第613話 ダブルS
『千年迷宮』不死者エリアのSランク魔物が出現する階層を超え、四十層へ通じる階段を下りていく北条達。
二層ごとに魔物のランクが上がっていくこのエリアの法則に則れば、ここにはS上位のSランクの魔物が現れる可能性がある。
もしそうなったら、戦闘後にすぐに引き返す事に決めていた。
「ってかよお。一番上がSランクだと、それ以上の魔物の種別が雑すぎるだろ」
「確かにそれもそうだな。サーペントドラゴンとヴァルドゥスを同じランクにしたら、強さの指標として参考にならない」
階段を下りながら、この先に待ち受けるかもしれない魔物について語る信也と龍之介。
無灯火エリアから続く不死者エリアは暗く、北条とエスティルーナの呼び出した光の精霊と、【ライティング】の光のみがこの真っ暗な空間に必死に抵抗している状況だ。
「それも仕方あるまい。そもそもSランクの魔物というのは、多くの冒険者にとって触れてはならない相手なのだ。Sランク冒険者であっても、下位のSランクの魔物しかまともに相手に出来ぬから、分類のしようがない」
「それじゃあ、身内で話すとき用に一つ指針を設けるかぁ」
「指針?」
エスティルーナの補足の説明を聞いて、北条が一つ提案する。
「うむ。ヴァルドゥスの話では、レベル百二十六から更にレベルが上がりにくくなったという。なので、レベル百一から百二十五をSランク。百二十六から百五十をSSランク。百五十一以上をSSSランクと暫定的に決めておこう」
「おお! 確かにそういう分類してる作品も結構あったな! いいぜ、それにしよう」
「まあ、いいんじゃないか? あくまで俺達だけの身内でつかうだけだし」
「という事は我はSSランクという訳じゃな」
そういった事を話しながら、北条達は四十層へと降り立つ。
階段付近の部屋には迷宮碑はなく、奥へと続く暗い通路が一本伸びているだけだ。
「……こいつぁ」
「どうした? ホージョー」
迷宮碑も何も配置されていない部屋で、先の通路を見つめていた北条がポツリと声を漏らす。
「近くに魔物の気配が感じられん。こりゃあ、この先にボス部屋があるぞぉ」
「というと最終守護者か? 結局ジャファーとは出会う事なくここまで来てしまったな」
「もしかしたら、最終守護者としてジャファーが待ち受けてるのかもね」
「とにかく先に行ってみよーぜ」
「そうだなぁ」
北条の報告で魔物がいないと判明したので、若干緩んだ空気のなか先へと進む。
すると、最初の部屋より二回りほど大きい部屋にたどり着く。
北条が先んじて部屋へと入り、部屋のあちこちに【ライティング】の魔法を掛けると、この部屋は正方形に近い長方形をしている事が分かった。
そして入ってきた通路とは反対の方にも通路が伸びているようだが、今は扉によって閉ざされている。
「確かにこの作りからして、ボス待機部屋のようだ」
部屋の構造を見てエスティルーナが断言する。
ボス待機部屋とは、守護者や領域守護者が待ち受ける部屋の前に設けられる事のある部屋の事だ。
低層の人が多い階層では、ボスに挑んでいる間に他のパーティーが待機する事が多いので、こうしたボス直前の部屋の事をボス待機部屋と呼んでいる。
またダンジョンのシステム的にも、六人以上でボスに挑戦出来ないように待機部屋を挟む事で制限する働きもある。
複数パーティーで扉を開けてボス部屋に行っても、ボスが出現しないようになっているのだ。
この場合、六人以下に収まるようにしてボス部屋に行き、残りのメンバーが待機部屋で待つ形を取る必要がある。
「それならとりあえず……休憩を挟むか」
「そうしようかぁ」
特に激しい疲労を覚えた者はいないのだが、この先にはまず間違いなくSランクのボスが待ち構えている。
少しでも万全な態勢を取る為、『ジャガーノート』の面々はここで休息を取る事にした。
と同時に、この先に挑むメンバーのパーティー編成も話し合う。
『ジャガーノート』では鉄板となっているのだが、このような難度の高そうな場所に挑む場合、まず北条を含んだパーティーが先行する事になっている。
そこで最初に挑むメンバーは北条をリーダーとして、慶介、陽子、龍之介、楓、由里香の六人。
次に信也をリーダーとして、芽衣、メアリー、ンシア、エスティルーナ、ボルドの面子で挑む事が決定された。
また、今回はヴァルドゥスが信也達のパーティーに特別に加わる。
従魔であれば人数はカウントされない事は、これまでのダンジョンでも確認済みだ。
「では行ってくるぞぉ」
休憩を挟んだ北条達は、打ち合わせ通りのメンバーで更なる奥へと向かう。
待機部屋の扉の奥には通路が続いており、更にその先には待機部屋よりも広い部屋があった。
その部屋の入口に差し当たると、部屋の奥で魔物の召喚時に起こる光が発生する。
そうして現れたのは、二体の魔物だ。
「ちっ、よりによってここで二体かよ!」
それを見て龍之介が舌打ちする。
北条達がボス部屋に立ち入った際に現れた二体の魔物。
それは双方ともにSランクの魔物である、リッチとヴァンパイアロードだった。
全体から見れば数は少ないが、ダンジョンには時折ボスが同時に二体出現する場所も存在している。
実際、『ジャガーノート』がこれまで攻略してきたエリアの中にも、そういった場所は存在した。
この場合、普通に単体で出現するよりはHPの強化量は抑えめになっているのだが、二体同時という事で火力は高くなる。
「手筈通り、アーシアをタンクとしてフォーメーションを組む! 和泉ほどガッツリとヘイトは取れないから、龍之介達は最初攻撃を調整しておけよお」
「おう!」
「分かったっす!」
二体同時という事で面食らいはしたが、すでに部屋に入る前に基本的な補助魔法は使用済みだ。
相手がどうであろうと、やれる事をキッチリやって各個撃破していくしかない。
北条は"召喚魔法"でAランクの魔物を呼び寄せる。
レベル百を超えた北条は、今ではSランクの魔物すら召喚出来るようになっていたが、肝心のSランクの魔物と接触出来ていない。
リッチやヴァンパイアロードはアンデッドなので"召喚魔法"で呼び出せないし、アーシアの種族であるキングスライムは、まだレベルが足りていないのか召喚する事が出来なかった。
この北条の召喚に対し、リッチも"死霊魔法"を使用してアンデッドを召喚してくる。
召喚されたのはイービルスケルトン系の魔物だが、ノーマルのイービルスケルトンはおらず、最低でもBランクのイービルスケルトンウィザードやイービルスケルトンウォリアーなどだ。
更に今回ボスとして出現したこのリッチは、これまで道中で出てきたリッチとは違って"同族強化"のスキルを持っているので、召喚された骨たちは通常より強化されていた。
「ああっ、もう! 一気にうじゃうじゃと出すぎよ!」
文句を言いながらも、召喚されたイービルスケルトンに鋼球を投擲していく陽子。
"召喚魔法"とは違い、"死霊魔法"での召喚には一度に五体までという制限がない。
リッチが呼び出した事で、この広いボス部屋内に一度に二十体あまりのイービルスケルトン上位種が召喚されている。
「これ、普通のSランク冒険者達はどう対処するんでしょうか」
初めからボスがSランク二体も出て来る上に、それより弱いとはいえ追加の召喚まで呼ばれてしまったら、いくらSランクパーティーでもどうにもならないのではないか?
そんな疑問を持った慶介が、ヤレヤレといった様子で声を発する。
「事前情報がないと、かなり厳しいだろうなぁ」
ダンジョンのボス戦は、事前情報のあるなしで大きく難度が変わってくる。
そして、そのボスの特徴に応じて下準備を整えておく事で、不利な状況を少しでも改善してようやくボスを倒す事が叶う。
CランクやBランク程度のボスであれば、それより一つ上のランクの冒険者が先行する事で、比較的安全にダンジョン情報を得る事が出来る。
しかしAランク以上のボスが待ち受けるエリアは、それも難しい。
今のイービルスケルトンが大量に召喚された状況も、事前の対策準備がないと初見で乗り切るのは困難な部類だ。
しかし、北条は続けて"召喚魔法"で魔物を呼び出していく事で、数の不利はなくなった。
あとはそれぞれの個の働き次第だ。
「むっ……?」
ここで北条は、リッチの召喚したイービルスケルトンの異常に気付く。
これまで遭遇したリッチも、同じようにイービルスケルトンを召喚してくる事はあったのだが、それと比べて個々の能力が高い事に気付いたのだ。
「……なっ!?」
北条はまずリッチに"解析"を掛けたが、そこでとあるスキルの存在に気付く。
それを見た北条は、先にヴァンパイアロードを優先していた為、リッチへの"解析"を後回しにしていた事を後悔した。
北条にそうまで思わせたのは、自分と同族の相手を強化させる"同族強化"のスキルの事ではない。
確かにこのスキルによって、召喚されたイービルスケルトンだけでなく前衛役のヴァンパイアロードまで強化されてしまっているが、北条が気付いたスキルに比べればまだマシだ。
そのスキルの名称は"誘死の魔眼"。
名前の通り、見つめた相手を死へと至らしめるというレアスキルであった。




