第62話 全員合流
「じゃあな、リューノスケ! また機会があったら模擬戦やろーぜ」
「おう、そっちも元気でなっ!」
中々いい訓練になっていた訓練場組の面々は、正午を告げる鐘の音を合図に訓練を切り上げ、ムルーダ達と別れを告げていた。
彼らもヒーラー付きの上、模擬戦相手にも丁度いい相手がいたので、充実した時間になっていたようだ。
遠距離職であるディランは一人黙々と矢を撃っていたりもしたが、寡黙な槍士ロゥも模擬戦に加わったことで、間合いの遠い槍使いとの対戦経験を積めたのは、龍之介と由里香にとってプラスとなったことだろう。
五人は龍之介らと同じく、今日の訓練はこれで切り上げるようで、各自定宿へと帰ったり、街をぶらぶらしたりして午後を過ごすらしい。
何時までも名残惜し気な龍之介を引っ張るように、咲良達は待ち合わせの場所であるギルドの軽食スペースへと足を運んだ。
そこは十以上のテーブルが並ぶ、結構大きな区画となっていて、今は昼時のせいか食事を取っている人たちの姿がチラホラ窺える。
あまり混雑していないのは、時間帯のせいだろう。
元々純粋な食事処ではないので、昼食時だからといって混雑するというものでもない。
ここが混雑するのは、張り出された依頼を確認しに大勢の冒険者が集まる朝方と、一日の依頼を終えて報告に戻って来る夕方の二つが人込みのピークだ。
激しい運動をした前衛組の由里香と龍之介は、それぞれ三人前くらいはありそうな量の食事を注文し、芽衣と咲良もそれぞれ適当に注文を出すと、引き換え用の木札をもらいギルド入口が見やすい位置に席を取る。
後々合流する人のことも考えて、一応周辺に空席の目立つ場所だ。
さほど混雑していないせいか、注文した料理は余り待たされることなく運ばれてきて、会話を挟みながら食事をしていく四人。
そんな彼らに最初に合流したのは、同じギルド内の資料室に籠っていた連中ではなく、外で個別行動を取っていた北条だ。
どうもどっかの店で買い込んだらしい黒いマントを新しく身に着けていた。
「お、なんか美味そうなものをたべてるなぁ。俺もちょっくら注文してくるかぁ」
と、すぐに注文に向かう北条。
「オッサンの方が早かったな。資料室の連中、まさか本の読みすぎで眠くなって寝てるんじゃねーだろうな」
「まさか、あんたじゃあるまいしそんなことはないでしょ……」
二人がそんな会話をしていると、すぐに注文を取り終えた北条が戻ってきた。
それから注文した料理が届くまで、北条は訓練場組の話を聞いていたが、十分もしない内に資料室組の面々も続々と集まってくる。
そこで、少し離れた間隔で設置されていたテーブルを寄せ、一か所にまとまった異邦人達は、それから会話と食事を楽しんだ。
まだ全員が集まっていないため、資料室で調べた全員で共有するべき情報をまだ積極的に話していなかったメアリーは、主に聞き手に回って龍之介達の話を聞いていた。
他の資料室の面々は、すでに食事も終えてしまって手持ち無沙汰を感じ……ているかは分からないが、ただジッと黙って周囲の話に耳を傾けている。
更に時間は過ぎ、すでに全員が食事を終えており、残すは外出組の三人のみだ。
しかし、その三人が中々姿を見せない。
メアリーなどは露骨に心配そうな顔を浮かばせている。
話すことがない、というよりは三人が姿を現さないことが原因で会話自体も少なくなってきた頃、北条が重い口を開いた。
「……あいつら遅ぇな。ちょっとそこら探して来るかぁ?」
「それなら私も一緒に行きます」
「あ、私も!」
流石になんらかの行動を起こす頃合いだろうと声を掛けた北条に対し、メアリーと咲良が同行を申し出る。
「む……そうだなぁ。じゃあ一緒に探しにいくぞぉ」
一瞬戸惑いを見せた北条だったが、すぐに二人の意見を承諾すると、近くに立てかけていたゴブリン槍を背に帯びギルド入口へと向かう。
メアリーと咲良もその後に続き、ギルドを後にする。
と、ギルドを出てすぐの場所で北条が足を止めていた。
思わずぶつかりそうになった咲良は何事かと視線を前へと向けてみると、そこには彼らが捜そうとしていた三人、信也、陽子、慶介の姿があった。
――それも尋常ではない様子で。
「あ、よ、よかった……」
北条達の姿を確認した陽子は、眼の端に涙を浮かべながらそう呟く。
隣にいる慶介も心なしか青い顔をしており、北条達を確認したことでようやくその顔に少し赤みが戻ってきたようだ。
だが、そんな二人よりも問題なのは信也だ。
別行動する前とはまるっきり異なるその様相。
服は全体的にボロボロで薄汚れており、何よりあちこちにまだ完全に乾ききっていない血が付着していた。
信也自身も酷い有様で、その顔は慶介などと比べようもないほど顔色が悪い。
かろうじて陽子の肩を借りてここまで歩いてきたようだが、その足取りはフラフラで心もとない。
今もこうして北条達と合流出来たというのに、声もなく意識がしっかりしているのかも怪しい。
「和泉さんっ! すぐに治療しますね」
そんな信也の姿をむざむざと見せつけられたメアリーは、信也の下へと駆け寄ると性急に"回復魔法"による治癒を始めた。
その様子を黙って見つめる陽子達。
この素晴らしい治癒効果をもたらす"回復魔法"は、劇的な効果を持って半死半生の状態だった信也に、命の灯をともしていく。
「あ、りが、とう……」
メアリーの治癒魔法によって、ようやく意識もはっきりしてきた信也はかすれるような声で礼を告げる。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ。他に痛い所があった場合だけ教えてください」
まるで聖母のように献身的に介護するメアリーの姿は、さすが看護士をしていただけあって堂に入ったものだった。
だが、看護士だからとて誰しもがこのように対応できる訳ではない。
これはメアリーの気質によるものが大きいだろう。
「これを……上から着ておけぃ」
一先ずの治癒が終わった信也に、北条が纏っていたマントを信也へと手渡す。
別行動の前には纏っていなかったので、単独行動中にどこぞで仕入れたものなのだろう。
信也はそのボロボロの服装を隠すように、北条から受け取った黒いマントを纏った。
それを見届けた北条は、
「よぉし。じゃあまずはみんなと合流だぁ。もうすぐそこだからなぁ」
そう言ってさっき出たばかりのギルドの入り口へと再び入っていく北条。
残りの人も北条の後へと続いた。
▽△▽
北条達が龍之介達の下へと戻ってくると、そこには待ち合わせの最後の一人ジョーディが座席に腰かけて龍之介と話していた。
しかし北条がすぐに帰ってきたことに気付いた龍之介は、その隣に探していた三人組を見つけると、一息ついた。
だが、三人へと向けた視線の中で、一瞬素通りしそうになってしまった信也の様子がおかしいことに気付くと、訝し気な視線へと変わる。
他の待機組もそのことに気付いたようで、どうやらただ単に遅れたのではなく、何か理由があったんだろうと察した。
「先に三人の注文を取ってくるぅ」
そう口にした北条はスタスタとカウンターへと向かい始める。
残りの五人は他のメンバーの待つテーブルへと移動し、席についた。
しかし誰も口を開くことはなかった。
ほどなくして北条が注文から戻ったのをきっかけに、ようやく沈黙を打ち破ってメアリーが質問を口にした。
「それで……一体何があったんでしょうか?」
メアリーの質問にあの時の恐怖が蘇ってきたのか、陽子は体を震わせ顔色も悪くなってくる。
その陽子の反応だけである程度何があったのかは想像できた。
普段であれば無理に聞き出すことはなかったかもしれないが、今彼らは運命共同体のような関係になっている。
仲間に何かあったならよっぽど個人的なことでデリケートな話題でもない限り、何があったのか報告するべきだろう。
「わ、私が悪かったんです……。あ、あの時私達は鐘の音を聞いて帰路を急いでいたんだけど……」
こうして陽子は三人組の男達にからまれた時のことを話し始めた。