第659話 ノーチラスとの交渉 後編
「予知夢……ねえ」
これに関しては〈夢見の水晶枕〉によるものだったが、ミーシャは以前に北条の膨大なスキルを見ているので、北条がそれ系のスキルを保持していても疑問に思わない。
未来という不確定な話ではあるが、北条の言う襲撃に関しても信憑性は感じられた。
「ニャ……。高位の悪魔とニャると、"悪魔結界"の有無に関わらず人の敵う相手ではないニャ。その悪魔の位階は何ニャ?」
「そいつぁー分からん。夢の中のせいか、スキルも一切使えんかったからなあ。だが今なら、全く手が届かない相手だとは思っていない。……なんせ、今日はそいつよりもよっぽどヤベエ相手と遭遇して逃げ帰ってきた所だしなぁ」
「……最低でもレベル百四十を超えるという悪魔より、脅威を感じる相手がいたというのか?」
これまで自分を大きく上回ったレベルの者など、リーダーであるノーチラス位しか知らないシンシア。
そんな彼女からすれば、今している話は雲の上の話のようでいまいち実感が湧いていない。
「ああ。ほんとついさっき位に暗黒大陸で出会った奴でなあ。アイランドドラゴンというクソでかいドラゴンだったぁ」
「あ、アイランドドラゴン!? そ、それってもしかしてザリュースの事ニャ?」
「お、名前も知ってんのかぁ? さっすが暗黒大陸の事情に詳しいな。確かにそんな名前だったぞぉ。余りにレベル差がありすぎたせいか、ザリュースという名前とアイランドドラゴンという種族名しか見えなかったわ」
「あ、アレと接敵してよく無事だったニャ……」
どうやらノーチラスは、アイランドドラゴンについても知っているらしい。
しかし他のメンバーは初耳のようで、ノーチラスに質問している。
「あの、アイランドドラゴンってどんなドラゴンなんですか?」
「その名の通り、島みたいに大きなドラゴンニャ。図体がでかい割りに、周囲の細かい事にも反応するから、迂闊に近寄ると死ぬニャ」
「えっ……」
北条には転移魔法があったし、あんだけでかくて強大なドラゴンが一々自分を気に留めない可能性もあったから、様子を見る事にしたのだ。
しかし予想とは裏腹に、咆哮で動きを止めた後は周囲を探る動きをしていた。
完全に咆哮で固まった状態だったら、そのままお陀仏してたかもしれない。
「島のようなドラゴン……」
「そう言われても想像できんわい」
シンシアとゴルゴルには、その姿がいまいち想像できないでいた。
そこへ北条が参考に見た感じのサイズを伝える。
「翼長だけで数キロはあったぞぉ。背中の上はちょっとした平原みたいになっていて、草や木が生えていたぁ」
「まさしく島という訳ね」
「そゆ事だぁ。そいつに比べたら、黒い影は数段劣る。それに、何も命を賭して戦おうとしなくてもいい。危なくなったら俺と一緒に逃げてもらうつもりだぁ」
「それは……少しは気が楽にニャるけど、そんなんでいいのかニャ?」
「相手がヤベーのは承知しているからなぁ。逃げた場合俺達の拠点は壊滅状態になるかもしれんがぁ、命には代えられん。ノーチラスが提案を受けてくれるなら、転移用の魔導具も渡しておく」
「至れり尽くせりだニャ。そこまで言うなら協力するのも吝かじゃないニャ」
「リーダー!」
ノーチラスの言葉に、元々乗り気ではないミーシャがすぐさま反応する。
「まあ、ミーシャ落ち着くニャ。ホージョーが要求してるのはオレへの戦闘参加……それも危なくなったら魔導具で逃げてもいいと言ってくれてるニャ」
「ゴドウィン戦の方は数がいると助かるんだがぁ、生憎転移用の魔導具がそこまで数を用意できなくてなぁ。ああ、ノーチラスは全力で当たれるように、参加は黒い影戦からでいいぞぉ。"悪魔結界"への対策は、暗黒大陸で使い方を試してる所だし、心配いらん」
「ホージョーもこう言ってるニャ。それに聞いた感じ、勝ち目がない訳でもなさそうニャ。みんな悪いけど、ここはオレの独断で参加させてもらう事にするニャ」
「……ここはリーダーの判断を尊重しよう」
「ふむ……。リーダーが出るなら儂も戦いたい所じゃったが、今回は大人しくするとしようか」
北条が逃走の手段まで用意していた事を知って、他のメンバーからも提案を受け入れる声が上がる。
それでもミーシャだけは否定的ではあったが、最後には彼女も納得をした。
「それじゃあ、期日が来たらまた直接ノーチラスを迎えに行こう。ここにはしばらく滞在するのかぁ?」
「んー、それじゃあ、オレらはしばらくここを拠点に活動するニャ」
「そっか。……所で、ここを借りているのは偶然かぁ?」
転移直後は気づかなかったが、北条は今いる部屋に見覚えがあった。
それは、《迷宮都市ヴォルテラ》で一時的に借りていた仮拠点にそっくりだったのだ。
「ここで拠点を探してた時に、ジャガーノートがここを借りてた話を聞いたニャ。他にも、この街で暴れまわってた話も聞いたニャ」
「別に暴れまわった訳でもねえんだけどなぁ。つか、お前達はサルカディアを目指してたんじゃないのかぁ? あの時出会った場所からだとここは遠いだろ」
「メインディッシュは最後に取っておくニャ。その前に、この国の他の祝福されたダンジョンから攻略するつもりニャ」
「ふうん……。ま、サルカディアを前に祝福で強化して回るのは正解かもなぁ」
元々北条達『ジャガーノート』が祝福ダンジョンツアーをしていたのも、《サルカディア》の攻略に行き詰っていたからだった。
「ま、とにかく後二週間もしたら例の日が来る。それまでに、ダンジョンから脱出しておいてくれよぉ?」
「分かったニャ。余裕を持ってこれからの計画を立てておくニャ」
こうして無事ノーチラスとの交渉を成功させた北条は、別れの挨拶を交わした後にアーシア達と合流する事になった。
その後、"空間魔法"の【眺望】でアイランドドラゴンと出会った辺りの様子を覗き見して、すでにその場を去っている事を確認した北条は、従魔と共に再び《暗黒大陸》へと戻る。
ついさっき遭遇したばかりなので、転移後は注意しながら辺りを探索しつつ、こそこそとレベル上げが再開された。
▽△▽△▽
アイランドドラゴンと遭遇し、ノーチラスとの約束を取り付けてから十日近くが経過した。
あれ以降、超ド級の魔物と遭遇する事もなく、レベル上げは無事に続いている。
北条のレベルは百二十一まで上がり、レベル自体は順調に上がっていた。
未だにSSランク級の魔物の召喚やテイムには成功していないが、感覚としては後少しという手ごたえを感じている。
それに、ノーチラスにちょこっと語った"悪魔結界"への対策も、大分ものになってきていた。
「エイシャコラアアァァァァッッ!」
「BIBIBIBIBI!!」
気合の入った声で北条が突きを放つと、大型犬くらいの大きさをした黄色いハリネズミが吹っ飛んでいく。
このハリネズミは、背中のトゲ部分が常にバチバチッとした強力な電気を帯びている。
一見動物系の魔物にもみえるが、こう見えて歴とした精霊の一種、サンダーハイエレメントと呼ばれる魔物だ。
精霊種は基本的にフィールドでは人に襲い掛かってくる事はない。
稀に狂った精霊が人に危害を加える程度だ。
しかし、ダンジョンには魔物として精霊種が配置されたダンジョンも存在している。
このサンダーハイエレメントも、《暗黒大陸》という魔物暴動しまくっている土地柄、どこかのダンジョンからフィールドに押し出された魔物なのだろう。
精霊種が厄介なのは、必ずその属性に関わる魔法を使えるという点もあるのだが、非肉体という特性が討伐を困難にさせる。
特に前衛の場合は、詠唱もなくガンガン撃ってくる魔法を躱しつつ、精霊本体に接近しなければならない。
その上攻撃する際には魔法の武器を使ったり、"付与魔法"で属性付与などをしたりしない限り、ダメージを与える事すら不可能。
……のはずなのだが、北条は一見何も属性を付与せずに素手による殴りでもってサンダーハイエレメントを吹き飛ばしていた。
それも、ただ殴っただけだというのに目に見えてサンダーハイエレメントの動きが鈍っている。
「エエエイシャオラアアアッ!」
そんなサンダーハイエレメントに、更に追撃のメガトンパンチが加えられる。
肉体を持っていないハズの精霊なのに、北条の一撃を食らった後の反応を見るとそうとも思えない。
血などは勿論吐いていないのだが、明らかにヘロヘロになって立ち上がるのにも苦慮していた。
「ふぅ。これで止めだ! エエエイシャ……」
必死に立ち上がろうとする、黄色いハリネズミの姿をした精霊。
そんな弱々しい姿のハリネズミに、容赦なく北条のパンチが決まる……かと思われたが、北条の攻撃は途中で中断される。
「BIBIBI……」
「お? 服従を誓うってかぁ?」
このようにフィールドを徘徊する魔物化した精霊種は、テイムする事が出来ない。
すでに純粋な精霊種からは変異してしまっているので、"精霊魔法"によっても契約する事が出来ないのだ。
しかし、"服従契約"であれば契約する事が出来る。
前提条件として、魔物を服従させる為に自分の力を見せつけてやらないと、"服従契約"は発動しない。
しかもその条件を整えても、"服従契約"で魔物を服従させられる確率は低い。
その代わり、"服従契約"はこのような特殊な魔物でも契約して従魔とする事が出来るのだ。
「よーーしよしよし。今日からお前はソニ…………十九体目の眷属従魔だぁ!」
「BIBIッ!」
どうやら無事に"服従契約"が発動したようで、北条の威勢のいい声に応えるように、背中のハリの部分に電気を集めるサンダーハイエレメント。
「にしても、やはり神属性は使えるな」
肉体を持たない精霊を素手で殴り飛ばした北条。
それを可能としたのは、ミリアルドが見せた神属性の込められた打撃によるものだった。
ミリアルドと面会して幾らか日にちが経過した頃の話。
北条はとあるユニークスキルを取得した日の事を、思い出していた。




