第649話 下準備
朝早くから北条からの招集を受け、北条の予定変更と悪夢の件を聞いた信也達四人。
彼らはその後ほかのメンバーを全員招集して、一部の情報を伏せた上で大まかな内容を伝えた。
「和泉リーダーは、それで納得したってのかよ!」
龍之介の口から、信也を糾弾するような声が上がる。
それに対し、会議場に集まったメンバーの反応はまちまちだ。
性質が近いムルーダは龍之介と似たような反応を示しているし、エスティルーナは信也の話の内容を熟考している。
「龍之介、これはそういった問題ではない。仮に納得しないとしたら、どうするつもりだ?」
「そりゃあ勿論、俺らもオッサンと一緒に戦うに決まってんだろ!」
「そうだぜ。そんな危険な相手なら、おれら全員でかからねえとやべえだろ!」
血気盛んな龍之介とムルーダだが、『ジャガーノート』は冒険者クランだというのにあまり冒険者気質の者は少ない。
ここでいう冒険者気質とは、一般の人がイメージする冒険者像の事で、要するに脳筋であったり後先考えない考えなしであったりとか、そういった意味でのものだ。
「それで……全員で戦った挙句、死ぬというのか?」
「なっ……」
唐突に突きつけられた死という言葉に、龍之介の勢いが止まる。
信也は北条が単独行動する件と、悪夢の内容の一部。そしてその悪夢に出て来る新たな脅威は、北条が単独で当たる事を話している。
しかしその悪夢で死者が出る事は、敢えて伏せていた。
まずは反応を見ようと思ったからだ。
「さっき話した通り、北条さんの二度目の悪夢では、帝国の悪魔ゴドウィンより厄介な相手が現れるらしい。そして、恐らくはそいつによって俺達の中に何名か死者が出る」
『一体だれが!?』
という声は誰からも上がらなかった。
そもそも、信也達直接話を聞いた四人も、北条の発する雰囲気から誰が死んだのかを尋ねていない。
ただ北条の反応からして、一人や二人といったものではなく、もっと大きな犠牲が出たのだと推測出来た。
「北条さんの作戦では、元々ここの住人は先んじて退避してもらう予定だった。そして再び悪夢を見た北条さんは、その脅威と単独で当たるつもりでいる。その際、被害を抑える為に別途用意した場所に敵を転移させて戦うとの事だ」
「そう上手く行くのか?」
疑問を呈したのはエスティルーナだ。
ゴドウィンをも上回るという相手に、転移魔法が通じるかどうか分からない。
もしかしたら、何らかの手段で防ぐ方法を持っている可能性もある。
「それは分らない。ただ北条さんは、大掛かりな仕掛けも用意するみたいだ。それに万が一失敗した場合は、俺達に個別に渡された転移の魔導具で脱出する事になっている」
その場合拠点や《ジャガー町》がどうなるかは分からないが、命さえあれば再建は出来る。
それに事前にジャガーキャッスルの宝物庫の品を避難場所に持ち出しておけば、金銭的な負担も少なく済む。
「一人で戦うといっても、無理だと思ったら逃げると北条さんは約束してくれた。拠点を失うのは辛いが、人的被害を抑えられればやり直しは効く! ここで命を張る必要はないんだ、龍之介」
「っっ……」
恐らくは龍之介の内にも、少し前に信也が感じたような葛藤が渦巻いているんだろう。
振り上げた龍之介の手には力が入っているのか、プルプルと震えているのが見て取れる。
自分の不甲斐なさ。
自分達だけ逃げて、北条に戦わせるしかないという現状。
振り上げた手は持っていき場が失われ、ヘニャヘニャと力なく下に下ろされる。
「北条さんは今もこの場に出席せず、転移魔導具の制作を続けている。結局俺達に出来るのは、巨城エリアで少しでもレベルを上げて強くなる事だ」
会議場に集められたクランメンバー達だが、今回の件はそもそも北条が信也らを呼び集めた段階から、話し合いをするというよりは連絡事項を伝える為の集まりだった。
北条から伝えられた事をほぼそのまま伝えた形となる信也は、報告は以上だと悪夢についての話を締める。
その後は、次のダンジョン探索はどうするかなどの話に移行していく。
直前に聞かされた話のせいか、すぐにでもダンジョンに向かおうという意見が多く、その日の内にダンジョンに向かう事が決定された。
そして、いざ話し合いが終わり解散! となった段階で、会議場に来客があった。
「なんや会議しとるとこにスマンな、報告しときたい事があんねん」
そう言ってやってきたのは、『バスタードブルース』のゼンダーソンだ。
彼の報告とは、先日も話していたように一旦この拠点を離れる事への報告だった。
なんでも今日朝早く、ギルド経由で連絡が届いたらしい。
≪帝国軍の動きに対し、《城塞都市モウセス》まで急行する事≫
電報のように短くまとめられたメッセージに、細かい事は記されていない。
しかしそのメッセージを受け取ったマージは、すぐにその指示に従う事を決めた。
ゼンダーソンは、最後に北条に挨拶をして行きたいと言っていたが、北条も今は忙しく、またマージとしても指示を受けている事もあって悠長にしてる余裕はない。
仕方なく、ゼンダーソンらはそのまま拠点を出ていった。近い内に必ず戻ると言い残して。
そうしていつぞやと同じような状況で、各々の成す事を成す日が続く。
信也達はゼンダーソンらを見送った後に、自分達も巨城エリアを目指して《サルカディア》へと向かった。
北条は一人拠点に残り、転移魔導具の増産と拠点の防衛設備の再確認や再調整。
それから、新たな黒い影に対する対策を行っていく。
まずは戦闘の場所を移すための、大規模な転移魔法陣を構築していった。
それもただの魔法陣ではなく、ちょっとした魔法装置と繋がっている魔法陣だ。
この魔法装置は刻んだ魔法陣を維持する機能の他に、魔力を隠蔽する機能や、魔石吸魔陣と同じく、魔石から魔力を吸いだして魔法陣に注ぎ込む機能を有している。
そこには惜しげもなく高ランク魔石が注ぎ込まれ、北条が扱える限界量の魔力を、転移の機能に注ぎ込む事が出来る。
相手が何か対策をしようとも、魔力のゴリ押しで転移させてしまおうという試みだ。
今北条が転移魔法陣を設置している場所は、ゴドウィンとの戦闘が予想されるジャガーマウンテン内の一角。
ゴドウィンに使うつもりはないが、そのままここで黒い影との戦いが始まる可能性もあるので選ばれた。
他にも拠点南の開けた部分と、ジャガーキャッスル前の広場になっている所にも同じものを仕込む。
万が一結界が突破された際に、一番目につくであろうジャガーキャッスル……その目の前の広場という立地だ。
一度メソッドを確立したので二つ目以降は手早く設置する事は出来たが、他にもやる事があるので設置個所はこの三か所に止める事になった。
「あとは、肝心のバトルフィールドだな」
転移の魔法陣を設置した以上、すでに転移先の座標は決定してある。
《ステプティカル高地》の中西部……から少し東に行った場所がそれだ。
少し西に行った場所には、祝福されたダンジョン《ステプティカルケイブ》があるが、これは元々ダンジョン傍に作った転移拠点から、東に移動した場所に設定しただけの事だ。
この場所は魔物が多く生息し、辺りには人間の暮らす集落が一つもない。
派手に戦ったとしても、周りへの被害といったら魔物や動植物程度だろう。
「まずは環境を整えよう。広範囲にわたって、強力な光属性のフィールドを発生させる魔法装置を作るか」
北条は"刻印魔法"の他に、多種多様な魔法やスキルを所持している。
本来魔法具は一人で作るようなものではなく、複数人の手によって作られるものだ。
しかし北条の豊富なスキルと魔力は、それを一人で行う事を可能とさせた。
特に今作っているのは、刻んだ魔法の効果を発動させる単純なものだ。
複雑な条件設定などをする必要もなく、作成難度は低い。
北条がまず用意したのは、悪魔の苦手属性とされる光属性の場を発生させる魔法装置だ。
この光の領域内では闇属性の魔法効果が激減し、光属性の効果が大幅にアップする。
これは黒い影の正体が悪魔だと仮定してのものだ。
もし違っていた時用に、【リジェネフィールド】を張る魔法装置も用意しておく。
他には攻撃用の魔法陣や、行動阻害の魔法陣などを領域内に設置していく。
これらは強制転移の魔法陣同様に、補充した魔石の魔力をフルに使うものだ。
北条のMPは豊富にあるが、高レベルの相手にはダメージが余り通らない可能性もある。
少しでもこうした事前の準備で消耗を抑えられるなら、それに越したことはない。
それとこのバトルフィールド全体に作用する、【空間固定】の魔法装置も用意する。
これがあれば、せっかく連れ出した黒い影を転移魔法で取り逃がす事を防げるだろう。
こうして迎撃態勢を着実に整えた北条は、次に住人の避難場所へと転移していった。




