第653話 将来への布石
「神属性? 聞いた事ない属性だけど、それっぽいのなら知ってるよ」
「なっ、マジか!?」
そのような返事が来るとは想定外で、質問しておきながら驚きを露わにする北条。
そんな北条の反応に、微かにしてやったりという表情を浮かべながら、エルネストが神属性の武器について話しだす。
「ユーラブリカ王国の国宝に、〈グラシオン〉っていう剣があるんだよ」
「国宝か……」
まだ詳細は聞いていないが、その〈グラシオン〉という剣が神属性を持っていたとしても、国宝となると一時的に借りる事すら厳しい。
そのため、北条は少し気落ちした声で返す。
「その剣は鍔の部分にちょっとした飾りがある位で、一見した所普通のブロードソードなんだけどさ。なんと、かの英雄ギーダ・ユーラブリカが使ってた武器なんだよ」
『ユーラブリカ王国』を建国し、初代グランドマスターにもなったギーダは、詳細は不明だが戦士系の職業に就いていたとされる。
ただ剣だけに限らず、ギーダは槍や斧なども時と場合によって使い分けたという。
そのせいか、そうしたギーダゆかりの武器は種類が多い。
「それはたいした曰く付きだなぁ。で、その〈グラシオン〉とやらは本当に神属性を持っているのかぁ?」
「ううん、さっきも言ったけど神属性なんて聞いた事なかったから、確かとは言えないよ。でも、〈グラシオン〉は鑑定によると強化の限界とされる九回じゃなくて、十一回も強化を受けているんだよ。刀身からは白いオーラみたいなのが出てるって話だね。これが神属性って奴と関係してるんじゃない?」
その話を聞いて、途端に北条は期待の目から「お前もか……」という同類を見る目に変わる。
そして徐に"ディメンジョンボックス"を発動させると、北条は一振りの大剣を取り出す。
「わっ、なに突然そんないかつい剣を取り出して」
「その白いオーラってのは、こいつの事だろう?」
そう言って北条は、取り出した〈バルドゼラム〉を鞘から抜いて刀身を見せる。
「え……。そうそう、これだよこれ。流石だねえ、すでにこのクラスの武器を所持しているなんて」
一般的には装備を十回以上強化する方法は知られていないが、ダンジョン産の武器や昔から伝わる武器には、十回以上強化された武器も存在している。
金を積んだからといって買えるような品ではなく、大抵は国宝だったりどっかの大富豪が持っていたりするので、一介の冒険者が手に入れる事はまずない。
「俺も最初はこれが神属性なんだと思ったがなぁ。天使様には軽く否定されてしまったよ」
「ん、もしかして神属性についても、天使から話を聞いたの?」
「……ここだけの話だぞぉ? 一応強化を重ねる事でも神属性は付加されるらしいがぁ、それには十数回の強化が必要になるそうだ」
明確な回数や細かい話まではするつもりはなかった北条だが、これまで嘘をついていた事への詫びとして、ちょっとした情報を提供するつもりで強化や神属性についてを明かす。
「十数回だってえ? ボクが聞いた事ある限界強化武器は十二回の強化が最高なんだけど、それでもダメそうだね。というか、そもそも十回強化すら普通には出来ないんだし、どうやってそんなに強化するんだろうね」
どうやら十回以上強化した武器の事を、限界強化武器と呼んだりするらしい。
冒険者ギルドのグランドマスターなだけあって、エルネストはこの手の話題への食いつきがよかった。
「十回強化に関しては、強化時にとあるアイテムを併用すればいい」
「えっ……」
「この〈バルドゼラム〉も、そうやって自分で強化した武器だからなぁ」
「そ、それって、〈スターボール〉とは別って事だよね?」
「勿論」
北条としてはちょっとした実態調査のつもりだったが、どうやらエルネストの反応を見る限りでは冒険者ギルドでも十回以上の強化方法を知らないようだ。
「それを一体どうやって調べて……。ううん、それは今はいいか。その必要なアイテムってのを教えてもらう事は出来ないかな? 勿論対価は払うよ」
情報の価値が現代地球程一般に評価されていないこの世界でも、流石にこのような情報にはかなりの価値がつく。
「そうだなぁ。それなら、その必要なアイテムを五個ばかしもらおうかぁ」
「モノにもよるだろうけど、それだけでいいの?」
「あとはギルドへの貸しにしておいてやるよ」
今の北条からすると、金銭よりかはレアな装備やアイテムの方が欲しい所だ。
なので一先ずはアイテム五個でも十分と言える。
それに長期的に見て、ここで強化方法を伝える事で今後市場に限界強化武器が流れる可能性もあった。
今回のような難敵が現れた際に、そうした強力な装備は役に立つ事だろう。
「分かった、それでお願いするよ。ギルドへの貸しって部分がちょっと怖いけどね」
「よしきたぁ。じゃあ早速伝えるがぁ、十回目の強化の際に必要なアイテムはなぁ……〈精霊玉〉だよ」
「……! アレなのか! 元々錬金術の素材に使ったり、〈精霊石〉の上位互換として、精霊使いが使役する精霊を宿すのに使ってたものだね」
「うむ、その〈精霊玉〉だぁ。ただ注意が必要なのは、〈オリムンドスクロール〉では九回までしか強化が出来ない。十回以上となると、〈ビスクスクロール〉が必要になる」
十回以上強化をするには、〈精霊玉〉よりもビスクスクロール代の方が高くつくことになるだろう。
それだけ〈ビスクスクロール〉は出品が少ない。
「更に付け加えると、〈ビスクスクロール〉でも十回目の強化からは、失敗する可能性が出て来る。〈スリースターボール〉などとの併用をお勧めするぞぉ。それでも燃える可能性があるけど」
「それは……なかなかリスクがあるね。でも、この情報があるのとないのとでは大きく違ってくる。まずは検証が必要だけど、近い内に報酬の〈精霊玉〉を五個用意しておくよ」
「頼んだぞぉ。では、俺はそろそろ失礼させてもらおう」
「ああ、そうだ。ゴドウィンの件がどうにかなったら、ギルドに報告もらえるかな? ギルドとしても何か褒美が出せるかもしれない」
「上手くいったらなぁ」
すでに後ろを振り返って入口のドアへと歩き出していた北条は、後ろ手に手を振って気安い口調で答える。
そしてそのまま王者の塔を後にし、ギルド総本部を後にした北条。
「これで……下準備は大体いいだろう。予定まで残り約一か月。暗黒大陸でどこまで鍛えられるかね……」
ひとり人通りのない裏路地で小さく呟く北条。
周囲の人の気配を探った北条は、誰も注目していない事を確認すると、そのまま転移魔法で拠点へと帰還していった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ふう、まったく今日は驚きの連続だった」
北条が去った後、一人執務室に残されたエルネストが大きく息を吐く。
「ゼンダーソンが言ってた通り……いや、それ以上にアレは刺激的な男だった。あのような男が数年前まで野に潜んでいたとはね」
"長命"スキルを持つエルネストは、見た目以上にかなり年を取っている。
グランドギルドマスターの座についてからすでに数十年も経っているので、人族や獣人族からすれば立派な年寄りだ。
「彼が語っていた内容……、とても興味深くはあったけど、全てを語っている訳ではない。中には嘘も交じっていただろうね。けど、聞かなかった事に出来るような話でもなかった」
冒険者ギルドでは、魔物のランクはSまでしかない。
それで言えば、ノーマルドラゴンもゴドウィンも同じSランクという括りになってしまう。
元々Sランクレベルの冒険者が少なかったので、これまではそんな雑な分類でも問題はなかった。
しかし、どうやら世の中にはあのゴドウィンを超えるような悪魔もいるらしい。
「そうなると、Sランク以上の格付けも用意した方がいいのかもねえ」
すでに『ジャガーノート』では、身内用にそうした格付けは既に使われていた。
しかし実際に格付けするにしても、Sランク以上の魔物となるとそもそも生態や能力などが知られていない魔物も多い。
調べるにしても、使用者のレベルがある程度高くなければ、鑑定系のスキルも完全に効果を発揮しない。
「ほんのちょっとした違和感だったけど、多分ホージョーはボクに鑑定系のスキルを使っていた。となると、Sランク以上の魔物の調査にも彼はうってつけと言う訳だ」
それが普段の癖なのか、それとも考える事が多かったせいか。
エルネストは一人室内をウロウロと独り言を口にしながら、歩き回っている。
しかしある程度考えが纏まるとその足を止め、自分自身に言い聞かせるように今後の予定を一人呟く。
「ま、とりあえずゼンダーソン達に引き上げ命令を出す……にしても、もう少し様子を見てからでいいか。例の日はまだ先のようだしね。となると、装備強化の件を先に済ましておこうか」
その後、北条との話にあった報酬の〈精霊玉〉を確保するため、職員を呼びつけるエルネスト。
それと同時に北条の言っていた事を確かめるべく、+10強化の検証をしなければならない。
「あとは、ホージョーとゼンダーソンが無事にゴドウィンを倒してくれれば……あれ? そういえばその問題を解決出来たとしても、帝国軍の方はどうするんだろ?」
北条が意図的に触れなかった部分に気付くエルネスト。
その前にされたゴドウィンより強力な悪魔の話の衝撃で、すっかり気を逸らされていた。
「ホージョーは神罰がどーこー言ってたけど……、あれをそのまま信じるのもねえ。でもそうなると、何故ホージョーはあのような事を言ったんだろう」
もう一度その時の北条のセリフを思い出すエルネスト。
「……そうなると、街から冒険者を逃がせっていうあの忠告が、ホージョーの真意だった……?」
一度考えが纏まったと思ったのに、またしても思考の渦に落とされるエルネスト。
〈精霊玉〉の件で呼びつけられた職員は、執務室へと入るなり室内をウロウロしているエルネストの姿を見続ける事となった。




