第630話 五段階目
「なんだか、ここにいると落ち着くわね」
「ああ。久々のジャガーキャッスルだからな」
各地のダンジョン巡りを終え、ようやく拠点へと戻ってきた『ジャガーノート』一行。
厳密にはダンジョンを移動する際に、転移魔法陣を通じて何度か拠点で休みを取った事もあった。
ただそれはあくまで仮休憩といった形だったので、ゆっくり拠点で休むというのとはまた違っている。
しかし今は気分的にも一仕事終えて帰って来た、という思いがメンバーの間に広がっていた。
そして彼らは今、ジャガーキャッスルの会議場に集結していた。
本来であれば、拠点に帰ったのだからまずは一日くらい休養を挟む所ではある。
しかし、直前に《神都ゼラムス》で数日の休養を挟んでいたので、疲れは大分抜けていた。
そこで帰還早々だが、今後の方針に関しての話し合いがいま行われている。
「さあ、帰ってきたばかりだがぁ、今後のジャガーノートの方針について、軽く話し合っておこうと思う」
いつものように、北条が主導して会議が始まろうとしていた。
参加者の中には、メインメンバー以外にもツィリルや守衛のナターシャ達の姿もある。
「まずは祝福されたダンジョン巡りだが、一先ずこれで終わりにしようと思う。例の悪夢の件が片付いたら、またいずれ行うかもしれんがなぁ」
「最初はどーなる事かと思ったけどよお、確かにこれは効果アリだったぜ!」
「だよなあ。祝福によるステータスアップは、レベルが高い程効果を実感できるんだろうけどよお。Bランクレベルのおれらでも大分強くなったのは分かるぜ」
龍之介とムルーダがこれまでの成果を口にする。
『ジャガーノート』では一番レベルが低かったムルーダ達も、今ではBランクレベルに達していた。
これも〈八咫鏡〉をフルに使いつつ、ダンジョンに潜りまくってパワーレベリングをした結果だ。
それと、高ランク冒険者を目指す者誰しもが悩むという成長の壁が、『ジャガーノート』のメンバーには訪れなかった事も関係している。
ボルドやエスティルーナなど高レベル組ですら、成長の壁によってレベルが停滞する事もなかった。
北条達異邦人は一度もその成長の壁というのを経験していないので、実際どういった感覚なのかは分からない。
しかし北条はこれも異界の称号が関係しているのでは? と睨んでいる。
〈八咫鏡〉を使用する事で、この世界の住人であっても一時的に『異界の祝福を受けし者』が付けられるので、その隠し効果で『ジャガーノート』に加わってから壁にぶつかっていないと推測したのだ。
「本当にダンジョンの祝福というのは凄いね。私も今では同レベルの前衛よりも体力がありそうだよ」
そう発言したのはライオットだ。
彼はなんと"体力の祝福"が五段階目に突入している。
他に五段階目に突入しているのは、キカンスの"マナの祝福Ⅴ"だけだ。
「確かにライオットの体力はやばい事になってるがぁ、五段階目になる条件がまだよくわからんからなぁ」
四段階目ですら、これまで一般には存在が危ぶまれていたほどだ。
五段階目ともなると、より条件が厳しくなっているのだろう。
少なくとも、祝福を三十回以上受けたものが四十人もいるのに、五段階目まで達したのは二名のみだ。
しかしその効果は絶大で、体力という上昇してもすぐには分かりにくいステータスであっても、ライオットには体力が強化されたという自覚症状があった。
ダンジョンの祝福巡りをしながら、北条は実際にどの程度ステータスが変化するのかを、つぶさにチェックしている。
北条の"解析"では、筋力などの各ステータスを光の強さによって判別する。
円状の枠の中心点から光が発生し、能力が高くなるほど光が円状に広がっていく。
そして、枠を超えて光の範囲が広がると、次は色を変えてまた円の中心部から小さい光の円が広がる。
白い光から灰色の光へ。灰色の光があふれると次は紫の光……といった感じだ。
こういった形でステータスを見ているので、数値として具体的に見れる訳ではない。
それでも観察対象は何人もいるので、ダンジョンの祝福によってどの程度ステータスが伸びるかについても、結果が出ている。
それは一段階目で10%。そこから25%、50%と上がっていき、四段階目で100%……つまり元のステータスの二倍にまで強化される。
それが、五段階目となると少なくとも180%以上……恐らくは200%近く強化されてる事が判明した。それは元の素の能力値の三倍近く。
ライオットが自覚症状を持つのも頷ける上昇量だ。
「そうだね。ただ条件が分かっても、あんだけ強化されるって事は逆にそう簡単には五段階目には出来そうにないね。ただでさえハズレも増えてる事だし」
「そうっすね。せっかく祝福を受けても、ハズレだった時はテンションダダ下がりっす!」
シグルドや由里香が言っているのは、祝福を受けてもなんも効果がなかったケースの事を指している。
これはある段階から発生するようになった現象で、初めはエスティルーナでその現象が起こったのだが、徐々にそれは他のメンバーにも広がっていった。
北条が祝福されたダンジョンツアーを切り上げたのも、このハズレの割合が増えてきた事と、途中参加のンシアを除く全員が、三十回以上祝福を受けて『迷宮荒らし』の称号を獲得したからだった。
それと、最初に悪夢を見た日から大分月日がたち、すでに九か月ほどが経過している。
北条が見た夢の中で、襲撃された季節は夏真っ盛りの時期だった。
とはいえ、大分前に見た予知夢なので不意に襲撃が早まる可能性もある。
その点も考慮して、これからは拠点をベースに活動する事となった。
ちなみに、ダンジョン巡りをしている間に季節は春を迎えている。
異邦人にとっては五年目の春だ。
転移時は子供組に数えられた由里香や慶介たちも、すっかり大きく成長していた。
「でも~、あれってただハズレって訳でもないんでしょ~?」
「恐らくは……って程度だけどなぁ。祝福によるステータス強化に、五段階目が存在するって判明したからには、あのハズレの祝福にも意味があると思うんだよ」
筋力や体力などの他に、HPとMPを強化する事が出来るダンジョンの祝福。
それは毎度ランダムに、稀にスキルなども混ぜながら与えられていた。
「四段階目になった祝福に、更に何回か祝福が重なる事でようやく五段階目になる……とかなぁ」
「確かにそれはあるかもしれないな」
「まあこれはあくまで可能性の一つだぁ。今はそれより、ダンジョンの祝福はとりあえずキリが良いところまで受けられたから、これからはレベル上げをしつつ、巨城エリアの攻略を目指そうと思う。どうだぁ?」
顔だけの悪魔、ザヴィーラを倒した先にある暗雲立ち込めるエリア。
中央にある広大な台地の上に、巨大な城が建築されたそのエリアでは、かつて魔物達とひと当てしてすぐに逃げ帰った事があった。
しかし今は全員が全員、あの頃とは一味も二味も違っている。
おまけにあそこはレイドエリアでもあるので、大人数でも問題ないし経験値も美味しい。
「望むところだぜ!」
「ウチも前回みたいな失態は見せてられないわ!」
「我も祝福をマシマシに受けておる故に、頼りにしてもらってもよいぞ?」
「僕達も、レベル百の壁突破を目指していきたい所だね」
「……ジャドゥ、カスタードプリンたべたい」
「むっ! それは私も食べたいぞ!」
北条の提案した巨城エリアでのレベル上げに、次々と気合の入った賛成の声が飛び交う。
……中には別の事に気を取られている者も交じっていたようだったが。
「よおし、では早速明日からでも久々のサルカディアに潜るとしようかぁ。休みはすでにゼラムスで取った事だしなぁ。という訳で、今日の会議は解散!」
今日の会議は今後の方針に関してだったので、他には特に話す事はない。
閉会の言葉に散り散りに会議場を後にするメンバーだったが、その場に残って話を続ける者達もいる。
陽子もその一人で、解散の合図の後にすぐに近寄っていって話しかけたのは、議長であった北条の所だった。




