第66話 初依頼
次の日の朝、心なしかいつもより気合の入った龍之介や由里香、そしていつもと変わらない様子の北条や芽衣など、めいめいの顔を見せながら、ギルドへと歩を進めるジョーディと異邦人達。
目的地であるギルドの建物が見える位置まで来ると、そこは夕方の混雑時よりも心なしか活気があった。
冒険者相手に串焼きやスープなどの食べ物を売る露店や、背中に背負った籠にそのままで食べられるような野菜や果物などを詰めて売り歩く人。
そして、それ以上に多くの冒険者でギルド前の通りは賑わっていた。
「わあ……。もうこんなに人がいるんですね」
そういった賑わいを見て、メアリーが感嘆の声を上げる。
冒険者というのはその性質故に、力を振り回す乱暴者というイメージを一般の人から抱かれており、それはそう間違った認識ではない。
特に低ランクから中ランクではその傾向は顕著だ。
この場にいる多くの冒険者のうち、その大半がその低ランクから中ランクの冒険者であり、一般人からすると近寄りたい場所ではないだろう。
そんな彼ら冒険者だが、仕事を得るためにもその乱暴者というイメージとは裏腹に、こうして毎朝律義に出勤? してくる。
そんな光景に、信也は毎朝通勤する日本のサラリーマンの姿を一瞬幻視してしまった。
ギィッ……バタン。
ギルド入口のスイングドアを抜けると、そこはまさに戦場のようにあちこちから声が上がっていた。
夕暮れ時にも混雑はするのだが、このような喧々囂々といった感じではなく、もう少し落ち着いた雰囲気をしている。
ひとつの街を根城にする冒険者にとって、この朝の依頼受注は大事な時間だ。
大抵こういった街には、定期的に出される同じ依頼や、常設依頼と同じように毎日出される定番の依頼というものが存在する。
例えばこの《鉱山都市グリーク》でいえば、街の北から西辺りに広がる《フォンドロン草原》に生息するカルパティアバイソンを、食肉目当てで討伐する依頼。
更に、この時期だと東にある《ドルンカークの森》に出没する、テイルベアーの討伐など、季節によっても変わるが連続して出される依頼は多い。
こういった依頼は大きく儲けることはできないが、安定して稼ぐことが出来る。
その為、依頼の取り合いも時折発生し、職員が介入するケースもあった。
今日は既に依頼が張り出されて少し時間が経っているらしく、目ぼしい依頼はある程度受注された後のようだ。
しかし、元々Gランクである彼らに受注できる依頼は少ない。
基本的に危険のない依頼はHランクのものが多いのだが、Eランク位までなら街中での力作業などの依頼も案外多い。
引っ越し作業やら建築現場での仕事やら……勿論この街なら鉱山での仕事もあるだろう。
余り高ランクだと依頼料がかかるので雇うのは厳しいが、Eランク位までならコスト的にはそうそう悪くもなく、レベルアップや職業によって筋力などが強化されている冒険者は、即戦力として肉体労働にはもってこいだ。
しかしこうした依頼はほぼ毎日のように張り出されるが、朝から張り付いている冒険者達によってすぐに持っていかれてしまう。
その姿は冒険者というよりは日雇い労働者を思わせる。実質そんな大きな違いはないのかもしれない。
そういった訳で、信也達が依頼掲示板をチェックした時にはあまり良さそうな依頼は残っておらず『ランク不問! どぶ掃除。一日四十銅貨。 昼食付!』だとか『ランク不問。マキ割り。出来高制』などといった物がほとんどだった。
「うえー。ろくなのがねーなー」
すっかりしぼんだ表情でそう吐き捨てる龍之介。
「これは……たしかに。こうなったら常設依頼を確認して、それ目的で動くか」
メインの掲示板の隣には、常設依頼用の別の掲示板が隣接して設置されており、そちらにもいくつか木板がかかっていた。
これは通常の掲示板でも同じなのだが、基本的な依頼内容が書かれた木板が絵馬のように幾つも並んで掛けられており、依頼を受ける際はそれを受付まで持っていく。
木板は依頼が完了したら、鉋のような工具で表面の文字部分を削り、再利用される。
信也の声に龍之介をはじめとする幾人かがその常設依頼を確認し始めた。
そして依頼の目標場所と自分達のランクから、達成できそうなのを選別していく。
そうして絞られた依頼が≪Gランク。《ドルンカークの森》のゴブリン退治。十体分の魔石で五十銅貨。ただし一日五セットまで≫、≪Gランク。《ドルンカークの森》に自生している薬草の採取。詳細は職員まで≫、≪Gランク。《ドルンカークの森》のコボルト退治。十体分の魔石で八十銅貨。ただし一日五セットまで≫……と、複数ある中からこれらの依頼を選び出した。
他にも魔物の素材採取の依頼も幾つかあったのだが、解体には慣れていないし時間もかかるので、今回は外している。
ちなみに依頼選出の際には、ジョーディに説明を受けながらであった。
冒険者として初依頼を受ける、それも自分が勧誘した相手、となってはジョーディも他人事とは思えず、ゴールドルに会いに行く前に、さきにこちらの件を手伝ってくれていたのだ。
《ジャガー村》の出張所に飛ばされる前はここのギルド支部で働いていたジョーディ。
そのジョーディの説明によると、討伐依頼で渡す魔石はギルド側でチェックされるので、きちんとフィールド――ダンジョンの外の魔物――を倒す必要があるとのこと。
かつて冒険者ギルドが設立される前、『魔石協会』と呼ばれていた組織があった頃から魔石については研究が進められていた。
魔石を調べるだけでそれがフィールドの魔物なのか、ダンジョンの魔物なのか。何という名前の魔物なのか、などの情報まで調べられるらしい。
なお、ゴブリンの中にたまにいる役職持ち――ゴブリンメイジやゴブリンプリーストなど――は、まとまった数がでる訳でもないので、魔石は個別扱いでひとつにつき十五銅貨。数に制限はないらしい。
薬草の採取は《ドルンカークの森》の浅い部分に自生している〈ヘルマ〉という薬草が十株で二十銅貨。ただしこれは状態が良いものの場合で、ものによっては十五銅貨とか十銅貨の査定を受けることもあるらしい。
他にもこの時期だと数も少ないし、見つけにくい薬草ではあるが〈グルアジン〉という薬草は十株で五十銅貨になる。
この二つの薬草の特徴をジョーディは説明してくれたが、既に北条とメアリーは資料室の本で調べた際にその知識は得ていたようだ。
「え、私もその本読んだ……はずなんだけど」
だが、同じ本を読んでいた咲良は〈ヘルマ〉も〈グルアジン〉のことも記憶しておらず、ウーウーと呻いている。
「はんっ! せっかく本を読んでも覚えてなければいみねーな」
そんな咲良に対し、日ごろの仕返しとばかりに龍之介がバカにする。
「ぐぬぬ……」
悔しそうな咲良だが、今回ばかりは言い返す言葉を持たなかったようだ。
そんな咲良とは少し離れた場所にいる由里香と芽衣は、
「うわー。ぐぬぬとか言っちゃってるよー」
「ほんとだ~。よっぽど悔しいのかしらね~」
暢気な二人であった。
そんな彼らとは違い、真面目に話を聞いていた信也達は、ジョーディから薬草を状態の良いまま採取する方法を教わっていた。
また、群生地などを発見しても、全てを取り尽くさないようにとの忠告も受ける。
そして今回目標とする三つの依頼についての説明を終えると、最後にジョーディが忠告をしてきた。
「いいですか。常設依頼の中の討伐依頼にはFランクやEランクのものなどもありますが、これらの魔物を討伐したとしてもGランクである皆さんは報告はできません。通常の討伐依頼なら依頼受注時に受付の判断で一ランク上の討伐依頼も受けられますが、常設依頼ではそういったことはできません。決して無理して格上の魔物を倒そうなどとは考えないでください」
「ああ、俺も別に死に急いでいる訳ではない。そこら辺は気を付けるよ」
「はい、どうかお気を付けて。私はマスターの所へ行って参ります」
こうしてジョーディはギルドマスターの執務室に、信也達は依頼を達成する為に《ドルンカークの森》へと向かうのであった。