第703話 エエイシャコラアアアアアァァッッ!
「エエエイシャコラアアァァッッ!」
「くっ!」
「エエエエエエイシャ……」
「ほっ!」
「エイシャコラッ!」
「ふぅぅっ……」
ヴェネトールはよほど"悪魔結界"を破られるのを恐れているのか、北条の攻撃を躱すのに専念している。
その間、何度か"呪詛魔法"を使用しているが、北条にデバフが掛かる気配はない。
「その掛け声は何とかならないのかニャ?」
「ハァハァ、俺もこの力には慣れていなくてなぁ。参考にした奴を真似ないといまいち上手くいかん」
何度かの攻防の後、少し距離を取った北条にノーチラスが話しかける。
北条は"種族模倣"によって天使の種族を模倣しているが、そもそも"種族模倣"の熟練度がまだ7くらいしかないので、完全に模倣出来ていない。
その上、神属性の力を乗せた攻撃は、そもそも天使であっても中級天使以上から使えるようになる力だ。
中級一位であるミリアルドですら、使用するのには集中力と力を消耗するものなので、激しい戦闘の間に気軽に打てるものでもない。
「ううん、どうも"呪詛魔法"が決まらないなあ。それならこれはどうかな? "異常なる祝福"」
ヴェネトールがこの世界の一般的な挨拶のように、手の平を北条に掲げる。
すると北条には瞬時に幾つもの状態異常に対する抵抗判定が行われ、その結果何一つ状態異常にかかる事もなく耐えてのけた。
「えっ? 嘘……。一つも掛かってない……? って、うわっ」
「エエイシャコラアアァァッ!」
使用した側の感覚として何一つ状態異常に掛かっていない北条を感じ取り、思わず動揺して神属性による攻撃を食らってしまうヴェネトール。
完全に使いこなせていないせいか、その拳に込められた神属性はそこまでではない。
現に二発の直撃を受けてもなお、ヴェネトールの"悪魔結界"の強度はまだ九割方残っている。
それでもこの調子だといずれ破られる可能性が高いので、益々慎重な動きになっていくヴェネトール。
先ほどから空を飛びまわるヴェネトールに対し、北条も"飛行"などのスキルを使って同じく空中戦を仕掛けていた。
ノーチラスもまた"飛行"スキルは持っているのだが、"悪魔結界"が展開されている以上、消耗を抑えるために地上から時折"光輝魔法"などを使うに留めている。
「今ニャ!」
「エエイシャコラッ!」
また時折ノーチラスの特殊能力系スキル"念動力"によって、ヴェネトールの動きを一瞬だけ食い止める事で、命中率の低い北条の神の一撃を当てるフォローなども行う。
このような軽い小競り合いが少しの間続き、徐々にヴェネトールの"悪魔結界"の強度は削られていく。
しかし、三十分ほどの戦闘を経ても、まだ結界強度は七割を維持していた。
これは勿論攻撃してる側の北条達には見えていない情報だが、長年"悪魔結界"を使ってきたヴェネトールには、凡その強度が把握できる。
(この調子ならまだまだ結界は持つけど……、いつまであの男の攻撃が続くのかが分からない。それに、これだけ状態異常攻撃を仕掛けても、掛かったのは三度だけ。しかもすぐに魔法で治されてしまったし……、一体どういうステータスしてるのやら)
脅威は勿論だが、それ以上に北条に対して得体のしれない不気味さを感じているヴェネトール。
"悪魔結界"を展開しているので、攻撃に関する筋力や魔力などのステータスは読みづらいが、少なくとも敏捷は自分より少し下だというのは既に分かっている。
(ノーチラスと同じレベル百五十だとするなら、敏捷に特化していればこの男の敏捷の高さも理解できる。でも、筋力や魔力などによっては、『覚醒』している事も考慮に入れたほうが良さそうだね)
大分慎重に立ち回っているヴェネトールではあるが、まだまだ余裕は残っている。
ゴドウィンのように正面からぶつかるタイプではないので、こうして戦闘しながらも相手のデータを集めているのだ。
その成果の一つとして、北条に対しては余り積極的に状態異常攻撃をするのをやめている。
代わりに普通の攻撃魔法やステッキでの攻撃に切り替えていた。
その一方、ノーチラスに対しては時折嫌がらせのように状態異常を振りまいている。
「ニャ"ア"ア"ア"ア"ッッ! また"異常なる祝福"を食らったニャ! 猛毒と魔毒……体も痺れて動かニャいし、目も見えニャいニャ! それにこの感覚は『生命力回復不可』も掛かってると思うニャ!」
「あー、はいはい。そりゃあまたてんこ盛りだなぁおい。面倒だから一気に治すぞぉ【グレーターリフレッシュ】」
これまでは"回復魔法"と"再生魔法"を持つノーチラスは、自前で自分の状態異常を解除していた。
しかし実は状態異常の治療に関しては、"回復魔法"系より"神聖魔法"系の方が向いている。
また精神系の状態異常であれば、"精神魔法"の方が更に効果は高い。
"回復魔法"系はHPの回復に優れ、なおかつ疲労回復や失われた血の補填などが出来るので、一概にどちらが良いとも言えないのだが、北条は両方とも使用出来るので今回は"純聖魔法"の【グレーターリフレッシュ】を使用している。
これは一度で複数の状態異常を治す魔法で、これによって状態異常の沼に浸かっていたノーチラスは、一辺に身綺麗にされた。
「それは【グレーターリフレッシュ】……。となると、やはりレベル百五十近くはあるようだね」
"純聖魔法"などの上位魔法は、基本魔法のように初級や中級などの分類がシステム的に分けられていない。
しかし熟練度によって使える魔法とそうでない魔法が出て来る。
北条であれば"解析"スキルで相手の大まかなスキル熟練度は把握できるが、他の者でも使用した魔法を参照にする事で、レベルを推測する事は可能だ。
"純聖魔法"で言えば【グレーターキュア】の魔法は、上位魔法の取得者が増え始めるレベル八十代の者でも使用は可能である。
そして【グレーターリフレッシュ】の魔法ともなると、レベル百三十代くらいだと使用出来る魔法ではなく、最低でもレベル百四十代。平均して百五十前後で使用出来るようになると言うのがヴェネトールの認識だ。
高レベルな相手との戦闘は、そういった方法で相手の強さを予測する事も重要となってくる。
レベルが高いと鑑定系スキルが通用しにくかったり、鑑定を妨害するスキルや魔法具なりを所持していたりする可能性も高いからだ。
「さあて、どうかな。少なくともお前とどうにか渡り合えてる事は確かだがなぁ」
「ほんと、大したものだよ。この大陸の人間でまだこれだけの者が残ってるなんてね」
「おいおい、気になる事を言ってくれるなぁ。他の大陸にはそんな強者が犇めいてるのかぁ?」
「さあて、どうだろうね。そんな事よりよそ見をしてると危ないよ?」
「ッ!?」
北条は上方から迫るマシンガンのような圧縮された魔力の弾丸に気付き、大きく旋回しながら回避運動を取る。
一見魔法のようにも見えるが、これは魔力をそのまま攻撃に転用する"魔杖術"系統の闘技スキルだ。
名を"マジックマシンガン"といい、地球の兵器としてのマシンガン同様に、ばら撒かれる弾丸の一つ一つの威力はそれほど高くはない。
だが数を相当数ばら撒かれるので、完全に防御で上回っていない限りはまともに立ち向かうべきではない。
これでも闘技秘技スキルなので、ヴェネトールが放つ魔力の弾一つでも食らえばCランククラスの冒険者なら即死するレベルになる。
「チッ、しつこく狙ってきやがる」
闘技スキル故に発動時間は設定されているはずなのだが、三十秒ほどという長い間ばら撒かれ続けた魔力弾の雨。
そのしつこい弾の雨は、ヴェネトールの高い器用値のせいもあってさしもの北条もそれなりに被弾してしまう。
「ホージョー! 大丈夫かニャ!?」
「ああ、心配いらねえよ。回復なら自前ですっから、お前はこれまで通り……」
心配そうに声を掛けるノーチラスに答える北条だったが、この時二人はほぼ同じタイミングでとあるスキルが反応した。
そのスキルの名前は"空間感知"スキル。
北条は元より、何気に"空間魔法"を所持しているノーチラスは以前北条が近くに転移した時も真っ先に反応していた。
そして更に付け加えると、この"空間感知"が反応した相手に二人は覚えがあった。
二人の持つ"高速思考:強"や"並列思考:強"が目まぐるしく高速で思考を促し、北条がこっそり念話でノーチラスへと指示を送る。
コンマ数秒の後に、北条は隠蔽系のスキルなどを出来るだけ解除し、自らの気配を曝け出す。
そこからは、悪魔であるヴェネトールには馴染みのある気配が漂っており……、
「この気配……やっぱり天使!? いや、人間の気配も……。君は一体……ッ! もしや、使徒!?」
戸惑うヴェネトールに向けて、北条は"激発"などヘイトを集めるスキルを使用していく。
フィールドで活動している悪魔は魔物とまた少し違うのだが、元々人間などにも多少は効果があるスキルなので、ヴェネトールに対しても有効だ。
「細けぇ事は気にすんなよ。それより、よそ見をしてると危ないぞぉ」
先ほどのヴェネトールと同じセリフを返した北条。
そこでようやくヴェネトールも新たな乱入者に気付く。
「もおう、バラしちゃダメでしょお~? じゃあいっくよお!」
そこには頭上に光る輪、背中に二対の白い翼を生やした女性が大空を舞っており、
「き、貴様……ボケナス天使か!!」
「エエイシャコラアアアアアァァッッ!」
気合の声と共に放たれた、ミリアルドによる本家本元の『エエイシャコラアアアアアァァッッ!』。
それは北条とノーチラスの"念動力"によって、動きを止められて避ける事も出来ないヴェネトールの結界へと、派手にぶち当たった。




