第633話 ガイの本性
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『シェルファ共和国』の首都であった《シュヴェイル》は、現在『パノティア帝国』によって占領されていた。
その落日の都にいるアジオンと接触を取ったガイは、踵を返して帝都への帰路を辿っている。
帝都との間はかなりの距離があるが、ガイの移動速度はかなり早い。
ただし、途中でちまちま寄り道をしていたので、結果として普通に馬で移動している者と、同じくらいの移動速度になっていた。
ガイの現在地は、帝都の北東部にある《交易都市フィッシュボーン》……から更に東に行った場所にある小さな田舎の村。
いや、村だったと言ったほうが正しいだろう。
村の名前も知る事がないまま、ガイはこの村の住民を惨殺し、建物には火を放っていた。
ガイが一直線に帝都へと向かっていたら、今頃は到着していた頃だ。
しかし未だに中間地点までしか移動出来ていないのは、このように度々村を襲撃していたからだった。
それも、今回襲った村は以前より帝国が治めていた領内の村。
これまでの道中にあった、つい最近まで他国の領土だった村ではない。
「ふぅ……。このような無防備な村を見ると、つい襲いたくなってしまう。この調子だと帝都に戻るのにも大分時間を食ってしまうな」
口では自分の行動について反省するような事を述べながらも、ガイの表情には反省は見られない。
よほどせっぱつまった状況にでもならない限り、この顔を見る限りこの先も村への襲撃を続けていきそうに見える。
「だがこうした地道なレベル上げの結果、ようやくあの男も私の手中に落ちた」
ガイが思い浮かべるのは、虚ろな目をして言う事を聞くアジオンの姿だ。
「ふ、ふ……。アハハハハハハハッ! 今や私はSランク冒険者すら手中に収める事が出来る! それにメインの計画の方も順調に事を運んだ! 今度こそ奴らを――」
「よお、えらくご機嫌じゃねえか」
ガイが高ぶった感情を発散させるように一人叫んでいると、いつの間に近づいたのか、一人の男がガイへと近づき話しかけてきた。
その男は身長百九十センチほどの長身で、ガイより背が高い。
そのうえガッチリとしたガタイのいい体格をしており、背中には柄の長い諸刃のバトルアックスを背負っている。
体には金属鎧を纏っているが、腹部が開いた形をしていた。鎧の重量を軽減する目的かもしれないが、これでは腹を狙ってくださいと言わんばかりだ。
見た目からして斧戦士といった装備の男は、ハの字形に髭を生やし、いかつい顔つきをした熟練の戦士といった風貌をしている。
年の頃は三十から四十といった所だろうか。
ただそのいかつい顔つきからして、実年齢より老けて見えているかもしれない。
だがそのような事はガイにとってどうでもよい事だった。
ついさっき村を一つ……それも帝国内の村を襲撃したばかりだ。
この事を知られたら厄介な事になる。
そう判断したガイは、返事代わりに背負っていた剣を外すと、そのまままだ距離が若干あった斧戦士へと向けて剣を振るう。
「おお?」
ガイの背負っていた剣はただのロングソードではない。
カッターの刃が幾つも連なったかのような形状をしており、魔力を通してその形や伸縮性などが調整できる、特殊な武具でもあった。
ちゃんと専用の戦闘スキル"連接剣術"というものも存在し、ガイはそのスキルでもって器用にロングソード……連接剣を振るう。
斧戦士は思いもしない剣の軌道に最初は驚きつつも、手甲でもって鞭のように振るわれた連接剣の刃を受け止める。
しかしガイはその動きも予想していたのか、相手の手甲に当たった連接剣で相手の腕を絡み取り、強く引っ張る事で相手の体勢を崩そうとした。
「ふんっ!」
しかしガイが力で強引に引きずり倒そうとしても、斧戦士はピクリとも動かなかった。
それどころか、逆にとんでもない力で連接剣ごと引きずられそうになったので、ガイは慌てて相手の腕に絡みついていた連接剣をほどく。
「お前……百英雄隊のひとりか?」
無言のまま始末しようと思っていたガイだったが、予想外の相手の強さについ質問の言葉が飛び出てしまう。
これでもガイはレベル百を超えている。パワータイプでないとはいえ、そこいらの男に力負けする事はまずない。
しかしこの斧戦士は、ちょっとやそっとの差では測れないくらいにパワーに差があった。
「ああん、百英雄隊だあ? どっかで聞いた事ある名だがそいつは人違いだな」
話しながらも相手の隙を窺うガイ。
しかし自然体でありながら、斧戦士には全く隙というものが見当たらない。
こちらからどう動こうとも全て通用しないと思わせるような、泰然自若とした立ち居振る舞いをしている。
「んな事より気になる気配を辿ってここまできたんだが、テメーは一体なにも――」
ガイは斧戦士が全て言い終える前に、先に攻撃を仕掛ける。
先ほどのやり取りでパワーが完全に劣っているのは判明した。
なので今度はスピード重視で、連接剣を鞭のようにしならせながら先端部分で相手を切り刻み、ダメージを与えていく戦法に切り替える。
鞭と同様に、連接剣の先端部分を目で追う事は非常に困難だ。
音速を超える先端部分からは、空気を切り裂くような鋭い音が聞こえてくる。
しかしそれらの攻撃を一顧だにせず、今度は両腕の手甲部分を動かし、全ての攻撃を捌いていく。
「チッ、このままじゃあまともに話も出来ねえみてえだなあ。しゃーねー、まずは一発決めてやるか」
そう言ったかと思うと、斧戦士は無造作にガイへと近づいていく。
高速で振るわれる連接剣を、まるで気にも留めず近づいてくる斧戦士に、ガイの顔に焦りが生まれてくる。
「クッ!」
ガイはただ連接剣を振るうだけでなく、"恐怖の魔眼"などのスキルも使用しているのだが、当然のように斧戦士の男に効いている気配はない。
そこでガイは徐々に近づいてくる斧戦士に対し、"無詠唱"による魔法攻撃を加える。
上級の"火魔法"【フレイムサークル】を発動させると、ガイを中心に半径十メートル程の範囲内に燃え盛る炎が出現した。
ゴウゴウッと音を立てる燃える炎によって、辺りの視界は著しく悪くなっている。
しかしガイは"気配感知"のスキルによって、燃え盛る炎を気にも止めてないようにゆっくりと近づいてくる斧戦士を知覚していた。
そのどっしりとした斧戦士の動きに気圧されたガイは、咄嗟に"纏魔術"を発動して身体ステータスを強化させる。
元々ガイはパワーよりスピードや技が得意なタイプだ。
そこへ更に"纏魔術"による強化が加わったので、恐らくパワータイプと思われる斧戦士にも少しはスピードでかく乱できる……そう判断してしまった。
「甘ぇな」
言葉とほぼ同時に繰り出されたのは、何の変哲もないただのパンチだった。
これ見よがしに背中に背負っていたバトルアックスはそのままだ。
しかしこのただのパンチを打ち込む前の斧戦士の動きを、ガイは捉える事が出来なかった。
危なくなったら咄嗟に使おうと思っていた一時強化系スキル、"強靭"や"機敏"などを発動する暇もない。
まさに一瞬の攻撃だった。
「ぐふぉあっ……」
赤黒く染まったレザーアーマー越しに、強烈なボディーブローを食らってしまうガイ。
更にその後に二発ほどボディに良いのをもらってから、フィニッシュとばかりに顔面を思いっきり殴りつけられるガイ。
その衝撃はすさまじく、一瞬……ほんの二、三秒ほど意識が飛んでしまう程の威力があった。
「ば……かな……」
低くはあるが、先程よりは高い声を茫然とした表情で吐き出すガイ。
一瞬飛んでしまった意識を現実に引き戻したのは、今も体内で暴れまわっているかのような猛烈なボディーブローの後遺症のせいだ。
その感覚からして、内臓や骨がいくつかやられているのは間違いない。
意識を失っている間に、斧戦士はガイのすぐ近くまで接近してきており、手にしていたハズの連接剣は足元に落ちていて、斧戦士の足がそれを踏みつけた状態になっている。
ガイも"格闘術"は上級レベルで使えるが、趣味ではないので今メインで使っているのは連接剣の方だ。
どっちにしろ、生半可な"格闘術"で戦っても、この斧戦士には通用しないだろう。
「おい……。それがテメーの本性か?」
地面へと座り込んだ体勢のガイを、上から見下ろしながら斧戦士が尋ねる。
しかしガイは一瞬記憶が飛んだせいもあって、斧戦士の質問の意図が掴めない。
咄嗟に不意打ちをしようにも逃げ出そうにも、その隙が一切窺えないでいる
そんな蛇に睨まれたカエルのようなガイを見て、斧戦士は再度問いかけた。
「何ボーっとしてやがる。その女の姿がテメーの本来の姿かと聞いている」
斧戦士の二度目の問いかけに、ようやくガイは質問の意図を理解する。
同時に慌てて自分の体を見回す……が、鎧姿なので鏡でもないと判別がつかない。
しかし斧戦士の目には、しっかりとその姿が映っていた。
先ほどまで対峙していた、ブラウンの長髪を無造作に垂らしていた男の姿ではない。
髪は黒髪で、釣り目をしているせいかキツイ印象がある女の姿だった。
それは《ジャガー町》で事件を起こして以来、行方不明となっていた異邦人。
長井道子の姿をしていた。




