第49話 ギルド証
職員に案内された『更新部屋』とやらは、そこそこ広い空間となっており現在十四人もこの空間に押し寄せているが、ギュウギュウするといったキツさはない。
部屋の中央部には円形をしたお馴染の魔法陣が描かれており、相変わらずその複雑な文様が何を意味しているか、さっぱり読み取ることはできない。
ただ、今回の魔法陣に関してだけいえば、何やら魔法陣内の線が一か所に集約しており、その集約した先――信也の現在地から見て左側に向かって集まるように描かれている。
その先には魔法陣と隣接するように、直方体の研磨された御影石のような――日本人からすると墓石のようにも見える物体が隣接されていた。
魔法陣内の収束した線は、墓石に近づくにつれ収束され一本の太い線のようになっており、そのまま魔法陣を突き破って墓石の方へと続いている。
墓石部分の線の部分は彫刻刀で掘られたように溝が出来ており、黒い石の部分とは対照的に、掘られた部分は黄色の塗料のようなものが塗られており、墓石を上へ上へと昇るように幾何学的な模様を描いて上部へと向かっている。
そして最上部、墓石の天頂部分にはダンジョンで見かけた迷宮碑のように、一部に何か嵌められそうな窪みが存在している。
ただ迷宮碑とは違って、そのくぼみはサイコロ状の窪みではなく、カード――先ほど渡されたギルド証がぴったり収まりそうな窪みだ。
取り外しやすいようにか、中央部分上下部分には窪みもついている。
「それでは皆さん。まずは皆さんの持っているギルド証に本人登録を行います。指先を刃物で軽く傷つけて、血が出てきたらこの丸く縁取りされた部分にその指をあてて下さい。そうすれば魔力の登録が出来ますので」
痛みとしては大したものではないが、日常生活で意図的に行うことがない行為に、若干尻込みしてる者もいた。
どうにか覚悟を決めて、短剣の切っ先を指先に軽くあてると、プクッと膨らむように出血しはじめる。
すかさずカードの該当部分に指を押し当て魔力を意識してみると、〈ソウルダイス〉でパーティー登録した時とは異なる白い光が一瞬発せられた。
その一連の作業を全員がやり終えると、職員が再び説明を続ける。
「はい、それで貴方達の持っているギルド証に本人登録がなされました。昔は魔力認証だけだったのですが、今では血による認証も加わったのでより偽造などがしにくくなっております」
その意外なハイテクぶりに、指先の血を拭っていた異邦人達は驚いた。
とはいえ、よくよく考えてみると魔法だの魔術だのっていうものと"血"っていうのは、全く関連性がないワードではない。
昔から黒魔術の媒体としてだとか、生贄の血を捧げるだとか、関連性は散逸している。血液と魔力の関連性が高いということだろう。
「それでは次にギルド証の更新に入ります。ギルド証は魔力認証を行った面が表面になりまして、主に登録者のステータスを表示する箇所になります。そして裏面側はギルド側が記載する情報部分となっておりまして、こちらは冒険者の方々には内容を確認することはできません」
さらっと出てきたその言葉に、龍之介ですら一瞬聞き流してしまいそうになったが、一瞬後ガツンと頭を殴られたかのように上体を揺らすと、慌ててその重要ワードを聞き返した。
「え、ちょ、今ステータスっつった?」
「え、ええ……。こちらの魔法陣の部分はこの部屋全体と連動している魔法道具――この大きさですので魔法装置というべきですね。これでステータスを鑑定して、その結果をそちらの石の部分を通じてギルド証に刻み込むことになります」
異様に"ステータス"に関して食い込んで来る龍之介に、若干引きながらも職員の男性が答える。
「うおおお、まじかー! これで俺のレベルもわかるぜー」
大興奮している龍之介だったが、他のメンバーは大分落ち着いたものである。
ゴールドルとの模擬戦の時に、ジョーディが複数の職業を持つ条件として「レベル五十一以上」などと発言していたので、レベルを測る手段があることは明白だったからだ。
知らぬのは、直前でゴールドル相手にバタンキューしていた龍之介だけだ。
「それと予め説明をしておきますが、ギルド証に刻印されたステータス情報は、基本情報以外は非表示にすることも出来ます。また、更新の際に職員がその情報を読み取ることもできません。安心してご利用ください」
情報という目に見えないものに対する意識が薄いであろうこの世界の冒険者にとっても、自分の戦闘能力をあからさまにすることの危険性を理解してる者はいるようで、職員は新規登録者にはこうして毎回説明しているようだ。
「オーケー、オーケー。そいじゃあ、俺からいかせてもらうぜ!」
「あ、その前にそのギルド証をこちらにセットしないといけません」
言うなりさっさと魔法陣の中央部へと歩き始める龍之介。
そこへ慌てた様子の職員の男の声が届く。
「おう、そうだったな。……よし、これでいいな」
待ちきれないのか早足で墓石部分まで向かい、ギルド証をセットすると再び同じ速度で魔法陣へと戻っていく。
「それではいきますよ」
短くそう口にした職員は、墓石上部に手を当てて魔力を送り込む。
すると、連動しているステータス鑑定の魔法装置が稼働しはじめ、魔法陣の線で引かれた部分が青く光りだす。
じわりじわり、水がしみこむような速度でその青い光が広がっていき、やがて全領域に魔力がいきわたると、中央部分に描かれている紋様が他の部分より僅かに強く発光する。
次の瞬間にはスーッと青い光が立ち消えていき、やがて何事もなかったかのように元の状態へと戻っていった。
「あれ? これで終わり?」
派手なエフェクトはあったものの、その間わずか十数秒。
龍之介自身も特に違和感を感じなかったようで、実感が湧いていないようだ。
「はい、すでにギルド証にはステータスが刻印されていますので、ご確認ください」
そういって龍之介へとギルド証を渡す。
そこには、
≪リュウノスケ オオタ 17歳 男 人族≫
とだけ書かれていた。
それらの情報はギルド証の上部に一行で書いてあるが、その下の部分には余白が目立っている。
そういえば基本情報以外は非表示に出来るんだったな、と思い出しながらその余白部分を指でなぞっていると、三個所だけ妙な反応を感じる所があることに龍之介は気付いた。
その内のひとつ、基本情報のすぐ下の部分に指をあて軽く念じてみると、すーっと数字と文字が浮かび上がり、そこには≪レベル:7≫と書かれていた。
「おお! これは……」
続いてその数字の下の非表示項目を開くと、そこには《職業:剣術士≫という今日転職したばかりの職業の名前が表示される。
「となると、最後のこいつは……」
一人ぶつぶつ言いながらギルド証を操作している龍之介を、他のみんなは特に何も言わずに見守っている。
しかしそんな視線に全く気付いていない様子で、龍之介は最後の非表示部分を開示した。
そこには龍之介が最初に選択した二つのスキルに加え、"剣術"や"スラッシュ"など、こちらに来てから覚えたスキルも表示されていた。
表示の形式は表計算ソフトのように、縦四列横四行の枠が表示されており、その中にスキル名が書かれている形だ。
つまり四×四の十六個まで同時にスキルが表示できるようだが、スキル表示の枠組みの上部には、四角い枠線で囲まれた数字の1が描かれており、恐らくはスキルが十七個以降の場合は四角の枠線で囲まれた数字の2が追加される、つまりはページ移動のようなものではないかと龍之介は当たりをつけた。
ここら辺はゲームやらパソコンやらが当たり前の世代なら、何となく想像がつく範囲だ。
ちなみにそれらのページ移動の枠の並んでいる行の一番左側には≪保有スキル≫とかかれている部分があった。
だが、そんなことよりなによりも、新たに二つ、"パリィ"と"器用強化"という見慣れぬスキルが表示されていたことが龍之介の心を躍らせる。
いつ取得したのか全く見当がつかないことから、今日の転職によって得たスキルなのかなとワクワクしつつ、新しく取得していたスキルの使い道について夢想していく。
そしてうなり声を上げながら、何気なくそれらのスキル表示部分をタップするように触れてみる。
すると、先ほど感じたような妙な反応が返ってきたので、指で触れたまま念じてみると、そのスキルの表示だけを消すことができた。
他にもあちこち触れてみると、反応のある場所が幾つも増えており、例えば≪レベル:7≫の"レベル"の部分を触れて念じると、レベル表記が全て表示されず、その部分だけ初期のまっさら状態に戻るが、数字の7の部分だけ触れて念じれば≪レベル: ≫と空白表記で数字の部分だけの非表示も出来るようだ。
一通り操作方法を覚えた龍之介は、ようやく周囲の視線が自分に向けられていることに気付く。
さしもの龍之介も、夢中になっていた物事から覚めた途端に、二十六の瞳が自分を見つめていたせいか、ビクッとした反応を見せる。
「お……な、なんだ? どうかしたか?」
「どうかしたかって、ねぇ……」
特にこれといって示し合わせた訳でもないが、一番手を買って出たんだから、感想なりギルド証の機能なりの説明が入るのかな、と思っていた咲良はあきれた口調で返す。
「あー、龍之介。どうやら無事ギルド証もできて、使い方も把握したようだし、隠したい部分は非表示でいいので、実物を見せながらその辺を教えてくれないか?」
信也のそのお願いに、ようやくみんなの視線の意味を理解した龍之介は、ささっとギルド証を操作して確認した後、みんなの傍へと近づいていった。