第686話 拠点侵入
「ん? なんだ? 奴ら足を止めやがったぞ?」
「いや、待て……。アレだ! アイツらを狙い撃てぃ!」
魔法反射を盾に徐々に橋を渡っていた集団であったが、途中まで渡りきった所で突然動きを止めてしまう。
動きを止めた事に疑問を抱いたマージだが、北条はここで何かに気付いたらしい。
北条の指差した先には、遠くから集団で空を飛んで移動してくる者達の姿があった。
「あれは……【マスフライ】か!」
【マスフライ】とは見ての通り、集団で空を飛んで移動する事が出来る"颶風魔法"だ。
それを使っているとなると、あの空中移動集団の中に少なくとも"颶風魔法"を使える魔術師が一名存在する事になる。
「なんだ? 真打登場か!?」
満を持しての登場といった敵の現れ方に、信也が声を上げる。
橋の途中で動きを止めた集団と、【マスフライ】で接近してきた集団の動きは上手くリンクしていた。
動きを止めた所を狙って、遠くから原付くらいの速さで接近してきた集団からは、これまでにない威力の魔法が次々と発動されていった。
「ぐ、これは近くにいると巻き添えを食らいかねん。みんな、一旦東門の傍から離れろぉ!」
チラと北条が確認しただけでも、"轟雷魔法"の【雷槍】に特級"氷魔法"の【アイシクルキャノン】。
他にも幾つか同等の魔法があったが、どれもがSランクレベルの魔術師でないと使えない魔法ばかりだった。
北条の掛け声に従って、周囲にいたメンバーは東門から距離を取る。
直後、飛行集団による魔法の連続攻撃によって、強固な作りの東門は一部が大きく崩されてしまう。
崩れた瓦礫が周囲に散らばる中、続いて橋を渡っていた集団が門へと突撃し、ハンマーなど重く破壊力のある武器を持った者達が、崩れかけの門に追加の一撃を加えていった。
「瓦礫を乗り越え、内部に侵入せよ!」
敵司令官のものと思われる指示と共に、ついに敵集団が拠点内に侵入を果たした。
――そのタイミングと時を同じくして、西門の方から膨大な魔力が感知されると、直後に大きな爆発音が響き渡る。
西門から東門まで数キロは離れており、それを考慮すると西門付近ではかなりの爆音だったハズだ。
「なんだ!? 一体なにが……」
その信也の疑問に応えるかのように、すぐさまムルーダからの〈ケータイ〉の連絡が北条に届く。
『奴ら、何か、変なもんを……。クソッ、今ので、門が……』
予期せぬ事態に、ムルーダも最初は取り乱していたようだったが、落ち着いて話を聞いた限りだと、何かボールのようなものが門にぶつけられた後に、大爆発を起こしたらしい。
「……こちらからアーシアとエルダーズを応援に向かわせる。門が破られたなら、西門前の広場にて敵を迎え撃つんだぁ。ゴーレムも有効に使ってくれぃ!」
まだまだ西門の方には敵が多く残っているようで、このままでは西門から敵が大量に侵入してくる恐れがある。
そこで北条はアーシアと、眷属支配している三体のブラックエルダーを向かわせることにした。
このエルダーズと名付けれた三体のブラックエルダー達は、最近従魔にした中では珍しく北条が名前を付けており、「セマ」、「カスパー」、「メルキオール」と名付けられている。
セマだけはブラックエルダーの初期装備のままだが、カスパーは緑を基調にしたローブ、メルキオールは赤を基調にしたローブに装備変更されており、見分けがつきやすい。
「という事だぁ。アーシアはエルダーズを引き連れて西門へ向かってくれぃ」
「承知しました」
北条の指示に従い、アーシアとエルダーズはただちに移動を開始する。
西門も東門も破られ、戦いは本格化しようとしていた。
◆◇◆
西門と東門、双方の門が突破される前。
最初にムルーダが敵が転移してきた事を、北条に報告したあとの事。
ここ、西門防衛線では東門と同様に胸壁の上に魔術師などの遠距離攻撃部隊が、門入ってすぐの広場を大きく取り囲むように、前衛系の者達が配備されていた。
前衛系といっても、数的にはゴーレムが多い。
そして指揮官がいるような位置に、キカンスなどが配置されている。
「うわあ、敵が一杯きたです! ムルーダ、もう攻撃していいですか?」
「ああ! 転移してくる奴を片っ端から撃ちまくれー!」
「クルルルルッ!」
「分かったニャン!」
ムルーダの傍には、Bランクの魔物に進化した彼の従魔。
化け猫のシロと、ブラックレイブンのクロスケがいる。
また北条の従魔であるニアやラビをはじめ、芽衣やラミエスの従魔の中でも、余り表に出せずにレベルが上がっていない従魔が配属されていた。
そもそも攻撃があるかも分からなかった西門であったが、次から次へと転移してくる敵兵を見る限り、この配備は無駄にはならなかったようだ。
しかし……、
「むむむっ! なんかアイツら結界を張ってるです!」
転移してくる敵兵の中にはすぐに戦闘行動には入らずに、収納系の魔法具から何やらアイテムを取り出しては、それを周囲に設置している者達がいた。
それら魔法具の大きさからして、簡易的な魔法装置のような働きを持っているようだ。
それら魔法装置の内のどれかの効果なのか、固定されていた敵が転移してくる地点周辺には、強力な結界が張られた。
それはSランクの魔物、仙狸へと進化したラビの魔法を持ってしても、そう簡単には破壊出来ないような強度を持った結界だ。
そして、設置された魔法装置の中には防御用のものだけでなく、攻撃用のものも多く存在している。
一見した感じでは造りが雑に見える、大砲のような大きな筒型をしたものからは、火弾が打ち出されたり一条の稲妻が走ったりしていた。
そしてそれは何も魔法装置だけでなく、三十人単位で集団を築いた敵兵たちも同じだ。
冒険者レベルでいえば十分ベテラン揃いといえる程の兵士達が、レイド用のスキルを使いながら魔法を撃ちこんだりして戦闘に加わっていく。
帝国のレイド部隊「レイダース」は、まず前提として三十人からなるレイドパーティーのリーダーに"レイド指揮"のスキルを持つ者が充てられている。
それからレイド全員の防御力を上げる"レイドディフェンス"や、攻撃力を上げる"レイドオフェンス"。
同じ魔法スキルを持つ者同士が、同時に魔法を発動させることで威力を劇的に向上させる"レイドマジック"。
レイドを組んだ者同士で共有できるマナプールを生み出し、そこから好きにMPを消費して魔法を使えるようになる"レイドマナプール"。
他にも"レイドオフェンス"などとは別に、筋力などの各種ステータスを強化するスキルや、レイド全員に治癒効果を与えるスキルなど、様々なレイドスキルを持つ者がレイダースには所属している。
「チッ! アイツら個々人はそこまでレベルが高い訳じゃねーが、団結力とアイテム効果がやべえぞ!」
「そうね。陣地構築も手馴れているし、ちょっとダメージ与えた位だとすぐ後ろに下げられて、回復されちゃってるわ」
「ううむ、我の見たところでは、あの即席陣地内では【リジェネフィールド】のような効果もあるようだぞ」
敵集団の思いのほかの頑健さに、ムルーダだけでなくシィラやジェンツーも思わず唸ってしまう。
こちらの西門にはSランク級の配備が少なめになっているせいもあって、なかなか敵の数を減らす事が出来ない。
ただそれは敵も同じであり、強力な結界に守られたムルーダ達に被害はない。
最初の内は、そんな胸壁の上から攻撃してくるニアやシィラなどに攻撃が集中していた。
しかし途中からは結界が破れそうにないと判断したのか、敵の攻撃は西門部分へと集中していく。
「うーー! こっちは換えが効かないのに、向こうは次から次へと入れ替えて面倒なのです!」
〈ブルーポーション〉を飲みながら、ニアが愚痴る。
Sランクレベルのニアの放つ魔法は、結界に守られていない部隊に当たれば一撃で結構な被害者を産む。
しかし、相当な重傷か即死でもしない限り、後ろに移送されて治療を受けたのちに、また戦線に復帰してくる。
レイダースは今回の作戦では九百人近くが動員されており、数の上では西門守備側は圧倒的に不利だ。
着実に敵の数は減らしているし損耗も与えてはいるのだが、このままの状態では西門もそう長くは持たない。
そう考えて、ムルーダが北条に連絡を取ろうとした時、未だ橋向こうに簡易陣地を築いたまま兵を前に出そうとしないレイダースから、大砲の弾のような大きな球体が撃ち込まれた。
「ッ! ……な、不発か?」
それは西門に向けて勢いよく放たれたものの、門をぶち破るでもぶつかった際に爆発するでもなく、ベシャっという音が相応しい感じで破裂した。
まるで巨大な水風船を門に投げつけたような感じだ。
「わわわっ! ちょ、逃げるのだ! 皆の者、いますぐ門から離れろおお!!」
しかし"魔力感知"を持つジェンツーは、門へとぶつかって破裂し、中から飛び散った青色の粘着したドロドロから、とんでもなく強い魔力を感知していた。
それは門にぶつかった事で化学反応が始まったかのように、急激に魔力を高めていく。
「シィラ!」
「ムルーダ!」
慌ててムルーダはシィラの手を取り、その場を離脱する。
ジェンツーの声が届いた者達も、蜘蛛の子を散らすように西門から離れていく。
そうして、西門に付着した青色のドロドロは臨界点を迎え、門を中心に激しい爆風と共に大爆発を起こした。
迅速なジェンツーの判断によって、この大爆発でも『ジャガーノート』側に大した被害は出ていない。
元々西門のすぐ傍には人員が配置されていなかった事も大きいだろう。
中には爆発の衝撃で吹き飛ばされた者もいたが、それで強く壁に打ち付けられたとしても、ムルーダ達のレベルであれば些細なダメージだ。
どうにか強力な敵の攻撃を凌ぐ事が出来たムルーダは、すぐさま北条に連絡を取り、応援を派遣してもらう事になった。
しかし、当然の事ながらこのチャンスを敵が見逃すはずもなく。
これまで橋向こうからちまちま攻撃を加えていた敵集団は、これを機に橋を渡り、拠点内部へと侵入していった。




