第651話 エルネストとの面会
「エルネスト様、ホージョー様をお連れして参りました」
「ん、ああ、入ってきて」
北条を案内してきたマテリアが大仰な扉の前で声を掛けると、中からは青年と思しき声が返ってくる。
声だけを聞くと威厳なども感じられず、そこら辺の若い兄ちゃんのような感じだ。
「では……」
短くそう言って、マテリアは扉を開き中へと入る。
北条は同じくギルドマスターであるナイルズの執務室を見た事があるが、この部屋はそれを更にバージョンアップさせたような部屋だった。
部屋の広さはゆとりがある広さで、一人で執務するにはかなり広い。
壁には書棚なども並んでいるが、何か勲章のようなものが飾られているスペースもある。
イメージ的には、校長先生の部屋という感じに近い。あれを更に規模を拡大したような感じだろう。
「ご苦労さん、君はもう下がっていいよ」
「は、はい!」
エルネストに下がるように言われたマテリアは、大人しく元来た道に戻っていく。
必然、部屋には北条とエルネストだけが残される。
「君が噂のホージョーか。ボクは冒険者ギルドのグランドマスターをしている、エルネスト・ルビアレス。よろしく」
エルネストの見た目は、一言でいえば冒険者らしくないというものだった。
見た目からして戦士系ではなく魔術師系の恰好をしており、白髪と愛嬌の良さそうな顔を浮かべている事が特徴的だ。
どちらかというと、冒険者ギルドというより魔術師ギルドのマスターといったほうがしっくりと来る。
かつてはSランクの冒険者であった事を北条はゼンダーソンから聞いていたが、とても見た目だけではそうとは思えない。
普通に町中に紛れていたら、町民との区別がつかないだろう。
「どんな噂かは知らんが、俺がその噂のホージョーだぁ」
さりげなく北条を観察しながら、自己紹介をするエルネスト。
それに対し、北条は早速遠慮なくエルネストに"解析"を使用する。
何故なら、それがここに来た目的の一つでもあったからだ。
しかし……、
(レベル百十五……。確かにゼンダーソンに聞いていた通り高レベルではあるが、ノーチラスレベルではない……か)
このレベルであれば、ゴドウィンと戦う際には戦力になるだろう。
しかし、黒い影と戦うには大分レベルが不足している。
新たな脅威に対し、形振り構っていられなくなっていた北条は、もしグランドマスターが戦力になりそうならば、勧誘しようかと思っていた。
だがそれは空振りに終わる。
「ふうん、もしかして今何かした?」
出来る限り隠密系のスキルを使いながらこっそり使用した"解析"だったが、このように面と向かって使用すれば気付かれる可能性は高まる。
といっても、エルネストが感じた違和感はほんの些細なもので、蚊が体に止まった程度のものだった。
「自己紹介をしたぞぉ。更に予め言っておくと、俺ぁギルドやアンタに敵対するつもりはないって事も付け加えておこう」
対面するなり"解析"を使用した者のセリフとは思えないが、"ポーカーフェイス"のスキルが仕事をしており不自然さは極力隠されている。
「……ま、いいけどね。君とは個人的に色々話を聞いてみたいと思っていたんだけど、今日はまたどうしてここに訪ねてきたのかな?」
「ああっと、そうだなぁ……」
用があって訪ねてきたのは北条であったが、用件を問われて一瞬詰まる北条。
それはどの話からするべきか、どの話を明かすべきかをしっかり考えていなかったせいだ。
その話よりも、戦力になるなら勧誘しようという考えの方が先に立っていた。
「まずはこいつを見てくれ」
結局北条は、"ディメンジョンボックス"から〈夢見の水晶枕〉を取り出して見せた。
「なんだい? それは」
「こいつは〈夢見の水晶枕〉と言う。この硬い枕を使って寝ると、稀に未来の事を夢見る事がある……魔導具クラスの魔法具だぁ」
魔法具には、魔法道具や魔導具などといった基準があるが、これは余り厳密に分かれていない。
鑑定系のスキルを使えばアイテムの等級は調べられるが、かといって全ての魔法具がそうして鑑定された品ばかりでもないからだ。
〈夢見の水晶枕〉は、北条の解析結果と、扱いの難しい時間に関する効果がある事で、北条が勝手に魔導具と呼んでいるだけになる。
「へぇ。"予知夢"のスキルのような効果があるって事かい?」
「そんな所だぁ。といっても、これを入手してから毎日これを使って寝ているが、予知夢を見たのは二回だけ……。それも、二度目の夢は一度目の夢の焼き直しだったぁ」
「ボクの所に訪ねてきたのは、その夢の内容が関係しているという事かな?」
まだまだ用件がさっぱり見えない迂遠な話の入り方であったが、エルネストは急かす事もなく北条の話に耳を傾ける。
それに対し、北条はエルネストに一度目の夢の内容をゆっくりと語っていった……。
「つまり君のクランの拠点に対し、謎の襲撃がある……という事?」
「ああ。その夢を見た俺は、それ以降襲撃への対策に乗り出したぁ」
「ううん、まだ話が見えてこないなあ。冒険者ギルドのグランドマスターであるボクにその話を聞かせて、一体どうしたいんだい?」
焦れている、というほどではなかったが、このままだと延々と北条の夢の話が続きそうな気がしたので、エルネストは牽制代わりに一言挟む。
「まあ、もう少し話を聞いてくれぃ。さっき予知夢を二回見たと言ったなぁ?」
「そうだね」
「その二回目の夢は、俺が対策を施したおかげで細部が変化した未来の光景に置き換わっていたぁ」
「それは凄いね。それだけ未来の事を夢で見て、しかもそれに対処した結果も夢に見れるなんて」
エルネストとしては、今回の帝国の騒ぎの件をそれでいち早く知れていたらという思いが強い。
もっとも予知夢の内容というのは、例え"予知夢"スキルであっても見たいものを指定して見られる訳ではない。
北条が今回見た内容……特に二度目の内容はトラウマものの内容ではあったが、それでもそうした内容を見れたことは幸運であったとも言える。
「確かに……な。内容は最悪だったがぁ、二度目の予知夢を見れてよかった。そして、その夢の内容がここまで訪ねてきた理由でもある」
「お、やっとかあ。……にしても、最初の夢で対策をしたのに、二度目の夢が最悪だったの?」
「そういう事になる。まず明らかになったのは、一度目の夢で見た黒い影の存在が、二度目の夢ではハッキリと見えた事だぁ」
「ああ、君が使役しているファイアードラゴンを屠ったっていう……」
「うむ。その相手が帝国の悪魔、ゴドウィン・ホールデム」
「……かの帝国の悪魔が? ファイアードラゴンを短時間で屠るなんて、確かに普通の相手ではないと思ったけど……」
「そして、二度目の夢で俺は新たな黒い影を見た。そいつは、ゴドウィンより格上の……恐らくは悪魔だと思われる存在」
「へっ……?」
帝国を根城にしているゴドウィンが、西にある小国の……しかも一冒険者の拠点に襲い掛かるという事がまず不可解であった。
しかも、ゴドウィンより更に強力な悪魔が出て来ると聞いて、一瞬エルネストの思考に隙間が生まれる。
「で、問題はその新たな黒い影が現れた後の話になる。夢は途中で何度か場面転換があって、恐らく時間が途中で飛んでいると思われる。それでも時期としてはまだ暗土の月の初めの頃だろうと思う」
「ちょ、ちょっと待って。まだ話が続くの?」
思考が追い付かないエルネストが話を一旦止めようと制止するが、北条は構わず話を続ける。
「俺達の拠点や、近くにある町の周辺に帝国軍が大集結していたぁ。千や二千ってもんじゃあない。周囲を囲っていた軍だけでも数万人規模で、更に後続がズラッとその数倍の規模で並んでた。ハッ、ウチは行列が出来る上手い食事の店ではないんだがなぁ」
「だからちょっと待っ……帝国軍だって?」
ここでようやくエルネストは、北条が何を伝えたいか理解した。
そしてすぐさまに質問を重ねていく。
「しかも、暗土の月の初めとか言ったね? 君たちの拠点は、ロディニアの東端。サルカディアの傍だというから、今の進軍速度や位置から考えると……」
ブツブツと呟きながら、頭の中で情報をまとめていくエルネスト。
少しすると考えがまとまったのか、エルネストが口を開く。
「……実はね。ホライゾン山脈を越えてきた帝国軍は、モウセスの方に向かうのではなく、ガリアント山脈の南沿いに西へと移動してるんだよ」
エルネストはここで、恐らくは機密情報であろう事を惜しげもなく明かす。
この情報は、帝国軍の偵察についているものから送られてきた情報だ。
多少の時差はあれど、エルネストは通信用の魔法具なども用意して、偵察には力を入れている。
なお話に出て来る地理についてだが、あの辺りは山が続いている為、明確にここからここまでが~山脈だ、という区別は難しい。
しかし、左右に伸びる《ホライゾン山脈》の西端部分と、上下に伸びる《ガリアント山脈》の南端部分は繋がっている。
エルネストの言う《ガリアント山脈》の南部分とは、《ホライゾン山脈》の西端部の南部分という事でもあった。
「あの辺には小国が幾つかあるから、そこをまず先に併呑するのかと思ってたんだけど……。ホージョーの視た予知夢が正しいなら、帝国の目的は最初からロディニア王国にあったようだね」
「付け加えるなら、恐らく奴らは一直線に王都に向かうのではなく、俺達の拠点を目指しているんだろう」
「ん? そういえばそうだね。君が見たという帝国軍の数は、いくら帝国といえど分隊って規模ではない。もしかしたら分隊を王都に差し向けてるかもしれないけど、それにしては優先度が逆だ」
この件については、北条もまったく事情が分かっていなかった。
高レベルの悪魔だけでなく、帝国軍まで総動員して拠点を襲う理由。
ただ事情は不明であるが、そこには何らかの強い意図のようなものを北条は感じていた。
「そう。帝国軍が砂糖に群がるアリのように、俺達の拠点に群がっているのには実は理由がある」
しかし北条は、ここで知りもしない事をあたかも知っているかのように振舞って話し始める。
「どういう事?」
「それはな……俺達の拠点に世界樹があるからだよ」
そして少し溜めを作った後、北条はそのような理由をでっち上げた。




