第655話 暗黒大陸にて
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「GYAAOOOOO!!」
大きな悲鳴を上げながら、九つの頭を持つ蛇のような魔物が数の猛威に晒されている。
この九つの頭はそれぞれ異なる攻撃方法を持ち、なおかつそれらが独立して動いているようで、器用に他の頭と連携して攻撃が被ったり頭部から伸びる首部分が絡んだりしないように動いている。
それらの特徴から言えばSランクの魔物、ヒュドラであると判別する者もいるだろう。
しかし、この魔物には他にもう一つの特徴があった。
それは全身が黒い鱗に覆われて、全体的に黒を基調とした色合いをしているのだ。
これは通常のヒュドラとは異なる特徴である。
それもそのはず。
この黒い鱗のヒュドラは、ブラックヒュドラというヒュドラの上位種なのだ。
『ジャガーノート』基準でいう所のSSランク……つまりは、エルダードラゴンであるヴァルドゥスと同格の魔物である。
しかしそれほどの魔物であっても、北条が遠距離攻撃をする片手間に召喚した大量のSランクの魔物に襲われ、今や九つあった頭の内、五つまでが完全に潰れた状態のままとなっている。
ヒュドラには強い再生能力があるのだが、その再生力でも修復できぬほどのダメージが与えられているのだ。
「わはははっ。我のブレスをとくと味わえ!」
そんなブラックヒュドラに、追い打ちをかけるかのようにヴァルドゥスが"ファイアブレス"を浴びせていく。
これによって、更にもう一つの頭部が焼き尽くされ、近くにあったもう一つの頭部や胴体部にも、かなりのダメージを与える。
「ニャニャ! 僕の魔法もくらえーなのです!」
更にSランクの魔物、仙狸へと進化していたニアの魔法攻撃も浴びせられていく。
最低でもAランクの魔物しかいないという《暗黒大陸》。
その中にあって北条とその従魔達は十分に適応しており、上手い事現地の魔物を倒してレベル上げを行っていた。
今もブラックヒュドラと戦っている所だが、北条は普段表に出していなかった従魔や、前に《暗黒大陸》にて従魔に加えた魔物達を、全て総動員して周りを固めている。
その数はなんと五十体以上にも上る。
中には、普段表に出しておきながらも、ダンジョンに連れ歩いていない魔物も今回は連れ出していた。
であるというのに、それら従魔はあまり前に出さず、幾らでも替えが効く"召喚魔法"で呼び出したSランクの魔物達を、この魔の大陸に住まう強大な魔物へとぶつける。
ただし、従魔の中でもラビのように遠距離攻撃を持つ魔物は、攻撃へと参加していた。
「SSランクの魔物であっても、一体だけでしたら問題ありませんね。北条様」
「ああ。だがSSランクとなると、今の俺でも召喚出来るレベルじゃあない。厳しいと思うが、アイツにもテイムを試してみよう」
"召喚魔法"による魔物の召喚は、その魔物を一度でも倒した事がある、或いは長期間接するなどして詳しく魔物について理解を深める事が、条件の一つであると思われる。
しかしそれとは別に、レベルが足りていない相手を呼び出す事は出来ない。
北条でいえばSSランクの魔物は未だ召喚できず、芽衣の場合はSランクの魔物を召喚する事が出来ない。
テイムに関しても基本的にはレベルが影響する。
しかしヴァルドゥスのように知性のある魔物や、強い相手に従う傾向が強い魔物であれば、交渉したり瀕死の状態に追い込んだりすることで、"魔物契約"や"魔獣契約"が成功する可能性はあった。
「という訳で、お前らトドメまで刺すなよお?」
状況に余裕があるせいか、北条の声はどこかのんびりとしている。
しかし追い詰められているブラックヒュドラとしては、それどころではない。
残った頭部にある瞳を北条へと向け、忌々し気にシュロロロッと舌を出す。
ただでさえSSランクという事で生命力の高いブラックヒュドラだが、今はもう大分瀕死に見えた。
しかしその状態から脅威の粘りを見せる。
「最後の方は俺が調整しながら攻撃をしよう」
そんな状態が十分ほど続いた後、北条は一人前へと躍り出る。
既にブラックヒュドラの頭部は、メインであろう他より再生力の高いものと、毒のブレスを吐くものしか残されていない。
「強靭なる不可視の大刃は鉄をも切り裂く。【大風刃】」
ブラックヒュドラへと接近しつつ北条が放ったのは、"颶風魔法"の【大風刃】の魔法。
詠唱にもあるように、巨大な風の刃は生半可な金属ですら容易く切り裂く。
「GYUOOOOOOON!」
北条の放ったその魔法の威力が強かったのか。
或いはこれまでの戦いでのダメージが蓄積されていたのか。
【大風刃】は毒のブレスを吐く首をスパッと切り裂き、八つ目の頭部もこれで無力化される。
「蒼き炎球は赤き炎球をも焼き尽くす。【ブレイズボール】」
更に北条は、ブラックヒュドラの切断した首の断面に向けて、"劫火魔法"の【ブレイズボール】を放つ。
これは"火魔法"の【ファイアーボール】の上位版の魔法だ。
より熱量の高い蒼い炎の玉が三つほど生み出されると、二つは切断した首に。一つは最後に残った頭部に牽制として放り込まれる。
「やはりヒュドラというとこの手が有効だなぁ」
ファンタジー作品では割とよく聞かれる戦法の一つに、ヒュドラのような強い再生力を持つ相手は傷口を炎で焼いてしまうと再生力が鈍るというものがある。
それはこの世界でも適用されるようで、これまで潰してきた頭部も同じようにして再生できないように追撃を入れていた。
「残るは本体の首だけだがぁ……」
この本体と思われる首だけは、他のと比べて防御力が硬く、落とす事が出来ていない。
ただ本体の首は特殊攻撃の手段を持っていないようで、普通に噛みつくなどの攻撃しかしてこない。その分脅威度も低いので、よっぽど意識してやらない限り最後に残るのは本体の首となる。
九つの首を持つブラックヒュドラは、胴体部分が普通の蛇とは違ってかなり太い。
しかし他の首を全て落としてしまった為、太い胴体に反して本体の首一つだけしか残っていないので、見た目は大分アンバランスになっている。
ここまで来ると、タフで図体のでかい蛇系の魔物となんら変わりない。
北条は〈バルドゼラム〉を手に、体のあちこちを切り裂いていく。
『俺の言ってる事が理解できるかぁ? 理解出来るなら力の差を認め、俺の従魔になれ』
また"念話"スキルを用い、時折服従するよう伝えてもみたのだが、ブラックヒュドラに服従する意志はないようで、結局最後トドメを刺されるまで北条の勧誘をはねのけてみせた。
「北条様、お疲れ様でした」
最後の部分は北条がサシで戦っていたので、他の従魔達はそれを黙ってみていた。
そんな中、戦いが終わるや否や、かけつけてきて労いの言葉を掛けたのはアーシアだ。
「まあ……あんだけタコ殴りにした後だったし、大して疲れてないぞぉ。ただ、やっぱこいつもテイムは失敗したかぁ」
「シャドウクーガーに続いての失敗でしたね」
シャドウクーガーとは、数日前に遭遇したこれまたSSランクの猫科の動物のような見た目をした魔物だ。
この魔物も、最後の方は北条がサシで戦ったのだが、結局最期までテイムに応じる事はなかった。
「やはりまだ俺のレベルが純粋に足りていないんだろうなぁ」
『ジャガーノート』で制定したSSランクの定義は、レベル百二十六以上、百五十未満というもの。
シャドウクーガーはレベル百二十九だったし、ブラックヒュドラも百三十四もあった。
それに引き換え、北条のレベルはやっと百十七になった所だ。
このレベルだと、SSランクの魔物の召喚やテイムは厳しいのだろう。
「ですが、ウルサスやラミアクイーンなど、新たなSランク魔物を配下に加える事が出来ました。彼らも今後は北条様の忠実な下僕として、力になってくれるでしょう」
今回の主目的はレベル上げであったが、同時に初見のSランクの魔物と接する事も目的に含まれていた。
アーシアの言うように、そのおかげで新たに従魔へと加わった魔物もいる。
北条の場合、恐るべき事に魔物を従える系統のスキルを四種も持っている。
"魔獣契約"の上位スキル、"魔獣使役"。
"魔物契約"の上位スキル、"魔物使役"。
"眷属服従"の上位スキル、"眷属支配"。
これに、召喚で呼び出した魔物との契約を含めた、計四種だ。
これらのスキルは、それぞれに契約可能数が設定されている。
召喚による契約最大数が七十体以上で、他の三種はそれぞれ三十体以上。
つまり、最大で百六十体以上、従魔を持つ事が可能だ。
勿論、この数の多さは上位スキルを取得していたり、熟練度が高かったり、MPが高かったり……といった理由によって多いのであって、芽衣やラミエスはそこまで多くない。
また、"魔獣契約"では対象が魔獣に限定されるという制限があるし、"眷属支配"の場合は相手により強い忠誠心が芽生えはするが、その分相手を従える事が難しいという難点もある。
「今後もSSランクの魔物に出会ったらテイムを試してみるがぁ……、まあ残りの期間で俺がSSランクレベルになるのは厳しいだろう」
「普通ならそれでも十分強いんじゃがな。それほどの強さであっても、夢で見た黒い影とやらは厄介なのか?」
「ああ。ぶっちゃけゴドウィンだけなら、問題はない。だが、アレは無理だろう……」
ゴドウィンについて、北条は問題ないとは言っているが、楽に倒せるとは思っていない。
というのも、レベル的にブラックヒュドラやシャドウクーガーより高いというのも勿論あるが、ゴドウィンには称号まで付いているからだ。
通常、ダンジョンで出現する魔物もフィールドの魔物も、称号を持つ事がない。
例外として、フィールドで生活するゴブリンなどの妖魔系の魔物と、フィールドで活動している悪魔だけは、称号を持つ事が知られている。
特に悪魔ともなれば、最低でも一定以上のレベルを持っている。
そんな高レベルの悪魔が『頑健なる者』などの称号を持てば、元が高い分、上昇する最大HPの量も高い。
更にゴドウィンに関して言えば、人間達の間でも散々噂になるほどに人間の敵として暴れまわってきた。
すなわち、それだけ人間を多く殺してきている。
となると、特定の種族への攻撃力が増加するバスター系の称号……例えばヒューマンバスターなどの称号を、得ている可能性が高い。
「むう、主がそこまで言う程の相手か。それは気合を入れてかからな…………」
ヴァルドゥスは元々高レベルであったが、これまで人間形態で散々北条に同行してきたので、以前より更にレベルが上がっている。
それだけのレベルがあれば、黒い影との戦いにおいても戦力になるかもしれない。
「ん、どうしたぁ? ヴァルドゥス。急に空を眺めたりし……」
会話中に途中で言葉を飲み込んだヴァルドゥス。
その事を不審に思って問い返した北条は、遅ればせながらソレに気付く。
しかし、他の従魔達はまだ異変に気付いている者はいなかった。




