第641話 バスタードブルース、参戦
「そらあ、ホンマに起こるんか?」
「あれから悪夢は見ていないがぁ、俺の感覚からいえばまず間違いない」
「えらい自信やな。よっしゃ! ほなら、俺らもここに間借りする礼代わりに参戦させてもらうで」
北条が例の悪夢の件について語ると、ゼンダーソンは悩む素振りも見せず参加を申し出る。
「そうホイホイ決めていいのかぁ? 相手には帝国で暴れてるあの悪魔がいる可能性が高いぞぉ?」
「俺らとホージョー達がおれば、なんとかなるやろ」
「……とこの獅子男は言ってるが、他の連中はどうなんだぁ?」
北条に問われ、難しい顔をして考え込んでいたマージが口を開く。
「んーそうだな。正直、あのゴドウィンが相手となるとキツイ……とは思うが、ホージョーが未来を予知しつつ迎え撃とうとしてるってんなら、話に乗っかってもいいと思うぜ」
「ウチも賛成や。これまでぎょーさん危険を乗り越えてここまで来たんや。更に前へ行こうっちゅうんなら、ここで避けてられへん」
これで半数が賛成となったが、残り半数からは積極的反対の声も上がらず、結局来たる日には拠点の防衛戦力として参加してもらう事が決まる。
その代わり、しばらくの間拠点を間借りして暮らす事になった。
「話が纏まったんなら、早速行こか!」
「そうだな。まずは厄介になる部屋に案内してもらって、荷物を……」
「ちゃうちゃう。まずは訓練場や」
「訓練場?」
席を立ったゼンダーソンは、体をあちこちほぐしながら告げる。
「リューノスケ! ほいでもっておチビちゃん。どんだけ強うなったか見たるわ」
「お、マジかオッチャン!」
「わっ、望むところっす!」
脳筋が久々に手合わせすると言うと、脳筋と脳筋が真っ先に釣られる。
そしてそのままリビングルームを後にしていく。
「……アイツラらが気になるので俺も外に出るがぁ、マージ達にはまず部屋を案内させよう」
「あ、ああ。頼む」
北条は使用人にマージらの案内を任せると、先に部屋を出て行ったゼンダーソン達の後を追う。
なんだかんだで他の面子もゼンダーソンの手合わせに興味があるのか、前衛系を中心に北条の後に続いた。
最近では人数も増えたので、まだ整備が済んでいない東区画で訓練を行う者も増えている。
だがゼンダーソン達は本区画西門の傍にある、拠点造成初期の頃から使用されている訓練場に移動していた。
「ほな、リューノスケの方からやろか」
「おう。武器は刃を潰したものを使うぜ」
以前のゼンダーソンは相手が実戦で使う刃物だろうと、気にせずそのまま手合わせをしていた。
それも一対一ではなく、一対複数で同時に手合わせしてたほどだ。
だが様変わりした龍之介達を前に、以前と同じではマズイと思ったようだ。
手合わせなので、両者共に相手に重傷を負わすような攻撃は無しだ。
だが当然のように二人共"纏気術"を最初に発動し、身体能力の強化を図った。
そして素人の目では追えないような速度での、激しい攻防が始まる。
「オイオイ……、マジかいな! 幾らなんでも強うなりすぎやろ!」
「ヘッヘッヘ、オレも大分レベルが上がったから……なっ!」
戦闘中、会話を挟みながらも言葉の言い終わりに"縮地"で急接近する龍之介。
直後振るわれる龍之介の連続攻撃は、剣だけでなく時に格闘攻撃も混ぜ合わせたもので、その手癖足癖の悪さにゼンダーソンも手を焼いている。
「やるやないか。けどなぁ……」
更にギアを一段階上げたゼンダーソンに、逆に追い詰められてしまう龍之介。
数分後には、
「ま、参った!」
と腹を抱えて地面でうずくまった状態のまま、龍之介が負けを認める。
「うー流石っす! 強いっす! でもあたしも負けてられないっす!!」
「ふぅぅ、次は嬢ちゃんかい。ええで、いつでもかかってきぃ」
龍之介との手合わせが終わると今度は由里香の番だ。
多少の息の乱れはあったが、ゼンダーソンはそのまま連戦で由里香との手合わせを行い、こちらもまた相手に負けを認めさせる形で勝利する。
総評として、龍之介は"剣術"や"体術"などの技術でレベル差を埋める形。
由里香は逆に身体能力重視な野生的な戦い方で、ゼンダーソンへと必死に食いつく形だった。
ゼンダーソンとしては同じタイプの戦い方をする由里香とは、同じ"格闘術"の使い手という事もあってやりやすかったようだ。
逆に、龍之介はかなりやりにくかったと感想を述べる。
「いやあ、大したもんだぜ。俺らの中に剣を専門に使う奴はいねーが、見たところそこらの剣聖だとか目じゃねえって位、リューノスケの技は冴えてるな」
部屋の案内が終わり、ゼンダーソンの事が気になったマージらが訓練場まで出てきたのは、丁度龍之介との手合わせの二本目が始まった頃だった。
そっからはもう前回と同じで、前衛系はゼンダーソンの下に集まって手合わせを。
魔術師組はマージを中心に場所を変え、実戦魔法講座が始まる。
本日は元々ダンジョンに潜る予定だったので、クランメンバーも他に予定を設定していなかった。
中には部屋でゆっくり休んだり、町へと繰り出すメンバーもいたりしたが、大抵はSランク冒険者パーティーとの交流会に参加した形だ。
午前中はそうして過ぎ去っていき、昼食中には世間話などを交えて雑談も行われた。
どうやらゼンダーソン達は帝国で起こった事を知らなかったらしく、その話をすると特にマージが元々厳つい顔を更に厳つくして静かに考え込んでいた。
そして午後になり、北条に案内されてゼンダーソンらがやってきたのは、拠点の北東にある静かな場所――墓地区画だった。
「……あない元気やったのになあ」
いつもは無駄に自信と覇気で漲っているゼンダーソンだが、今はその勢いも弱い。
咲良の墓石の前で寂しそうに呟く。
墓地区画へは、『バスタードブルース』からはゼンダーソンとマージが。
クランメンバーからは、北条と信也が一緒に墓参りに来ていた。
「なあ、答えたくないなら答えなくていいんだが、サクラに何があったんだ?」
マージとしてはそれほど接触がなかった相手だったが、ゼンダーソンがこれほど落ち込むような相手に、一体何が起こったのかは気になった。
北条がいればそうそう滅多な事も起こらないだろう、と思っていた事も理由の一つだ。
「そっちでどれだけ情報が流れてたかは知らないが……」
マージの質問に答えたのは信也だ。
彼はチラと北条の方に視線を送り、首を振るなどの反応がなかった事から、詳細を話し始めた。
「……そうか。クラン結成で人が増えると、ホージョーが常に傍につくって訳にもいかねえか。それに、国レベルでのいざこざともなると、一介の冒険者に出来る事は限られちまう」
昼食時の雑談から、すでに『バスタードブルース』のメンバーのうちのほどんどが百レベルを超えている事が分かっている。
言わずとしれたゼンダーソンに、前回百レベルの壁で止まっていたマージとユーローの二人。
それからコーヘイジャーとルビアも、壁を突破していた。
残りのメンバーであるエンデも、すでに百レベルには到達している。壁の突破もそう遠い日ではないだろうという話だった。
そんなSランクパーティーの一員であるマージですら、冒険者の認識はその程度だった。
確かにパーティー単位で逆らえば、国の軍隊の一部にダメージを与える事は出来るかもしれない。
しかし国を相手にするという事は、周りのほぼすべてが敵に回るという事でもある。
特に南の大国の一つである『ユーラブリカ王国』で活動するマージらからすれば、国相手に反旗を翻すという考えはまずない。
ただ大人数の軍隊相手に最も効果的なのは、高レベル魔術師による範囲魔法攻撃だ。
マージもその気になれば、一人で数百数千の兵を相手できるだろう。
「……そうだな。だから最近は帝国の冒険者達の事も気になっている」
「ああ、それだがな。もしかしなくても、俺達にお声がかかるかもしれん」
「ギルドからか?」
「それもあるが、王国……ユーラブリカからも声がかかる可能性は高い。帝国がもし攻めてこようもんなら、俺達もそれに駆り出されるだろう」
「何故だ? 冒険者に戦争を強制参加させる権限などはなかったハズだが?」
確かに信也の言うように、そういったものは冒険者ギルドではなく傭兵ギルドの範疇だ。
冒険者ギルドとしても、余り戦争ばかりに参加しているようであれば、除名処分や傭兵ギルドへの斡旋などの対処をする。
「そうは言っても、ユーラブリカは冒険者が建国した冒険者の王国だ。そのトップであるSランク冒険者ともなれば、国の一大事に静観してる訳にもいかん。それに、今回はギルド的にも帝国の仕打ちは看過できんだろう。これまでとは状況が違うって事だな」
「それじゃあ、こんな所でのんびりダンジョンに潜ってる訳にはいかないんじゃないかぁ?」
ここでこれまで黙って話を聞いていた北条が話に加わる。
「まー、それもそうだが……」
「確かに帝国はホンマアカン思うわ。せやけど、俺は一度決めた約束は守る!」
「っていっても、状況にもよるだろぉ? 緊急事態でも起こったら約束の事は気にしなくていいぞぉ」
「そんな気にせんといてええ。いざとなったらユーラブリカにすぐ戻れる方法があんねん」
「ん、そうかぁ。ま、そこまで言うならこれからしばらくの間よろしくなぁ」
「おう!」
右こぶしを前に突き出した北条に、ゼンダーソンが同じく右こぶしを前に突き出して合わせる。
こうして『ジャガーノート』は、自分達の拠点にSランク冒険者パーティー『バスタードブルース』を迎え入れる事になるのだった。




