第597話 世界樹フル活用
北条が見た予知夢の内容がクラン内で共有され、その夢の内容を阻止する為に、予定を変更して拠点に留まる事になった『ジャガーノート』。
信也達クランメンバーは、ンシアや守衛たちを連れての《サルカディア》探索に入っており、北条は一人拠点でウンウンと唸っていた。
「単純に結界を強化する事は出来る。それもこれまで同様に、負荷がかかった時にだけ更に結界を強化する機能があれば、平時の魔力消費量も抑えられる。だが……」
夢で見た時にあっさりと結界が破られていたのは、黒い雷が強力すぎて負荷がかかった事も原因だった。
結界を強化する機能が働く前に、結界装置に不備が生じてしまっていたのだ。
「この機能だけでなく、拠点とその周囲に一定以上の魔力を検知する魔法装置を設置して、それに反応があった場合に結界を強化するようにもしておくか」
そして基本的な結界強度を上げる事と並行して、特定の属性に対する防御力を結界に付与する方法も導入する。
それ自体は、"添加魔法"に【水抵】だとか【土抗】だとかの属性抵抗力を上げる魔法があるので、それを"刻印魔法"で魔法装置に組み込めばいい。
「問題は何の属性防御を組み込むかだが……」
出来れば全属性の防御を上げたい所だが、それだと魔力の消費量が問題となる。
そこで優先するのはまず雷属性だ。
黒い雷が撃ち込まれた後には、普通の雷属性の魔法が撃ち込まれていたのは確認出来ている。
「しかし、最初のあの黒い雷は恐らく雷属性ではない。相手が悪魔だとするなら、あれは恐らく"暗黒魔法"……。いや、その上位の"漆黒魔法"か」
"暗黒魔法"は人間では使い手が少ない魔法で、悪魔が使う魔法として有名だ。
そしてその一番厄介な所は、対抗属性が存在しないという事。
"付与魔法"や"添加魔法"にも、暗黒属性への抵抗を上げる魔法は存在しない。
つまり、純粋に己の魔法防御力や"暗黒耐性"のスキルなどで防ぐ事になる。
「となると、世界樹と結界を直接繋げてみるか」
拠点に世界樹が植えられて以来、世界樹から零れ落ちた葉や枝などの素材が、それなりの量採取されている。
そして今では拠点内に、錬金術士ギルドから勧誘した錬金術師が数名在籍していた。
彼らはダンジョンからのドロップ品や世界樹の素材など、レアな素材をふんだんに使用出来る環境に、喜々として研究を続けている。
その研究の中で、世界樹の特性というものも幾つか判明していた。
それらの一つに、世界樹には暗黒属性に対する耐性を持つ。というのが含まれている。
これは切り落とした枝でも効果はあるのだが、世界樹そのものが持つ耐性の方が当然ながら強い。
ちなみに某ゲームのように、世界樹の葉や実に死者を蘇生させる効果はない。
というか、あれだけたくさん茂っているはっぱ一枚で死者が蘇っては、命のバーゲンセールになってしまう。
では神器やダンジョンから発見されたアイテム、或いは高位の魔法などに死者を蘇生させるものが存在するかと言えば……話だけではそういったものがあるとは言われている。
しかし実際に存在するという確証はどこにもない。
死にかけの者を高度な治癒魔法で癒した事を、蘇生させたと勘違いしたケースなどはあるが、完全に死んでしまった者を生き返らす事は無理だろうと言われている。
それ故に、一部の魔術師は"死霊魔法"に希望を見出し、自らをアンデッド化する事で永遠に存在しようとするのだ。
「……だからこそ、悪魔はこの拠点に目を付けたのか?」
悪魔にとって、暗黒属性への耐性を持つ世界樹は特別な意味を持つのかもしれない。
その考えが脳裏に浮かんだ北条は、ぽろっと零すように言葉に出てしまっていた。
特に深く考えず世界樹という名前の響きの良さで植えてしまっていたが、それが原因だとしたら強力な悪魔寄せになってしまった可能性もある。
「しかし、世界樹の魔力はすでに拠点を維持する為に必要不可欠だ。それに得られる素材の事もあるし、ただそこに生えているだけで多くの副次効果も生み出している。今更切り落としたりは出来ん」
とりあえず、結界強化の方向に方針を固める北条。
他には結界に魔法攻撃が加えられた場合、予備の結界を更にその内側に三重に展開するなど、大規模な結界魔法装置の改善を決める。
これらの対策を実行していけば、今より拠点の維持にかかる魔力量は増大するだろうが、世界樹もまだまだ成長を続けているので、余裕はまだあった。
「次は拠点内に突如現れた軍勢への対策だが……」
夢で見た感じでは、次々と現れた集団は同じ場所から出現しているように見えた。
といっても、何か所か出現ポイントのようなものがあって、それらのどこかから順番に現れている。
「出現ポイントが幾つか決まっているなら、"空間魔法"の【座標登録】のようなもので、ポイントを設定しているハズ。つまり、こちらも"空間魔法"の【空間固定】を用いれば、敵の侵入を阻止できるか?」
転移といっても、大きく分けて魔法由来のものとスキル由来の二つがある。
スキル由来のものについては、ものによっては視界が通っていれば【空間固定】を掛けていても転移可能であったりと、対処が難しい。
しかし魔法由来のものであれば、対処は可能だ。
国の中枢である城などの大事な場所では、大抵はこの【空間固定】の効果がある魔導具が設置されている。
辺境の小国である『ロディニア王国』ですらも、歴史がそれなりに長い事もあって完備されているような代物だ。
これを設置すれば、魔法由来の転移は妨害する事が出来る。
「それと……万が一これで防げなかった場合や、普通に外から中に侵入された場合に備えて、拠点内のあちこちに監視用の魔法装置を配置しておくか」
それら監視装置によって、予め登録されていない魔力の持ち主の居場所を、魔法具で確認できるようにする。
これによって、内部に潜り込んだ敵の居場所を突き止めたり、〈ケータイ〉で連絡を取って敵を挟み撃ちにしたりして、部隊運用もやりやすくなる。
監視カメラがあちこちに設置されていた日本を彷彿とさせる監視体制だが、これは戦時だけでなく平時の警備にも役立つものなので、これを機に導入しておこうと北条は判断した。
「あとは……重要区画の防備か。地下に魔力貯蓄所を抱えるジャガーキャッスルに、今やこの拠点のシンボルとなっている世界樹はなんとしても守らないといかん」
ただこの件に関しては、北条に考えがあった。
今はまだ実行出来る段階ではないが、後一年も期間があれば間に合う算段だ。
一応今の段階でも世界樹区画については、ゴーレムを多く配置するなど防備は固めてはある。
だが北条の考えが実現できれば、更にその守りを固くすることが出来るだろう。
なお住人については、これまた新規に避難区画に設置した転移魔方陣でもって、どこか遠くの避難場所に転移させる事になる。
ここの住人は定期的に避難区画への避難訓練を行っているので、何かあった際にはそうして避難した先から更に転移してもらえばいい。
「あとは……ジャガーマウンテンにもちょこちょこ手を入れておかんとな。あそこからは直接拠点内部に繋がってる訳ではないが、対侵入者を想定して監視装置の設置。ヴィーヴル以外の守護者の配置。まあ、色々やっていこう」
拠点の防衛関係について、粗方考えを纏め終える北条。
この作業だけでもあーだこーだ考えたり、魔法装置の簡単な試算などを行ったりして、すでに数日が経過している。
まだ時間はあるとはいえ、そろそろ作業に移らなければならないだろう。
「肝心な悪魔との戦闘については……、結局これらの作業が終わった後に、ダンジョンを巡って祝福を受けていくのがまず肝要か」
まだまだ転移先の施設は用意出来ていないが、ギルドからの情報を基に、祝福されたダンジョンは大体定めてある。
大陸北西の『ロディニア王国』から、大陸南東の『ローレンシア神権国』に向かって進むようにして、その途中にある祝福されたダンジョンを攻略していく。
「最終的な目的地は決まっている。後は天使との面会だが、ジャルマスに頼めばいけるか?」
北条が『ローレンシア神権国』の方角に向け、祝福されたダンジョンをクリアしていくと決めたのは、かの国を治めているという天使、ミリアルド・チャトゥル・ラウディーラに用があったからだ。
ジャルマスの『ドフォール商会』は、本拠地が『ローレンシア神権国』という事なので、融通が利くかもしれない。
北条もあれから『ローレンシア神権国』や、天使の事については調べられる範囲で調べていた。
その結果、確かに悪魔と天使が戦ったという記録が幾つか見つかっている。
そして天使、悪魔共に得体のしれない種族という共通点や敵対関係にある点から、悪魔に関する情報を天使から得られないものかと期待していた。
特にヴァルドゥスから聞いた"悪魔結界"のスキルは、対処方法を知らないと致命的になりえる。
「対悪魔戦に向けての対策は、とりあえずはこの辺りか。っと、あとはこいつの強化も試しておくか」
あれこれと考えを巡らせていた北条は、"ディメンジョンボックス"から一振りの剣を取り出した。




