第685話 魔法反射
ズドオオオオォォォォンッ!
その大きな音は、ジャガーキャッスル内に待機していたメンバーの耳にしっかり届く。
そしてリビングルーム内にいた者達は、自然と眼を見合わせた。
「き、来たのか?」
緊張からか、ムルーダの声は若干の震えが混じっている。
しかしそれは恐怖や不安からくるものではなく、これまでの対策の日々を思ってつい生まれてしまったものだ。
なんせ一年以上も前からこの日の事を知らされ、対策を続けてきたのだ。
思わず体に力が入るのも無理はない。
「……すぐ近くには敵らしき反応がない。だが、俺の見た夢の通りならこの後に敵がせめてくるハズだぁ。各員配置についてくれぃ。ムルーダはもう少しリラックスだぁ」
「お、おう!」
「では移動開始!」
そう言って北条は東門の方へと向かう。
他の面子も予め決められていた場所へと移動を開始する。
その間も何度か【黒雷】の魔法が拠点に打ち付けるも、世界樹の持つ暗黒耐性の力もあって、その全てを完全に防いでいく。
最後にとびっきり強力な【黒雷】が放たれたが、それにも見事耐えて見せた。
「どうやら魔法攻撃は防げそうですね」
「ああ。それと、恐らく魔法を撃ってきた奴の位置が分かった。あっちの森との境目の上空に、何者かが二体飛んでいる。魔法を撃ったのはその内の片方だぁ」
北条が場所を指で指し示すが、拠点東門付近の胸壁からだと数キロは離れている為、信也の目では黒い点としか認識出来ない。
拠点周りは昔はもっとすぐ傍まで森が広がっていたのだが、森からの侵入者を発見しやすくするために、アウラの許可を得て拠点の周囲数キロにわたって伐採されている。
これで森からひっそり武装集団や小規模な軍隊が侵攻してきても、すぐ気づけるようになっている。
もっとも今回の敵は転移を使ってくるのが事前に分かっていたので、それが役立つ事はほとんどないと思われていた。
「よー見えるなあ? 確かになんや飛んでるんは分かるけど、判別できひんわ」
「でも二体ってのはどういう事だ? まさかもう一体は例の黒い影っていう奴か?」
黒い影には北条が当たる事になっているが、夢で見た感じだと一緒に襲ってくるというより、一人遅れて姿を現していた。
今の段階でゴドウィンと一緒に行動していても不思議ではないが、マージのこの質問は北条によって否定される。
「いや、あれは多分違うだろう。ただ両方とも背中から悪魔の翼みたいなのが生えてるから、二体とも悪魔には違いなさそうだぁ」
北条のスキルなどを加味した素の視力では、悪魔の翼をかろうじて認識できたが、見た目まではハッキリと確認出来ていない。
だが悪魔らしきものが二体いるというだけでも、十分な情報だ。
「ゴドウィンと黒い影以外に、悪魔がもう一体おる言うんか?」
「そういう事になるだろう」
三体目の悪魔となると、悪魔が世界樹に関心を抱いてる説に信憑性が増してくる。
しかし北条はどこか浮かない顔をして遠くを見つめていた。
「どないしたん? 他になんか気になる事でもあるんか?」
「ううん、どうもあの男が気になるんだがぁ、流石にこれだけ距離があると"解析"も届かん。それよりも、一連の魔法攻撃も終わったしそろそろ……ッ!」
「ホージョー?」
「今、拠点内に何かが転移しようとしてきたのを感知したぁ。だが俺の設置した転移阻害の魔法装置が、上手く機能してくれているようだ」
「ってことは、もうすぐ来るんやな?」
「その後も何度か転移を試みたようだが、全て失敗している。そうなれば、恐らくは夢で見たように西門か東門の前に転移先を変更して攻めてくるハズだぁ!」
拠点を守る結界に、転移阻害の魔法装置。
この二つが上手く機能してくれた事に、北条はまず一安心する。
ここまでは夢で見た内容の通りであり、事は順調に推移していると言えた。
しかし、この後ムルーダから齎された報告を聞いて、北条は予知夢の限界を知る。
『団長! こっち西門なんだけどよ、次から次へと兵士が転移してきやがるぜ!』
「拠点の結界や門はそう簡単に破れるもんではない。そっちにはニアとラビも配置してあるから、一緒に遠距離攻撃で仕留めていってくれぃ! それで何か問題が起こったら報告を頼む」
『分かったあッ!』
ムルーダからの連絡に、すぐさま指示を出す北条。
「北条さん。どうやら敵は先に向こうに現れたようだな」
「うむ。それもかなりの数が転移しているようだ」
北条達が今いる東門から西門までは遠いが、北条は"空間感知"やら"気配感知"などの各種感知スキルで、西門前に次々と反応が増えていくのに気づいていた。
「どうする? 向こうに応援を送るか?」
「いや、この数の多さからして逆に向こうは陽動だと思う。流石に距離があるからあっちに現れた敵の強さまでは分からんがぁ、なにかあったらすぐムルーダが連絡してくるだろう」
「という事はこのまま待機か」
「ああ。まだヴィーヴルの下にゴドウィンも現れていないようだし、俺もこのままここで様子を見る」
すでに敵の襲撃が始まっているという状況に、少し落ち着かない様子の信也。
時折西門の方からは戦闘による音が聞こえてきて、それなりに派手な攻撃が飛び交っているだろう事がこの距離からも窺える。
そして西門前に敵が転移してきてから十分ほどが経過する。
本当にこっちにも来るのか? という空気がながれはじめた頃、ついに東門前にも敵が転移してきた。
東門前といっても、門のすぐ目の前ではない。
最初の報告の後に届いたムルーダからの報告と同じく、敵が転移してきたのは東門の前にかかっている橋を渡った先の地点だ。
拠点の周囲は十五メートル程もある水堀に覆われているので、それなりに距離は離れているが、弓矢も魔法も十分射程範囲内に入る。
転移してきた人数はおよそ二十人。
そして転移してくるなり、予めそう決めていたのか四方へと散開していく。
転移してきた所を魔法で狙い撃とうとしたマージなどは、その動きの速さに舌を巻く。
「なるほど。確かに一人一人がとんでもなく高レベルみてえだな」
「ああ。あのように散開されるとやりづらい」
マージの意見に同意しながらも、信也は散らばっていった連中に魔法攻撃を開始する。
無論信也だけでなく、遠距離手段を持つ者は総出で攻撃を行っていった。
そうしていると、続々と先ほどの地点から増援が送られてくる。
人数は毎回同じではないようで、多い時と少ない時とで十人くらいの差があったが、転移してくる場所は同じだった。
なので途中からは転移した瞬間に合わせて転移先地点へと、集中して魔法攻撃が飛んでいく。
しかし……、
「マズイ! 反射されているぞぉッ!」
たまたま転移してきた中に使い手がいたのか、何か仕掛けでもしたのか詳細は不明だが、魔法を反射するスキルなり魔法具なりが使用されたらしい。
一斉に転移地点へと放った魔法が、次々と反射されて信也達の下へと戻ってくる。
しかも東門には『ジャガーノート』の中でも精鋭が集まっていたので、反射された魔法はどれも特級魔法やら上位魔法やらの高威力なものばかりだった。
『ジャガーノート』の面々は、《サルカディア》にて同様のスキルを使ってくる魔物との戦闘経験がある為、驚きこそはしたものの動揺は少ない。
何故なら、胸壁の各所に設けられた狭間から手を突き出して魔法を使っていた彼らは、反射された魔法を食らう事がなかったからだ。
反射してきた魔法は、全て拠点の結界によって防がれている。
「ちぃっ、やりにくいぜ」
ダメージこそは貰っていないものの、忌々し気にマージが愚痴る。
彼の視線の先には、今しがた転移してきた集団を中心に人が集まってきており、その集団は更に後続の転移を待ってから、徐々に橋を渡り始めていた。
集団で行動している今こそ範囲魔法の恰好の標的となるのだが、魔法を反射されるとなると、幾ら拠点の結界に守られているとはいえ、手が出しづらい。
時折初級攻撃魔法を敵集団に飛ばしてはいるが、その全てが反射されてしまう。
効果時間切れを期待して、魔法を撃ち続けるのはリスクが高そうだ。
すでにエスティルーナなどは魔法から弓矢に切り替えて攻撃をしていたのだが、集団の先頭の方にいる大盾を持った男に防がれてしまう。
何らかのスキルなのか、それともその盾の効果なのか。
エスティルーナの放った矢は吸い寄せられるように、その男の持つ大盾へと進路を変え、そして防がれる。
そして接近してくる集団とは別に、水堀の外側に等間隔にならんだ敵が、東門へと遠距離攻撃を加えていく。
拠点の守りは外壁と結界によって構成されているが、結界部分は魔力が切れたり、一度に許容量を超える攻撃を受けたりすると、結界機能を喪失する。
反対に、外壁部分は強固な作りをしていて維持するのに魔力を供給する必要はないが、強度としては結界部分に劣る。
結界は外壁との境の部分から展開されているので、外から攻撃を仕掛ける場合、突破するなら外壁部分をぶち破って中へ侵入するのが効果的だ。
とはいっても、【アースダンス】でキッチリと固められた上に、"刻印魔法"によって強化された外壁はかなりの強度を誇っている。
拠点への攻撃には効果的ではあるが、並大抵の攻撃で破れるものではない。
だが今回は相手も並大抵ではなかった。
水堀の外側から東門を攻撃している連中は、敵集団に迂闊に魔法を使えなくなったマージ達がちまちまと一人ずつ潰していっている。
その代わり、敵集団が徐々に東門前へと迫ってきており、このままだとすぐにも東門に取り付かれてしまう。
「オッサン! 東門にとりつかれそうだぜ!?」
「ぬう……。前衛は門から少し距離を取った位置で待機!」
前回シルヴァーノらが襲撃してきた時とは違い、今回は大門は当然であるが通用門も完全に閉鎖してある。
というより、通用門そのものを埋め立てるようにして外壁の一部としてあるので、それらしい侵入経路は大門しかない。
これは西門にも同様の処理がなされており、拠点での最終防衛チェックをしている際に片手間に北条が施したものだ。
「ようやく出番やな? 暴れたるでえ!」
「斬る! 斬って斬って斬りまくるぜ!」
一応これまでも慣れない弓でもって攻撃をしていたゼンダーソンだが、やはり本領を発揮するのは接近戦だ。
龍之介もゼンダーソンとそう変わらないテンションで、東門入ってすぐにある広場へと下りていった。




