第436話 中間地点
「…………」
みんなが唖然とする中、ドレイクを倒し終えた北条はそのままフラリと魔法陣の方へと歩いていく。
すっかり固まってしまっていた龍之介だが、その動きを見て慌てて北条に駆け寄りながら声を掛ける。
「おい、オッサン! 何するつもりだよ!?」
「あぁ……?」
感情というものを全く感じさせない顔で振り返る北条。
いつもとは全く違う北条の様子に、スキルを使われた訳でもないのにゾワっと恐怖の感情を呼び起こされる龍之介。
駆け寄ろうとしていた足も、その場に張り付けられたかのように止まってしまう。
しかし、そんな龍之介を追い越してさらに近寄る影があった。
「北条さん、しっかりしてください!」
「……」
龍之介の後から追ってきていたメアリーが、改めて北条に呼びかける。
だが北条はそのまま無言で振り返ると、再び魔法陣の方に向かって歩き出す。
「北条さんッ!」
そんな尋常ではない様子の北条に怯むことなく、メアリーは北条の行く先を遮るように回り込む。
そして、ピシャンッと鋭い平手打ちを北条の頬にはたきつけた。
「――っ、たたた……」
その平手打ちは北条を正気へどもどしたようだ。
先ほどまでの見るだけで寒気がするような表情は鳴りを潜め、まだぎこちないながらもいつもの表情に戻っている。
「よかった……元に戻ったんですね」
「戻ったというかなんというかぁ……。あー、すまなかったなぁ。余計な心配を掛けたようだぁ」
「な、なんだよオッサン。急におかしくなるからビビったぜ」
「急にどうしたのよ?」
「……少し気が逸っていたようだぁ。今は一旦落ち着いたがぁ、胸騒ぎが止まらない。先を急ぎたい」
「そう……。それじゃあ、あそこに落ちてるドレイクのドロップをかき集めたら、次へ進みましょ」
転移先は大抵魔物が寄り付かない場所になっているが、それでもボスとの戦闘後に、休みを入れずにすぐ先に進むのは危険だ。
しかし、北条の様子からただならぬ雰囲気を感じ取ったカタリナは、先を急ぐ提案を出す。
「分かりました、ここは北条さんに従いましょう」
メアリーらの賛同も得られた北条は、早速ドレイクのドロップを無造作に"アイテムボックス"に詰め込んでいく。
その最中、ヴェナンドは先ほどの最終奥義スキルについて、北条に尋ねたそうにしていたが、とても声を掛けられる様子ではなかった。
結局そのまま押し黙って収納していく様子を見守る。
「よし、いくぞぉ」
収納を終えた北条が声を掛けると、返事も待たずに魔法陣へと歩き出す。
「あ、おい。オッサン!」
龍之介たちは慌ててその後を追い、全員が揃った所で魔法陣へと魔力が通される。
今回もいつも通り、先に転移したのは『サムライトラベラーズ』からだ。
「あっ!」
転移が完了し、周囲の風景が移り変わると、目の前に広がっていた光景に思わず龍之介が声を上げる。
そんな龍之介の声に促されるまでもなく、他の全員も目の前の光景につい意識を持っていかれてしまう。
「……ハッ、みんな、一旦魔法陣から離れるわよ」
カタリナの慌てた声に、一斉に魔法陣から離れると、そのすぐ後に再び魔法陣から光が発せられて、ヴェナンドとファエルモの二人が姿を現わす。
「あれは!」
そして龍之介らと同じような反応を示す。
彼らの目線の先には、一つの石碑と、一つの魔法陣があった。
それは今転移してきたばかりの魔法陣ではなく、別に描かれてあるもうひとつの魔法陣だ。
今いる場所は、おおよそ学校の体育館位の広さの部屋だ。
この部屋の壁部分は洞窟タイプの土がむき出しの壁になっていて、等間隔に松明が設置されている。
その明かりを頼りにまず目についたのが、先ほどの石碑と魔法陣。
その配置からして、先ほどのドレイクが領域守護者ではなく守護者であり、ここが分岐先の最終フロアのように勘違いしそうになってしまう。
しかしよくよく見てみれば、目の前にある石碑は神碑ではなく見慣れた迷宮碑であり、更にこの部屋からは大小二つの出入り口があるので、まだ先に進む場所は残されている。
「どーやらまだ先があるみてーだな」
「それより見てみろ。この迷宮碑はよく見たら通常のものではなく、レイド対応のものだぞ!」
「こっちの魔法陣は、魔力を通してもさっぱり反応しないわね」
周囲に魔物の気配がないので、早速各人が思い思いにこの部屋の調査を始める。
それなりに広い部屋ではあるが、見るべきものは分かりやすく主張しているので、調査にはそれほど時間はかからなかった。
結局、この部屋には初見殺しエリア五十層の廃墟から飛んできた魔法陣と、魔力を通しても反応がない、計二つの魔法陣。
それからレイドエリア対応の迷宮碑に、大小二つの出入り口。
それ位しかめぼしいものは存在していない。
「……とにかく、これで町に帰ることができるようだ。お前達には感謝しきれん」
「ほんと、これまでありがとね! てっきりボクはあのままヴェンと一緒に、あの無人島でずっと暮らすことになるかと思ってたよ」
ファエルモは少しお茶らけた調子で言っているが、ダンジョンの中で二人きりの生活では、いつか命を奪われる可能性は高い。
そのことを二人はしっかりと理解しているので、本当に心の底から『サムライトラベラーズ」に感謝の言葉を述べていた。
「へっ、なあに。これも何かの運命ってことよ」
「何かっこつけたこと言ってんのよ。それより二人とも、外に戻っても秘密保持の約束は守ってもらうわよ」
「ああ、当然だ。君たちと一緒に過ごして分かったが、確かに迂闊に他人に洩らしていい情報ではない」
「そーだね。特にホージョーは激ヤバだったよ」
その肝心の北条は、今は大小二つの出入り口をチェックしている所だった。
普段だったらこの手の警告は北条がしていたが、今回はカタリナが彼に代わって警告を行っていた。
「あの二つの出入り口の先は、すぐ先で行き止まりになっているようだぁ。小さい方の先だけ確認したがぁ、魔法陣が設置されていたので、恐らく大きい方も同様に魔法陣が設置されていると思われる」
「あのような長い道のりを乗り越えた先に、まだ二つも分岐があるのですね」
「だが、ここに迷宮碑が設置されているので、一度たどり着けさえすれば、ここから再開できる」
「レイド対応の迷宮碑っつうことは、あの二つのうちどっちかがレイドエリアってことなんだろーな」
「結局、二十一層から始まって、五十一層で中間地点って感じかしらね」
皆が思い思いの感想を述べていく中、やれやれといった様子のカタリナ。
初見殺しエリアの四十層からはBランクの魔物も出てきたので、この先の二つのエリアが一体どんな魔境になっているのか、想像するだけで震えがくる。
「……今はそれより早く町に戻りたい。このまま迷宮碑で戻るぞぉ」
「え、オッサン。この先をチェックしたりしねーのか?」
これまでのケースだと、この先がどうなっているのか軽くチェックしてから戻るのが基本の流れだった。
分岐が二か所あるので、ちょっと調べてくるだけでも時間はかかりそうだが、遅れるとしてもせいぜい一日程度だろう。
しかし、北条は一刻でも早く戻りたいようだ。
「今回は偵察はなしだぁ。さっさと戻るぞぉ」
いつになく有無を言わさない感じで先を急かす北条。
先ほどから北条が何かに焦っていたことは知っていたので、龍之介やメアリーもそのまま北条に言うことに従って迷宮碑で転移部屋へと転移していくのだった。
▽△▽
「あれ……? なんかおかしいな」
転移部屋へと転移した龍之介は、何か違和感を感じてつい疑問が口から洩れる。
その違和感は龍之介だけではなく、他のメンバーも感じているのだが、明確にこれだという原因が思い浮かばない。
「……人がいない」
ボソッと呟くような声で楓が発言する。
言われてみると、いつもは入り口前広場程ではないがこの転移部屋にも常に冒険者パーティーが何組か屯してるものだ。
それが今は一人も姿が見当たらない。
「おおい!」
龍之介たちが転移部屋の異変について話していると、少し離れた所から声が聞こえてきた。
しかしそれは探していた屯してる冒険者の声ではなく、『サムライトラベラーズ』の後に迷宮碑で転移してきたヴェナンドの声だった。
転移部屋には複数の迷宮碑が設置されているが、龍之介らの飛んできたものと一番近い迷宮碑に転移してきたらしい。
「お前達も気づいてるかもしれんが、どうも今この部屋には俺達しかいないみたいだ」
駆けつけるなり、早速この部屋の異変について話し始めるヴェナンド。
ダンジョンが一般公開される前から潜っていた異邦人からすると、この静かな状態の転移部屋も馴染みがない訳ではない。
しかし、最近の実情を知っているだけに、この静かな転移部屋の様子には違和感を拭えない。
「外に出よう」
短く北条が告げると、全員が無言で頷き移動を開始する。
転移部屋からダンジョンの出口はすぐそこだ。
久々にダンジョンから脱出した一行は、いつもより活気が少ないながらも、広場に兵士や冒険者がいるのを見て安心する。
広場にいる人々はどうも落ち着きがない様子で、いつもなら聞こえてくるパーティー募集の呼び声も聞こえてこない。
でありながら、全体的にはざわついている様子だ。
まずは情報収集だと、広場にいた者達から話を聞いた『サムライトラベラーズ』は、事態の急激な変化を知って驚きを隠せない。
それから更に詳しく話を聞いた北条達は、一人の冒険者から聞き捨てならない情報を知らされる。
その情報を聞いた『サムライトラベラーズ』は、周囲の人の制止の声を振り切って、一路拠点へと向かうのだった。




