第688話 召喚魔法
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西門付近での戦闘は、援軍に現れたアーシアとブラックエルダーズによって、決着が付こうとしていた。
一方少し時を遡り、門が破られた直後の東門付近では、崩壊した東門を超えて百英雄隊が拠点内部への侵入を果たしていた。
「敵の数はそう多くないが気を付けろ! 従魔の中にはSランク級のも交じっているぞ!」
拠点内へ侵入したルシェルは、その中で待ち受ける陣営を見て驚愕を禁じ得ない。
確かに、中に侵入する前の魔法の撃ち合いでは、Sランク級の魔法がバンバン飛んできてはいた。
その事も到底信じられない事が続いていたが、目の前の光景は更に信じられないものだ。
ザッと辺りを見渡しただけで、牛頭の巨体を誇るミノタウロスキングに、九本の頭部を持つヒュドラ。
八本足の巨大なトカゲで、石化効果のあるブレスを吐くバジリスクに、同じく石化効果を持つ嘴攻撃をしてくるコカトリス。
体は他の熊の魔物と比べそう大きくはないが、それでも三メートル程の体に潜むパワーとスピードは、ひとたび暴れ出せば死体の山を築くという熊の魔物ウルサス。
そして肉体を持たず、攻撃手段の限られる雷の上位精霊であるサンダーグレーターエレメント。
そのどれもがSランクの魔物として恐れられる魔物達だった。
「な、なんなんだこの砦は!」
「楽勝な任務かと思いきや、蓋を開けてみたらろくでもねえじゃねえか」
「なればこそ、我らがここまで召集されたのか……」
拠点からの魔法攻撃の段階ではまだどこか身が入っていなかった者もいたが、拠点内部に待ち受けていた陣容を見て、ようやく相手が一筋縄でいかない事に気付く。
「こちらも出せる従魔はどんどん出していけ!」
この部隊には、百英雄隊だけでなく高位の宮廷魔術師や、冒険者の中でも特別レベルの高いものを引き抜いて編成されている。
その中には、Sランク級の魔物使いが一人にAランク級の魔物使いが二人いる。
といっても、Sランクの魔物使いが使役する十七体の魔物の内、Sランクの魔物は七体だけだ。
そして今、ルシェルの命令を受けてその内の数体を呼び出していく。
東門前の広場は、普通に人や馬車などが通行するには十分な広さが設けられている。
しかし百人以上の人間と、巨大な体を持つ魔物を双方とも使役しているので、流石に派手に動き回る事は難しい。
また勢いよく斬り込んできた獅子獣人を筆頭に、内部に侵入してすぐルシェル達に襲い掛かってきた者達がいたので、今はすっかり乱戦状態となっている。
これではなかなか高位の魔法を撃つのも難しい。
どうしても高位の魔法となると、ある程度範囲が広くなってしまうからだ。
(だが、量と質の差で徐々にこちらに有利になっていくハズ。それまではこの身動きがとりにくい状況で粘るしかない)
そう考えたルシェルは、自身は邪魔にならないように確保済の東門のすぐ傍に控え、指示出しに専念する事にした。
そうして背後から指示を出していると、敵の防衛戦力の脅威がSランクの魔物だけではなく、人間側も十分な強さを持っている事に気付く。
(馬鹿な……。Sランク級の腕前の者が、軽く十人以上もいるぞ。それに、あの少女は"召喚魔法"の使い手か!? 召喚しているのはAランクの魔物のようだから、キュボンがいれば対処できるだろうが……)
キュボンとは百英雄隊の第十八席にありながら、ルシェルですら場合によっては勝てない相手だった。
何故なら、彼はレベル百六のSランク級の"召喚魔法"の使い手であるからだ。
高位の魔物になるほど召喚時に必要な魔力が増えるので、次から次へとSランクの魔物を召喚出来る訳ではないのだが、それでも複数のSランクの魔物を呼び出せるというのは脅威そのもの。
戦闘に参加してる者達は、当初の余裕な表情を改めている者も多いのだが、ルシェルの近くで高見の見物をしているキュボンには、相手を見下したような表情が浮かんだままだ。
状況に応じて小出しに召喚しているせいか、魔力にはまだまだ余裕があるのだろう。
付け加えて、"結界魔法"の使い手に守られたこの後衛の場所、そして近くにルシェルがいる事もその表情の原因となっている。
(にしても、アレは何なのだ?)
ルシェルの視線の先にはジッとしたまま動かない巨大な猫科の魔物と、その近くに浮いている一人の男の姿が映っていた。
浮いている男の方は、どうやらルシェル同様に直接戦闘に参加しないで指示を出しているようだが、間近に控えている猫科の魔物には指示を出していない。
(護衛用……という事か? にしても、あのような魔物は見た事もない。Sランクのクーガーにしては体毛の色が違うし、そもそもあれほどの大きさもない)
この時ルシェルは、意図的にかそれとも無自覚的にか。
一つの可能性を見逃していた。
それはクーガーという近しい魔物を思い浮かべ、なおかつかの魔物がクーガーより巨大な体や異なる特色を持っていると知りながら。
あの魔物がクーガーの上位種である可能性を、考慮する事がなかったのだ。
「……キュボン。左方が大分手薄になってきた。そちらに召喚した魔物を突撃させて包囲を破れ」
「えーー、でもちょこちょこ召喚してるから魔力がそれなりに減ってんだよねえ」
「まだ余裕はあるだろう?」
「確かにまだ余裕はあるっけどさあ、余り沢山呼び出すと僕ちん辛い訳よ」
「……これをやるから早く召喚しろ」
「わっ、これって色合い的に四級……いや、三級の〈ブルーポーション〉かな? しっかたないなあ。そんなに言うなら呼び出してあげるよ」
恩に着せるような言い方をしながら、魔物の召喚を始めるキュボン。
第一席であるルシェルに対しぞんざいな口の利き方であるが、これでもまだマシな方だった。
他の二桁以上の席次相手に対しては、キュボンはもっと横柄な口の利き方をする。
「じゃ、いきな! 僕の可愛い魔物ちゃん達」
場所を取らないSランクの魔物となると、選択肢が限られてしまう。
中でも比較的図体の小さいSランクの魔物を十体程召喚したキュボンは、ルシェルに指示された左方の少し空いた場所へと魔物を送り込む。
そこは、やたらと硬いゴーレムが十体程守りを固めていた場所で、今はすでにその八割近くが破壊されている。
そうして空いたスペースを潜り抜けた先には開けた外壁の一部が見えており、その先はどうやら世界樹のある区画へと通じているようだった。
キュボンの召喚した魔物は、そちらの世界樹区画へと通じる道の方へと向かうが、それに気づいた拠点側の少女が魔物を召喚して防衛に向かわせる。
しかし、その対応は僅かな時間稼ぎにしかならなかった。
「あははは! 敵にも"召喚魔法"の使い手がいたのとは驚きだけど、そんなAランクの魔物では僕の魔物ちゃんには敵わないよ~!」
咄嗟に呼び出したので五体しか召喚出来なかった事もあるが、そもそも少女が呼び出したのはフェンリルなどウルフ系のAランクの魔物だ。
それに対し、キュボンの召喚した魔物の中にはSランクの狼系魔物であるケルベロスやガルムベータも交じっている。
これでは多少の時間稼ぎ程度にしかならない。
「さあ、その辺に残ってるゴーレムを蹴散らして、包囲を解いてちょ!」
防衛側は、位置的には端っこにあるこの場所に駆けつける余裕がないのか、残っていたゴーレムも次々と処理されていく。
そうして大分開けてきたスペースに、早速割り入っていく影があった。
しかしそれは攻撃側の帝国の前衛でもなければ、従魔などでもない。
颯爽と姿を現したのは、全体的に深い藍色の毛をした巨大な魔獣だった。
「なんだぁ、あいつぅ。体がでかけりゃ強いってもんじゃないのにさあ? 可愛い僕の魔物ちゃんたち、そいつ殺っちゃってよ」
言葉だけ聞くと、いつもと変わらない傲慢な口の利き方のキュボン。
しかしルシェルはその言葉に怯えが混じっているのを感じ取る。
それは何もキュボンだけでなく、ルシェルですら怯えまではいかずともあの魔獣からは脅威を感じ取っていた。
(あの巨体で一瞬にしてあの位置まで移動したのか? いや、それよりも何なんだこのプレッシャーは!)
先ほど空に浮かぶ男の傍で待機していた時よりは距離が近くなっているとはいえ、まだそれなりに魔獣とルシェルの間には距離がある。
でありながらこれだけの脅威をルシェルが感じ取っているのは、魔獣が戦闘モードに入ったからに他ならない。
その餌食となるのは、キュボンが召喚した十体のSランクの魔物達だ。
「は? なにそれ……。ちょっと、え? それSランクのケルベロスなんだけど?」
先ほど少女が呼び出した魔物を殲滅させ、粋がっていたキュボン。
それをたった一体の魔物相手に同じことをやり返されて、悪態の声もすぐに出てこない。
だが次第に事態を飲み込み始めると、キュボンは頭に血が上って顔が真っ赤になっていく。
「っざけんな! 僕の……僕の魔物ちゃんはそんな安っぽくやられる奴らじゃないんだよおおお!」
ムキになったキュボンは、ルシェルの許可もとらずに追加で魔物を召喚する。
呼び出した魔物は、三体のガリアントドラゴンと二体のケルベロス。
そしてガリアントドラゴンと地上の魔物達で連携して、巨大な猫科の魔獣と戦いを繰り広げていく。
巨大な魔物同士が戦う区画の隅っこ部分は、最早人間が割り入るには危険な状態になっていった。
主であるキュボンが激高しているせいで、ガリアントドラゴンへの指示が雑になっており、時折敵味方入り混じれる場所にブレスの余波が飛んだりもしている。
低空を移動したガリアントドラゴンが周囲の味方の戦闘を邪魔したりと、他の戦闘区域にも迷惑をかけてしまっているキュボンの召喚した魔物達。
しかしルシェルもあの巨大魔獣を抑えてくれるならと、一先ず黙認する事にしたようだ。
(あのまま"召喚魔法"で補充し続ければ倒せるかもしれないが、いざというときは私が直に相手せねばなるまい)
ルシェルは指示を出しながらも、巨大魔獣が戦っている様子をつぶさに観察する。
(もしあの巨大魔獣と一対一で戦っていたら、私でもかなり危うい所だったろう。しかし、弱っている状態ならどうにかなる)
そのような算段を立てるルシェルであったが、次の光景を見てそれがもろくも崩れ去っていくのを幻視した。
最初に巨大魔獣が待機していた場所に飛んでいた男。
その周辺に、突然五体の魔物が現れたのだ。
それらの魔物は、今日までルシェルが間近に見た事のない魔物達であったが、絶望的な事に現れた三種類の魔物全ての素性が分かってしまった。
一体は体表が黒いヒュドラであり、明らかに通常種のヒュドラより強い上位種と思われる個体。
二体は姿を現すなり即座に空に飛びあがったが、その巨大な体はそれだけで見る者に畏怖を与える。
それは二体の巨大なドラゴンであり、ガリアントドラゴンは勿論の事、属性竜よりも巨大な体をしていた。
ルシェルは直にエルダードラゴンを見た事はなかったが、この二体のドラゴンがそのエルダードラゴンである事を直感する。
そして最後の二体。
それは今もなお、区画の隅の方でキュボンの召喚した魔物と戦闘を繰り広げている、あの巨大魔獣だった。
(ッッ!? ――まさかッ!)
突如現れた強力な五体の魔物。
それだけでも十分衝撃的でもあったが、ルシェルはそれ以上の衝撃を受ける。
ルシェルは、これまでキュボンと何度か一緒に任務に就く事があった。
それは、まだレベルが低かった頃のキュボンのパワーレベリングや、召喚に必要となる条件を満たすため、高ランクの魔物を一緒に倒しに行くといったものだ。
なので、使用者も少なくろくに情報が出回っていない"召喚魔法"についても、ルシェルはそれなりに詳しい知識を持っている。
そうした知識の中には、一度に召喚できる最大数というものもあった。
Sランクの魔物を召喚出来るキュボンであっても、一度に呼べる最大数は五体。
これは魔力を多く注ぎ込んでも変えられない、"召喚魔法"の特性だった。
そして、今突然現れた魔物の数も同じく五体。
「しょ……召喚…………、しているのか?」
思わずもれた言葉に答えるかのように、更に男の周りには凶悪な魔物が五体ずつ呼び出されていった。




