第45話 ギルド説明会
「で、まあランクについてはこんなもんでいいか? 他にも幾つか注意点や知っておくべきことも幾つかあるんだ」
そう口にするとゴールドルの視線がジョーディを捉える。
「丁度いい、ジョーディ。お前が説明してやってくれ」
ジョーディが抜けていたのか、それとも後で説明しようとでも思っていたのか。
こういったギルドの注意点や規約などについて、異邦人達はジョーディからは全く知らされていなかった。或いは詳細を伝えたことによって、翻意してしまうことを恐れたのかもしれない。
だがすでに彼らのギルド入会の意思は今更変わることはないだろう。
ジョーディがどう思考していたのかは不明だが、かつては彼も受付業務担当として何度もしてきた説明だ。
ジャガー村に移動してからは説明を伝えることもなくなっていたものだが、内容そのものは今でもきっちり把握している。
こうしてジョーディによる入会説明が始まった。
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「えー、それではまずランクに関することからお話します。先ほども話がありましたように、冒険者はランクによって区分されてまして――」
こうして熱の入ったジョーディの入会説明が開始された。
それは普通の職員が説明にかける時間の軽く数倍にもなる。
説明としてはかなり細かいものであったが、異邦人達は素直に話を聞いていた。
これが通常の冒険者希望の人間だったら、途中でぶち切れてるかもしれないほどの長さだ。
実際にギルドのことをきちんと説明するにはそれだけの時間をかけてもまだ足りないのは事実なので、ゴールドルも眉間をヒクヒクさせながらも説明に付き合っていた。というか、聴衆側にはこの人仕事ほっぽっといて大丈夫なのかな? といった事を考え始めている者もいたりする。
肝心な説明の内容は、ランク分けされた冒険者は基本的には同ランク以下の依頼しか受けられないこと。ただし、パーティーで受ける場合は受付の判断によってはひとつ上のランクまでは依頼を受けられることもあるようだ。
特にG~D辺りの低ランクの場合は比較的その判断は緩いらしい。
しかし、Cランク以上の場合は話が別だ。
そのランクになると、ひとつ上に上がるだけで危険が加速度的に大きくなるようなので、許可が下りにくくなる。
次にギルドに入会するとギルド証というのが渡される。
ランクによって色や材質、加工具合も異なっており、無論高ランクほどより精緻な作りになっていく。
Hランクは仮登録ということもあり、ちゃちな作りの鉄製のカードだ。
G~Dランクは銀製となり身分証としても有効になるが、この『ロディニア王国』では街の出入りに身分証を呈示する必要がないので、使用する機会は多少なりとも少なくなるだろう。
Cランク以降はランクが上がるごとに材質も向上していき、Aランクともなるとミスリル製になるらしい。
このギルド証は、先述の通り街への出入り時などに使う身分証としても使えるし、ギルドで依頼を受ける際にも提示する必要がある。
紛失しても再発行は可能だが、金が必要らしい。
それから他にも幾つかギルドについての説明を終えたジョーディは、最後に注意事項や守らなければいけない決まり事、そしてそれらを破った際のペナルティーについて語った。
「えーと、まずは注意事項ですが、冒険者同士の争いにギルド側は基本関与しません。しかし、殺人にまで発展した場合はそこの自治体の法や慣例問わず、ギルドが対処する場合があります」
「身内の恥は身内で晴らすって所か」
信也がそう呟くと、ジョーディは軽く頭を掻きながら答える。
「まあ、そういうことですね。あまりに悪質だった場合は、ギルドも苛烈な処分を下すことがあります。私は余り詳しくありませんが、そういったことを扱う専門の部署まであるようです」
そう口にしながらチラっとゴールドルの方を窺うジョーディ。その意味を理解したゴールドルが補足の説明を付け加える。
「そうだな。奴らが出張ってくるのは相当悪質な時だけだが、ダンジョン内で同業者を殺しまくったり、護衛依頼で積み荷もろとも依頼主を殺しまわったり……そういった相手にはそれ専門の奴らが対処する。ま、大丈夫だとは思うがそんなことにはならねーようにしとけよ?」
ただでさえ厳めしい顔を更に数倍厳めしくしたゴールドルの顔は、逆に変顔のようになっていて、思わす吹き出しかねないものだった。
それを間近で見ている信也達は、忍耐心をフル活動させるのに必死だ。
そうした彼らの様子を忠告の効果有りと見たゴールドルは、再び説明をジョーディへとバトンタッチする。
「……それで続きなんですが、ギルドに所属した場合は国などの大きな組織同士の争い――戦争に参加してはいけません。これは具体的な罰則までは設けていないのですが、どうしても戦争に参加したい場合は、『傭兵ギルド』の方へと入会してください」
かつて冒険者ギルドという組織をまとめ上げた『希代の英雄』、『冒険王』などと幾つも異名を持っている初代グランドギルドマスターも、傭兵ギルドだけは当時組み込むことが出来なかったらしい。
その時に何があったのかは知られていないが、以降冒険者ギルドと傭兵ギルドの仲は余り良いものとは言えない。
といっても、表立って争うほどのものではなく、主義主張の違いといったレベルのものだ。
「それは我々としては特に問題はない……というより兵役義務なんかがなくて逆に助かるのだが……」
何やら煮え切らない様子の信也の横から、調子に乗った何時もの様子の龍之介が口を挟んできた。
「そりゃー、やっぱ俺達冒険者が戦争なんかに参加したら戦力的にやばいんじゃね? だから国としても参加を全面的に禁止して被害が大きくならねーように――」
「あ、いえそういう訳ではありません。というか冒険者ってそんなに戦争で活躍できるものでもないですよ。余程の高ランクにでもなれば話は別ですけど」
「って……え? なんで?」
大言壮語を吐いてしまった龍之介の語尾は段々尻すぼみになっていく。
その様子に生真面目なジョーディは申し訳なさそうにその理由を話し出す。
「そうですね、まずは、その……冒険者になろうっていう人は、よっぽどの変わり者か、昔冒険者に助けられたとか冒険者の活躍する物語を見聞きした、という人も確かにいます。しかし、"転職の儀"の時に農民しか選択肢がなかったという、その、素質的にいまいちとされる人も多いんです」
ギルドの職員として表立って言えないようなことなので、言葉を選びながらも言いにくそうに説明するジョーディ。
「そして、農民から冒険者になった場合、最初はろくに装備すらまともなものがありません。しかし国の兵士となれば、最低限の装備は支給されますし、これまで培ってきたノウハウで、周辺の魔物の生息地などで比較的安全にレベル上げもできます。それに引き換え冒険者の人は向こう見ずな方も多く、職員の忠告も聞かずに危険な魔物と戦った挙句――」
「おいおい、確かにそう間違っちゃいねーが、別に今そんな話をせんでもよかろう」
と話が暗い方向に向かいだしたのを慌ててゴールドルが止める。
その声に我に返ったようなジョーディは「すいません……」と謝りながら、説明へと戻る。
「と、まあそういった訳で、優秀な人材とされる人は冒険者ではなく国の兵士だったり魔術師部隊だったりへと流れがちです。それに魔物に対しては冒険者は一日の長がありますが、対人間に対しては専用の訓練を行っている兵士達の方が熟達しています。そもそも、パーティー単位で行動する冒険者達を、集団戦闘で運用するのが難しいという問題もありますね」
大分ぼろくそなジョーディの発言に、龍之介の抱いていた幻想のひとつが粉々に打ち砕かれたようで「そっか……」と珍しく落ち込んで肩を落としていた。
「まあそういった訳で、戦争への参加禁止というのは冒険者を守るといった意味合いの方が強い感じですね。冒険者でもBランク以上ともなれば、十分個人だけで活躍の場はありますが、国も国で独自にそういった人材は育成したりしてますので、そこまで高レベル冒険者が入り用という訳でもないです」
ジョーディのフィニッシュブロウに龍之介は声も出ないといった様子だ。
しかし説明を止める訳にもいかないジョーディは最後に簡単な注意点を説明する。
「それで、えーと後は……討伐依頼は基本はフィールド――ダンジョン外の魔物が対象となります。例えば依頼主の村に現れるゴブリン退治の依頼の場合、ダンジョンでゴブリンを倒しても達成とはしません。また、別のフィールドのゴブリンを倒して達成報告とした場合は、その事が発覚し次第ペナルティーが与えられます。Gランクから本登録となるギルド証には、幾つか機能がありますが、これは後程発行する時に説明致します。依頼の同時受注は個人の場合は二つまでですが、パーティーの場合最大四つまで可能になります。無論日程的に無理な依頼を同時に受けることはできません。ただし、依頼という形になってはいますが、魔石採集や魔物の収集品・ドロップの買取などは、数には含まれません。魔石はともかく、収集品やドロップの場合は買取上限もありますので、まとめて持ってくる場合は気を付けてください。次に稀に魔物が集団で街や村を襲ってくることがありますが、その際の防衛依頼は報酬も高めに設定されますし、ギルド側としても功績を高めに評価いたしますので、問題がなければ参加していただけると助かります。こちらは、強制ではないのであくまでお願いという形ですが……」
一息に長々とした説明を行ったジョーディだが、これでもまだまだ説明すること、アドバイスしたいことなどは山ほどあった。
だが、すでに聴衆側の一部にはきちんと話が通っているか微妙な面々も出てきた為、仕方なしに説明はここまでとすることにした。
「一先ず説明はこんな所ですかね。マスター」
「あ、ああ。大体そんなもんだと思うぞ」
生き生きとした様子で説明をしているジョーディを「こいつよく喋んなー」と思いながら見ていたゴールドルは、唐突の呼びかけに少し虚をつかれながらも言葉を返す。
「それでは後は……簡単な実力テストがありましたね。みなさん何か疑問や質問があったらまた後で個別に受け付けておりますので……」
「おう、それなら俺が直々にみてやるぜ。裏にあるギルドの訓練所までいくぞ」
見た目の通り体を動かすことが好きなのか、妙に楽しそうに移動を始めるゴールドル。その後を十三人の足音が続いていった。