調は、先ほどまでの笑い転げていた者とは別人のようだった。
「だが、お前が皇帝を取り込んでまで行った作戦は失敗したぁ。すでに俺の手で壊滅させてやったがぁ、北と南から迫ってきた帝国軍の目的地は、俺達のいる拠点だったんだろう?」
「壊滅!? そんな馬鹿な! 全部で二十万以上の兵がいたのよ!」
自身も少数精鋭の部隊の指揮を執っていたため、長井は先に出発させた帝国軍がどうなっていたのかを知らずにいた。
それは北条が徹底的に帝国軍を壊滅させ連絡を取る隙すら与えなかった事と、そのすぐ後に帝国の各都市に襲撃を掛けた事が原因である。
この一連の襲撃によって帝国は著しく乱れており、ロディニア国内で行動していた長井の下には一切連絡がなかったのだ。
「全部俺が潰したぁ」
「まさか……そんな……」
拠点での戦いの折、北条は黒い影との戦いの為に力を温存していた。
なので今の北条の力といえば、エルダードラゴンをテイムしているという位しか長井は知らない。
特にしばらく国外のダンジョンに潜っていた事もあって、事前の調査でも北条達の現在の戦力が全く測れなかった。
「それとお前も見たと思うがぁ、帝都を壊滅状態に追い込んだのも俺だぁ」
「何……ですって?」
「帝都だけじゃあない。帝国の主要な都市十六か所にも同様に襲撃をかけたぁ。お前の拠り所としてる帝国は、控えめにいってもうオワコンなんだよ」
「…………」
帝都の様子を確認する前までならば、出鱈目だ! と突っ返す事が出来たかもしれない。
しかし長井は実際に自分の目で帝都の有様を確認している。
「何故……」
「んん?」
「何故帝国軍だけでなく、帝都まで襲撃したの?」
しばし茫然とした様子だった長井が、しばしの沈黙の後に北条へ尋ねる。
「お前が関わっていたせいかもしれんがぁ、一つは帝国を危険だと思ったからだぁ」
「……確かに私は後押しをしたけど、元々帝国はああだった」
「それは言い訳のつもりかぁ? 何にせよ、帝国があまりにやりすぎるようだったら、どっちみち俺が手を出してただろうよ」
下手に放っておいて、大陸が帝国によって統一されるのは北条にとってもよろしくない展開だ。
結局のところ帝国の行く末は程度の差こそあれ、終わりへと向けて進んでいた事だろう。
「それに一番の理由は経験値が欲しかったからって理由だったしな」
吐き捨てるように言う北条に、長井はここで初めて強い恐怖心を抱いた。
それは経験値欲しさに大量虐殺を行った事が理由によるものではない。
何故なら長井も同じような力があれば、同じような事をしていたからだ。
長井が恐れたのは単純に、さっき言ったような大量虐殺をしたとするなら一体どれほどの経験値が入ったかを想像してしまったからだった。
しかし長井はここである事を思い出す。
「……でも同種族を殺しても大して経験値は入らないハズよ」
「確かになぁ。だが俺には取得経験値を大きく増幅させるスキルがある。それに……百万以上もの人間を殺せば、一人一人から得られる経験値は少なくとも、合わせればそれなりの量にはなる」
「お前も……私と同じって訳か」
「確かにどう言い繕っても俺がした事を無かった事には出来ん。はっ、お陰で『混沌を撒く者』だとか『魔王』だかいう称号まで得ちまったぁ」
そこまで言い終えると、再び両者の間に沈黙が訪れる。
目的を果たすだけなら、もうとっくに完遂している頃だ。
にもかかわらず、北条がここまで会話に応じているのは、長井という破戒的な人物を通して、自分の行いを見つめなおしたかったのかもしれない。
「そこまでして強さを手に入れて……お前はどうするつもりなの? 新たな皇帝の座にでもつくつもり?」
そう問いかける長井は、最初の頃の殺意に溢れる表情、先程浮かべた恐怖の表情とは違って、どこか落ち着いた表情をしていた。




