第441話 動乱の兆し
コーネストの言葉に、静まり返っていた室内が俄かにざわめきだす。
不安そうな表情を浮かべる者も多いが、困惑……というか、どう捉えたらいいのか計りかねている者もいる。
「……その計画が実行されたら、具体的にはどういうことになるんだ?」
気になっていたことを代表して信也が尋ねると、話に注目しようとざわめきが徐々に収まっていく。
「私共『メッサーナ商会』は、王家派以外にも中立派の貴族とも繋がりがありました。その繋がりでもって調べを入れたのですが、すでに幾つかの中立派の貴族が貴族派に付いたようです」
「ただでさえ貴族派は半数だったな。そうなると、勢力的には王家派が大分不利ということか」
「ええ。戦力に関してもその時に向けて事前に準備をしていたようですので、王家派はかなり辛い立場となります」
「で、結局この国はどーなるんだよ?」
待ちきれないのか結論を求めるムルーダ。
「このまま推移して貴族派の反乱が成功しますと、国が大きく乱れることになるでしょう」
現在でも貴族派の領地では反乱に向けて税を上げているので、領民は苦しい生活を送っている。
領民のことを幾らでも代わりが効く、自分達を潤すための道具程度にしか思っていない貴族派は多い。
これまでかろうじて保たれていた王の方針や王家派の影響が弱まったら、今以上に国が荒れ果てることになるのは目に見えている。
いずれは圧政に抗うために、領民たちが決死の覚悟で領主と争う未来も十分あるだろう。
「――そういった訳で、もしそのようになってしまった時のことを踏まえ、『メッサーナ商会』でも急遽国外に拠点を移す話が持ち上がっております」
「そんな大ごとになるというのか……」
「可能性の一つでございますが、決して低くはない確率かと。どちらにせよ、貴族派が勝利すれば、彼らと手を結んでいる『ディファイアント商会』がここぞとばかりに攻勢をかけてきます。そして、そうなってしまった場合私共には為す術がございません」
「団長が警戒していたのはこのことなんでしょうか……?」
「どうだろうね。団長自身も具体的には把握していなかったようだけど、事前にベネティスの調査依頼を出していたようだし、ちょっと分からないね」
ライオットとシグルドにも、北条の考えは読めていないようだがそれもある意味当然だった。
実際に当の本人にも、何が起こるかを具体的には把握出来ていなかったのだから。
「話の大きさは理解出来た。しかし、俺たち冒険者としてはどう対応すべきなんだ? 実際に内戦に突入したとして直接に被害はあるのか?」
この異世界でも東の帝国では今もなお侵略戦争の真っ最中だが、『ロディニア王国』は建国以来一度も大きな戦争を体験していない。
その為この国の生まれが多いクランメンバーも、実際どうなるのか分からない者が多かった。
「そうですね。冒険者としては、護衛依頼が増えるかと思います。そして、一般的な採取や討伐依頼などは少なくなるでしょう」
「護衛依頼?」
「ええ。通常占領した側は占領した町や村で略奪を行いますので、そうした者達から身を守るため。或いは、予め町から逃げる際の護衛として雇う依頼が増えるでしょう」
「略奪……」
物騒な言葉を聞いて、思わず陽子が顔を顰める。
「……帝国ではそこに更に虐殺が加わることも珍しくないようです。かの国は人族至上主義が蔓延しているので」
「それはろくでもないッスね……」
「今回の戦でどうなるかまでは分かりせん。他国に侵略するのではなく、あくまで今回は内戦であり、元は同じ国の民同士です。なので普通に考えるとそこまで酷い扱いはないと思いたい所ですが、相手はあの貴族派ですので……」
これまで『メッサーナ商会』としても、そういった貴族に辛酸を舐めさせられた経験が多く、自然とコーネストの口からも彼らしくなく私情が漏れていた。
「ですので、故郷の町や村に親しい人がいる冒険者の方は、依頼などを受けずに故郷や知人などがいる場所へ戻る方も多いと思います。そういった縁のない人は、逆に貴族派の領内に避難したりといったことが予想されます」
「何にせよ対岸の火事という訳にはいかず、俺たち冒険者としても何らかの方針や対策を打ち出さないと、押し流されてしまうということか」
「はい。特にあなた方『ジャガーノート』はこのような立派な拠点を所有しているので、グリーク辺境伯が敗れれば間違いなくこの拠点を明け渡すよう要求されるでしょう」
「なんでっすか! ここはあたしらの拠点っす!!」
「由里香ちゃん……」
由里香の叫びは、この場にいるコーネスト以外の全員の心からの声でもあった。
しかし、もしコーネストの言うような事態になったら、これを覆すことは難しい。
元々この国に暮らす多くの人はその土地を所有しているのではなく、領主から分け与えられているという体を取っている。
それは今現在のこの拠点も同じであり、もしグリーク辺境伯が強権を発動した場合、法的には明け渡さなければならない。
その権利が貴族派へと渡ったら、まず間違いなくこの拠点は奪われることになるだろう。
「そんなの理不尽っす……」
そのことについて軽くコーネストから説明を受けた由里香は、力なく俯いている。
「ところで、コーネストの話だと傭兵以外に冒険者も集めているって話だったが、冒険者が戦争に参加するのは禁止ではなかったか?」
「原則は禁止ですが、罰則というのがありません。……余り頻繁に戦争に参加されるようですと、例外的に除名処分をして傭兵ギルドに仲介することなどはあるようですが」
「そうか。なら最悪俺達が戦いに参加することも有りという訳か」
「シンヤ……。まさか、おまえ……」
「あくまで最悪な事態になった場合だ。だが今のうちから覚悟を決めておいたほうが良いだろう」
「そっか……。そう、だな」
ムルーダも魔物相手には強気にはなれるが、好き好んで人殺しをしたいとは思っていない。
それに対人経験は余り多くないので、不安に思っているという側面もあった。
「私からの話は以上です。ホージョー様がいらっしゃらなかったのは残念ですが、お戻りになり次第お伝えください。私からも追加情報がありましたら、こちらの方にお届けいたします」
「よろしく頼む」
話を終えたコーネストは、再び早馬で町へと戻っていく。
歩いてもそれほどの距離でもない場所をわざわざ馬で駆け付けたのは、それだけ早く情報を伝えたいという気持ちと、焦りの気持ちがあったからだろう。
コーネストを見送った信也達は、再び会議室に集まって話を続けることにした。
「それで俺たちはこれからどうするべきか、だが……」
「どーするっつったって、どーしようもないんじゃねーか?」
「……ある意味対策としては、団長がこの拠点を強化したことが一番の対策って感じはするな」
「ここが直接攻められることってあんのかー?」
キカンスとムルーダが話していると、そこにシグルドが加わってくる。
「この《ジャガー町》から南西にある都市、アルザスが落とされたらマズイかもね。数年前だったらわざわざこんな所に兵を差し向けることもなかっただろうけど……」
ダンジョンが発見される前だったら、わざわざこのような辺境の更に田舎の地にまで進軍してくる可能性は低かった。
それよりも、アルザスの北にある《鉱山都市グリーク》を全軍で持って攻め落とせば、そうした周辺の村などは抵抗することなく軍門に降るはずだ。
しかし、大陸最大規模のダンジョンとなれば、貴族派の中でも目を付けてる貴族は多い。
ベネティス辺境伯もそうした貴族の一人だ。
兵力に余裕があるならば、先に押さえておこうと軍を派遣することも考えられる。
「んじゃあ、実際にこの町や拠点が攻められたらどーするんだ?」
ムルーダの問いかけに、その場にいる者からは唸り声ばかりで明朗な答えは返ってこない。
そうした中、シグルドは現実的に考えてこの拠点に篭って戦うならば、それなりの数の軍と渡り合えると思っていた。
具体的な数までは流石に予想はつかないが、数百人規模の兵が相手ならいけると踏んでいる。
拠点の戦力としては『サムライトラベラーズ』を除くクランメンバーに、北条の残した従魔達。それから新しく雇った守衛たちにゴーレム。更には直接の従魔ではないが、アーシアやダンゴの支配下にあるスライムたち。
これら戦えるものの強さの平均値は高く、特にグローツラングやリードレイヴンなどの大型の従魔は、集団戦においては実際のランク以上に厄介な相手だ。
また従魔の中には、テイルベアーから進化したドレッドベアーもいるので、"ベアーハウル"などの広範囲に効果のあるスキルも強力だ。
そういった内容を、シグルドは一度頭の中でまとめてから発言をする。
これは完全に侵略者に対して反抗するというのがベースになっているが、他にも一旦この拠点を明け渡すという提案も上がっていた。
これらの意見は、あくまで北条らがいないという今の条件での話し合いだ。
一度見たことのある、あの超絶的な魔法を扱う北条がいれば、理不尽な暴力を跳ね飛ばせる可能性はある。
しかし、北条らが戻って来る前に自分達がやられてしまっては意味がない。
その後も収集の目途は付かなかったが、とりあえず昼食の時間となったので、一旦そこで話し合いは中断される。
そして、未だ拠点に顔を出していないマデリーネとアリッサが拠点に到着してからも、話し合いの続きが行われることとなった。




