第687話 援軍到着
「敵が中へ侵入してきた! ルーティア、シュガル……周囲との連携を意識して一人で突っ込みすぎるなよ!」
「分かってるわよ。散々これまでレイドエリアで似たような事やってきたんだしね」
「敵を突破させるのもマズイ……な」
粉々に破壊された西門付近は、同じく同時刻に突破された東門と比べると瓦礫の数も少ない。
それに敵の人数そのものが多い事もあって、砂糖に群がるアリのように西門へと敵が集まっていく。
それを迎え撃つのは、西門はいってすぐの広場を囲うように布陣している北条特製ゴーレム達と、キカンスや従魔で構成された少グループが幾つか。
ゴーレムは基本Cランク程度の性能のものが多いが、高位のゴーレムの核をもとにした個体も交じっており、それらの個体はAランククラスの強さを持つ。
しかしそれらの戦力を持ってしても敵軍の勢いは凄まじく、押し返す所か現状維持すらも怪しい状況が続く。
「くっ、奴らの使う魔法具に注意しろお!」
キカンスが獣のような叫び声を上げる。
そんな彼の下には、先程叫んだ内容にあった攻撃用の魔法具が集中して撃ち込まれていく。
それがまた、単なる低級な魔法道具レベルなどの代物ではなかった。
流石に神器とまではいかないが、魔導具クラスのひとつ金貨何百枚というような魔法具を惜し気もなく使用してくる。
それも一人や二人ではなく、一つのレイド集団の内数人がそのような魔導具を所持して使用してくるのだ。
それは単純に手数を稼ぐための中級攻撃魔法程度のものから、上級クラスの攻撃魔法の威力のもの。
攻撃だけでなく支援や回復、中にはデバフ効果を持つようなものまで多種多用な魔法具が、キカンス達を苦しめる。
「マッシュゥゥゥゥゥ!!」
その激しい戦いの中で、ムルーダを庇うようにしてゲイルマッシュのマッシュが命を散らしていく。
人の被害者はまだ出ていないが、胸壁の上から弓を撃ちまくっていたディランと、ちょこまかと動いて敵をかく乱していたシクルムは、大きなダメージを負ってしまう場面があった。
どちらも回復を待つ余裕もなく、いつ死ぬか分からないといった状態に追い込まれてしまったので、北条から預かっていた転移の魔導具を使って戦場を離脱している。
他に手がなく死の危険が迫っている場合は、ためらわずに転移魔導具を使用するように厳命されていたのだ。
この転移の魔導具は北条が作製したもので、北条の魔力波形が組み込まれている。
現在拠点に展開された転移阻害の魔法装置は、唯一北条の魔力波形だけは阻害しないようにしてあるので、一方的に転移で逃げる事も可能だった。
このように、とかく物量と魔法道具による飽和攻撃によって、『ジャガーノート』側の戦力が次々と削られていく。
そしてついに包囲が崩れ、敵兵が更に奥へと入り込む。
それを後続が更に包囲の穴を広げるように押し寄せていき、戦線が崩壊しかけたその時。
ようやく北条が差し向けた援軍が、現場へと到着した。
◆◇◆
「包囲を突破した! そこから切り崩せぇぇぇッ! 後続も続け、続けええぇえぇぇぇ!」
レイダースの総指揮を任されたハリソンは、紅玉の周囲に設置した簡易的な魔法装置などの一部を回収しつつ、自らも前に出ながら指揮を執る。
すでに敵要塞の西門は粉々に砕かれ、敵も既にこの即席陣地を攻撃している余裕もない。
先ほど伝令から要塞入ってすぐの場所の包囲を突破したと連絡があり、まだまだ要塞内に入れず待機している後続にもようやく出番が回ってくる。
こうして前線を押し上げていき次は敵要塞内に即席の陣地を移し、徐々に制圧を行っていけば勝敗は決するだろう。
「どうやらこちらはなんとかなりそうですね」
「ああ。あちらはあの方々が担当しているし、これでどうにか目途はついたな」
ハリソンが同じレイドパーティーの部下と会話を交わす。
先ほどまではそのような余裕もなかったが、勝機が見えた今、戦場以外の事に気を回す余裕も出てきた。
「ええ。想定以上に敵要塞の防備が堅く、あれほどの数のゴーレムを用意してるのも想定外でした。ですが、ガイ殿が惜しみなく魔法具を提供して下さったお陰で、どうにかなりましたな」
「うむ……。普段の任務であれば、一つか二つ配備されれば上等といえるような魔法具を、あれだけ用意されたのだ。とはいえ、〈神爆珠〉まで使用するハメになるとはな……」
〈神爆珠〉とは西門を破壊した神器であり、使用した彼らも所持していた帝国の人間も知らない事実ではあるが、神属性を帯びた大爆発を起こす効果があった。
故に、本来は無機物の破壊よりは人の集団に打ち込む方が効果的なのだが、それでも神器だけあって西門を粉々に砕くだけの威力は持っている。
「ですが、私にもようやく上の意図が見えてきました。世界樹の奪取だけが目的ではなく、あれほどのゴーレムを用意したり、強固な要塞を築くここの連中を危険視したんでしょうね」
「それに少人数ながら拠点を守る者のレベルは高く、奴らの使役する従魔は最低でもBランク以上のものばかり。初めの情報ではこの要塞はとある冒険者クランが築いたとの事だったが、恐らくここはロディニア王国の最重要秘密拠点なのだろう」
などと、勝手に拠点の事を誤解していくハリソンだったが、不意に視界に入ったレイドパーティーの部下の様子が気になり声を掛ける。
「どうした、ブロウアー? 急に座り込んで……」
ブロウアーは、ハリソンのレイドパーティーメンバーの一人。
彼は"危険感知"や"第六感"のスキルを持っており、不意の奇襲などをこれまで何度も察知してパーティーメンバーを救ってきた実績がある。
そんな男が真っ青な顔して座り込んでいる様子に、ハリソンも釣られるように嫌な予感を覚えて尋ねた。
「あ、あ、あっあぁぁぁ……」
しかしブロウアーからの返事はない。
だが彼の視線が、門があった部分の上空に向けられているのを見て、ハリソンもそちらへ視線を移す。
すると、そこには空を飛ぶ四人の人影があった。
「なんだ? あれは……」
空からの攻撃は地上部隊からすれば厄介極まりないが、あのような低空に飛んでいるのなら攻撃のいい的になるだけだ。
実際、いち早く上空に飛来してきた人影に気付いた兵が、魔法攻撃を加えている。
しかしそれらの魔法は全く効果がないようだった。
その事から只者ではないという認識を持つハリソンだったが、次の人影の行動を体験して、それがハチミツよりも甘い認識だった事に気付く。
「侵略者共は攻撃を止め、ただちにその場に蹲りなさい!」
上空から浴びせられた女のその一声は、劇的に作用した。
当然の事ながら、敵にそのような事を命じられても通常は従う訳がない。
……ハズなのに、ハリソンが辺りを見回してみると、およそ八割近くの兵が女の声に従って戦闘行動を辞め、大人しくその場に蹲っている。
かくいうハリソンも、この女の声に従ってしまいそうになっていた。
どうにかそうせずに済んだのはハリソンの持つ"鋼の意志"スキルと、ある程度のレベルの高さのお陰だろう。
彼らレイダースは当然ながら知る由もないが、声を発した女性――アーシアは、百英雄隊第一席のルシェルをも上回るレベルを持つ。
百二十六というレベルは、彼女をキングスライムからエンペラースライムへと進化させ、王の威光のスキルを他種族にも効果のある、帝王の威光へと昇華させた。
他種族に対しては効果が弱まるので、Sランクレベルが混じる東門の百英雄隊相手には効果が薄かっただろう。
しかしCランクからBランクが主体のレイダースにとって、アーシアの帝王の威光は甚大なる効果を表した。
そして絶対命令に逆らえず蹲った者達には、上空の四人から苛烈な魔法攻撃が飛んでくる。
それも特級レベルの魔法や、上位魔法が次々とだ。
特にアーシアだけは飛びぬけたレベルをしているので、その殲滅力は凄まじいものがあった。
ただしすでに拠点内部では敵味方入り乱れていた為、範囲魔法で纏めて……という訳にはいかない。
それでもまだ拠点内に入りきっていない後続の部隊には、容赦なくその魔法の暴威を知らしめた。
「そんな、バカな……」
つい先ほどまで勝利を確信していたハリソンは、急激に崩れ去っていく自軍の様子を見て、体中の力が抜けていく。
そしてストンッと腰を落として地面に膝をつくと、先程のアーシアの言葉に抵抗出来たというのに、自ら手を頭にあてながらその場に蹲る。
「これは夢……、酷い悪夢に違いない……」
総指揮官たるハリソンが心を折られ、現実逃避している間にも、アーシアらの動きに合わせるように奮起したキカンスやムルーダらが、怒涛の反撃を繰り出していく。
西門での戦闘は、このようにして終わりが近づいていた。




