第572話 バスタードラゴンの選択
一時的にアンドリューが更迭され、副クラン長であるディングスが指揮を執る事になった『バスタードラゴン』。
矢文の方は全く効果がなかったが、通行料のぼったくりに『ジャガーノート』は大人しく引き下がっていった。
それを聞いたディングスは、一先ず胸を撫で下ろす。
そして次の日になって、改めて『ジャガーノート』への対応が話し合われた。
「ふう……。奴らは全員が鑑定妨害の魔法具を持っている可能性があった。つまり、資金的余裕からぼったくり価格を支払ってくる事も考えられたが、どうにか足止めは成功したようじゃ」
会議の参加者たちの多くは、渋い顔をしている。
この《迷宮都市ヴォルテラ》において、頂点に君臨するクランに所属している彼らからすると、自分たちの思うようにならない相手がいる事に納得がいっていないのだ。
それはディングスも同様であったが、年を取っている分だけあって他のメンバーと比べて抑えが効いている。
しかしそれも、クランハウスへと駆けこんできた仲間の報告を聞くまでの話だった。
その男は転移部屋にて監視を行っていた、『バスタードラゴン』の下っ端冒険者だった。
バタンッっと打ち合わせ室の扉を開けて入ってきた男は、肩で息をしながら転移部屋で起こった事を報告をしていく。
「……奴らへの通行料が通常価格に戻された挙句、転移部屋内でその事や襲撃の事までぶちまけていったじゃと? 徴税官のワイロスキーの奴はどうした!?」
「それは分からねーが、奴らのせいで転移部屋にいた冒険者がざわついてる! それに『悠久のシャルン』のメンバーを含む何人かが外へ出て行ったから、街中に噂が広がるのも時間の問題だ!」
「ディングス、これはまずいんじゃねえか?」
「どうする? 奴らは今ダンジョンに潜っていったんだろ。やっぱり殺るか?」
「待て……待て! こういう時こそ落ち着いて――」
自分の中の怒りを抑え込んで、周囲を宥めようとするディングス。
さきの言葉は自分に言い聞かせているようでもあった。
必死に冷静さを保とうとするディングスだったが、そこで更に追加の報告が齎される。
「た、大変だ! 今、領主様からの使いが来て、これを……」
そう言って男が差し出したのは、一通の封書だった。
表部分には分かりやすく「警告状」と書かれてある。
「……ッ! これは……」
この場の代表として、ディングスが受け取った封書の封を切り、中身を確認していく。
「何が書かれてる?」
ディングスの顔が青くなったのを察知して、幹部の男が問いかける。
「……ワイロスキーが贈収賄の罪によって捕まった。他にも調査の手を広げていく事になると書かれてある……」
「おい! それはマズイぞ!!」
ここにいるのは幹部ばかりなので、これまでどのような裏工作を行ってきたのかを理解している者達ばかりだ。
ワイロスキー以外にも、賄賂を贈って便宜を図ってもらっている連中がたくさんいる事をよく知っている。
「それと最後に、ジャガーノートを名指しして敵対してはならない。儂らは大人しくしておけといった内容の警告が延々と書かれておる……」
「なんだと? まさか奴らは領主様とコネがあるとでも言うのか!?」
二人目の齎した内容によって、ますます室内が騒がしくなっていく。
全員が好き勝手に言い合うだけの、話し合いとは言えない不毛な時間。
何も結論が出ないまま時が過ぎていく中、途中でいつの間にか姿を消していた最初に報告してきた冒険者が、一人の男を連れて打ち合わせ室へと入室してきた。
「話はこいつから聞かせてもらった」
「あ、アンドリュー!?」
それは懲罰房にて更迭されていたハズのアンドリューだった。
つい先日にこの場にいる幹部達によって懲罰房送りにされたアンドリューだが、表情を見た感じではその事に対する恨みというものを感じさせない。
「お前らには言いたい事もあるが、昨日の俺が冷静でなかった事は確かだ。だからその件は不問にしといてやる」
アンドリューの登場に静まり返った室内に、幾つか安堵のため息が漏れる。
「で、冷静になって今の状況を考えるとだ……。もう、殺るしかねえと思うんだがどうだ?」
昨日とは違い、アンドリューを止めようとする声は上がらない。
状況が変化したこともあるが、やはり激高した状態の人物の発言よりは、冷静に話している人物の発言の方が納得出来るという事だろう。
「おまけに、都合よく奴らはダンジョンへと潜った。それも奴らはまたもやクランを分割して探索しているらしい」
これは最初に報告に来た男が、報告前に『ジャガーノート』の転移先を調べて明らかになった事だ。
迷宮内の各迷宮碑に転移していけば、足跡や微かに残された匂いなどから、どのエリアに何名ほどで転移したのかが掴める。
「調査結果によると、四パーティーほどの集団が地下迷宮エリア二十一層に飛んでいる。そして二パーティー集団が湿地エリア二十八層。残る一パーティーが水辺エリア三十三層だ」
「……それは分かったが、どうするつもりなんじゃ?」
ディングスが作戦について尋ねると、アンドリューは昨日喚き散らしていたのとは別人のように、計画を話し始める。
「他の冒険者ならともかく、奴らもダンジョン攻略を目指している。となれば待ち伏せする場所も絞れるだろう」
「……なるべく下層の方の、他の冒険者が少ない所。となると水迷宮エリアか」
水迷宮エリアとは四十七層から五十六層まで続く、最終エリアの一つ前のエリアだ。
出現する魔物のランクがB~Aとなるため、ほとんど人の出入りがないエリアとなる。
基本的に地下迷宮タイプの構造をしているが、所々水で通路が埋まってる場所などがあり、水中を通らないと先に進めない場所などもある難関エリアだ。
「そうだ。俺達はこの街に根差して長い事活動しているから、Bランク以上のメンバーは全員最終エリア最初部分の迷宮碑まで登録済だ」
その点は『バスタードラゴン』にとって有利に働く点だ。
『ジャガーノート』の探索速度はかなり早いが、『バスタードラゴン』側は転移すれば一瞬で先回りする事が出来る。
「各迷宮碑に人員を配置し、奴らの探索状況を把握。そして、奴らが水迷宮エリア四十七層まで到達したら、準備開始だ」
「となると、奴らに仕掛けるのは水迷宮エリアの五十一層じゃな?」
水迷宮エリアの五十二層には迷宮碑が設置されている。
そこから一つ上った五十一層。
そこはB~Aランクの魔物や罠、そして水中での活動などを乗り越え、四十七層から下りてきたターゲット達が一番疲弊しているであろう階層だと言える。
案としては最終エリア最初の階層から一つ戻り、水迷宮エリアラスト部分の五十六層で待ち受けるというのもあったが、こちらは地形的に待ち伏せに向いていなかったので除外されている。
「そうだ。それにこの水迷宮エリアは広さこそあるが、フィールドエリアでもないので天井は低い。このエリアなら奴ら自慢のドラゴンを呼び出す事も出来ないだろう」
アンドリューとしては、エルダードラゴンをテイムしたというのは嘘っぱちだと思っているが、それでも普通のドラゴンを従えている可能性はあると睨んでいた。
そうでなければ、ここまで噂が広がったままにはならない。
嘘だとバレれば、すぐにその事が再度噂に流れるはずだからだ。
「こうなってくると、敵のスキル構成が分からないのは痛いのお」
「今回は探究者の時以上に徹底的に奴らを嵌めるぞ。ウチに保管してある使えそうな魔法具やブースト系アイテムは全て使う。ポーションも等級の高いものからじゃんじゃん使って構わん」
〈怪力丸〉や〈強鎧丸〉など、筋力や防御力を上げるようなアイテムも、『バスタードラゴン』では多数保管されている。
いつか来る日の水竜討伐用にとこれらのアイテムは備蓄されていたが、アンドリューはこの襲撃で出し惜しみする気はない。
「ジャガーノート……。目に物を見せてやるッ!」




