第709話 ディバインセンス
「……消えちまいやがったな」
ダリアもシャンタも直接北条に敵意を向けた訳ではなかったが、圧倒的な力を前にして北条の体はカチンコチンに固まっていた。
シャンタが光と共に消え去った後も、たっぷり五分くらいは身動きできず、その場でゆっくりと息を整えていたほどだ。
どうやら三度目の異変はないようで、ようやく極度の緊張から解放された北条は、トライアスロンを完走した選手のように、その場で崩れ落ちる。
体は動くようになったが、未だに両手が軽く震えているのを見て、自分がどれだけのプレッシャーに晒されていたのかを、改めて思い知る北条。
「ディバインセンス……とか言っていたな」
魔法名を口に出してみると、確かにこの魔法は自分にも使える事が分かった。
それも初級の"神聖魔法"らしく、恐らく"神聖魔法"を覚えて間もない神官でも使えそうな程、熟練度を必要としない魔法らしい。
「いや、待てよ。そういえば確かどっかでこの魔法の事を聞いた事があったような……。というか確か一度か二度、実際に試してみたような……?」
その時の事を思い出す北条。
その話をしたのはシャンティアだったか、或いは別の"神聖魔法"の使い手だったか。
どちらにせよ、北条は戦闘や日常生活に役立つものではないと、記憶からはバッサリと消えていたような内容だった。
初級の"神聖魔法"には、毎日の神への祈りの時に使用する【ヴォウティヴマインド】という魔法が存在する。
その魔法の話を聞いた時に一緒に聞いたのが、【ディバインセンス】という魔法だった。
こちらは「神意を感じ取る」という魔法で、使用した対象が"神聖魔法"を使用出来るかどうか、確認する事が出来る魔法だ。
この魔法によって、神官を騙る者を見抜いたり出来る。
それらの話を聞いた時、北条は実際に使用して効果を確認してはいたが、以降存在すら忘れてしまっていた。
「つまり、これを自分に対して使うって事か」
シャンタに言われた通り、【ディバインセンス】を自身に掛ける北条。
すると、「神意」というあやふやな何かを感じ取る事が出来た。
ただ以前使用した時よりは、神意とやらを強く感じる北条。
「これは……、めっちゃくちゃ微弱な神属性……なのかぁ? ん、待てよ。こいつぁ……」
まるで一粒の塩を五十メートルプールに溶かしたような薄さのソレは、神属性を扱えるようになった事と、以前より【ディバインセンス】そのものの神意が強まっていた事で、どうにか気付けたレベルの微細な神属性。
そして神意について【ディバインセンス】で深く掘り下げるよう意識すると、自然と脳裏に一つの名前が浮かび上がってくる。
どうやら【ディバインセンス】には、"神聖魔法"の使い手が信仰している神の名を調べる効果もあるらしい。
この時北条の脳裏に浮かんできた神の名は……、
「ダルサム……ねぇ」
それはつい先ほど話題に出たばかりの、ダルサムという名だった。
「って事は何かぁ? 俺ぁ悪魔たちと同じ神を信仰してるって事ぉ? いやいや……。きっと、特殊な方法で"神聖魔法"を取得した場合、デフォルト設定になっているのが『ダルサム』って事なんだろう。そうに違いない」
まだミリアルドもノーチラスも気を失って倒れたままだが、誰にともなく言い訳じみた事を口にする北条。
ただ実際本人もダルサムに対して感謝したり信仰したりしている意識はないので、とばっちりもいいところな話である。
「んな事よりも、これで一先ず悪夢には打ち勝ったハズ……。これからはまだまだ事後処理が残ってるし、早急に対処する事もある」
北条は済ませておきたい用事が二つあった。
だがその前に、まずは近くで気を失っている二人を起こす事から始める。
「ううん……。ニャァ……ドムル……、オスアン…………」
「むにゃむにゃ……。えへへ、もうたべられないよぉ……」
「…………」
ノーチラスはともかく、涎を垂らしながら幸せそうに寝言のような事をほざいてるミリアルドを見て、北条の蟀谷がピクリと動く。
思えば、悪魔であるヴェネトールはしっかりと同族のダリアによってHPやMPを回復されていたのに、天使のミリアルドに対してはシャンタは完全スルーだった。
「起きろッ!!」
「うきゃあああああああ! なに? なになに!? なんなのおおおおお!?」
幸せそうなミリアルドの耳元で、"音魔法"を使って拡大した声量で起こす北条。
どうやら効果は抜群だったようで、ミリアルドだけでなく少し離れた場所にいたノーチラスもそれで意識を取り戻していた。
耳元で怒鳴られた事に抗議するミリアルドを適当にあしらい、目覚めた二人に状況を説明していく北条。
どうやらミリアルドは大天使シャンタの事は知っていたが、ダリアについては三魔神という呼び名すら知らないようだった。
「でもでもぉ~、シャンタ様が顕現されるって事はそれだけ大ごとだったって事よねえ」
「かもしれん。ところでシャンタは大天使だと名乗っていたが、それはどういう立ち位置なんだぁ? 上級の天使って事か?」
「違うよぉ~。シャンタ様はもおおおっと上の、偉い偉い大天使様なんだよ」
第一から第十の位階があるらしい悪魔とは違い、天使には上級より上の位階があるのかもしれない。
「そんニャ事よりも。これでホージョーの頼み事は完遂したって事でいいのかニャ?」
「ああ。なんか妙ちきりんなのも途中参戦してきたがぁ、ノーチラスがいてくれて助かった。ありがとうなぁ」
「どう致しましてニャ」
「ちょっとおぉ、みーちゃんだって役にたったでしょお?」
「いや、シャンタの話によると元々ヴェネトールの監視はお前の仕事だったんだろ? というか、あのクラスの悪魔って本来人間が手出しするような奴ではないんじゃあねえかぁ?」
「うっ……」
「……だがまぁ、ミリアルドがいてくれたのは大分助かった。礼を言っておこう。ありがとなぁ」
「っ! でしょ! でしょおお? やっぱみーちゃんって頼りになるわよね~」
「でも結局あの悪魔には逃げられてしまったニャ」
「グサッ!」
「それにしょっぱなから飛ばし過ぎでペースが無茶苦茶だったなぁ」
「グサグサッ!」
事実であるが故に、ミリアルドへと突き刺さる言葉の刃は鋭さを持つ。
「あのイレギュラーさえなければトドメを刺せてたんだけどなぁ。けど終わった事をいつまで悔やんでもしかたない」
「それもそうニャ。それで、ホージョーはこれからどうするニャ?」
「俺ぁちょっと事後処理や早急に片づけたい用事があるので、これで失礼する。ノーチラスは自前の"空間魔法"で帰れるよなぁ?」
「問題ないニャ」
「じゃあスマンがぁ、また後でそっちに顔だすから俺は用事を済ませてくる。ミリアルドもまた何かあったら、ローレンシアに行くことがあるかもしれん。そん時は便宜を図ってくれ」
「うんうん、美味しいお茶とお菓子を用意して待ってるねえ~」
「じゃ」
最後に短く別れの挨拶を言って、北条は転移魔法を発動させる。
その行き先は『ジャガーノート』の拠点。
襲撃を退けた北条は、静まり返った拠点へと帰還を果たした。
▽△▽△▽
「無事のようだな」
ヴェネトールとの戦いでは最後とんでもない想定外な事態が発生していたので、静まり返ってはいるが無事な様子の拠点を見て北条は安堵する。
「まだゴーレムは多少残ってはいるが、ちょっと不安だから一時的に魔物を呼んでおくか……」
拠点内に配置していた北条の従魔達も今は〈従魔の壺〉の中にいるので、直接魔法で呼び出す事が出来ない。
なので、普通に召喚して少しの間拠点を守らせる事にした北条。
「……っとこんなもんか。それじゃ、後は確認を急ごう」
北条が早急に済ませたいと思っていた用事のひとつ。
それは、ジャガーマウンテンにヴェネトールが現れた時に、拠点から感じられた弱々しい気配の事だ。
結局あの時はヴェネトールへの対処で手一杯だったが、帰還した今改めて気配を探ってみると、少しだけ回復した感じの気配はまだ残っていた。
その気配の持ち主の場所へと北条は向かう。
「一体誰なんだ……? 従魔ではないし、関係者には全員転移の魔導具を持たせてある。転移先で点呼もしてるだろうから、仲間の誰かではないと思うんだが……」
もし行方の知れない仲間がいたら、信也から連絡があるはず。
つまり、攻め込んできた者の誰かだろうと当たりをつける北条。
生命反応があるのは、本区画の東門から少し奥に進んだ場所だった。
片付ける時間もなかったので仕方ないが、未だにこの辺りには襲撃者たちの死体などが散らばったままになっている。
戦闘から数時間が経過し、死臭やハエがたかり始める中、北条は目的の人物を発見した。
「こいつは"天稟:魔法"のスキルを持ってた女か。確かレベルも高かったはず……」
改めて"解析"を使用してみると、レベル百十八という結果が出る。
「やはりな。とりあえず何かに利用できるかもしれんから、収容所にでもぶちこんでおくか。にしても、こいつ一人だけよく生き延びたもんだ」
襲撃者の死体の海の中、ただ一人生き延びた女魔術師を見て、感心しながらも呆れる北条。
雑に女の手を取って引っ張り上げた北条は、収容所へと転移していった。




