第681話 合流する悪魔
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『ロディニア王国』が想定した『パノティア帝国』からの三つの進軍ルートの内、《ガリアント山脈》の北を迂回してくるルートと、南部の《モンブール平野》を通って向かった二つの帝国軍は、すでに壊滅している。
しかしその事を、残された最後の中央ルートから進軍していた長井達は知らない。
北条の手によって完全に壊滅してしまったので、緊急事態を連絡する暇もなかったからだ。
ただし、連絡が付かない事に不審を抱いてはいたので、軍だけでなく帝国内とも連絡を取ろうとはしていた。
だがこちらも何故か連絡が付けられなかったので、仕方なく長井は人員を割いて直に伝令を走らせている。
「気に食わないわね」
「いちいち細けぇ事を気にすんじゃねえ」
連絡が付かなくなったことで、急遽伝令を走らせた長井が表情を歪めて言う。
それに反応したのは、隣を歩くガタイの良い男だった。
途中から合流したこの男は、百英雄隊でもないしレイダーズでもない。
そのため当初は胡乱な目で見られたのだが、百英雄隊第一席であるルシェルの鶴の一声で、そうした反応もなりを潜めた。
斧を背負った戦士風の男は、確かに歴戦の戦士を思わせる風貌をしていた。
しかし高レベルの随員が多い今回の特殊編成軍では、一部の者にはその素性が半ばバレている。
特にルシェルなどは、百年以上も前にこの斧戦士の男――その正体である悪魔ゴドウィン・ホールデムと戦った経験があるのだ。
人の姿に化けているとはいえ、ルシェルの一声で半ば黙認されたような形でゴドウィンは見逃されていた。
「確かに細かいかもしんないけど、ここまできて突然連絡が付かなくなるのは明らかに変よ」
これまで長井は、持ち前の"悪運"スキルによって危機を何度も乗り越えてきた。
その事は本人もよく自覚しており、今回の中央ルートからの進軍を百英雄隊だけでなくレイダースまで参加させたのは、「何か嫌な予感」を感じたからだ。
メインの百英雄隊から見れば付け焼刃かもしれないが、それだけ長井は自分の"悪運"スキルがもたらす直感を信じている。
「変だろうがなんだろうが、アイツらがいりゃあ万が一も起きねえよ。おまけに俺までついてるんだからな」
"人化"で人の姿に変えているゴドウィンが、少し離れた所を移動する一団にチラと視線を送る。
そこには纏まって移動している百英雄隊の上位陣がいた。
先頭を歩くのは金髪の優男風の男で、剣を背負っている。
この一見線の細い男が、百英雄隊第一席を務めるルシェルだ。
彼は人族でありながら数百年前から生きていると言われており、実際にここ百年ほどはずっと百英雄隊の第一席の座をキープし続けている。
彼のレベルは、『帝国八魔人』の頭領であるザッハルトの百二十一レベルに続き、二番目に高い百二十レベルだ。
限界突破した者を幾人も抱えている帝国ではあるが、レベルが百十代になると更に上がりにくくなるので、百二十を突破しているのは帝国でもこの二人しかいない。
そして彼の隣に歩いている妙齢の女性が、第二席のディーヴァ。
実際の年齢は三十五歳になるのだが、まったくそうは見えないほど若く見える。
高レベル者、特に魔力やら闘気やらに精通した者は、老化が遅くなる傾向があるという。
彼女の容姿もそれが原因であり、百十八レベルの魔術師である彼女は特にアンチエイジングをする事なく、見た目の若さを保っている。
ディーヴァはよくいる魔法バカの中でもかなり突き抜けた部類であり、魔力が上がると言われれば何でもすると言われる程、魔法に傾倒している。
そんなディーヴァは血筋としてはザッハルトの孫娘に当たり、次代の帝国の最高魔法戦力として期待されていた。
「……確かに、あの連中がまとめて襲い掛かってきたら、アンタでも危ないんじゃないの?」
「フッ、それこそが俺の望みよ。これまでは我慢できずに種が成長しきる前に摘み取っちまってたからな。今回は十分に間隔をあけて、たっぷりと成長を待った。良い戦いが期待できんだろ」
「ちょっと。奴らをやるのは良いとしても、まずは拠点襲撃を成功させてもらうわよ」
「分かってる。そっちも期待できそうだし、今からウズウズしている所だ」
最後の部分だけ、長井が機転を利かせて魔法具を起動したので、外に声が漏れる事はなかった。
一部の人間もゴドウィンの事には気づいているだろうが、それをあからさまにするつもりは長井にはない。
本人達以外にとっては物騒な話をしている中、百英雄隊の中でも会話が進行していく。
「ルシェル様。あの男、放っておいてよいのですか?」
ゼラムレットの神官服を纏った女性が、先頭を歩くルシェルに問いかける。
彼女は百英雄隊の第七席であり、レベルは百十一と高い。
それが基準という訳でもないが、現在の百英雄隊は一桁の席次のものは皆レベルが百十以上となっていた。
「放っておけ」
「しかし! かの災厄の悪魔といえど、今の私達からすれば絶好の討ち取る好機。あの胡散臭い男も、きっと悪魔の信奉者に違いありません!」
女性がそう言ったタイミングで、ゴドウィンと思しき斧戦士が百英雄隊の方にチラッと視線を送ってくる。
「ッ! ルシェル様!」
「放っておけと言っている」
「何故ですか!?」
「我々は今任務の最中だ。やるのなら任務を終えてからにしろ」
「ですが、そもそもの任務が不自然です! これほどの戦力を動員し、あまつさえ指揮官に宛がわれた人物があの胡散臭い男……。これもきっと彼奴の謀略かと」
「お前は奴の事を理解出来ていない。そもそも奴には本来謀略など不要なのだ」
「ひぇっひぇっひぇ、その通り。奴がその気になれば、いつだって我が国は蹂躙出来るのよ。だからこそ、このような大掛かりな仕掛けを施した先に何が待っているのか。そこが重要なのさ」
座布団のようなものの上に座り、空を飛びながら移動している小柄な老婆が会話に参加する。
見た目はかなり高齢な老婆であるが、実年齢は百四歳と、見た目よりも更に年を取っていた。
百英雄隊第八席に座するこの老婆の名はモレア。
ザッハルトの妻であり、ディーヴァの祖母である。
「何でもいいけど、さっさと用事済ませて魔法の研究に打ち込みたいわ」
「ふぅ、ディーヴァは相変わらずよのお」
彼らは一族で帝国の要職に就いている、エリート魔術師一族だ。
共通しているのは、魔法に対する飽くなき探究心。
そして高位の魔法を修得する為に、積極的にダンジョンに潜ってレベルを上げるという、研究室に籠るタイプの魔術師とは正反対なアグレッシブさを持っている。
その魔術師一族の中でも、ディーヴァは飛びぬけて魔法に対する意欲が強い。
今回の招集も当初は断っていたのだが、研究費やらなんやらをカットするという通達があったので、渋々ながら参加していた。
そういった点については、帝国の事を想う他の一族の魔術師とは異なる点だ。
「……では様子見をしつつ、何かあれば対処するという事でよろしいでしょうか?」
「それで構わん。常に百英雄隊は固まって動く事を意識しておけ」
「分かりました」
そうは言ったルシェルだったが、ここでゴドウィンと当たるのは彼としては望ましくない流れだった。
かつて剣を交えた事があるルシェルは、ゴドウィンの強さがどれほどのものか知っている。
知っていてなおかつ今の戦力で当たるとどうなるのか予想すると、勝てたとしても相当大きな痛手を負う事になるのは間違いない。
もしやるとするなら、『帝国八魔人』も一緒に当たりたい所だ。
(にしても、今回の任務は彼女が言うように、確かに妙だ。我々だけでなく、帝国軍の主力までが地方の小さな町へと進軍命令が出されている)
長年帝国に仕えてきたルシェルは、色々とツテやコネクションも多い。
それらを利用して、上からは明かされていない帝国軍主力の情報も得ていた。
(表の理由として世界樹が挙げられていたが、大陸最大規模だというダンジョンにも何かあるのか? あのダンジョンの転移部屋には、他のダンジョンにはない奇妙な構造物があると聞く……)
ルシェルが思索に耽りながら歩いていると、背後から騒がしい声が聞こえてきた。
「ワイバーンだ! ワイバーンの群れが襲ってきたぞ!」




