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第48話 受付嬢再び


 ふらふらになりながらもなんとか立ち上がった由里香は、這々の体になりながらも少しずつ足を前へと進めていく。

 しかし数歩進んだ所で限界を迎えたのか、ストンと地面へ崩れ落ちるように腰を下ろしてしまう。

 そのまま慣性の法則で地面に向かって上半身が倒れ掛かるのを、かろうじて両腕が引き留めた。


「とにかく! もうこれで腕試しは終わりで構いませんね?」


 そう言うなりメアリーはささっと由里香の下へと駆け寄る。


「……あの嬢ちゃんは大分心配性のようだな」


 そうボソッと漏らすゴールドルに、異邦人一同はなんとも言えぬ表情を浮かべる。

 この世界では……というより、この世界の冒険者ならばどうやらあの程度では余り大事でもないらしい。

 現代に暮らす日本の若者からすれば、ちょっとした体罰ですら鬼の首を取ったかのように騒がれる昨今。

 日本で先ほどの光景が目撃されたら、まずゴールドルは逮捕されること間違いないだろう。


 しかしこの世界ではそもそも『職業』やら『レベル』やらといったシステムが存在しており、地球と同じように見える人達でも、実際は酷く頑丈に出来ていたりする。

 そのせいか地球での感覚と、この世界での感覚の差は大きい。

 特に魔物との戦闘などによって死の危険性が身近にある冒険者からしたら、安全な街の中での模擬戦程度ではいちいち騒いだりはしない。

 それに、手ひどくやられたようにも見えるが、あれでも十分加減はされており、信也も龍之介も治癒魔法を受けなくても二、三日もあれば完治していただろう。



「ところで、これで三人見終わった訳だが、そっちのあんたは腕試ししてみないのか?」


 ゴールドルの言葉が向けられたのは、何やら魔法を使おうとしていた芽衣を抑えていた北条だった。

 先ほどの由里香の戦闘の様子を無言で見つめていた芽衣であったが、由里香が大きく吹き飛ばされたのを見た途端、恐らくはほぼ無意識に【雷の矢】を発動しかけていた。


 無論ゴールドルもそのことには気づいてはいたのだが、意にも介さない様子で止める素振りもなかったので、結果として傍にいた北条がかろうじて「雷の……」の辺りで強く体を揺することで、発動を妨害することに成功していた。


「ん? ああ、俺は無駄なことはしたくないんでパスだぁ」


 そういってゴールドルの誘いをすげなく返す。


「そうか? 確かにそんじょそこいらの奴に負けるつもりはねーが、お前さんは何かこう……よくわからねー気配がしたもんで、気になっていてな」


 ゴールドルのその言葉に、北条は嫌いな相手から話しかけられた時のような苦い顔をする。

 その顔は「勝手に変な気配を感じないでくれ」とでも言っているかのようだ。


「すでに俺らのテストはもう終わったぁ。後はさっさと結果発表とギルド証の発行やらの手続きをしてくれぃ」


「ん……そうだな。腕前についてはGランクとしちゃあ十分問題はねーな。後は受付の連中に伝えとくから、そこで登録料を払ってギルド証を受け取っといてくれ。俺はこれからのことに向けて準備をしなければならん」


 散々さっきまで楽しそうに戦っていたというのに、戦闘が済んだ途端そう言って彼らの下を去っていくゴールドル。

 だがふと途中で立ち止まると、


「あーそうだ。ジョーディは後で……そいつらの登録が終わった後にでも、俺の部屋に来い」


 そう言うと今度こそ本当に立ち去っていった。


 残された北条達は、とりあえず眼を覚まし始めた二人と、"回復魔法"を受けて歩けるまで回復した由里香の状態を確かめたのち、受付の方へと歩いていくのだった。



▽△▽



「ふー、参ったぜ。あのオッサンくっそつえーなあ」


 既に腹部のダメージは治癒してるのだが、あの時のイメージが未だに残っているのか、腹を押さえている龍之介。

 その様子を強い共感を持って見ていた信也は、


「ああ……。あれで元Bランクとは本当に恐れ入るな。しかも、俺達相手では実力を微塵と引き出すことすらできなかった」


 龍之介程ではないだろうが、それでも以前に比べて大分強くなった自信を持っていた信也。

 今の自分なら別に剣を持っていなくても、日本の繁華街にいるチンピラ程度なら簡単にのすことは出来るだろう。


「まあ、自分達の実力がどの程度なのか知れたのは良かったんじゃないの? それよりもジョーディさん。登録料の話ってそういえば聞いてなかった気がするんですけど……」


 ジトッとした目で見てくる陽子に対し、ジョーディは慌てた様子で答える。


「そ、そういえばまだ伝えてなかったかもしれませんね。ええっと、仮登録ではなく本登録をする際にはお一人様一銀貨が必要になります」


「えー、一銀貨ああ?」


 《ジャガー村》では一銀貨もあれば色々と買えたものだったので、その金額は少し高いようにも聞こえるが、街で暮らす人々からすれば、そこまで高額といったものではない。

 しかしまだ生活も安定しておらず、収入に不安のある彼らにとっては軽く扱うことは出来ない。


 まだ《ジャガー村》の村長からの村人治療依頼で受け取った金は残っているし、ダンジョン報奨金もこれから入ってはくる。

 しかし、これらの金は冒険者として今後活動するための準備金――主に装備の充実などに充てる予定がある。

 余り無駄遣いはしていられない。


「ま、まあ皆さんはこれからまとまったお金も入ってきますし、大丈夫ですよ。ね?」


 確かにギルド入会は必要経費でもある。

 そもそも今回街にまできた目的のひとつはギルド入会だったのだ。

 今更一銀貨ごときで取りやめるという選択肢は彼らにはなかった。


「仕方ないわね。で、入会するにはどうすればいいの?」


「先ほどマスターが言付けすると言っていたので、受付にその旨を伝えればいいでしょう。後はギルド証を作っておしまいですね。あ、登録料金は前払いになります」


 既に彼らは受付にまで辿り着いていたので、早速ジョーディの言葉に従って受付カウンターへと向かう。

 相変わらずこの時間はそんなに混む時間ではないのか、或いはこれが日常風景なのか、余り人の姿は多くはなく受付のカウンターにも空きがあった。

 その空席のひとつには、今日このギルドを訪れた際に一番最初にジョーディが来訪を告げた若い受付嬢の姿があった。


 彼女は暇を持て余しているのか、カウンターの上で頬杖を突きながら、ボーッとしていて今にも眠ってしまいそうな様子だ。


「ちょっといいかな?」


 そんな腑抜けた様子の受付嬢に、所属が違うとはいえ先輩ギルド職員として注意するような意味合いも兼ねてジョーディが話しかける。


「いひゃあ、はい! ね、寝てませんよ?」


 しかし彼女はそんな見当違いなことを言って慌てていた。

 どうやら上司に叱られたと思って思わず口から出た、反射的な言葉のようだ。

 そんな彼女を見て「はぁ……」と軽くため息をついたジョーディは、小言と共に用件を彼女に伝える。


「貴方、幾ら空いているからって、少し気を抜きすぎですよ……。で、マスターから話は通ってると思いますが、後ろにいる彼らの冒険者登録を行いたいのですが」


「え、あ、はい? マスターからですか? あの、その……」


「ちょ、イーナちゃん。ついさっきマスターから言伝があったでしょう? もう、その方達の対応は私がするので、君はこちらで書類の整理でもしててよ」


 ぼーっと半分寝ているような様子だった『イーナ』という名前らしい受付嬢は、マスターの伝言を聞き逃していたらしい。

 その拙い応対を見て、慌てた様子で少し奥で別作業をしていた男性職員が、交代を申し出た。

 そして、何か棚をごそごそしていたかと思うと、中から革袋を取り出してから、カウンターへとやってきた。


「お久しぶりですグロウウェルさん。どうも大変そうですね」


 職員が話しかける前に、先にジョーディの口が動く。

 そのチラッとした視線は、奥へと引っ込むイーナへと向かっていた


「いやあ、君の教育係だった時みたいに楽出来たらいいんだけどね……。っと、今はそんな話よりまずは仕事の話だね。ギルド入会ってことだけど、えーと、一、二、三……十二人全員の登録でいいのかな?」


「それでお願いします。あ、すでにギルドに関してのことは幾つか話してありますので、説明は不要です。ただ、ギルド証のことに関してはまだ話してません」


「なるほど……わかりました。それではまずはギルド登録料としてお一人につき一銀貨をお支払いください」


 既に全員の入会意思は決まっていたので、ジョーディが代表として話は進んでいく。

 ジョーディとは顔見知りらしい職員男性に登録料を全員が支払うと、職員は先ほど取り出した革袋の口を開け、中から紫色のカードを取り出すと彼ら全員へと配り始める。


「そちらがギルド証となります。といっても、まだ何も情報が刻印(・・)されていないまっさらの状態ですので、この後更新部屋にて新規登録の作業を行います」


 その紫色のカードは、メインとなる紫色に着色された金属の周りを、透明な樹脂のようなもので薄く覆われており、滑らかな手触りをしている。

 更に良く見てみると、カードの片面側片隅にだけ印鑑を押す場所のような、黒い線で円形に縁取りされた部分があった。


「それではこれから更新部屋へとご案内します。私の後についてきてください」


 そして、男性職員は更新部屋とやらへ案内する為、先導をはじめる。

 なんだか免許更新みたいな感じだな、と思いつつ一行はその後に続くのだった。





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