第584話 サーペントドラゴン
最深層のボス部屋と思われる場所は、野球場何個分かといった広さがあった。
縦横だけでなく、天井までの高さもかなりあるので、ここでならヴァルドゥスが竜の姿に戻っても、動き回るのに支障はなさそうだ。
ただし、陸地部分はその半分以下といった感じで、周囲は魔法陣のあった入口部同様に深い地底湖に囲まれている。
「……どうやら待ち構えているタイプではなく、先に進むと現れるタイプのようだなぁ」
気合を入れて扉を潜ってきたので少々拍子抜けであったが、集中力を切らさず北条達は奥へと歩み寄る。
そして一定の距離まで到達すると、背後の大きな扉が閉ざされていく。
と同時に、北条は魔物の気配を察知した。
「現れた! 場所はこのまま真正面に進んだ場所。では作戦通り行くぞぉ!」
「了解!」
返事をしながら信也は北条と共に、皆より一歩前に出ながらヘイトを稼ぐスキルを使っていく。
"挑発"の上位スキルである"激発"と、闘技応用スキルの"プロヴォーク"。
まだ敵の姿を確認していないので、直接攻撃系の挑発スキルは使用出来ない。
しかしこれらのスキルが効いたのか、はたまた元からそうするつもりだったのか、地底湖の奥に出現した水竜は、そのまま不利である陸の部分に体を乗り上げて姿を現した。
その見た目は竜というよりは蛇に近い。
長い身体からは三対六尾のヒレが生えており、その内後ろの四尾を使って器用に陸に上がってきている。
頭部部分は蛇が鎌首をもたげるように高く上げており、人間でいう所の肩より少し下の部分に前脚……というか前ヒレがあった。
それもただ泳ぐためだけのものではなく、特にこの前ヒレ部分に関しては刃物のような鋭さをしているようだ。
首を高く持ち上げたこの姿勢からして、まず間違いなくその鋭利なヒレによる攻撃をしてくるのだろう。
下半身の方はというと、尾の部分まで完全に陸上に上がってきており、全長はおよそ十八メートル程はあるだろうか。
尾の先端は二股に分かれたさすまたのようになっており、その両端はどちらも細く尖った針のようになっている。
「こいつが水竜か!」
強大な敵を前にしてニヤリと笑みを浮かべる龍之介。
そこに少し慌てたような信也の声が被さる。
「北条さん!?」
「……あ、ああ。スマン、今行く」
何かに気を取られていた様子の北条は、信也の呼びかけに応えると、〈サラマンダル〉を手に水竜の下へと走っていく。
しかし最初にヘイトを引き付けたせいか、北条には目を向けず、一緒に走ってきた信也へとターゲットを絞る水竜。
その隙をついて、北条は斧槍系の最終奥義スキルである"旭日昇天断"を放つ。
「和泉ぃ、しっかり後に続けよぉ!」
そう言いながら北条は〈サラマンダル〉を下から上に振り上げると、水竜の足元から円状の太陽光のような柱が立ち上っていく。
見た目的には"光魔法"のような感じで、ダメージを負っているようには見えない。
しかし、闘技系スキル最強の最終奥義スキルなだけあって、与えるダメージはそこらのスキルの比ではない。
その証拠に、最初に信也が稼いだヘイトはあっという間に塗り替えられ、信也を攻撃しようとしていた水竜の関心が一気に北条へと寄せられる。
「そうはさせん!」
そして今度はノーマークになった信也が、剣系の闘技秘技スキル"被せ斬り"を水竜にお見舞いしていく。
このスキルは秘技スキルでありながら、威力は普通に斬ったのと変わらず、それでいて習得が難しい闘技スキルだ。
しかし秘技スキルなだけあって、特殊な効果を秘めている。
それが直前に相手の魔物が受けた攻撃分のヘイトを、"被せ斬り"を使用した者に被せる事が出来るというものだ。
これによって、先ほどの強力な一撃で北条に一気に傾いてしまったヘイトが、丸まるその分信也へのヘイトに上書きされて、再び水竜のタゲは信也へと移る。
同一の相手に使用する場合は、十分以上間を空けないと効果がでないこのスキルだが、上手くいけばしょっぱなからタンク役にヘイトを集められるので、ボス戦ではかなり有用なスキルだ。
「これはおまけだ」
見事"被せ斬り"を決めた信也は、更に"ヘイトスラッシュ"や"インペリアルガード"を使い、ガッチリとヘイトを固定していく。
「よし、俺は"解析"をかけつつ"呪詛魔法"を試みる! みんなは手筈通りに頼むぞぉ!」
信也へのタゲ固定を確認すると、北条は少し距離を取りながら指示を出す。
"呪詛魔法"とは、デバフ系の魔法スキルである"呪術魔法"の上位スキルだ。
"添加魔法"同様に、上位スキルとなる事で効果時間が伸びる上、成功率も勿論向上している。
デバフは格下が格上を相手にする際には必須といっていいスキルだが、ダンジョンのボス……それも最終守護者が相手ともなれば、決まった時の影響は大きい。
とはいえ、まずは"解析"が優先だ。
北条はこの水竜を一目見て気付いた事があった。恐らく同じ竜族であるヴァルドゥスも気づいているだろう。
まずはそこを明らかにしなければならない。
「ホージョーの"解析"が終わるまでは突っ込みすぎるな!」
「っと、わりぃわりぃ。そうだったな」
戦闘が始まったとはいえ、まず最初が様子見だというのはいつもの定番のパターンだ。
道中の通常の雑魚魔物ならともかく、ダンジョンの最終守護者ともなればHPやMPがかなり高く、更に固有のスキルやダンジョンの仕掛けによる支援が入ることもある。
ボルドの声掛けに応えながら、龍之介は遠距離系の攻撃などでお茶を濁しながら、水竜の動きのパターンを観察しつつ、"解析"の結果報告を待つ。
「……やはりそうかぁ」
仲間が準備運動のように軽く水竜を相手取る中、北条は"解析"の結果を得て納得の声を漏らす。
それから次に重要な部分だけを先に伝えるべく、北条は大きく口を開いた。
「そいつは水竜……ウォータードラゴンではない! 同じSランクではあるがぁ、属性竜ではなくサーペントドラゴンという竜らしい!」
「まあ水竜と言うても別に間違いではないが、ウォータードラゴンよりは格落ちじゃな。二股の尾の先にある針は、麻痺針となっているので注意する事だ」
ヴァルドゥスもやはりその事にはすぐ気づいていたらしく、軽く補足情報と共にその事を伝える。
「他に注意すべきは、水系魔法スキルと、ヒレや牙を用いた闘技スキル。それから勿論"ウォーターブレス"も厄介だがぁ、"大海の抱擁"ってスキルを持ってる!」
「"大海の抱擁"? それはどんなスキルなのだ?」
必死に水竜改めサーペントドラゴンの猛攻を凌いでいる信也に、口を効いている余裕はない。
その代わりに、エスティルーナが疑問を口に出す。
「簡単に言えばぁ、一定量以上の水に触れている間はめっちゃ生命力が回復状態になるってぇスキルだぁ。あの魔法戦で俺が立っていられたのも、似たようなスキルを使ってたおかげだな」
北条は以前、《サルカディア》のレイドエリアの守護者として現れたニグルドラムから、"大地の抱擁"というスキルを吸収している。
これは体が大地に接している状態だと、"再生"スキルのようにHPが回復していくというスキルだ。
しかしこのスキルの真骨頂は、"再生"や"高速再生"スキルとは違い、HPの回復量が割合回復である点だ。
即ち、最大HPが高い者ほどその回復量が増えていく事になる。
それは同種スキルである"大海の抱擁"でも同様だ。
元々HPの高い蛇や竜の特徴を持ち、更にはSランクの魔物でもあるサーペントドラゴン。
そんな体力オバケの魔物が、あまつさえ最終守護者として更にHPが大幅に盛られている事を考えると、その回復量はえげつない事になってくる。
「しかもこのスキルは、"再生"スキルなどと違って生命力が高い程回復量が増える!」
「……なるほど、それは厄介な話だな」
北条の言葉の意味を理解したエスティルーナが、苦々しい顔をしながら吐き捨てる。
この非常にタフだという特性が、長らくこのダンジョンに攻略者が現れなかった大きな理由であった。
もし『バスタードラゴン』の最強メンバーで挑んだとしても、まず勝ち目はなかったであろう。
そういった意味では、下手に汚名を残して死ぬことになった彼らは、結局どのみち成功する未来はなかったという事だ。
「……【精神大低下】。 よし! これで体力と精神を大きく下げた。これからは俺も攻撃に参加するぞぉ!」
"解析"を終えた北条は、予定通りに次はサーペントドラゴンへとデバフを掛けていく。
流石に一発では成功せず、何度か掛けなおす事にはなったが、おかげで北条は上手い事デバフを掛けるのに成功する。
体力と精神は、直接的に防御力と魔法防御力に繋がっているステータスだ。
これらデバフの上位魔法も、決まった量ではなく割合で相手のステータスを下げるので、ボス戦では特に有効だった。
陸上ではやはり戦いづらいのか、サーペントドラゴンからの攻撃はそこまで激しいものではない。
また基本的に陸上で動いているせいか、HPの削り具合もそれなりに良い感じだ。
それでも時折水中に潜ってしまう時がある。
その間は攻撃がほとんどできず、"大海の抱擁"スキルによってHPが回復されてしまう時間帯もあった。
だがそのまま潜り続ける事はなく、少しするとまた陸に上がってくる。
これは北条達にとって大いにプラスに働く。
そうして序盤は良い立ち上がりをみせ、安定した戦いに持ち込むことに成功した北条達。
しかし、ここでついにしびれを切らしたのか、サーペントドラゴンが徐に口を大きく開けるのだった。




