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どこかで見たような異世界物語  作者: PIAS
第二十三章

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第707話 プレイヤー


「馬鹿な! ありえないッ!」


 北条が発動させた魔法を見て、ヴェネトールは治癒魔法を中断する程の驚愕を覚える。

 現在目の前で展開されている魔法に、ヴェネトールは見覚えがあった。

 だがそれは自分で使ってみた魔法ではなく、自分より位階が上の悪魔が使用しているのを見た事があったのだ。


「あれは……あれはまさしく【虚無の喚び声】! ボクの知るあの方は、レベル百九十代になってから使えるようになったと仰っていた……。それを、まさか、人間が!?」


 "漆黒魔法"の中でも難度の高い【虚無の喚び声】は、空間に亀裂を生じさせる所から始まる。

 この段階で、すでにその亀裂の周囲にいる対象はブラックホールのシュワルツシルト半径のように、範囲内から脱出する事が出来なくなってしまう。


 亀裂の先は全く何もない空間、完全なる虚無。

 ただし、その亀裂に肉体ごと吸い込まれるという事はない。

 吸い込まれるのは生命力に魔力、そして魂だ。

 その全てを吸い込まれたものは、完全に抜け殻となって、"死霊魔法"でアンデッド化もできなくなってしまう。


 また何らかの魔法で対処しようとしても、魔法を発動しようとするとその度にその魔力が亀裂に呑み込まれるので、範囲内にいるものはまともに魔法を発動する事も出来ない。

 無論、"転移魔法"による脱出も出来ないという事だ。


 対処としては、瞬間的に魔力を大量に引き出して強引に"空間魔法"で転移するか、効果時間が切れるまで気合で耐えるか。

 他にも方法はあるかもしれないが、少なくともヴェネトールの知識ではそれ位しか対処方法を知らなかった。


 そしてヴェネトールが万全な状態であっても、初っ端からこの魔法を使われていた場合、死にこそしないが大分消耗を強いられていた事だろう。

 なんせ暗黒属性なので、"悪魔結界"でもこの魔法の効果を防ぐことは出来ないのだ。



「うわ、えぐっ……」


 一方の北条もイメージを基に構成した魔法が発動して形となった事で、大まかな魔法の効果を知る事が出来た。

 そしてこの魔法が明らかに、自分の"漆黒魔法"の熟練度以上の魔法である事も同時に気付く。


「……これか」


 遠くから見ているだけでも怖気が走る空間の亀裂を横目に、北条が自分を解析して気づいたのは、新たにレアスキルに加わっていた"オーバーキャスト"というスキルだった。

 どうやらこのスキルは、魔法を使用する際に余計にMPを消費する事で、本来自分が扱える以上の高度な魔法が使えるようになるらしい。

 ただし、より高度な魔法ほど消費MPが跳ね上がってしまう。


「効果は大体分かったがぁ、あの消費MPからしてかなり熟練度を要する魔法なんだろうなぁ」


 すでに北条のMPはストック分も含めて一割以下しかない。

 それもこれも全て【虚無の喚び声】のせいだ。

 しかしこの魔法で確実にヴェネトールを仕留められると、北条は確信していた。


 だからこそ、呑気に自分が取得したスキルを確認する余裕もあったし、ヴェネトールを"解析"しつつ、徐々に減っていくHPやMPの推移を観察する余裕もあった。



 ――しかしここで予期せぬ変化が突然訪れる。



 ヴェネトールのステータスを注視していた北条は、HPがあと残り僅かという段階になったのを確認。

 しかし、何故かそこでHPの低下が停止していた。

 HPだけではなく、MPの低下まで止まっている。

 であるのに、空間に刻まれた亀裂は残されたままになっていた。


「ちょっと……、これ何が起こってるの?」


 いつの間にか北条の傍に降り立っていたミリアルドが、初めて聞くような真剣な口調で問いかける。

 しかし北条にも、少し離れたところにいるノーチラスにも、その答えは分からない。

 それどころか、魔法を食らっていたヴェネトールですら、何が起こっているのか分からない様子だった。


 メキメキッ!


 実際の音としてはそのような音は鳴っていなかったが、そのような擬音が相応しい現象が、北条の目の前で展開されている。

 空間の亀裂の内部(・・)から伸びた手が、無理やりこじ開けるかのように亀裂を押し開いていたのだ。


 その手はスラリとして白い美しい女性のような手をしており、両手で亀裂を押し広げている。

 そしてある程度押し広げると、隙間から頭、身体と順に姿を現していき、完全に体を全て出し切ると同時に、空間の亀裂は完全に元の何もない状態へと戻った。


 虚無の空間へと通じる亀裂から姿を現したのは、一見してサキュバスのような見た目の女性だった。

 非常に魅惑的な容姿をしており、小さめな蝙蝠の翼と小さめな二本の角だけが、その大胆なボディーと違って控えめであり印象的だ。


 気怠そうな表情は他の女性が同じ表情をすれば怠惰だと思われそうだが、彼女からはムンムンと漂う強烈な色気が発せられている。

 それこそ同性異性問わず、全ての者を魅惑するかのような抗いがたいフェロモンのようだ。


「ふぅぅ、間に合ったみたいねぇ」


 バタンッ。


 その声を聞いたノーチラスは、意識を失ってその場に倒れる。

 それは何も彼女の放つ強烈な色気に参った訳ではない。

 ただ単純に、彼女が現れた時点から彼女の放つ威風に押されており、それが声を聞いた事で限界を超えてしまっただけの事だ。


 これはノーチラスだけでなくミリアルドも同様で、北条の傍で同じくバタンと倒れて気を失っている。

 この場で意識を残して立っているのは、突如現れた謎の女性とヴェネトール、そして北条のみだ。


 北条にも強いプレッシャーがのしかかっているものの、どうにか気を失って倒れることは堪えていた。

 そして反射的に、切り札として取っておいた"奇跡の癒し"を発動。

 瞬時にMPが最大値の半分まで回復するが、正直そんな事に何か意味があるのか、本人としても甚だ疑問だった。


(うっ、くぅぅぅ……。"恐怖免疫"や"威圧免疫"など耐性系の上位スキルの熟練度が、メキメキ上がっていく……。つまりそんだけヤベーって事だ。それに、いつの間にか周囲の空間が固定されている……。転移で逃げる事も出来ん)


 そこまで思い至った北条は、遅ればせながら"解析"を使用してみる。

 しかしその結果はまったくのゼロ。

 スキルや能力値はおろか、名前やレベルすら見る事が出来なかった。

 明らかに《暗黒大陸》で遭遇したアイランドドラゴンなどより、数段も格上の相手だ。


「お前はまだここで死ぬべきではない」


 女性はそう言ってヴェネトールに手を翳すと、みるみるうちにヴェネトールのHPだけでなくMPまでもが回復していく。


「あな……たは……?」


 ヴェネトールにもこの女性の詳細は分からなかったが、同族に近い何かである事だけは理解出来た。

 それこそが、ノーチラスやミリアルドが仲良く気絶しているというのに、死にかけの自分が気を失わずにいられた理由なのだろうと。


「強引に顕現したから、あまり時間がないようねぇ。いい? お前は……いえ、お前達はあそこに立っている男と、その仲間に手出ししてはダメよぉ」


 時間がないと述べる女性は、その言葉通りヴェネトールの質問に答える事なく、用件だけを告げる。


「あのホージョーという男の事ですか? あの人間は一体……」


「あの者はプレイヤーの一人。ダルサム様の命により、直接の手出しは禁止されてるのよぉ」


「プレイヤー……ですか?」


「……ふぅ。中位悪魔には通達が行き届いていないのかしらぁ? これはあの三人に強く言っておかないとダメなようねぇ」


 強烈なプレッシャーのせいで会話に割り入る事もできず、ただ黙って二人の会話を聞いていた北条。

 しかし女性が発した「プレイヤー」というワードを聞いて、北条はどうにか言葉をひねり出す。


「ぷ、プレイヤーとは……何の……事だ? それに……ダルサム……というのは……」


「残念だけど、悠長に話してる時間はないのよぉ。さぁ、お前は私が送ってやろう」


「えっ、あっ……その、このまま帰されても困ると言いますか……」


 最後に何か言いかけていたが、女性は構わずヴェネトールをいずこかへと転移させる。

 それは何度も"空間魔法"による転移を使用してきた北条だからこそ分かる、非常に見事な転移だった。

 魔法の構築から発動までが"フォースキャスト"を使用したかのような早さであり、"精密魔力操作"を持つ北条以上に、緻密な魔力操作をしていた事が北条には感じ取れている。


「これでいいわぁ。さぁて、面倒なのが近づいてきてるし、これでお別れねぇ」


「ま、待て。質問に答えっ……」


 慌てた様子で北条が呼び止めるが、サキュバスのような見た目の女性は、転移するでもなくそのまま体が崩れ去るようにして消えていった。


「なん……だったんだ……」


 完全に予知夢の範囲外の事が起こり、ろくに何かする事も出来ず、結局はヴェネトールを仕留めきれずに逃がされてしまった。

 未だノーチラスもミリアルドも気を失って倒れたままであり、茫然とその場に立ち尽くす北条。


 しかしそう間を空けることなく、次の変化が訪れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ここでストップがかからなかったら、第三、第四の刺客が送り込まれていたかもしれないから、手打ちとしては仕方ないのかな [気になる点] >ええとそういった知識は、一般市民レベルならともかくそれ…
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